2018年06月22日

第二次日中戦争の現実味について・下

前回の続き
財政的にも日本は、現状でさえ毎年税収の2倍もの歳出予算を組んでおり、収支を改善する見込みはなく、低成長、技術的退潮、貧困化の下で、今後さらに悪化させて行く可能性が高い。この点でも、「開戦するなら早いほうが良い。戦時景気とインフレで財政赤字を解消できる」という認識を抱いたとしてもおかしくはない。
国力的には、2010年に中国のGDPが日本を追い越して、2017年には中国の12兆ドルに対して日本4.8兆ドルと対中4割近くにまで差が付いている。偶然なのか歴史のいたずらなのか、この「対中4割」はまさに1937年のそれと同じで、これまでの勢いでは中国の成長が続かないとしても、日中間格差が拡大の一途にあることは間違いない。

政治的にも、今の自民党と霞ヶ関は危機的な状況を迎えつつある。自民党・霞ヶ関とアメリカの関係は、冷戦期の東欧諸国共産党とソ連の関係と酷似している。ソ連邦の共産党と軍は、そのヘゲモニーの上に東欧諸国に共産党政権を成立させたが、それが撤退すると同時に瓦解した。
戦後日本のデモクラシーと議会政治は、占領軍支配下で昭和帝が下した欽定憲法(現行憲法)に基づいて成立しており、市民・国民が熱望して、あるいは血を流して獲得したものではない。現実に、議会選挙の投票率は国政で50%強、地方では30%前後という状態が続いており、デモや集会は警察の許可制、マスメディアは政府に従属、大学などの高等教育に対する政府統制も強化される一方で、およそ自由民主主義の実質を伴っていない。
在日米軍の撤退は、戦後体制における統治上の正統性の喪失を意味し、国民的支持が失われたままだと、現行の統治システムそのものが機能不全に陥る可能性がある。
これを回避するためには、大国と戦争して勝利することによって、独自の正統性を確立すると同時に、体制支持率(内閣支持率では無く)を回復させる必要がある。「アメリカがアジアから手を引いて孤立無援になる前に、対中戦を仕掛けて勝利しなければ、現行体制が維持できない」と政治家や官僚が考えたとしても不思議は無い。

また、経済的な行き詰まりから、資本の要請で1990年代以降、国民・市民に対する収奪が強化されつつあるが、これが国民統合力を低下させている。結果、統合を維持するために、政府はナショナリズムを称揚する傾向を強めているが、これが大衆の間で中朝韓やアジア蔑視を強化する方向に働いており、ひとたび戦闘が発生した場合、日露戦争や日中戦争が生起した際のように国論が沸騰、戦争支持が国を支配するだろう。日本政府としては、「小規模の国際紛争における勝利が望ましい」と考えても、国民が全面戦争を望む可能性がある。

以上の話は、個別的には荒唐無稽かもしれないし、「あり得ない」と一刀両断に処することもできようが、感情の底流にある一要素として何時どこで噴出するか分からない存在であり、歴史的には常に「あり得ない」可能性がいつの間にか現実のものになっていたことを忘れてはならない。例えば、日清戦争の前に、日清戦争後10年でロシア帝国と全面戦争をするなどと言ったところで、誰も本気で相手にしなかっただろう。イギリスとアメリカと中国と同時に全面戦争するなど、1935年の段階ですら、誰も本気で取り合わなかったに違いない。
少なくとも、第二次日中戦争の可能性は、確率論的には対英米中仏ソ戦争が起こる確率よりも高いと考えるのが妥当である。それは、現在の政治家と官僚、あるいは市民・国民が、80年前よりも賢くなっているという保証が何一つ存在しないことから説明できる。
だからこその「亡命」でもあるのだ。

だが、現実には憲法と国連憲章上の理由から日露戦争や太平洋戦争で行ったような先制奇襲攻撃が難しく、日本が中国側に対して何らかの開戦理由をこじつけて自衛権を発動する必要があるだけに、選択肢としてはなかなか成立しがたい。とはいえ、突発的に国境紛争が発生し、国論が沸騰して世論が対中戦争を支持する可能性は十二分にあると考え、確率を残してある。

より現実的な選択肢としては、既存のプルトニウムを利用して核弾頭を生産、核武装をもって中国に対して体制と領土(特に沖縄)の保証を要求するという、北朝鮮モデルが考えられる。
この場合、アメリカは在日米軍の撤退と引き替えに日本の核武装を容認する可能性が高まりつつある一方、中国の習近平主席は「中国は日本の核武装に関しても、一貫して反対の立場を強調してきた。これは今後も変わらない中国の外交方針だ」「(日本の核武装を阻止するためには)戦争も辞さない」との姿勢を示している(2017年11月の米中首脳会談にて)。
これは、一歩やり方を間違えると、国連憲章の旧敵国条項が適用されて安保理の許可無しで(例外規定)、軍事的制裁・介入が行われる可能性を示している。敗戦国で核武装したケースが無いだけに、現実的と考えるのが妥当だろう。この点、日露戦争では「長引けば列強が和平仲介してくれるはず」、太平洋戦争では「ソ連は中立条約を守るはず」などと常に楽観的であるのが日本エリートの特徴であり、今回も「敵国条項が適用されることはあり得ない」と判断すると見て良い。

ただし、日本側からすれば、「対中限定戦争よりはマシ」「財政負担も通常戦力増強より軽い」「国内にプルトニウムが余ってる」との理由から、「他に選択肢は無い」「北朝鮮は成功した」との判断がなされる可能性が高い。

他方、中国側からすれば、日本は現状でも「帝政」「デモクラシー」というイデオロギー的に相容れない存在である上に、世界有数の軍事力(予算レベルで7位前後、海軍力で世界第二位)を持つ「東洋最大の脅威」であるだけに、日本の核武装は中国の安全保障上、最大の脅威となるだろう。

最も平穏な道は、日本が核武装をちらつかせて実行する前に、中国側から体制保証を引き出す、という筋書きが考えられる。その場合でも、日本側は天皇制ないし議会制民主主義の放棄と人民解放軍の進駐が求められるかもしれない。
いずれにしても、非常に険しい道であり、現行の政治家や外交官に担える難易度では無いように思われる。

【追記】
もう一つ考えられるパターンは、ナチス・ドイツ型がある。極度の財政的緊張に陥った日本にポピュリズム政権が成立、緊縮財政を放棄して超規模の財政出動を行って大軍拡とインフラ整備を行うと同時に、排外主義を煽ることで破綻しかけた国民の再統合を図るというもの。この場合も、周辺国との摩擦が強まり、些細なことで戦争が勃発する恐れが強くなる。現在の日本が全体主義を求める理由については、近く見解を述べる。
posted by ケン at 00:00| Comment(10) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月21日

第二次日中戦争の現実味について・上

ケン先生は、日本が短中期的に中国と戦争する確率について、今のところ3〜5%程度だが、今後30〜40%程度にまで上がるのではないかと見ている。「まさか」と思う人も多いだろうが、1920年代や30年代初めに「日米戦争は不可避」と言えば大体同じような答えが返ってきただろう。

まずイデオロギー的に、日本は君主国家である上、一応形式上は議会制民主主義の態をとっているが、このいずれも現代中国からすれば「危険思想」「自国の体制を否定しかねない脅威」であり、共存の難しい体制である。
しかも、戦後日本は在日米軍のヘゲモニーの上に天皇制の存続と旧体制の温存が認められた擬制デモクラシーの国家・衛星国であるだけに、東アジア冷戦の終結によって在日米軍が撤退した場合、現行の霞ヶ関・自民党の支配体制は統治の正統性を失うことになる。
米国覇権の後退に伴って誕生する新中華帝国(仮称)と日本の現行制度の共存が困難である以上、日本政府は中国に対して遠からず「体制保証」を求めることになるだろう。それは、限定戦争を行って部分的勝利(例えば冬戦争におけるフィンランド)を得るか、核武装した上で北朝鮮がアメリカに対して行ったようなチキンレースを行うかでしか実現し得ない。さもなければ、1989年の東欧諸国のように自民党と霞ヶ関は自壊してゆくことになるだろう。
ケン先生的には、現時点の数字では無いが、最終的にその確率は、日中戦争が3割、核武装が5割、自壊プロセスが2割程度になるのではないかと推測している。

先にも述べたが、近代日本の戦争は、その大半が「やられる前にやれ」の発想に基づいて日本側から攻撃を仕掛けている。そもそも明治帝政成立に際しての戊辰戦争=倒幕戦からして、「このままでは幕府軍の近代化が進んで、数年後には太刀打ちできなくなってしまう」という判断から、薩長と王政復古派の公家が陰謀を巡らし、偽勅をつくってまで開戦に持ち込んでいる。

日清戦争は、外交交渉の中で浮上してきた天津条約案が「清国側に有利すぎる。このままでは朝鮮半島は清にとられてしまう」と日本側に判断され、危機感を覚えた日本政府は半島の軍事バランスを修正するために混成第9旅団を派兵する。この際、伊藤博文総理は平時編制の2千人程度を想定していたが、陸軍の川上操六参謀次長は戦時編制の8千人にして送ってしまう。派兵を決した伊藤にしても、不平等条約改正問題で非難にさらされる中で衆議院解散を控えて、「人気取り」あるいは「タカ派を抑える」という判断が働いていた。ところが、いざ派兵してみると、朝野のマスコミ、輿論が沸騰、さらに衆議院でも開戦論が圧倒的多数を占めるに至り、閣内でも大山陸相と陸奥外相が開戦を迫って伊藤は決断を余儀なくされた。

つまり、日清戦争は政策担当者の主観的には外交交渉の敗北を軍事的勝利をもって上書きすることを目的とし、政治的には朝鮮半島から清国の影響力を排除して日本の単独的影響力を確立することを目的として始められた戦争だった。実際、開戦に先だって日本軍が行ったのは朝鮮王宮の制圧と、李王家の確保だった。
ただし、大衆的には全く異なる文脈で受け止められており、キリスト者の内村鑑三ですら「日支那の衝突は避べからずと、而して二者衝突して日本の勝利は人類全体の利益にして世界進歩の必要なり」(1894年7月27日、国民新聞)という具合に「近代国家と封建国家による文明戦争」と捉えていた。

日露戦争は、もともと満韓交換論で妥結寸前にあった日露交渉について、日英同盟が成立したことを受けて、日本政府が満州利権を要求した結果、紛糾、日本側では「ロシアはいたずらに交渉を引き延ばしている」「ロシアがシベリア鉄道や満州のインフラ整備を進めた場合、日露が開戦した際、日本軍は戦力的に勝てなくなる」との見解が大勢を占め、早期開戦論が高まった。
日本国内の世論はすでに開戦に向けてヒートアップしつつあった。1903年10月下旬の『東京朝日新聞』の社説を見ると、「百戦、百勝の成算、我国にあること疑ひなし」(10/23)、「無期的に此痛苦を忍ぶは、有期的に戦争の痛苦を忍ぶに如かず」(10/24)、「帝国自身に和乎戦乎を決するの時機既に熟したり」(10/28)とばかりに、早期開戦を連呼している。
こうした状況下にあって、露清交渉のもつれから、駐満ロシア軍が奉天を再占領するという事件が起き、日本側の不信感をさらに煽ってしまった。逆に韓国では、11月に入って、ロシアの外交官や軍人が日本人居留民に襲撃される事件が相次ぎ、露日間の国民感情は悪化の一途を辿った。
明治帝は、1904年2月6日に開戦の勅命を下すが、ロシア側が全面譲歩した外交回答が東京に到着したのは、翌2月7日のことだった。

太平洋戦争については、ここで説明するまでも無いが、「国内の石油備蓄が尽きる前に開戦しなければ、一方的に屈服する他なくなる」という理由から、真珠湾に対する無通告奇襲攻撃を行った。無通告問題については以下を参照されたい。

・真珠湾攻撃はハナから無通告のつもりだった? 

ここで疑問に上るのは、「過去はそうだとしても、今の日本が中国と戦争する必要は無いだろう」というもの。だが、過去の戦争は、いずれも「外交的失敗を軍事力で覆す」「ジリ貧に陥る前に起死回生の一発を撃つ」に端を発しており、今日の日本が置かれた状況に似通っていることが分かる。

先に始まった米朝和解のプロセスにより、朝鮮戦争の終結が視野に入った結果、冷戦の最前線は北緯38度線から日本海に移りつつある。これは朝鮮半島が、世界システムとしての新中華帝国に組み込まれることを意味し、日本はほぼ単独で新帝国と対峙せねばならなくなる。
これに対し、旧帝国であるアメリカは、中国との直接対決を回避するため、前線をグアム線ないしはハワイまで下げる意向を強めている。この場合、軍事的には「在日米軍が撤退する前に、中国に先制攻撃を加えて、その勢力を削いでおくべきだ」と考えるのが、「合理的」となる。
自衛隊の充足度で考えても、現状でさえ定数を満たしておらず、隊員の質は年々低下する一方にあると言われており、「開戦するなら早いほうが良い。遅れれば、保有する全艦艇を動かすこともままならなくなる」という判断になるだろう。
中国軍の近代化については言うまでも無く、「開戦が遅れれば遅れるほど、自衛隊に不利になるから、尖閣で一戦を交えるなら、できるだけ早いほうが良い」という議論が自衛隊でなされているという報告を受けた。軍人としては当然の帰結であろう。
(以下続く)
posted by ケン at 12:25| Comment(4) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月20日

骨抜きされた受動喫煙対策法案

【受動喫煙法案、国民民主が規制厳しい対案 厚労委で審議】
 受動喫煙対策を強化する健康増進法改正案の本格的な審議が13日、衆院厚生労働委員会で始まった。国民民主党は、店舗面積30平方メートル以下のバーやスナック以外の飲食店は原則屋内禁煙(喫煙専用室は設置可)とする、改正案より規制が厳しい対案を提出した。与党は今国会での成立を目指しているが、規制内容をめぐり、意見が対立している。
 加藤勝信厚労相は委員会で、「(改正案は)新たに開設する店を原則屋内禁煙とするなど、対策が段階的に進む実効性のある案だ」と述べ、法改正への理解を求めた。
 改正案は、焦点だった飲食店を原則屋内禁煙とするが、例外的に客席面積100平方メートル以下で個人経営か中小企業の既存店は「喫煙」「分煙」などと表示すれば喫煙を認める。国民が今回出した対案は、より厳しい内容で、施行時期も改正案より前倒しにし、2019年のラグビーワールドカップ開催までとした。
(6月13日、朝日新聞)

「東京五輪の開催前には、国際標準程度には規制する必要がある」として準備されたはずの受動喫煙対策法案だったが、たばこ業界や飲食業界などの強烈なロビー活動が行われた結果、骨抜きにされてしまった。

例えば、飲食店への規制を見た場合、新規開店や客席面積100平方メートル超の飲食店では「原則屋内禁煙」ではあるものの、喫煙専用室を設置すれば喫煙が認められる。他方、「客席100平方メートル以下」で「個人経営や資本金5000万円以下」の既存店の場合、「喫煙可能」とさえ表示すれば、喫煙が認められる。厚生労働省の推計によると、適用が除外される飲食店は55%に上るという。

野党でも対応が分かれた。国民がやや厳しめの対案を示した一方、立憲はたばこ労組や喫茶店組合などからのロビー活動を受け、労組幹部に喫煙者が多いこともあって沈黙している。ある議員に言わせれば、「見ないフリして嵐が通り過ぎるのを待つだけ」とのこと。この連中がどこを見て政治しているか、よく分かるだろう。立憲は最終的に政府案に反対したが、表向きは「政府は生ぬるい」という理由だったが、内実は組合や業界団体の圧力を受けてのものだった。
他方、国民は採決で自党案が否決された後、政府案に賛成したことで、一部から非難を浴びているそうだが、これは「規制が無いよりはマシ」というもので、立憲よりもよほど理性的な判断だった。マスゴミや世論の犠牲者と言えるだろう。

いまやあの喫煙大国だった中国でさえ、屋内完全禁煙が実現され、喫煙者が急減しているというのに、日本では喫煙者や業界団体の既得権が保護され、国民全体の健康は二の次にされている。
posted by ケン at 11:59| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月19日

人手不足で外国人は必要か

【「骨太」素案 外国人労働者拡大へ新資格 最長10年、在留可能に】
 政府は経済財政運営の指針「骨太方針」の素案に、外国人労働者の受け入れ拡大に向けた新たな在留資格の創設を盛り込んだ。新資格で平成37(2025)年ごろまでに50万人超が必要と想定する。人手不足の深刻化を受け、実質的に単純労働分野での就労を認める方針転換となるが、現行制度でも受け入れ後の生活保護受給者増や悪質な紹介業者の存在など解決すべき課題は山積しており、一筋縄ではいきそうにない。
 政府が検討する受け入れ策によると、農業、建設、宿泊、介護、造船の5分野を対象に、業界ごとに実施する技能と日本語の試験に合格すれば最長5年の新たな在留資格を取得できる。外国人技能実習制度(最長5年)の修了者は試験を免除。技能実習制度から移行した場合は計10年間の滞在が可能となる。
 骨太方針では、新制度を「移民政策とは異なる」と強調。「家族の帯同は基本的に認めない」とも明記したが、新資格で在留中に高度人材と認められれば専門的・技術的分野の資格へ移行でき、本人が希望する限り日本で働き続けられ、家族帯同も可能となる。ただ、日本語能力の不足などから生活保護を受けている外国人は28年度に過去最多を記録。高額な仲介料を徴収する紹介業者も横行している。
 骨太方針では「的確な在留管理・雇用管理を実施する」と掲げたが、なし崩し的な外国人労働者の受け入れ増とならないよう厳格な対応が求められる。
(6月6日、産経新聞)

コンビニと飲食店を見れば一目瞭然だが、需要減退が明白な状態で、安価な労働力を外部から入れて、過剰な供給力を維持しようという試みが、いかなる末路を迎えるかなど、ちょっと想像力を働かせば分かると思うのだが。

確かに現状、どの分野でも人手不足が深刻になってきているが、一方でデフレ傾向が改善されないということは、供給力が需要を上回っている状態が解消されていないことを示している。本来であれば、人手不足が賃金や流通コストなどを上げ、それに伴って物価も上昇、供給を低下させることで需要と供給の均衡が図られるはずだ。実際、パート・アルバイトの賃金は上昇傾向にあるし、物価も上昇傾向にあるものの、コンビニや飲食店などの店舗数については減少傾向にあるものの、大きな変化は認められない。正確には、飲食店数は、2005年の150万軒に対し、2014年で142万軒とやや減。コンビニは2005年の4万軒に対し、2015年で5万3千軒と大幅増。

日本の場合、労働基準法が形骸化しており、超長時間労働や残業代不払いなどのブラック労働が放置されているため、供給を抑制する仕組みが働きにくい。
仮に欧州標準の労働規制がある場合、コンビニや飲食店あるいは様々な分野のブラック企業は成立し得ず、低収益となって廃業あるいは倒産し、余剰労働力が生まれる構造になっているが、日本の場合、不採算の企業でも超長時間労働や残業代の不払いで延命できるため、生産性の低い企業が市場から淘汰されない仕組みになっている。
結果、低収益の企業が労働力も資本も握り続け、成長可能性のある新興企業が労働力の確保に難儀し、成長が抑制される構造に陥っている。これは、まさに1970年代以降のソ連や東欧で見られた現象である。

こうした状況を放置したまま超低賃金の外国人労働者(実質奴隷)だけ導入したのが、外国人技能実習制度だった。その結果、地方の低収益の既存企業が延命したという点では成功したかもしれないが、地場の雇用には何のプラスにも働かず、超低賃金であるために消費にも全く貢献せず、言うなればアナログのオートメーション工場が地方にできただけの話に過ぎなかった。それでも高収益であるならば、自治体に納税することで一定のプラス効果もあったかもしれないが、そもそも外国人奴隷の導入を必要とする企業は、超低賃金の労働力無しでは成立し得ない超低収益構造にあり、納税に期待などできないのが常だった。

今回の政府の新方針は、外国人技能実習制度を全国規模で大々的に拡充しようというものだが、外国人技能実習制度の総括をせぬまま、規模だけ拡大しようというものに過ぎない。これは、誤った認識に基づいて誤った戦略を展開する典型例であり、全国規模で低収益企業の延命を図る上、より大々的に国家規模で人権侵害を行うことになるだろう。
この政府に労働、経済政策を担わせ続けるのは、いかにも不安である。
posted by ケン at 12:19| Comment(2) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月18日

ジューコフ元帥回顧録

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部屋を整理中に発掘されたジューコフ元帥の回顧録、1983年版、50コペイカ。
ジューコフの回想録は、ソ連・ロシアの歴史を象徴する一つである。

ジューコフは農村の靴職人兼農家の家に生まれるも、父があまり働かなかったため、家は常に貧しく、三年間の初等教育のみを経て毛皮職人に徒弟入りした後、一次大戦に一兵卒で従軍、ロシア革命を迎え、赤衛軍に参加した。内戦終結時には、26歳で騎兵連隊長になっているが、殆ど銀英伝のような話である。この間も騎兵学校で半年ほど学んだのと、1929年冬から翌30年春までの半年間、陸軍大学で学んだことだけが、ジューコフが受けた教育らしい教育だった。ちなみに、同僚のイワン・コーネフに至っては初等学校すら出ておらず、同じく一兵卒から赤衛軍民兵を経て軍人となり、元帥まで昇進している。

にもかかわらず、本人は恐ろしいほどの勉強家で、78歳で死去した際には数万冊からの蔵書があったという。回顧録を書き始めたのは、70歳近くなってからで、一年間国防省公文書館に通い詰め、1500点以上の資料を引用、「回顧録自体が歴史書として成立するほどの精度をなしている」というのがロシアの歴史家の評価だ。
だが、この精確さが逆に災いし、当局の厳しい検閲にさらされ、1969年の初版発行に際しては、全体の約半分が当局によって削除、修正されたとされる。
また、1974年のジューコフの逝去に際しては、回顧録を執筆していた別荘をKGBが襲撃、原稿を回収すべく、徹底的な家捜しを行った。しかし、それを予測していた本人が予め親族に原稿を渡して隠すことで、難を逃れている。

その後、ペレストロイカ・グラスノスチを前後して、当局の検閲も緩和され、1980年以降、版を重ねるごとに修正部分が減り、オリジナルに近づいていった。ソ連崩壊後の1992年発行の第11版は、初版の752ページに対して、何と1159ページもあることだけを見ても、どれだけ検閲が入っていたか分かるだろう。ちなみに、写真の1983年版は第5版984ページで、ゴルバチョフが登場する前から「雪解け」が始まっていたことを伺わせる。
なお、2010年の第14版が「完全版」とされるが、960ページしかない。出版社は否定しているようだが、現政府の要求があったのか、自主規制しているのかを示唆している。

朝日新聞社が出した同回顧録の翻訳は、初版に基づいているため(全文では無い)、ソ連学徒としては、1992年の11版か95年の12版を日本語に再訳して欲しいと切に願っている。
posted by ケン at 12:43| Comment(2) | ロシア、中国、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月17日

戦闘民族って何?

自民党の方が「武士道」だの「戦闘民族の再興」だの言っておられるのをニヤニヤしながら聞いてしまった。ソ連学徒的には、リアルな戦闘民族というのは、

「親戚のお婆ちゃん、魔女(女子夜間爆撃隊)だったのよ」
「曾じいさんは、一次大戦、革命内戦、スペイン内戦と二次大戦を戦った」
「これは自分が軍事教官としてキューバにいた時の写真だ」
「自分はアフガニスタンで輸送ヘリのパイロットをしていた」
「コムソモール(共産青年同盟)では、毎夏三週間ほど軍事教練に参加してたから、今でもライフルくらいは撃てるわよ」
「彼女なら一ヶ月ほど前に義勇兵としてセルビアに渡ったよ」
「そこに立ってる彼はチェチェン帰りなんだぜ」

という話が普段の生活に溢れている状態を指すのだけど、自民党の彼はどんなイメージを抱いているのか。確かに自分も理論上は、デモクラシーと国民皆兵は不可分の関係にあるという立場をとっているが、実現性という点ではあまりお勧めしないけどねぇ。
posted by ケン at 12:00| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月16日

数年ぶりにアグリコラ

メンバーの変更があり、当初予定していたゲームができなくなったため、人数調整可能なゲームをということで、T後輩が未プレイということもあり、『アグリコラ』(アークライト)をプレイすることとなった。下手すると、10年ぶり近い。

本作は17世紀のドイツを舞台に、各プレイヤーは農場経営者として、様々な技術を開発し、職能を身につけながら、畑を耕し、小麦や野菜を育て、羊や牛などの牧畜を営んでいく。最終的には、家族の多さ、農地の広さ、家畜の数、技術の進歩度合いを換算して、優劣を競う。

今回は、自分も含めて超久しぶりの人と未経験者しかいなかったため、オリジナルのセットのみで開始。ルールはシンプルだし、目指すところも「畑を耕し種を植え、様々な家畜を飼う」という点で皆共通しているだけに、本質的には難しいところは何も無いはず。
だが、技術カードと職業カードで300枚もあり、うち各々7枚が手札として配られてプレイするわけだが、これをどう扱えば良いのかが難しい。これらは、手番(アクション)とコストを払うことで、通常のアクションでは得られない特典・ボーナスを得ることを目的としている。だが、そこから得られるボーナスが、いかにゲーム目的につながるのかが、非常に判別しにくく、「何を出すべきか」「通常のアクションの方が得かも」というところで頭を悩ますことになる。

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この日はまず3人でプレイし、後にO先輩が加わって4人で2回、計3回プレイして、全てケン先生が勝利するところとなった。O先輩が独自路線を行き、「家畜専科」「カード専科」路線を突き進んで、ともに得点を伸ばせなかったことが大きい。
K先輩とT後輩には、「このゲームはバランスが大事」「いかにマイナスを減らすかを考えてください」と指針は示したつもりだったのだが、お二人とも手が伸びていなかった。

本作は有限確定(手数と選択肢に限りがあり、ダイスなどの運要素が無い)である上、技術カードと職業カードを除けば、完全情報(他プレイヤーが何をする、したか明確)という点、同様にカード以外は同じ状態から始まり、手番数も当初は共通して2アクションで、異なるのは順番と順番に伴う食事駒の数だけなので、誰しもが最適解に近い選択肢(アクション)を採りうる作品のはずだ。
要は、畑を耕して種をまき、柵で囲んで牧場をつくって家畜を飼い、家を建てて家族を増やすことが目的であり、それを最も効率よく達成した者が勝利するという話である。ただし、他プレイヤーが先に選択したアクションは選べないため、常に次善の策を準備しておく必要があるが、本当に必要なアクションがある場合には、先にスタート・プレイヤーを採るアクションをすれば良い。
これがなかなか「言うは易し」のようで、だからこそデザイナー氏はソロプレイで鍛えることを推奨しているのだが・・・・・・

今回プレイして思ったのは、「投入できるリソースが明確」「勝利目標が明確」「選択肢が(比較的)明確」という点。これらはどのゲームをプレイするにしても必要な要素・能力・思考パターンであるだけに、ゲームプレイヤーとしての基礎能力を鍛えるには非常に良い作品ではないかと考えている。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする