2018年12月12日

戦争屋が外国人労働者を組織する悩ましさについて

【外国人3千人が加入の労組結成 日高屋、大半が非正社員】
 中華料理店「日高屋」を首都圏で約400店展開する「ハイデイ日高」(本社・さいたま市)で、外国人従業員が約3千人加入する企業内労働組合が結成されたことが分かった。組合員の約3分の1を占めるといい、これだけ多くの外国人が入る労組は極めて異例だ。政府が外国人労働者の受け入れ拡大を進める中、外国人の待遇改善をめざす新たな動きとして注目を集めそうだ。
 同社や労組関係者によると、名称は「ハイデイ日高労働組合」。今年5月に繊維・流通・食品業界などを束ねる産業別労働組合「UAゼンセン」に承認され、労組の中央組織・連合の傘下に入った。店舗網の拡大による従業員数の増加を受け、社内で労組の結成が長く検討されていた。関係者は「今年ようやく話がまとまった」という。
 組合員数は約9千人。パートやアルバイトなどの非正社員が8千人超を占め、このうち約3千人がベトナムや中国、ネパール、ミャンマーなどから来ている従業員だ。週28時間以内なら働くことができる日本語学校や専門学校で学ぶ留学生らが多いという。
(11月21日、朝日新聞より抜粋)

労働組合とはかくべきである。労組は、未組織の労働者を加入させ、同時に未組織の企業や分野に組織を広げていかなければ、あっという間に既得権益団体に堕してしまい、資本との一体化を余儀なくされるところとなるからだ。その意味で、ゼンセンは現代の日本にあって、労働組合として真っ当に機能している数少ない存在ではあるものの、同時にゼンセンならではの問題も抱えている。

ゼンセンは元々「全繊維」という繊維産業を基盤とする産別労組であり、日本の近代化を当初から共に歩んできた、最も歴史のある組合を起源としている。
しかし、それだけに帝国主義の恩恵の享受者であると同時に、日本の軍産複合体の一部をなしてきた。戦前の日本において、繊維産業は最大の輸出部門であったためだ。また、軍服や日用品、テントなどを始め、軍需物資に占める繊維の割合は非常に高く、日清戦争以降、50年間に渡る軍拡時代にあって、日本の繊維産業は軍事と一体化してきた歴史がある。
一度は敗戦によって危機的状況に陥ったものの、復活を果たした原因が朝鮮戦争特需(次いでベトナム戦争)であったことは、ゼンセンにとって戦争が「最も景気の良い公共事業」であるという成功例になっている。

それは現在にまで継承されていて、私が議員秘書時代に話を交わした某幹部も「自衛隊の海外派遣や新安保法制、今後の軍拡で我々はしばらく安泰(中略)我々は本来安倍政権をこそ支持すべきであり、民進党をなどを支援する理由はないはず(だから感謝しろ)」旨のことを言っていた。彼の意見が組織を代表するわけではないが、その意見は彼らの歴史的背景を考えれば、十二分に妥当なものなのだ。

日教組のように平和や反原発運動には積極的なのに肝心の労働者の権利を守る運動はほぼ無力である総評系と、戦争賛成・核推進ながら労働者の権利を守ることに積極的な同盟系、本来的には後者が「正しい姿」であるとは分かっているものの、すんなりとは肯定できないところが苦しいところである。
posted by ケン at 12:00| Comment(1) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月10日

ゲームカフェで"Battle for Germany"

少しずつゆとりが出てきたが、ブログの方はなかなか追いつかない。
まぁゆるゆるやります。
というわけで、先週の続き。

「どれやる?」といろいろ提示してもらったのは良いが、どれも日本語ルールしか無く、一から説明する必要があるものばかりで、ちょっと厳しい。だが、コマンドマガジン日本やゲームジャーナルの作品は有志による中国語訳が進んでいるようで、これなら中国語訳もあると言われたのが、CMJ102号の「Battle for Germany」だった。
と言っても日本のゲームではなく、SPI作品のリニューアルという古典中の古典。日本ではタクティクスの付録になって、話題になったそうだが、自分は覚えていない。

日本製のゲームの翻訳が進んでいるのは、やはり翻訳のしやすさが背景にある。何せ現代中国語において、近代化・産業化に必要となった用語の大半は、戊辰・明治期に日本で翻訳されたものを流用しているからだ。「大半」というのは決して過言ではない。例えば、人文・社会科学分野の用語の6〜7割は日本で作られた熟語が使われている。
以上の一文を見ただけでも、「製」「翻訳」「現代」「近代」「化」「産業」「用語」「人文」「科学」「分野」が日本漢語の逆輸入なのだ。
つまり、難解な文章ほど日本語との共通度が増す仕組みになっており、自動的に読解力が上がる構造になっている。逆に、分かりやすい日常的な文章ほど、中国人には難しい話になっている。結果、ゲームのルールは自動翻訳だけでも相当に精度が高いものになるのだ。ただ、ゲームのルールはカタカナ語が多いことが問題で、中国向け輸出を考えているデザイナーは、ルール作成時に一考したほうが良い。
これは余談。

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本作は、1944年末から45年4月までのドイツ本土防衛戦をシミュレートしたもので、ドイツ軍に対して西側連合軍、ソ連軍が東西から挟撃、ベルリン進攻を競争する仕組みになっている。
二人用ゲームだが、三人プレイが望ましいと思われる。今回はドイツも東西に分かれて四人でプレイ。ケン先生はソ連軍を持たせてもらった。
ルールは至ってシンプルで、移動と攻撃、攻撃は戦闘比で、戦闘後前進は1ヘクスというもの。
勝利条件も超シンプルで、先にベルリンを占領した方が勝ち、4月までに占領できなければ、ドイツの勝ち。
本作は、全滅しても米ソはすぐ復活するので(全部ではないが)、損害を顧みずに攻撃するのが肝要だ。

自分はソ連軍らしく、1対1でも必要があれば攻撃するスタンスで進め、3月にはベルリンを占領できそうな勢いで進んでいたが、西側のドイツ軍担当者がド素人だったらしく、戦線をつくらずに放置していたため、米英軍があっけなく、西側ドイツ軍を包囲して、ベルリンに突入、終了してしまった。
私の正面の東側ドイツ軍を担当した人はベテランっぽかったので、「指導しろよ!」と思ったのだが、中国では他人のプレイに口を出さないスタイルかもしれないので、そこは我慢。しかし、納得のいかない終わり方となった。

ゲーム的には、シンプルでプレイアビリティも高いのだが、ドイツ軍はただ叩かれて戦線を整理するだけなので、あまり面白そうに見えない。まぁ古い作品だからね。しかし、古典としては名作の一つなのだろう。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月08日

現代フランスで黄巾党が蜂起? 下

前回の続き)
リベラリズムが本質的にエリート支配を志向するのに対し、デモクラシーは大衆による大衆の支配を至上のものとする。20世紀後半の欧米日の議会史は、リベラリズムとデモクラシーの融合が奇跡的に上手くいったために成立しているだけの話で、それは第三世界などから資源を収奪して加工品を高く売りつけることで利潤を獲得し、その利潤を国内に分配することで成立していた。さらに言えば、ソ連・中国などの対立する東側諸国の存在が、国内の階級対立を抑止していたこともある。

ところが、冷戦が終結し、工業国としての利潤も上がらなくなった結果、欧米日諸国は例外なく財政難にあえぐことになる。国内の階級対立を抑止するため、社会福祉とインフラに過剰な投資をしてしまったためだ。
そして、慢性的な財政赤字を解決するために米欧日で導入されたのが新自由主義だった。社会福祉を削減し、インフラ投資を始めとする政府支出を極限まで削減する手法である。それは国内対立の激化を招く恐れが強かったため、アメリカは冷戦の終結を急ぐことになるが、ソ連が急激な改革に失敗して自壊したため、命脈を保つことになる。実は、仮に冷戦が続いていた場合、米欧日もまた財政赤字で自壊した可能性があるのだが、それについては機会を改めて書きたい。

冷戦が終結した結果、アメリカは欧州以外の旧ソ連圏を含む社会主義国を植民地化し、市場と資源と安価な労働力を確保、西欧は東欧を支配することで市場と安価な労働力を確保、日本は市場経済化した中国に進出することと自国民を非正規労働者化(社会保険の適用を外す)することで、実は経済と財政の崩壊を免れるところとなった。
だが、それは一国の経済主体あるいは労働を外部委託しただけの話であり、資本は命脈を保ったものの、米欧は安価な移民労働に依拠したことで失業が蔓延、日本では労働者の4割が超低賃金かつ社会保険の適用外に置かれる事態に陥った。

国家を運営し、国民を支配するエリートにとっては常に現状維持が最大の課題であるため、経済規模(具体的にはGDP)を維持し、財政難を克服することが最優先となる。また、技術進化と自由化に伴って、資本の移動が容易となったため、国内資本が海外に流出しないよう、これを優遇することが、エリートの統治原理において「最も合理的」選択となった。
結果、エリートは、米欧日のどの国でも例外なく、国家間で富裕層の優遇を競い合いつつ、その「穴埋め」として中低所得層からの収奪を強化する他なくなっている。同時に、産業の外部委託と技術革新によって、中間層自体が急激に没落しつつあり、国民の大多数が収奪される側になっているのが現状だ。
米欧日、どの国のエリートに聞いても、高確率で「富裕層に増税したら海外に出て行っちゃてもっと貧しくなっちゃうヨ。でも財政難だから、ゴミどもから吸い上げるしか無いんだよネ、他に選択肢なんてないサ」と答えるだろう。

本来、こうした「エリートの論理」に対して「大衆の論理」が一定の抑止をかけることで、国内の階級対立の激化が防がれる構造になっていた。ところが、フランスの大統領選と国民議会選挙に象徴されるように、「選挙するとエリートが当選しちゃう」構造ができあがっている。これは、フランスの場合、収奪される側の大衆が大分裂状態にある一方、エリート層は一致団結しているため、絶対得票率にしてわずか十数パーセントで大統領と議会の多数を占める構造から説明できよう。
しかし、一方で階級対立と国民の不満は増すばかりで、エリートによる社会支配は脆弱化する一途を辿っている。そのため、欧米日ではどの国でも「テロ対策」と称して独裁国家水準の治安立法を次々と通している。それはフランスでも例外では無い

議会や大統領が全く(多数の)民意を反映しない以上、大衆としては直接行動に訴えるほか無く、それが今回の「黄巾の乱」の原動力になっている。言い換えれば、今回の蜂起は、エリート支配と議会制度に対する、民主主義の現出であり、これを「ただの暴徒」と言ってしまうマクロン大統領の感覚は、バスチーユ事件が起きた日の日記に「何もなし」と書いてしまうルイ16世の感覚と酷似している。

そもそもフランス革命は、アメリカ独立戦争などに肩入れして財政難に陥ったフランス王家が非課税の貴族と聖職者に課税しようと自分で三部会を招集したにもかかわらず、統制が効かなくなると弾圧に転じてしまったことから始まった。
その意味で、富裕層に減税をする一方で、大衆増税を進める米欧日の情勢は、革命前のフランスに近くなってきていると言えるだろう。ただ、日本には民主主義の伝統も考え方も無いため、ひたすら収奪されるだけにあるとは言えよう。だからこそ、「フランス人は非理性的だ」などと言えるに違いない。「人間らしい暮らし」を求めて街頭に出るフランス人と、「生きていられればいいや」と沈黙する日本人、どちらが人間的かという話なのである。
【追記】
第15条(行政の報告を求める権利) 社会は、すべての官吏に対して、その行政について報告を求める権利をもつ。

第16条(権利の保障と権力分立) 権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない。
「人間と市民の権利の宣言」(1789.8.26)
posted by ケン at 00:00| Comment(4) | ロシア、中国、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月07日

現代フランスで黄巾党が蜂起? 上

【仏抗議デモ全土拡大、マクロン政権最大の危機に】
 フランス全土に燃料税引き上げへの抗議デモが広がり、エマニュエル・マクロン大統領は就任以来、最大の危機に直面している。警察当局によると、ここ数十年で最悪規模の被害をもたらした1日の首都パリのデモでは412人が拘束され、現在も363人が勾留されている。
マクロン氏は地球温暖化対策であるとして燃料税引き上げを撤回する考えがないことを強調している一方、抗議デモが地方都市や郊外を中心に広がったことから、3日になって政府は妥協策提案の可能性を示唆。エドゥアール・フィリップ首相は閣僚や主要野党の党首らと会談し、対策を協議した。マクロン氏は2017年5月、雇用創出目的の企業投資の促進を柱とした財界寄りの政策を訴え大統領に就任。その後すぐに起業家や高所得者向けの減税を推し進めた。燃料価格の上昇に対する抗議デモ「黄色いベスト」運動の参加者は来年1月に予定されている燃料税引き上げの延期だけでなく、多くが最低賃金や年金の引き上げも求めている。
また、3日には抗議はフランス全土の学校100校あまりに波及。生徒たちが学校を封鎖するなどして大学の入試制度改革に抗議した。抗議運動をめぐっては年末の書き入れ時に買い物客の足が遠のく可能性もあると実業界から懸念の声が上がっているほか、ブリュノ・ルメール(Bruno Le Maire)経済・財務相によると抗議デモが始まって以降、ホテルの予約率は15〜20%ほど落ち込んでいる。
一方、抗議デモを支持してきた極右政党「国民連合(RN)」のマリーヌ・ルペン(Marine Le Pen)党首はツイッター(Twitter)で、フィリップ首相との会談で「マクロン氏が選択した戦略としての対立に終止符を打つ」よう求めたと投稿した。一連のデモでは一部の参加者が暴徒化し、警察隊を襲撃したり車に火を付けたりするなどしたため非常事態が宣言される可能性も出たが、内務省のローラン・ヌニェス(Laurent Nunez)副大臣は3日、現時点でその考えはないと明らかにした。
フランスでは過去、大規模な抗議デモによって政権が政策の転換に追い込まれるという事態が繰り返されてきたが、ルメール経済相は低所得世帯を中心とする消費低迷の解決策について欧州でも高水準にあるフランスの税率を早急に引き下げることだとした一方、「そのためには公共支出の削減が急務だ」と強調した。
(12月4日、AFP)

まさか2千年の時を経て現代フランスで「黄巾の乱」が発生するとは驚きである。本ブログの読者には説明不要とは思うが、簡単に説明すると、中国のいわゆる「三国志」の発端となる事件で、西暦184年春、新興宗教とも言える太平道を奉じた農民が蜂起、華中全域に拡大し、その軍勢は数万人に上り、その鎮圧には半年以上かかってしまう。これにより後漢王朝の衰退が明白となり、群雄割拠時代の幕開けを飾った。曹操や劉備の初陣も黄巾征伐だとされる。黄巾と呼ばれる黄色い頭巾を被っていたことから、この名称がついている。
「蒼天已死 黄天當立 歳在甲子 天下大吉」(『後漢書』71巻 皇甫嵩朱儁列傳 第61 皇甫嵩伝)
蒼天すでに死す、黄天まさに立つべし。
歳は甲子に在りて、天下大吉。

フランスの国旗である三色旗は青白赤であるが、それぞれ「自由、平等、博愛」を指すと言われているが、これは伝説の類いで、現実にはパリの紋章だった青と赤にブルボン朝の白百合を組み合わせたものだった。いずれにせよ、青はブルーカラーの勤労を表すこともあり、「蒼天已死」は自由と勤労の死を象徴すると考えても不自然なところは無いだろう。そして、三色旗にはない「黄」が掲げられたことも「黄天當立」を象徴している。意外なほど無理筋では無いのだ。

ケン先生は一年以上前にこの危険性を指摘しているので、まずは確認していただきたい。
マクロン氏の新自由主義路線は、さらなる移民や外国人労働者を呼び込んで、国内の労働条件を悪化させ、経済格差や地方の疲弊を加速させる可能性が高く、同時にフランスのドイツ従属(欧州銀行への従属)を強める結果にしかならず、「反EU」「排外主義」「保護貿易」支持層を増やすのは間違いない。EUというのは、域内での経済的自由を保障する一方で、地域の経済的自立を保障せず、かといって日本の地方交付金のような域内の格差を是正するシステムも無いだけに、圧倒的に「強い者が勝つ」システムで、敗者を救済する術を持たない。
オランド政権下で実施された富裕税も、同じ社会党政権下でマクロン氏らの主導によって廃止してしまっており、所得再分配機能も大きく低下している。また、マクロン氏はシリアに対する武力介入を支持、ロシアに対する制裁強化を主張するなど、対外タカ派(介入主義)でもあり、この点でも国内対立を促進させる恐れがある。
マクロン氏の「自由」に特化したリベラリズムは、地域コミュニティや国民統合を破壊する方向に働く可能性が高く、今後フランス国内は混沌化が進むものと見られる。
マクロン節はどこまで通じるか、2017/09/26)

マクロン氏は社会党出身ながら今回は単独で立候補しているが、その掲げる政策は専ら新自由主義で、EUの中で民営化と規制緩和を進めることで経済成長を実現するとしている。優遇されている公務員を始め、既得権益層が大きいフランスで、民営化と規制緩和を行えば、激しい抵抗が起こると見られ、国内の不穏がますます高まるだろう。仮に若干の経済成長が実現できたとしても、ドイツとの競争に勝てない限り、国民の不満は高まる一方かもしれない。
そして、親EUと新自由主義路線は経済格差をさらに拡大するため、国内における排外主義を助長し、脱EU論者をさらに増やすものと見られる。今回はマクロン氏が勝つとしても、その施策は近い将来、国民戦線を大きく飛躍させることになるだろう。基本的には、サルコジとオランド路線の焼き直しに過ぎず、反ロシア・反アサド・対外積極策という点でも、従来の政策に懐疑的な層を説得できる可能性は低い。
(2017フランス大統領選1次投票、2017/04/26)

マクロン大統領の就任直後には7割前後あった支持率がいまや3割を切るに至り、逆に今回の「黄巾の乱」を支持する市民が7割に上っていることは、2009年の民主党政権成立前後の事情とよく似ており、議会制民主主義の機能不全を象徴する事態となっている。
なぜこうしたことが起こるのか。まず選挙制度の問題から見てみよう。

そもそも2017年春のフランス大統領選、その第一次投票においてマクロン氏の得票は24%に過ぎず、同19〜24%の中に主要四候補が収まるという大分裂に終わった。そして、決選投票で国民戦線のルペン候補と一騎打ちになったため、当選できただけのことだった。
この第一回投票の投票率は78%、つまりマクロン氏に投票した市民は全体の約18%に過ぎないことを意味している。

また、同じく同年6月に行われた国民議会選挙では、マクロン氏を支持する新党「共和国前進」が全議席の6割を超える308議席を獲得したが、第一次投票の得票率は28%に過ぎず、しかも投票率は5割を切る有様だった。つまり、全投票者のうち「前進」に投票したのはわずか13%でしかなかった。が、結果的に、フランス式の決選投票で大勝しただけの話で、第二次投票の投票率は42%にまで低下している。
国民議会選挙の第一次投票で、13%を得票した国民戦線(右派)はわずか8議席、同11%の「不服従のフランス」(左派)は17議席を獲得したに過ぎない。この二党だけで投票者の約2割が「民意を示したのに議会に反映されなかった」わけだ。

今日、議会制民主主義という言葉が一人歩きしてしまって、不可分のもののように考えられてしまっているが、本来的には議会主義と民主主義は別個の存在であることを再認識する必要がある。

まず議会制度は、もともと王権=行政権に対するチェック機能から始まった。国王による際限なき課税や法律の施行を抑止するために、立法権の分離を図ると同時に、議会で作られた法律が適正に運用されているかをチェックすることが、近代議会の存在意義だった。つまり、権力分立を志向するリベラリズムの考え方である。そのため、本来的には「エリート同士による相互監視と競争」が求められる。

これに対して、民主主義は政治に民意を最大限反映させることを至上とする考え方でしかない。そこに求められるのは、「大衆意思の最大的反映」である。

従って、議会制度ができた当初は、貴族やブルジョワジーなど社会的エリート層しか参加できなかった。しかし、産業革命を経て総力戦の時代を迎えるにつれて、労働力や戦力の広範な動員が不可欠となり、国民の不満を抑えるためにその対価として政治参加=選挙権が認められていった。
つまり、歴史的経緯を見た場合、議会制民主主義という名称は必ずしも妥当では無く、「民主主義的要素を加味した議会制度」という方が妥当なのだ。
以下続く
posted by ケン at 16:34| Comment(0) | ロシア、中国、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月05日

ゲームカフェで「Loot Port」

ようやくゆとりが出てきて、計画的に遊べるようになりつつある。
今回は日本語がペラペラのXさんが不在ではあったが、ゲームカフェに行ってみた。
先日東京で開かれたゲームマーケットに行った人が、ぜひプレイしたいというゲームがあったこともある。
そもそも中国人が東京のゲームマーケットに行く(しかも出展するのでは無く)というだけで、相当凄い時代になっていると思う。

この日は三つ持ってきたと言うが、十個くらい買ってきたらしく、凄い購買欲である。しかも、その人は日本語がちょっとだけ分かる程度だという。
早速見せてもらったが、うち二つは言語依存度が高いカードゲームで、カードの内容を全て翻訳しないと無理な感じ。簡単な物であれば、感じから類推できるが、そういうレベルでは無かった。確かに同人とは思えない出来(画が)ではあるが。。。

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唯一その場で訳してできそうな「Loot Port」なる同人ゲームをプレイする。英語と中国語と翻訳アプリを駆使して説明する。
ある島にいる西部風のガンマン数人がバトルロワイヤルして島を脱出できれば勝ちというゲーム。
だが、初期手札次第では、武器が無かったり、弾丸が一発しかなかったりする上、最初の内はなぜか射撃しても殆ど命中しない。そもそも4枚しか無い乗船チケットのうち一枚を持って、最終ターンに「港」で生き残っていれば、脱出して勝てるという話でもある。
そのため、最初の内はガンマン同士で盗み(スリ)合いをするというちょっと格好悪いゲームでもある。
面白いのは、命中すれば即死してゲームから脱落するが、外した場合は反撃があること。そして、命中不命中にかかわらず、誰かが射撃するたびに命中率が上がってゆくこと、そしてなぜか教会に弾丸を捧げると命中率があがることがある。スリは一枚しか奪えないが、相手を殺すとカードが三枚奪えるので、だんだんブラッディになっていく構図。
6人で2回プレイして、一回はアッサリ殺されて脱落するも、二回目には脱出に成功した。
30分以内で終われるが、なかなかに盛り上がるゲームで、システムも興味深い。

中国人的にはあまりドイツゲームはお好みではないらしく、「ゲームと言えば、アメリカか日本」ということらしい。この点でも日本は数少ないソフト・パワーの優位性を保っているようだ(笑)
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月04日

漱石は百年後まで見えていた?

最近改めて夏目漱石の偉大さを思うようになっている。
漱石は、日露戦争の勝利に沸く日本にあって、「いずれ滅びる」と見ていたわずかな人間の一人だった。
夏目漱石の『三四郎』の冒頭、熊本から上京する汽車の中で席を同じくした男が、日本の貧相さを自嘲気味に話すのに対して、三四郎は日露戦役の戦勝を念頭に「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と応える。だが、男はしれっと「滅びるね」と言ってのけて、三四郎を面食らわせるシーンがある。
恐らくは漱石は、戦勝の裏にある巨大なツケについて認識していたのだろう。日露戦争は戦勝に反して、その内実は実に酷かった。
「日露戦争は予算を確保した」とは言うが、その内実は酷いものだった。
日露戦争の戦費は18〜20億円で、そのうち8億円(借り換え含めれば13億円とも)が外債だった。
当時の日本の一般歳出は2.6億円に過ぎず、当然税収は2億円にすら満たず、そんな中で2億円規模の増税を行ったのだから、ある日突然税金が倍以上になったわけで、当時の日本人は偉すぎるとは思うものの、今から考えれば「あり得ない」ほどの無茶だった。

これを今日のレートに直せば、300〜400兆円もの戦費がかかったことを意味しており、うち100〜200兆円は借金で、「C国と戦争勃発」ということで、ある日突然消費税が20%、所得税が倍になってしまうようなイメージである。

さらに、この外債の内実は惨憺たるものだった。
最も規模の大きかった英国債を例に挙げると、一回目と二回目の公債は利率6%で、発行価格が額面の約90%の上、関税収入を担保に入れるという代物だった。
最初から割引して発行していることを考えれば、実効利率は7〜7.5%といったところだった。
日露戦争のツケ

日露戦争後、日本は韓国を併合するが、その経営は赤字続きで、1932年の一般会計予算が15億円のところに7千万円も交付金を出して補填しなければならなかった。
一方、ロシアでは革命が勃発、第一次革命は鎮静させたもの、帝政の終焉を早めたことは間違いなく、十月革命を経てソ連というより強大な脅威を作り出す遠因になった。そして、韓国や樺太などを防衛するためとして、シベリア出兵や満州事変が起こされ、「ソ連の脅威」に備えるため陸軍の際限なき軍拡が進み、その軍事負担は日本の重工業や民政発展に深刻な打撃を与えた。

漱石は、1909年6〜10月に東京朝日新聞に連載した小説「それから」の中で、代助の言葉を借りて当時の日本の有り様を批判している。
日本程借金を拵えて、貧乏震いをしている国はありゃしない。此借金が君、何時になったら返せると思うか。そりゃ外債位は返せるだろう。けれども、それ許りが借金ぢゃありゃしない。日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ち行かない国だ。それでいて、一等国を以て任じている。そうして、無理にも一等国の仲間入りをしようとする。だから,あらゆる方向に向かって奥行を削って、一等国丈(だけ)の間口を張っちまった。なまじい張れるから、なお悲惨なものだ。牛と競争をする蛙と同じ事で、もう君、腹が裂けるよ。其影響はみんな我々個人の上に反射しているから見給へ。斯う西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、碌な仕事は出来ない。悉く切り詰めた教育で、そうして目の廻る程こき使はれるから、揃って神経衰弱になっちまう。話をして見給へ大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日の、只今の事より外に、何も考えてやしない。考えられない程疲労しているんだから仕方がない。精神の困憊と、身体の衰弱とは不幸にして伴っている。のみならず、道徳の敗退も一所に来ている。日本国中何所を見渡したって、輝いてる断面は一寸四方も無いじゃないか。悉く暗黒だ。
(夏目漱石『それから』)

何のことはない、間もなく2019年を迎える日本は当時から一歩も進歩していない、あるいは1909年水準にまで落ち込んでしまったことが分かる。漱石の慧眼からも今の日本がもう一度「滅びる」のは間違いないと見てよいだろう。
posted by ケン at 12:00| Comment(4) | 日本語、日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月02日

ロシア国内も対日融和機運

【北方領土引き渡し、ロシアで賛意増加 経済協力期待か】
 日ロ首脳会談を1日に控えたロシアの世論調査で、北方領土の日本への引き渡しを支持する回答が17%にのぼり、2016年の同様の調査から10ポイント増えた。反対意見が7割超で圧倒的に多いのは変わりないが、経済的な見返りへの期待のほか、ロシアの世論が変わりつつあるとの見方もある。
 調査は11月22〜28日、ロシアの独立系世論調査機関「レバダセンター」が実施した。同30日に公表された結果によると「平和条約の締結と日ロの経済協力の発展のため、(北方領土の)島のいくつかを日本に引き渡すことを支持するか」という質問に、17%が「支持する」と答えた。
 北方領土の引き渡しについて同センターが調査するのは1992年以降、今回で13回目。引き渡しを支持する意見が10%を超えたのは92年10月(12%)以来で、「支持しない」(74%)の割合も、93年以降では最も低かった。
(12月1日、朝日新聞)

ロシア国内では圧倒的に「引き渡し反対」が強いわけだが、これは単なる大国意識=ジャイアニスムの現れであって、それ自体はあまり気にする必要はない。
むしろ記事に書いてあるとおり「少しでも増えている」というわずかな変化が、ソ連・ロシア学では重要となる。
朝日にも一人くらいはまともな記者もいるようだ。

プーチン氏が大統領であること、ロシアが欧米と厳しい関係にあること、ロシア国内でも有識者を中心に対日融和の機運が高まっていること、そして日本では戦後最大の権力を握る安倍氏が総理大臣にあることなどを鑑みれば、どう見ても「千載一遇の好機」でしかないと思うのだが。

確かにロシア側が今頃になって「ただで返すとは誰も言ってない」みたいなことを言い出しているが、これは彼らのタフネゴシエーターぶりとツンデレぶりを示しているだけで、冷静に対処すれば大丈夫だろう。
北方領土交渉など、本来的(交渉だけ見れば)にはノモンハン事件の幕引き交渉よりはるかに楽なネタなのだから。
posted by ケン at 12:00| Comment(6) | ロシア、中国、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする