2020年01月28日

この世界の(さらにいくつもの)片隅に



帰国して映画館に駆け込んだくらいの勢いで見た。
気づいてみれば3年前の作品だが、この三年間で世界各国で70以上の賞を受賞したという。
国際的には殆ど評価されなかった『シン・ゴジラ』と違って、普遍的なテーマを描いていると言うことかもしれない。

本作は30分ほどのシーンが追加されて再編集されたものだが、見た印象(感想)はかなり異なる。
本作では、より登場人物の内面描写に焦点が当てられ、私小説的な要素が強まっている。
オリジナル版でも十分に心に刺さっていたが、本作は刺さってさらに染み渡る感じだ。
逆を言えば、オリジナル版でも十分に情緒的だったものが、いささか情緒過剰になったとも言え(感情移入しすぎ)、その辺が評価を分けるところなのだろう。
個人的には、「どちらもあり」で、確実に言えるのは「ただの長尺版ではない」ということだろうか。

平日の昼間に見たが、かなり高齢層の方が多く、幅広い支持があるのだなぁと思った次第。
改めて2010年代の傑作の一つである。
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2020年01月27日

不登校対策でスマホ禁止?

【スマホやゲームの利用「ルール化を」大阪市長】
 小中学生がスマートフォンやオンラインゲームに依存するのを防ごうと、大阪市の松井一郎市長は15日、スマホの使用時間を条例でルール化することも視野に、実効性ある対策を検討するよう市教委に指示した。
 松井氏は同日市役所で開かれた会議で、不登校の要因の一つがスマホやゲーム依存であるとの実態が紹介されたことを受け、「夜は何時までとか、条例でルール化したらどうか」との考えを示した。
 市内では旭区が平成26年に、スマホやゲーム機を午後9時以降は使用しないなどのルールを決定。校長判断で各校で適用されているが、市教委として統一したルールは定めていない。
 松井氏は、使用制限に強制力を持たせたり罰則をつけたりすることは難しいとの認識を示した上で「理念的なものにはなるが、(大阪市として)ルールを作ったよというのが(不登校を減らすのに)大事なのかもしれない」と述べた。
 スマホやオンラインゲームの使用制限をめぐっては、香川県が子供がインターネットやゲーム依存になるのを防ぐ全国初の条例制定を目指している。今月10日の検討委員会ではスマホやゲームは「平日は1日60分まで」などとする条例素案が示されたが、ネット上でも賛否が分かれるなど物議をかもしている。
(1月16日、産経新聞)

相変わらず頭の悪そうな政策ばかりが提起されている。
正直、スマホ・ゲーム禁止は関ヶ原以西だけにして欲しい(笑)

そもそも、「ゲームで寝不足になって不登校」なのか「不登校で暇だから仕方なくゲーム」なのか、普通に考えれば、後者の方が圧倒的多数を占めると推測できるだろう。
仮にスマホとオンラインゲームが不登校の要因なら、2010年前後を起点に不登校が急増しているはずだ。しかし、現実にはそれ以前から断続的に増えており、スマホ・オンラインゲームとの関連性を証明するのは困難なはずだ。つまり、エビデンスが存在しない。

いじめや体罰などが放置されていたり、教員が多忙すぎて子どもと向き合えなかったり、学校環境そのものの悪化を放置して、どう見ても枝葉に過ぎないゲームをやり玉に挙げるのは、戦争や人種差別で批判の矛先を別の方向に目用とする権力者の常套手段と同じだ。

繰り返すが、不登校は学校環境の問題であり、まずは学校環境を変えなければ、何も変わらない。
仮にゲームを禁止してみたところで、家の中でボーッとしているだけになる可能性が高い。もともと不登校の子どもが「ゲーム禁止されたから学校にでも行くか」と思うだろうか、思うわけ無いだろう。

いじめを減らすのは、実はさほど難しくない。いじめは閉鎖空間における濃密すぎる人間関係のストレスから発生するものであって、まず学級制度を廃止して、全教科を単位制にすることで、一つの教室に同学級の人間が長時間同室する環境を廃する必要がある。
同時に、部活動を全廃して、部活内での閉鎖的人間関係や閉鎖空間、あるいは歪な上下関係を廃止する必要がある。また、部活動を廃止することで、教員の労働時間を約二割削減できる。
さらに空間的には、教室の壁を全て取り払うことで、「死角」空間を限りなく減らしていく努力も必要だろう。権威主義的(上下関係を固定化し、疎外を正当化する)な学校行事や修学旅行も全て廃止した方が良い。

だが、現実には不登校やいじめを減らすための努力は殆どされずに、むしろ不登校やいじめを増やす恐れのある「改革」が進められようとしている。
こうした点でも、日本の未来は絶望的に暗い。
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2020年01月25日

TBP「Rogue State」を初プレイ

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TBP社「Rogue State」。
プレイヤーは北朝鮮の最高指導者として、朝鮮戦争休戦直後から国家運営に取り組む。勝利目的は1953年から2030年まで「王朝」を護持し、「主体ポイント」を高めて指導者として高い評価を得ることにある。自国の軍事力、工業力を高め、イベントを処理し、核兵器を開発することで主体ポイントが得られる。同時に、対外債務(マイナスVP)が増えないよう注意しつつ、国内反乱や多国籍軍の介入(サドンデス敗北)を抑止する必要がある。

一人用ゲームなので、慣れてしまうとやや一本道なところはあるし、やや北朝鮮に甘めの評価になっている気もするが、シンプルなルールで良くシミュレートされている。
初プレイでは、結局ミサイルも撃たず、核による恫喝外交も行わずに勝利条件を満たしてしまったが、突然イベントで「アメリカによる最後通牒」が突きつけられ、「俺が何したって言うんだ!!」と叫んでしまった(笑)

本作は「北朝鮮の現体制は金王朝の存続が第一目的であって、それ以上でもそれ以下でも無い」という理念の下、デザインされており、非常に中立的な視点で設計されている。
ルールも、ドイツ式の箱庭ボードゲームのシステムを援用しており、少しプレイすればすぐに理解できる。
一人でニヤニヤしながらプレイするのも悪くないが、何人かで「できませんでは誠意が無い」などとつぶやきながら、「金王朝」の気分を共有するのがお勧めである。
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2020年01月24日

家族を想うとき

引退を撤回したケン・ローチ監督の最新作『家族を想うとき』を鑑賞。間に合って良かった。

イギリス、ニューカッスルに住むある家族。ターナー家の父リッキーはマイホーム購入の夢をかなえるために、フランチャイズの宅配ドライバーとして独立を決意。「勝つのも負けるのもすべて自分次第。できるか?」と本部のマロニーにあおられて「ああ、長い間、こんなチャンスを待っていた」と答えるが、どこか不安を隠し切れない。

母のアビーはパートタイムの介護福祉士として、時間外まで1日中働いている。リッキーがフランチャイズの配送事業を始めるには、アビーの車を売って資本にする以外に資金はなかった。遠く離れたお年寄りの家へも通うアビーには車が必要だったが1日14時間週6日、2年も働けば夫婦の夢のマイホームが買えるというリッキーの言葉に折れるのだった。

介護先へバスで通うことになったアビーは、長い移動時間のせいでますます家にいる時間がなくなっていく。16歳の息子セブと12歳の娘のライザ・ジェーンとのコミュニケーションも、留守番電話のメッセージで一方的に語りかけるばかり。家族を幸せにするはずの仕事が家族との時間を奪っていき、子供たちは寂しい想いを募らせてゆく。そんな中、リッキーがある事件に巻き込まれてしまう──。

デジタル・エコノミー、グローバル化といった現象の中で、「普通の暮らし」が夢物語となり、100年前に戻ったかのように超長時間労働が蔓延し、働く者が一方的に収奪される社会になりつつある。
100年前と異なるのは、「労働者」という定義すら否定されて、「請負業=個人事業主」として一方的にルールと責任を負わされ、何が起きても「自己責任」として処理されていく点であり、その自己責任は「自由」という名の自己決定によって負わされている点である。
いまや労働者の労働者性は否定され、労働階層は細切れに分断され、国家の補償や保護からも切り離され、まるで「勝手に生きて、勝手に死ね」と言われているかのようになっている。

さらに100年前より悪化しているのは、階級政党が解体、消滅して、資本によって収奪・疎外される階層の利害を代弁する政党がなくなったことで、貧困化や階層分化が急速に進んでいるにもかかわらず、それに対抗できる勢力が存在しない点だ。
例えば、映画の舞台であるイギリスでは、1997年から2010年までの13年間、労働党が政権を担っていたが、野党転落後、労働者派遣業や請負業の規制緩和が一気に進んでいる。労働党は二大政党の一角をいまだに担っているものの、労働者の権利保護に対して無力だったことがわかる。
ちまたでは、「労働党はEU離脱に対して明確なスタンスを打ち出せなかったから総選挙に負けた」との分析がなされているが、非常に表面的だ。
本作の中でも、介護士が訪問した先で、高齢の元運動家から労働時間を聞かれて「12時間以上」と答えたところ、「8時間労働制はどうなったの?!」と驚かれるシーンがあるが、まさにそれである。産業革命以来、労働運動の発祥の地とも言えるイギリスにおいて、あまたの血を流して獲得してきた運動の成果がいまや失われ、「労働者じゃ無い」という名目によって、むしろ収奪が強化されていることがわかる。

本作を見ると、我々が住む世界そのものが「ブラック」化しており、それが自由(個人の選択)と民主主義(有権者の選択)の名の下に正当化され、人間性そのものを破壊しつつあることが実感できるだろう。
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2020年01月23日

TBP「沖縄戦」を初プレイ

TBP社の「OKINAWA!」を初プレイ。
近いタイミングでGJからも「沖縄の落日」が出ているが、沖縄戦の作品は内外を問わず珍しかっただけに急展開とも言える。

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本作の特徴は陸戦だけでなく、海空戦までシミュレートされている点で、米軍による沖縄上陸から6月末までを扱う。
勝利条件もシンプルで、「ゲーム終了までに日本軍を盤上から除去できるか」でしかない。
マップもハーフマップ一枚で、ユニットも多くなく、色々シンプルなのは間違いないが、ルールは結構特徴的で、慣れるまではルールとにらめっこする必要がある。

日本軍はゲーム中に最大10回まで特攻作戦を行え、ダイスを振って出撃する特攻ユニットの数を決め、ユニットごとに任務部隊や艦砲部隊などの目標を決める。
米側は、自軍航空隊を制空と地上支援に分け、制空部隊は特攻の制止に当たる。制空・防空をすり抜けた特攻機は、空母部隊の場合はランダムで目標艦が決められるが、艦砲支援部隊の場合は旧式戦艦を選べるので、これが結構盛り上がるし、意外な確率で成功してしまう。史実からすると、「アメリカ人が作った割に日本人を喜ばせすぎでは?」と思えるくらいだ。

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地上戦は基本的にはオーソドックスな移動、戦闘なのだが、日本軍は攻撃と防御に際して「32軍予備ボックス」から予備隊を出すことができる。初期配置では、日本軍はわずかしかおらず、大半が予備となっている。一方、米軍は艦砲、砲兵、戦車、航空の支援を得て攻撃するわけだが、結果、「1対1でダイス修正+6」といったナゾな戦闘が多くなる。
そして、大体双方にダメージが入るのだが、ステップを失うか師団・軍の「疲労」で処理するかの選択をする。この疲労が蓄積すると、攻撃などに際してダイス修正が入ることになる。また、防御側は退却をステップロスに代えることも可能。

日本軍はとにかく「6月末まで耐える」ことが目標となるが、米軍は少しでも攻撃を控えると「宿題が終わらない」ことになるため、1対1だろうが、1対2だろうが、攻撃し続けることになる。

日本軍や特攻の評価はさておき、史実の「らしさ」が非常に良く再現されていて、一風変わったルールも「なるほど」と思わせるところが多く、ゲームとしてもシンプルにして面白いのだが、(我々のルールの読み違えかもしれないが)致命的なエラーが発見され、「最後の最後でこれか!惜しすぎる!」という評価になった。
このエラーを別にすれば、非常に面白いゲームである。
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2020年01月21日

南京総統府

日本人的には「総統」と聞くとヒトラーしか思い浮かばないのだが、中国国民政府の話である。
1927年に蒋介石が南京に国民政府を設置、日華事変が勃発して1937年12月に日本軍によって攻められると、国民政府は重慶に移転するも、後に汪兆銘政権が設置される。日本降伏後、国民政府は1946年5月に重慶から南京に首都を戻すが、国共内戦が勃発、49年4月には人民解放軍によって陥落してしまう。
つまり、実際に政府機能(大総統府)が置かれたのはわずか10年ちょっとの期間でしかなく、「総統府」の名称が冠されたのは1948年からの1年間に過ぎなかった。それだけ中国史の激動が感じられる場所でもある。

また、国民政府が置かれる前も、太平天国の乱において太平天国軍が南京を占領した後に「天王府」を置いた場所でもあり、その前後には江蘇省・安徽省・江西省を治める両江総督府が置かれている。中国史好きにはたまらない場所でもある。
とはいえ、太平天国の乱で建物は殆ど破壊されているため、清朝以前のものは全て再建されたもの。
国民政府時代のものは、基本的にそのまま残されている。孫文や蒋介石の執務室を見ることができる。

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総統府外観

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総統府からの眺め

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蒋介石の執務室

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中国だからもっとゴテゴテしているのかと思ったが、意外と実質本位で質実なものだった。
総統府の建物のすぐそばには簡易防空壕もあり、中は公開されていなかったが、当時の空気感を感じるには十分だった。
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2020年01月20日

朱舜水師を偲ぶ

上海市郊外の松江区にある方塔園の中に「朱舜水紀年堂」があると聞き、知人に案内してもらった。

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聞いたことのある人は少ないと思うが、朱舜水はいわゆる「抗清復明」運動家の一人で、一市民(非官人)の立場ながら鄭成功に従って清朝に抵抗を続け、日本の江戸幕府に復明支援を求めるべく四度来日した。
だが、希望は叶わず、60を過ぎて運動を断念、1660年に日本に亡命、水戸藩の庇護を受けることになった。
その後、江戸と水戸を行き来しながら、20年以上にわたって漢学を教授し、水戸学の基礎を築き、1682年に83歳で逝去した。
東京・本郷の東京大学農学部の敷地内(旧水戸藩邸)には今も「朱舜水先生終焉之地」の碑が残され、水戸藩主の墓がある瑞龍山には明朝式の墓が建てられた。

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上海は新しい街で、明代以前は松江の方が栄えていたとされ、朱舜水自身もすぐ隣の浙江省出身で、日本亡命前の数年間をここで暮らしたという。
方塔園は小さいながらも風光明媚な公園だったが、肝心の朱舜水紀年堂は建物はともかく、展示は雑で、コピー品ばかりで、いかにも「やっつけ仕事」な感じで残念なものだった。
まぁ、まずは「こんな人がいたんですよ」と知ってもらうところから始めているのだろうが。。。
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