2016年12月09日

カジノ通過し、舛添を思ふ

【カジノ法案、衆院通過…公明自主投票・民進棄権】
 カジノやホテル、商業施設などの統合型リゾート(IR)を推進するための法案(カジノ解禁法案)は、6日の衆院本会議で自民党や日本維新の会などの賛成多数で可決された。公明党は採決に自主投票で臨み、賛否が分かれた。民進党などは退席して棄権した。自民党は今国会での法案成立を目指しており、参院送付後、7日の本会議で審議入りしたい考えだ。 法案は、自民党などが2015年4月に議員立法で衆院に提出した。IRを推進するための基本理念を定め、法施行後1年以内をめどに、カジノの入場規制や暴力団排除など、政府に必要な法制上の措置を取ることを求める内容だ。
(12月6日、読売新聞)

【「都民ファーストの観点から韓国人学校への都有地貸与を撤回」小池百合子知事が所信表明】
 東京都の小池百合子知事は1日の所信表明で、これまでの取り組みの成果の1つとして「都民ファーストの観点から、地域住民の声も反映し、韓国人学校への都有地貸与の撤回なども行ってきた」と語った。また、都政透明化に向けて「情報公開を徹底するために、口利きの記録化や黒塗り資料の積極的な公開も進めてきた」と強調した。
(12月1日、産経新聞)

臨海カジノ構想に反対し、五輪用の3箇所のアリーナ新設計画を潰して2千億円を削減し、韓国人学校を設置しようとし、首都大学を都立大学に戻そうとした舛添氏は超マトモだった。
ちなみに韓国人学校の件は右派ばかりが問題にしているが、もともとは韓国の日本人学校が移転した際にソウル市が土地などで大きな便宜を図ってくれたことへの対価・御礼であり、「都の税金を使うのか」という批判は「天ツバ」でしかない。

今から思えば、舛添氏は「だからこそ」後ろから刺されたのだろう。
ネッケルは国王に罷免されたが、舛添氏は大衆によって引きずり下ろされた。
ルイ16世の要請で財務長官に就任した銀行家のネッケルは、貴族への課税と宮廷費の削減を試みるも、上級貴族と王妃マリー・アントワネットの反対で挫折してしまった。
そこで、国王は三部会を招集して新規課税を諮るも、三部会は聖職者・貴族と平民の代表者数が同数であったことから、平民代表は議会構成の不公正を盾に審議を拒否し、もちろん聖職者・貴族は課税反対だったため、三部会は紛糾、王妃の圧力でネッケルが解任されるに至り、パリ市内は不穏に陥り、国王が軍を大動員し市中に配備したため、食料価格が暴騰したこともあって、革命を誘発してしまった。ルイ16世の立場であれば、王妃一派の暴慢を抑え、改革派貴族と連携して、三部会で貴族への新規課税を実現していれば、とりあえずは7月14日のバスティーユ襲撃は回避できたはずだった。
必要不可欠な改革を、一部の利害者の都合で実行しない国は滅びるのみである。ゴルバチョフのペレストロイカも同様だ。

民進党は退席し採決に加わらなかった。彼らの言い分は、「無法な国会運営の採決に同意することは、彼らの運営方針を認めることになる」というものだが、主権者には通じない論理であろう。たとえどのような形であれ、採決がなされる以上、きちんと賛否を表明しない限り、議事録にも載らず、後世の人は「民進党は賛否を表明しなかった」としか評価しないだろう。連中の視野の狭さは治りそうに無い。

また、「党内議論ガ〜〜」と騒いでいたKM党は、フタを開けてみれば議員の3分の2が賛成するという有様で、ごく一部の慎重派・良識派がかろうじて抵抗していただけだったことを露呈した。その本性は、自民党と同じ収奪者だったのである。
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2016年12月08日

十三時間勤務是正もとめてストライキ

【臨港バス36年ぶりにストライキ 4日始発から運休】
 川崎鶴見臨港バス(神奈川県川崎市)の労働組合は4日朝から、最長で24時間のストライキに入った。同組合のストは1980年4月以来、36年ぶり。川崎や横浜市内を走る全系統のうち1系統を除く40路線が始発から運休となった。同社によると、労働条件を巡る労使交渉が解決しなかったという。同組合は「朝と夜の通勤ラッシュ時間帯を同じ乗務員が担当し、長時間拘束される勤務が多い。週当たりの拘束時間を減らすダイヤや勤務体系を求めたが、理解を得られなかった」としている。
 終日続けば4148本が運休し、影響人員は約10万人。労使交渉は解決せず、ストは日没後も続いた。多くのバス路線の発着点が集中するJR川崎駅では早朝から、それぞれの乗り場の案内板に「当社組合がストライキを行っております」とのビラが張り出された。駅東西のロータリーには非組合員の管理職3人が乗客に頭を下げながら事情を説明して回った。
 川崎駅と水江町を結ぶ系統沿いに住む30代の男性は「夜勤明けで帰宅するところ。弱りましたね」。60代の会社員は「これから工場に出勤しなければいけないのに。タクシーに切り替えて行きます」と足早に去って行った。5日は始発から平常通り運行する予定。
(12月5日、神奈川新聞)

「公益」を重視するなら、マスコミは労働組合側の要求を正確に報じるべきである。
川崎鶴見臨港バスのストライキに際し、組合が要求したのは「13時間勤務の是正」「週3に及ぶ中休勤務の是正」だった。

中休勤務とは、一般的には「中抜け」などと呼ばれる勤務体系で、本数の多い早番と遅番のみを担当する。この場合、朝5時半に出勤し、11時まで乗車した後、休憩挟んで17時から22時まで勤務、23時頃に退社するというもので、実働は11時間半だが、身体拘束は17時間半に及ぶ。
この他に、朝6時から22時まで連続16時間の「通し勤務」や、午後12時から深夜1時まで連続13時間の「遅番」などがある。

中休勤務を週3として、上記の「通し」と「遅番」を一回ずつ入れ、休日を2日とした場合、実働時間は63.5時間となり、国交省の「1週間当たりの拘束時間は原則として65時間を限度とする」規定に適うが、「中抜け」を拘束時間に含めると81.5時間に達する。しかも、この場合、勤務日はまず子どもの顔を拝むこともできない。
「週3に及ぶ中休勤務の是正」とはこういうことを意味するのであり、それを報道しなければ、ストライキの意味は伝わらないだろう。

ストをやるということは、経営側が要求を拒否したことを意味する。1886年に米国で行われた第一回メーデーの要求が「14時間勤務の是正」であったことを思えば、凄まじい先祖返りを起こしていることが分かるだろう。
この意味でも戦後和解体制は瓦解しているのである。
posted by ケン at 12:34| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月07日

山岸凉子展

山岸凉子先生の初展覧会に行く。
本郷にある弥生美術館(文京区弥生町)は、東大の裏手にあるが、都心部ながらも閑静な住宅街であると同時に、東大の敷地に面している関係で大きな木も多く、散歩しても心地の良い空間だ。

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山岸凉子展 「光 −てらす−」 ―メタモルフォーゼの世界― 弥生美術館 12/25まで

「山岸凉子展」は激ヤバだった。印刷媒体では体感できない、原画が醸し出すパワーが圧倒的。カラー原画も、華やかな彩色と黒の静謐さの対照が見事で、思わず何度かガラスに額を付けてしまった(笑)展示の質も高く、色々見応えがあった。
来館者は私よりも年上の妙齢の婦人ばかりだった。1人で行くにはやや抵抗があったので、同行をお願いして正解だった。
気に入りすぎて展覧会オリジナルカレンダーも購入。

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同行していただいた方に「アラベスクとか日出処の天子とか読んだの?」と聞かれ、「その辺はあまり〜」と答えたところ、「信じられない!」と叱られた。いやいや、自分が生まれる前にデビューされてるんですから!
妹の「花とゆめ」とか「ASUKA」は読んだけど、小学生は「LaLa」読みませんから!
確かに自分は「テレプシコーラ」からの「にわか」ではあるのだけれど。
でも、アラベスクは貴重なソ連ネタだから読んでおくか・・・・・・
先生も来年古希か〜〜

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そして、次回はこれであります!解散はもうちょっと待って〜〜
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2016年12月06日

敵はリベラルにあり?

【トランプ・プーチン・ルペントリオで世界平和へ=仏ルペン氏】
 フランス極右政党・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン党首(48)は16日、来年の大統領選で自分が当選すれば、ドナルド・トランプ次期米大統領とプーチン・ロシア大統領とともに世界の指導者3人組が誕生し「世界平和のためになる」との考えを示した。ルペン氏は、トランプ氏同様移民に反対の立場を取っており、フランスの政治指導者のなかで唯一、トランプ氏を支持した。ルペン氏は、選挙対策本部の設置に当たり記者団に「歯止めのないグローバリゼーション、破壊的な超リベラリズム、民族国家と国境の消滅を拒否する世界的な動きが見られる」と語った。また、フランス国境での検問を再開するとともに、欧州連合(EU)離脱の是非を問う国民投票を実施すると述べた。
(11月17日、ロイター)

フランスでは、大統領選に向けて候補者選定の予備選挙が始まっている。現職のオランド大統領はすでに「圏外」にあり、左派全体で凋落が著しく、中道・右派内でも一昔前だったら「あり得ない」レベルの極右であるフィヨン氏が統一に選ばれた。そして、実際の選挙は、そのフィヨン氏と国民戦線のルペン氏という「極右対決」になりそうな勢いにある。早速、フランス在住の日本人の間では「ルペンとかあり得ない」と大騒ぎになっているが、アメリカでトランプ氏が当選し、イギリスが選挙でEU離脱を決めた以上、趨勢としては明らかにルペン氏に有利になっている。それを無視してルペン氏をディスってみたところで、「米国人がトランプを選ぶワケがない」などと訳知り顔で話していたものたちと同じ過ちを犯すことになろう。

要は、エリート意識が強く、いまだ生活に困らないもの、つまり戦後和解体制の利益享受層ほど過去の栄光にすがって、現実が見えなくなってしまっている。この辺は、ペレストロイカ期から崩壊期における、ソ連・東欧の共産党員や体制支持者たちとよく似ている。
私が彼らと異なるのは、ソ連を知っていることと、エリートであることを選択しなかったがためである。
つまり、「自由を守れ」「差別は悪」というエリートたちの声ばかり聞いていると、目が曇ってしまうということだ。

先進国を中心に従来の政治エリートが選ばれず、拒否感が強まっているのは、エリート層が国民の貧困と疎外を放置してきたがためであり、その不満を解消する手立てを講じること無く、ただ自由を称賛してみたところで、「自由でメシが食えるか!」という反発が返ってくるだけでしかない。それが、今回の米大統領選で起きた現象だった。
にもかかわらず、リベラリストたちは「トランプが当選して差別が蔓延している」と騒ぐばかりで、相変わらず本質を理解して反省するそぶりも見せない。このままでは、ますます自由主義が凋落しそうだ。

ペレストロイカを再検証する」で述べた通り、ソ連・東欧ブロックが崩壊したのは、政府が国民の生活を保障できなくなったためであり、一党独裁であるがために共産党に替わる為政者を選出することができないが故に自壊するほかなかったからだ。この点、デモクラシーは既存エリートに替わる為政者を選出することが可能であるため、「まだ」自壊するには至っていない、というのが現状であろう。

これはE・トッド先生がおっしゃっていたことだが、米大統領選でトランプ氏が勝利したのは「真実」を語ったがためであり、同様にクリントン氏が選ばれなかったのはそれを隠して語らなかったがためだった。
その「真実」とは、「自由貿易と移民に象徴される自由主義こそが、全世界を過酷な競争に巻き込み、不平等と停滞をもたらし、中間層を没落させた」ということである。現実に、アメリカでは特に白人層の没落が著しく、全体で5千万人からの生活保護受給者がおり、平均寿命が低下に転じてしまっている。この現状を招いたのは、自由貿易によって工場が海外に移転し、国内産業が壊滅、残された雇用の多くも安価な移民労働者が占有し、白人中間層が没落するのを放置したがためだった。にもかかわらず、オバマ氏は相変わらず自由貿易と移民を称賛し、クリントン氏は「世界の警察官」の地位に強い執着を見せた。米国人が「そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ!」とブチ切れるのは当然であり、むしろクリントン氏は不自然なくらい健闘したと思えるくらいだ。

また、トランプ氏は選挙中「アメリカの栄光を取り戻す」と繰り返し訴えたが、これは「いまや栄光は失われた」という前提に立って改革の必要性を主張したことを示している。これに対し、オバマ氏やクリントン氏は「アメリカは輝かしい自由主義陣営の盟主である」というスタンスを示しており、原理的には改革不要・現状維持の保守派だった。
先に挙げた「真実」の認識が正しいかどうかは、将来的に評価するほかないが、少なくとも相当数の有権者が「リベラリズムでは自分の生活は保障されない」と考えていることは確かであり、その認識を否定するからこそ、世界各地でエリートが選ばれなくなっているのだ。

彼らの不満を解消するには、リベラリズムを否定し、引いては自由貿易を止めて保護貿易に転じ、国内の産業育成に努めると同時に雇用を確保、さらに移民を排斥するか同化を強制して、国民に一定の労働賃金と待遇を保証する必要がある。
「差別はイカン」というのは倫理的には正しいが、自由主義の下で移民が大量に呼び込まれ、賃金の低下に拍車がかかって、国民の生活水準が激しく劣化してしまった以上、それを放置して倫理や道徳を訴えてみたところで、何の力にもならない。彼らは、商店にパンも肉も無いのに、社会主義の「可能性」ばかり訴え続けた東欧の共産党と同じ過ちを犯しているのだ。

繰り返しになるが、リベラリズムが自由貿易と移動の自由の上に成り立っている以上、保護貿易や移民規制の主張に転じることは自己否定でしかない。
この間、私も「リベラル派の団結と共闘が必要だ」などとよく誘われるが、その度に「いえ、自分は社会主義者であって、リベラルではありません」と答えているわけだが、どうもあの連中は社会主義(適切な再分配が市場を成長させる)と自由主義(自由競争が市場を成長させる)の違いを理解していないようだ。
仮に、今回の米大統領選でクリントン氏が当選していた場合、「世界の警察官」と「自由貿易」が維持されるわけで、国家財政は遠からず破綻する一方、国内の富の集中がさらに強まり、一層貧困化が進み、「ロシア革命直前」のような状態に陥った可能性がある。もちろん、状況としてはトランプ氏にとっても同じだが、危機意識もって改革の必要性を認識しているかどうかが全く異なる。つまり、今回の結果は、1985年のソ連で「ゴルバチョフが書記長に選出された」というだけの話であり、それは改革の成功と帝国の存続を保証するものではないということなのだ。

【追記】
私の主張は、「社会主義者はリベラリストと枕を並べて討ち死にしてはならない」というものであるが、どうにも同志の支持が得られず、毎度のことながら孤立している。本来、社会主義は自由貿易よりも保護貿易に親和的であるはずだが、西側の社会民主主義者は戦後和解体制の中で完全にリベラリズムに毒されてしまっている。
posted by ケン at 12:21| Comment(2) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月05日

奴隷の次は下放?

【若者を地方に「地域おこし協力隊」が交流イベント】
 都市部の若者らが地方に移り住んで地域の活性化に取り組む「地域おこし協力隊」の隊員らが参加して交流を深めるイベントが、東京都内で開かれ、全国の隊員たちが日頃の活動の様子を披露しました。
「地域おこし協力隊」は、都市部の若者らが自治体の募集に応じて地方に移り住み、最長で3年間、国の支援を受けながら、住民の生活支援など地域の活性化に取り組むものです。
27日は、全国の協力隊の隊員や自治体の関係者ら1100人余りが参加して、交流を深めるイベントが、東京・日本橋で開かれました。この中で、高市総務大臣は「地方から若者が流出し、豊かな自然や独自の文化といった地域資源を生かして地方を盛り上げる担い手が不足している。協力隊の皆さんの取り組みを精いっぱい応援していきたい」と述べました。
会場には、隊員らが作った特産品や、日頃の活動内容などを披露するコーナーが設けられ、このうち鹿児島県西之表市のコーナーでは、隊員らが地元特産のさつまいもで作ったスイーツを販売していました。
総務省は、4年後には協力隊の隊員を4000人に増やす目標を掲げていて、地方への人の流れを一層加速させたい考えです。
(11月27日、NHKニュース)

エリートが考えることはどこでも似たようなものになるらしい。「外国人技能実習」という名の奴隷制を拡充する一方で、若年者を徴集して過疎化した地方に入植させる計画が進められている。
この制度は、自民党麻生政権時に導入され、民主党政権を経て今日に至っている。現在では毎年2千人以上が従事している。基本的には、自治体ごとに募集され、採用されると「地域おこし」に協力する名目で、地場産品の販売、農漁業支援、住民交流などに従事することになっている。任期は最大三年で、そのまま地域に定住することも視野に入っている。
だが、その実態は、年間200万円ほどの手当が渡され、仕事と言えば過疎化した地域の公民館で唯一人で管理人をやらされたり、過疎化した村で老人たちの奴隷にされてこき使われたり、あるいは単に自治体の小間使いにされたりという惨状が報告されている。また、自治体側が提供することになっている住宅も、ロクに手入れされていない廃屋同然の家やアパートというケースが後を絶たない。
主旨としては、協力隊員が自主的に地域おこしのアイデアを出して行動することになっており、活動費も出ることになっているが、殆どの場合、提案は無視され、ロクに活動費も出されずにただ奴隷のように使われるのだという。地方や自治体からすれば、地元の人間や正規職員がやりたくないような仕事を、外部の若者に押しつけて、しかも経費は国が出してくれるのだから、「使い勝手のいい奴隷」と考えるのは自然の流れだろう。
例のごとく政府は成功例しか提示しておらず、実態を把握し、追及してゆく必要がある。
posted by ケン at 12:37| Comment(2) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月04日

アートに介入する経営者

シン・ゴジラの東宝社長「主人公の恋人や家族の問題などの人間ドラマを入れてほしい」−庵野監督「ゴジラにそんなの要らない」。

二百三高地の東映社長「それじゃあ客がはいらへんぞ。報告する乃木も、報告を聞く明治天皇も皇后も滂沱と盛大に泣かしてくれや」−笠原脚本「史実にそんなシーンは無い」。

日本映画が国際的にイマイチな評価なのはこの辺の問題なのか?
posted by ケン at 13:00| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月03日

11、12月の読書報告(2016)

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『セカンドハンドの時代―「赤い国」を生きた人びと』 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 岩波書店(2016)
『戦争は女の顔をしていない』のアレクシエーヴィチ女史の新作。今作も延々とインタビューが続くわけだが、ソ連崩壊から四半世紀を経て、市井の人々が「ソ連」をどのように捉えて回想しているか、非常に興味深い。本の紹介は「21世紀に頭をもたげる抑圧的な国家像をとらえた」などと、相も変わらず西側史観丸出しだが、実際にロシアなどで高齢者に話を聞いてみると、驚くほど多くの人がソ連時代を懐かしげに語っている。果たして、実像を知らない外国人が文字情報だけでインタビューを読んで、どこまでソ連という時代を理解できるのかは甚だ疑問だが、まぁ他人事か。

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『黒い巨塔 最高裁判所』 瀬木比呂志 講談社(2016)
最高裁の調査官まで務めるエリートコースを歩んだ元裁判官が描く最高裁の実態。孫崎氏の『外務省』よろしく、小説という形にすることで最高裁判事やその組織のおぞましい姿をえぐりだしている。霞ヶ関よりもさらに密室度が高く、マスコミの監視からも完全に外れているだけに、その暴虐ぶりは凄まじいばかりのようだ。

『ユーゴ内戦−政治リーダーと民族主義』 月村太郎 東京大学出版会(2006)
ユーゴ内戦を「起こるべくして起こった」という視点から見るのでは無く、各共和国や民族派のリーダーが自己の権威を高め、権力を手中に収めるために、いかに民族主義を煽り立てていったか、に焦点を当てている。内戦が最も凄惨だったボスニアでも、直前まで連邦を維持し、民族主義に反対する声が圧倒的多数を占めていたことは、注目に値する。現在の日本を考える上で、非常に示唆に富んでいる。

『国家神道と日本人』 島薗進 岩波新書(2010)
勉強会の課題図書。まだ全然手を付けていないので内容は分からないが、大衆の政治的不満を左派が吸収できなくなっていることが問題なのに、「いかに右派がヤバいか」という勉強ばかりしていて良いのかと思う次第。

『大正天皇』 原武史 朝日文庫(2015)
舞台『治天ノ君』を観て復習することに。単行本が出たときにパラパラとはめくったような気がするのだが、改めて読んでみたいと思う。

『「大日本帝国」崩壊 東アジアの1945年』 加藤聖文 中公新書(2009)
日本本土を始め、帝国内の領土・植民地がどのように敗戦を迎え、対応したのかという珍しいテーマを扱う。在外日本人の安全を保障し、引き上げる作業。突然日本国籍を失い、植民地支配から「解放」されるも、全く先の見通しがなくなってしまう在外領土、ソ連に編入される樺太と千島など、通常の歴史研究が見落としがちなケーススタディをまとめた一冊。
posted by ケン at 13:00| Comment(0) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする