2017年01月16日

いつぞやの手口で楽しく弾圧

【共謀罪「一般人は対象外」=菅官房長官】
 菅義偉官房長官は6日の記者会見で、いわゆる「共謀罪」を創設するための組織犯罪処罰法改正案を20日召集の通常国会に提出することについて「政府が検討しているのはテロ等準備罪であり、従前の共謀罪とは別物だ。犯罪の主体を限定するなど(要件を絞っているため)一般の方々が対象になることはあり得ない」と述べ、理解を求めた。 
(1月6日、時事通信)

霞ヶ関官僚というのは結局のところ同じところに行き着くらしい。入口を小さくして、国民が飲み込みやすいサイズにしておいて、後で際限なく拡大して一網打尽にしようという魂胆である。これまでも共謀罪や秘密保護法の問題点は取り上げてきたが、繰り返したい。

戦前期に植民地を合わせれば10万人以上が逮捕され、共産党の試算では1500人の獄死者と200人の拷問死を出したのが、治安維持法だった。ナチス・ドイツを上回る監視国家となる根拠にもなった。
だが、同法は最初から国民弾圧を目的としたものではなかった。

1925年に日ソ間の国交が樹立したことを受けて、日本国内においてコミンテルンの活動が活発化し、共産主義・反天皇制運動の拡大が真剣に危惧されていた。同時期に普通選挙法が施行されて、25歳以上の男子のほぼ全員に選挙権が付与されて有権者が飛躍的に拡大、共産党が労働者や小作人層から支持されるのではないかという懸念があった。現実には、それらは殆ど杞憂だったのだが、当時の官僚や政党人にとっては現実的な懸念だった。従って、当時にあっても「治安立法自体は致し方ないが、政府原案では国民全員が取り締まり対象になってしまう」といった批判が最も多かったらしい。

ところが、治安維持法が実際に施行されてみると、「実際の運用(適用)が難しい」などの理由から改正が要望され、戦時体制への移行も相まって、適用範囲が段階的に拡大、厳罰化も図られた。その結果、1928年の3・15事件で共産党が一掃された後にも、1937年に人民戦線事件で合法左翼(労農派)が一斉検挙され、さらに労働運動家や反戦思想家、自由主義者や宗教団体にまで適用されるに至り、「天下の悪法」の名をほしいままにしたのである。

共謀罪の恐ろしさは、ソ連やナチス・ドイツのケースを挙げるまでも無く、日本の戦前に見ることができる。1910年の大逆事件では、明治天皇暗殺計画が発覚し、宮下太吉ら5人によるものであったにもかかわらず、幸徳秋水を始めとする24人が死刑に処せられた。当局は当初から5人の計画であったことを知っていたが、大逆罪を拡大適用した。事実が判明したのは戦後のことだった。なお、幸徳が死刑になったのは、公判で「いまの天子は、南朝の天子を暗殺して三種の神器をうばいとった北朝の天子ではないか」と述べたことによるとされている。

1923年の朴烈事件では、関東大震災直後に治安警察法による予防拘束(まだ事件を起こしてもいないし、計画も発覚していない段階での検束)を受けた朴烈が、拷問を受けて、愛人の金子某との「皇太子襲撃計画」について、特高の誘導尋問に同意したと見なされ(自白すらしてない)、大逆罪が適用され、死刑宣告された。後に恩赦で無期懲役になったものの、戦後の1945年10月末(8月15日でも9月3日でも無い)まで刑務所に収容されていた。

戦時中に起きた横浜事件では、出版社の温泉旅行を共産党再建のための謀議と見なした特高によって治安維持法違反で60人以上を逮捕、拷問で4人が獄中死した。後に起訴されて、ポツダム宣言受諾後に「駆け込み判決」が下されて、30人余が執行猶予付き有罪となった。恐ろしいことに、この公判の記録は、戦争犯罪追及を恐れた政府・裁判所によって焼却処分されている。なお、裁判で検察が証拠として提出した写真は、全く別の機会に撮影されたものだったことが判明している。そもそも、戦時下で共産党再建の謀議を行っている者たちが、記念撮影をするとは考えがたい。

治安維持法が最初に審議された際、当時の若槻禮次郎首相は、
「世聞にはこの法律案が労働運動を禁止するがためにできるやうに誤解しておる者があるやうであります。此法律が制定されますと、労働者が労働運動をするについて、何等かの拘束を受けると云ふやうに信じて居る者があるようであります。斯の如きは甚だしき誤解であります。」

と答弁、川崎卓内務省警保局長は、「乱用など云ふことは絶対にない」と断言している。

現行の日本政府は、治安維持法を施行し国民弾圧をほしいままにした帝国政府の後継であり、安倍内閣は「明治の日」に象徴されるように戦前の帝政を称賛しているだけに、菅官房長官の言は全く信用に値しない。「一般の方々が対象になることはあり得ない」というのは原案の話であり、数年後には改悪されて「合法左翼」や「合法リベラル」が対象にされるのは明白だろう。本ブログが閉鎖される日も遠くないかもしれない。

そもそも期間が一カ月もない程度のオリンピックを開催するために、時限立法ならともかく恒久法で市民を「一網打尽」にできる法律が必要であると主張している時点で、政府の本音がどこにあるか分かるだろう。そもそも東京都と政府は、「東京は世界で最も安全な街」を最大のセールスポイントにしていたはずだ。
確かに米国でも9・11連続テロ事件の後に、悪名高い「愛国法」が成立したものの、あくまでも時限立法であり、一回延長されたのみで2015年に廃止されている。行政と議会と裁判所という権力の分立が相応に機能している米国と異なり、日本では行政が圧倒的に強い上に、議会は自民党の一党優位体制が50年も続いて行政と一体化しており、さらに裁判所は行政の従属下にあるという環境にあり、権力の分立が機能していない以上、当局に「誰でも逮捕できる」権限を付与することは恐怖政治の根源にしかならない。

日本の現政府は、骨格を明治帝政から継承し、連合国との戦争に敗れて休戦条約の条件として渋々「民主化」しただけの存在であるため、根源的に自由主義や民主主義を否定し、権威主義に傾く傾向を有している。その政府に共謀罪やら通信傍受やらを許せば、容易に戦前のおぞましい暴力支配を復活させるであろう。その手始めは、沖縄の反基地運動家となりそうだ。権威主義者に際限なき権力を与えることは、「狂人に刃物」であり、その刃先は近い将来、一般市民に向けられること間違いない。誰が「一般」であるかを決めるのは常に権力側なのだから。
真の民主化を実現しなければならないのは、中東などでは無く、この日本である。

【追記】
それにしてもどこかで聞いたことがあると思ったら、偉大なる水木しげる先生の『劇画ヒットラー』だった。全権委任法案の提案演説に際して。
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posted by ケン at 12:46| Comment(0) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月14日

ラビリンス拡張セット「覚醒」 第三戦

年末の報告。「ラビリンス 覚醒」の第三戦。今度もK先輩のアメリカがお相手で、私がジハーディストを担当した。2010年、2012年、2014年の各シナリオをプレイ。各2時間前後で、相変わらずのプレイアビリティ。時間を経てしまい、記憶が曖昧になっているので簡潔に報告する。

2010年シナリオは、冒頭からジハーディストのダイスとカードが走り、初期評価では「貧困」が続出、「反動」マーカーも次々と置かれる。アフリカでは内戦が起きまくり、アメリカは早々に「どこから手を付けるべきか」「何やってもダメそう」という状況に追い込まれる。ジハーディストはイエメンに原理主義政権を打ち立て、その勢いでソマリアでも革命を起こすが、米国は窮余の策として「政策転換」を行って強硬路線に転じ、同国に軍事介入。だが、イラクでも革命が起き、サウジ、シリア、ヨルダン、エジプト、スーダンでも「リーチ」状態に。この時点で原理主義国のリソースは「4」で、サドンデス勝利まであと2だった。そこでまず「原油価格高騰」イベントで産油国のリソースを1上げて(そのターンのみ有効)、さらに「イスラム国建国」を宣言してリソース1を追加、これによって勝利条件の「6」を達成させてサドンデスとなった。珍しいパターンであるが、ジハーディストが産油国を支配するとこういう形になる可能性は認識しておく必要がある。

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第一局終局図

1つ置いて2014年シナリオ「ISIL」では、イベントで早々にシリアの内戦が終結、イラクでも「体制転換マーカー」(占領政治)が除去されて、「イスラム国」が解体、ジハーディストの資金は中位と最低級を行き来するという厳しいスタートになった。さらに各国の初期評価でも5、6が出まくり、そこかしこに「適正」国ができて、今度はジハーディスト側が「どこから手を付けるべきか」と悩む展開になる。ところが、米国のイデオロギー戦争(援助外交)のダイスが圧倒的に悪いため、遅々として体制改善(民主化)が進まない。かろうじて、湾岸諸国、アフガニスタン、チュニジア、リビアを「良好」にするが、これでもリソースは「8」で米のサドンデスに4も足りない。
そうこうしているうちにジハーディストも徐々に態勢を立て直し、各地でテロを行い、死んだと思われたビン・ラディン師が生き返り、まず米軍を追い出して反米独自路線を打ち出していたイラクで革命を起こし、さらにパキスタンでは選挙で原理主義政権が成立、大量破壊兵器が流出してしまう。アメリカはあわてて「政策転換」して「強硬路線」に転じるものの、軍事介入するだけのカードがなく、先にサウジでも革命が起きて、ジハーディスト側のサドンデス勝利に終わった。マップ上に米軍部隊が全15個中2個しか展開していないという、これも珍しいパターン。
やはりイラク、サウジ、湾岸諸国の「トライアングル」を制するものが勝利に最も近いと言える。アメリカは「良好」にはできなくとも、せめて同盟して米軍部隊を2つは置いておきたいところだが、なかなか「あれもこれも」とはいかないわけで。

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第三局終局図

今回プレイして改めて思ったのは、「ジハーディストが有利すぎる」ということ。現実の世界は確かに混沌としてはいるものの、原理主義政権を打ち立てるまでに至った国は少なく、逆に「良好」と呼べそうな国も殆ど無い。これは本作の評価を変えるようなものではなく、名作は名作なのだが、若干バランスの変更が必要かもしれない。
posted by ケン at 01:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月13日

駐韓大使召還という愚

【駐韓大使帰任「現時点では決まらず」…菅氏】
韓国・釜山(プサン)の日本総領事館前に慰安婦を象徴する少女像が設置された問題を巡り、安倍首相は10日午前、9日に一時帰国した長嶺安政・駐韓大使、森本康敬・釜山日本総領事を首相官邸に呼び、今回の経緯や韓国内の状況について報告を受けた。政府は韓国側の対応を慎重に見極め、長嶺氏らの帰任時期などを判断する方針だ。面会は約30分間で、杉山晋輔外務次官らが同席した。首相に先立ち、菅官房長官にも報告を行った。面会後、長嶺氏は「首相、官房長官に報告した。内容は申し上げることはできない」と記者団に語った。  菅氏は10日午前の記者会見で、長嶺、森本両氏の帰任について、「現時点では決まっていない。今後の諸状況を総合的に判断して検討していきたい」と述べた。長嶺氏らは「1週間程度は日本に滞在する」(外務省幹部)とみられる。
(1月10日、読売新聞)

韓国政府の対応を批判するのは良いとしても、「いきなり大使召還は無ぇだろっ!」というのが第一報を聞いての感想だった。一般的に大使召還は「国交断絶の一歩手前」であり、外交関係を維持する上で「最終カード」に相当する。通常、外交関係が悪化するに際してはいくつかの手順が踏まれる。例えば、

1.駐日大使を呼んで抗議
2.非難声明
3.各種外交協議の中止
4.外交官の一部召還
5.大使召還


などが考えられるが、今回は3から5まで一度にやってしまっている。言うなれば、日本政府は手持ちの外交カードを、相手の手番を見ずに、一度に全部出し切ってしまったようなもので、仮に「日本側の本気を見せつけるため」としても、非常に稚拙だった。
外交は一種のキャッチボールであって、いかに相手が暴投しようとも止めてしまったら「それきり」になってしまう。本ブログでは、これまでも例えば「日露開戦の代償」において、満韓交換論に基づく日露協商が成立寸前まで行っていたのに、それを放棄してロシアに宣戦布告した経緯を追った。日露開戦に際し、ロシア側は全く日本から宣戦されるとは思っていなかった。

また、「紛争解決に交渉は不可欠」では、1937年の日華事変の事例を挙げた。休戦交渉中に敵国首都への直接攻撃を命じ、占領後に虐殺事件を起こした挙げ句、休戦条件のハードルを上げて千載一遇のチャンスを失い、8年にわたる泥沼の戦争を余儀なくされ、戦後も「侵略国」の不名誉をほしいままにした。

いずれのケースも外交的にほとんど解決しかかっていたのに、手間を惜しむと同時に、より多くの成果を期待して武力行使を選択したために起きている。日露戦争は最終的に「勝利」したために十分な検証がなされなかったと言えるが、日華事変の事例はよくよく吟味されるべきなのに、今日でも殆ど注目されない。左右ともに「虐殺の有無」で不毛な論争を戦わせており、「歴史的知見を後世に活かす」ことが忘れられている。

今回の韓国大使召還でも、仮に日本側に理があるとしても、「いきなり大使召還はやり過ぎ、子どもじみている」との批判は免れない。そもそも韓国側に課されているのは「可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する」という努力義務であって、日本側としては「努力」を見守り評価する必要があるはずで、いきなり大使召還は、度が過ぎている。
今回の日韓合意自体、「下からの積み上げ」が無いところに、宗主国アメリカの強い意向で「10億円やるから、今後一切口にするな」と韓国側の屈従を強いた格好だっただけに、韓国側で強い反発が出る可能性は高かった。市民の反発に対し、韓国政府にただ合意の履行を求めてみたところで、「火に油を注ぐ」ことにしかならず、むしろ比較的親日的な朴体制の寿命を縮める結果に終わるだろう。朴政権が瓦解して、より反日的な親中政府ができて困るのは日本であるはずなのに、安倍政権はそう仕向けているようにしか見えない。
韓国政府はすでに詰んでいるかもしれない。韓国はアメリカとFTAを結んだことで、経済的に従属下に置かれているが、国内では経済格差の拡大に伴う不満が高まっており、その不満を日本に向けることでこの間、政権を維持してきた。その日本では、嫌韓感情が高まって在日コリアンに対する差別・排斥運動が強まっている上に、年々軍備も強化され、武力行使の自己規制も解除する方向に進んでおり、韓国から見れば、その脅威は日本人の想像を超えるものがある。対日脅威と対北脅威の双方を解決するために、韓国政府は政治的に対中傾斜を強める選択をしていた。そこに宗主国アメリカから、対日宥和を命じられた格好だった。
本来であれば、問題の当時者たる慰安婦支援団体と調整した上で、日本政府と交渉しなければ、真の解決にはならないはずだが、今回は調整なしで日韓合意を事後報告している。これは、「当時者と話したら合意は無理」と韓国政府が判断したことを意味しており、このことも「宗主国の命令」を暗示している。しかし、命ぜられて日本政府と合意はしたものの、当時者を排除してのものであり、同時に「反日カード」の使用を制限されてしまった韓国政府は、今後民意を抑えられなくなる恐れがある。「今すぐ」ということではないが、意外と近い将来、大衆が蜂起して現体制が瓦解、親中政権が発足し、西側陣営から離脱するところまで行くかもしれない。

根本的なことを言えば、戦後補償と歴史認識の問題は、一方が謝罪して終わるものではなく、「負の遺産」を共有しながら継承してゆく姿勢が無ければ、相互理解は得られない。今回の日韓合意は、言うなれば加害者側の日本が、被害者側の韓国に「10億円やるから二度と文句言うなよ!」と凄んでいるだけの話であり、暴行傷害などの一般的な刑事犯罪を想定してみれば分かりやすいが、これで被害者側が納得(理解)できるはずがない。
実のところ謝罪自体はそれほど重要ではなく(形式的に必要だが)、より重要なのは、日本による植民地支配や従軍慰安婦の実情がどのようなものであったかを解明しつつ、日韓両国・国民が納得できる歴史を後世に継承してゆくことにある。
その意味で、韓国側が「日本悪玉論」を反日カードとして利用し、日本側が「旧軍潔白神話」を掲げて軍拡を進める現状にあって、今回の合意をもって日韓関係が修復されることは無い、というのが私の見立てである。
(2016.1.5 慰安婦問題は解決するか

日本は韓国政府の対応を慎重に見守り、最終手段としては「10億円の返還」を求める程度に止めておくべきだった。韓国側としても、「詐欺」呼ばわりされたくないだろうから、その程度の返還には容易に応じるだろう。放置することで初めて「韓国側は合意した努力を怠っている」との非難が成立し、日本側の主張に正当性が生じるのだから。
また、今回の「いきなり大使召還」は、例えば相手が中国やロシアだったらやらなかったに違いない。この辺、政府に限らず、どこまでも朝鮮・韓国を見下す日本人の「蔑視」が感じられ、その点も韓国側を刺激し、親中寄りに追いやっている。こうした態度が、アジア全体における日本の評価を下げてしまうのは避けがたく、色々な意味で悪手を打っていると言えよう。
posted by ケン at 13:07| Comment(5) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月12日

欧州難民問題の構図

【地中海経由の難民36万人=16年、前年の3分の1―欧州】
 欧州対外国境管理機関(FRONTEX)は6日、2016年に地中海を渡って欧州に到達した難民や移民の数が推計で36万4000人となり、15年の約3分の1に減少したと発表した。トルコからギリシャに入った難民らの数は18万2500人で、15年から約8割減少。欧州連合(EU)が16年3月にトルコと合意した難民流入抑制策が「大きな要因」となった。一方、北アフリカから主にイタリアに向けて地中海中部を渡った人の数は過去最多の18万1000人に上った。  国際移住機関(IOM)によると、16年に欧州を目指して地中海で死亡または行方不明になった人は少なくとも5079人で、過去最悪だった。 
(1月7日、時事通信)

【地中海経由の難民死者・不明者5079人…昨年】
 国際移住機関(IOM)は6日の記者会見で、2016年に中東やアフリカから船で地中海を渡って欧州に入ろうとした、難民の死者・行方不明者の数が5079人と最悪を更新したことを明らかにした。難民船の難破などによる16年の世界全体の難民・移民の死者・行方不明者は7495人。
(1月8日、読売新聞)

欧州における難民問題を調べているとリベラル派に対する疑念がわいてくる。
北アフリカの密航業者はジハーディストの資金で運営されており、その資金源は外国人拉致による身代金だという。密航業者は渡航希望者に「海を渡れば月2000ユーロの仕事に就ける」などと言って、1000ユーロ受け取ってゴムボートに乗せて地中海沖に放り出す。ボートは欧米の人道支援NGOが運用する船に「海難救助」され、渡航者はイタリアの港に連れて行かれて難民申請する。
これは、国際海洋法が海難救助を義務としていることを根拠に、言うなれば悪用する形を採っている。敢えてゴムボートにすることで海難救助を演出する仕組みで、これによりNGOは「人道援助」の実績を挙げ、密航業者は経費を削減して「楽な商売」になっている。

一昨年までは、欧州に流入する難民のうち地中海ルートを使う者は数パーセントでしかなかったが、去年から激増して今では40%に上るという。本来非常にリスクの高い渡海ルートが急に使われ出したというのは、何らかの意図と背景があると見て良い。

そのボートには麻薬を始め多くの密輸品も積まれている。人道支援NGOは、不法労働で収益を上げる企業や、麻薬・盗品売買に従事するマフィアのフロント企業からの献金で運営されている。同NGOは、ボートの積荷は「財産」として保護し、内容には一切関知しないというスタンスを採っている。

「難民」とはいえ、内戦が起きているのはリビアとマリ、アルジェリアくらいで、それ以外のアフリカ諸国からも続々と「難民希望者」がリビアに集まっている。それは、密航業者がジハーディストを通じて「海を渡れば月2000ユーロの仕事に就ける」を宣伝しているためだ。そして、リビアが出港地に選ばれるのは、一部をジハーディストが占領していること、破綻国家であるため領海警備がなされておらず、違法な出航が横行しているためで、これらは全て「リベラル」な欧米諸国がカダフィ政権を打倒したことに起因している。

そして、密航業者の収益はジハーディストに還元されて、テロと戦争の資金になる。ジハーディストが勢力を増すと、欧米が反撃し、空爆したり、現地の腐敗国家を支援するわけだが、そのどちらも欧州を目指す「難民」を増やす結果になっており、全く何の解決にもなっていない。

笑えないことに、難民を目指して北上するアフリカ人たちは、ジハーディストの占領地を通過することを望むという。これは、破綻国家や腐敗国家では山賊や腐敗警官が横行し、一々車を止められて通行料やワイロがせびられるのに対し、ジハーディストの占領地では「国境」の検問所で通行料を払うのみで後は安心して通行できるためだ。
この構図は、シリア・イラクでも同じで、アサド政権や自由シリア軍やイラク政府の支配地では山賊に捕まって身代金を要求されたり、あるいは警官に捕まって法外なワイロを要求されたりするのに対し、イスラム国支配地には山賊も腐敗警官もおらず、領域の入口と出口で通行料を払うだけで済むという。
この点、1990年代のロシアが少し似ているので、私的にはよく理解できる。

難民は一度欧州に入ってシェンゲン圏で難民登録を済ませると、後は同圏内のどこにでも行けるようになる。難民希望者がシェンゲン圏外での難民登録を頑なに拒むのはこのためで、逆にEUはシェンゲン圏内への流入を「水際阻止」したいわけだが、これがシェンゲン圏と圏外の抜き差しならぬ対立を生んでいる。
このシェンゲン圏というルールが、いかにジハーディストを有利にしているかはGMT「ラビリンス−テロ戦争」をプレイすれば、痛いほどよく分かるはずだ。だが、現在のEUの繁栄は欧州内での「移動(労働力移転)の自由」を認めたことによるものであるだけに、自由民主主義の旗印と共に、それを降ろすときはEUの理念の否定を意味する。

現実の欧州では、難民による不法労働が蔓延し、労賃が低下、雇用も減少し、同時に治安も悪化している。そもそも「移動の自由」は、東欧の安価な労働力を一手に引き受けたドイツの「一人勝ち」になっている状態にあり、離脱を決めた英国を筆頭に南欧では「何も良いことが無かった」という気運が高まっている。
メルケルのリベラル路線は早晩瓦解し、EUは分裂含みになりそうだ。そして、ジハーディストは戦場で敗北したとしても、欧米が勝手に自滅するので、勝利宣言するという流れにある。

【参考】
『人質の経済学』 ロレッタ ナポリオーニ 文藝春秋社(2016)
posted by ケン at 13:12| Comment(2) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月11日

ファッショは市民の支持で始まる

【ドイツ国民の6割、監視カメラの増設を支持】
 ドイツ国民の60%は、公共の場における監視カメラの増設を支持していることが、インターネット調査会社ユーガブ(YouGov)の調査で明らかになった。ドイチェ・ウェレなどが伝えた。ユーガブは、ベルリンのクリスマス市にトラックが突入した事件直後の12月21〜23日に2,083人を対象に調査を実施。これによれば監視カメラの増設のほか、警察の増強を支持する人が73%に上り、61%は警察官の装備を強化すべきだと答えた。
政府は、交通網を含めた公共の場で監視カメラを増やすことを認める法案をまとめたが、ベルリン市(州と同格)政府は、監視強化は時期尚早として慎重な姿勢を崩していない。デメジエール内相は、ベルリン市議会に対して従来の監視カメラの方針を早急に見直すよう求めている。ベルリンのクリスマス市の事件では、監視カメラがあれば防げたとの見方も出ている。なお調査では、回答者の約半数はテロ攻撃の際に軍隊の関与を求めていた。現在では警察から要請があった場合にだけ軍隊は支援できることになっているが、軍隊の具体的な役割は定まっていない。ただ3月には、軍隊と警官隊が初めて共同演習を実施することになっている。
(1月3日、NNA・共同通信)

ファッショは突然来襲するのではなく、国民の広い支持があって初めて表舞台に出てくるものであることを示す好例の1つ。戦前の日本の全体主義も1940年に突然登場したわけでなく、ドイツのナチズムも1933年に突然成立したわけでは無い。

日本の場合、1925年に治安維持法、同28年に3・15事件(共産党一掃)、同年初の普通選挙実施、29年に世界恐慌勃発、31年に満州事変、32年に5・15事件、35年に天皇機関説事件(国体明徴論)、36年に2・26事件、37年に日華事変勃発、人民戦線事件(合法左翼一掃)、38年に国民総動員法成立、40年に政党解体、大政翼賛会成立、という過程を経ている。日本の全体主義体制は、1938年(昭和13年)の国民総動員体制の確立、ないしは同40年の大政翼賛会成立(議会の形骸化)をもって一応の完成を見た。

発端となってしまった治安維持法は、そもそも「日ソ国交回復に伴うコミンテルン勢力の伸張」に対する脅威を過剰に評価し、ちょうど普通選挙制度の導入も重なって「共産党が勝利するかもしれない」という妄想が拡散したことが大きく影響している。今日からすれば、信じられないような妄想ぶりだが、当時の官僚はおろか、国民の間でも広く信じられていた。治安維持法を提案した当時の若槻禮次郎内相は次のように説明している。
思索の自由を許して置かぬければならぬと云ふ御議論に対しては、私も全然同感であります。而して現内閣は思想の研究に付て、圧迫的方針を採って居るや否や云ふ御問に対しては、決して左様な考えはありませぬ。
(1925年2月19日衆議院本会議)

満州事変についても、それ以前は、軍部内でもマスコミでも対中強硬派は圧倒的少数派であり、「キワモノ」の扱いだったが、柳条湖事件が起きて、「張学良軍による犯行」という偽報道がなされ、関東軍出動が大々的に報じられると、国論は一転して沸騰、新聞は関東軍の「義挙」を称賛する記事で溢れかえり、反中意識が煽られ、中央の支持なくして朝鮮軍を動かした林銑十郎司令官は「越境将軍」として絶賛された。
昨今「偽ニュース」が問題にされているが、虚偽報道を行う主体は圧倒的に国家機関であって、民間や外国機関では無い。

天皇機関説事件は、1935年2月、貴族院で菊池武夫議員が美濃部達吉議員(東京帝大名誉教授)の天皇機関説を攻撃したことに始まり、「国体を否定するもの」「国賊」「学匪」などといった非難、攻撃が激化、美濃部家には続々と脅迫が届き、本人や家の周囲に不審者がつきまとうようになった。甚だしきは、文部省から「右翼テロに注意するよう」旨の警告に続いて「転向」を求める文書までが来たと言われる。
ところが、実際には美濃部説は当時の学界、官界における通説で、官僚採用のための高等試験も全てこれに基づいていた。しかも、当の貴族院では美濃部が自説を説明したところ、大きな拍手が起きて理解を得たはずだった。にもかかわらず、美濃部は不敬罪で告発され、マスゴミの攻撃にさらされ続け、ついには貴族院議員を辞任、その後右翼テロリストに銃撃されて重傷を負った。その間、政府は「国体明徴声明」を出して美濃部説を否定している。恐ろしいことに、美濃部を負傷させた銃撃犯はついに逮捕されず、同じく銃撃し命中しなかった犯人は懲役3年で済んでいる。

つまり、オセロ・ゲームのようにそれまでの「常識」が一つずつ引っ繰り返され、気づいてみたら誰も想像もしていなかったような強権的な社会が成立し、それを止めようとする者は問答無用に排除され、展望の無い戦争と収奪に邁進していった。
個々の現象一つ一つを見ると、必ずしも大きな問題とは言えなかったり、一定の合理性が認められる選択であったものが、積み重なってゆくと恐ろしい怪物に成長してしまうことがあるのだ。
私が言いたいのは、一見市民社会が維持されているように見えるドイツですら、ファッショの基盤が再形成されつつあるということである。

片山杜秀先輩は、「日本においては統制経済を担うだけの権限の集中ができなかったという意味で、ファシズムは未完に終わった」旨の解釈を示しておられ、それはそれで卓見だとは思うのだが、強権的な権威主義社会が成立し、制御不能の暴力が社会を支配して、さらに近隣諸国に向けられたことは否定できないだろう。
posted by ケン at 12:32| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月10日

世界で増える原発、日本は?

【世界の原発、新増設続く=450基、「脱」は少数派】
 東京電力福島第1原発事故や高速増殖原型炉もんじゅの廃炉で、強い逆風が吹く日本の原発。ただ世界では450基が運転可能で、エネルギー需要が急増する新興国では新増設が相次いでいる。安全面で反対の声はあるものの、ドイツなど「脱原発」は少数派だ。国際原子力機関(IAEA)によると、世界の原子炉は12月25日現在、31カ国・地域で営業運転中か稼働可能な状態。トップは米国の99基で、フランス58基、日本43基、中国とロシアが36基と続く。発電能力は約3億9200万キロワットに達し、全発電量の約11%を占める。
 特に開発を急いでいるのは中国で、世界で建設中の原子炉60基のうち、中国が20基を占める。日本エネルギー経済研究所は「2035年には、中国は米国を抜いて世界1位の原発大国となる」と予測している。11月に日本と原子力協定を署名したインドも日本の高い技術に期待し、国内市場が縮小する日本は海外輸出へ活路を見いだす。反原発運動はインドのほか、共産党一党支配の中国でさえ報じられているものの、両国とも原発利用を拡大する方針に変わりはない。
 福島事故後に脱原発を決めたのはドイツやスイスなどごく一部。原発は世界では、季節や時間帯にかかわらず電力を安定供給する「ベースロード電源」として一定の役割を担っていくとみられ、厳格な安全対策が求められている。 
(12月27日、時事通信)

日本では、福島原発事故を受けて原発の新増設が難しくなっており、安倍政権が国策として原発輸出に取り組んでいるが、ベトナムにドタキャンされ焦燥を強め、イギリスに対して強引な売り込みを図っている。
イギリスの場合、自国企業が原発事業から手を引いてしまったため、日本企業に「商機」が生まれた格好だが、これは原発の安全コストが高騰してコストと採算のバランスが崩壊してしまったことに起因する。
例えば現在、イギリス、フランス、フィンランド、中国などで計画が進められている欧州の次世代加圧水型原子炉の安全仕様は、日本のそれよりもはるかに厳しく設定されており、具体例を挙げれば、安全システムは日本の2系統に対して4系統、飛行機の衝突や内圧に耐える合計の厚さが2.6メートルの2層のコンクリート壁を持つ。
また、福島原発事故を受けて、「コアキャッチャー」なる、炉心溶融が起きても溶け落ちた核燃料が巨大な受け皿に流れ込む装置が備えられる。その上部にある貯水タンクは高温になると蓋が自動的に溶けて弁が開き、コアキャッチャーを水が満たして溶け落ちた燃料を冷やす機能を持つ。

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史上最大級の核事故を起こした日本では、コストが高まらないよう、安全基準を低く設定している。新規制基準制定時のパブリックコメントでは、コアキャッチャーの設置義務化を求める意見があったが、無視された。にもかかわらず、総理曰く「世界一厳しい基準」とのこと。原発事故は相応の確率で再発すると見て良い。
安全基準を低く設定できるのは、事故が起きても誰も責任が問われず、刑事訴訟もされないことも影響していると思われる。
posted by ケン at 13:11| Comment(4) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月09日

「鷹の夢」とメドブーハ

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先の新年会に持参した二本。山盛酒造は尾張大高の蔵元で、「鷹の夢」は旧名「大鷹」に由来する、香りに魅せられる一本。本当は「しぼりたて原酒」(濁り酒)にしたかったんだけど、賞味期限が短いから仕方ない。大高は、『信長公記』や『三河物語』に出てくるあれです。
「名古屋=九平次」なんって思ったら大間違いなんだからね!

もう一本はロシアのМедовуха(メドブーハ)=蜂蜜酒で、日本でもこってり系とサッパリ系が売られている。こちらは前者。やっぱ日露協商でしょ〜〜
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする