2015年08月31日

面倒な野党再編

【<維新の党>松野代表、野党再編に意欲 民主代表と会談へ】
 維新の党の松野頼久代表は30日、橋下徹大阪市長の新党結成表明を受け、維新の解党も視野に民主などと新党を結成する形での合流を目指す考えを表明した。31日にも民主党の岡田克也代表と会談し、年内をめどとした具体的な野党再編を協議する。東京都内にある維新の党本部で記者団に答えた。松野氏は「近々、岡田氏と野党再編について胸襟を開いて話し合う」と述べた。そのうえで「民主党を巻き込んだ形で、自民党に対抗できる勢力を作る」と強調。「維新と民主2党の合流や合併ではない」とも述べ、両党以外の議員も参加した新党結成を目指す考えを示した。ただ、岡田氏は民主の自主再建を重視する立場で、松野氏の想定する新党結成には慎重とみられる。
(毎日新聞、8月30日)

維新の内紛・分裂は、民主党にとって「ありがた迷惑」と言える。乱立した少数野党が再編する好機ではあるものの、民主党への合流(形式的には新党結成)を期待する一派にはもともと民主党系の議員が多く、他方で橋下派は大阪圏では健在なのだから、会派としての議員数は増えるものの、いざ選挙になった時に票が増えるわけではない。むしろ「野合」と批判されて票が減るかもしれないくらいだ。

だが、民主党は民主党で苦しい内情を抱えている。来夏に参院選を控え、衆院総選挙も2017年4月の消費増税(10%)を前に行われることがほぼ確定している中で、圧倒的に候補者が足りず、野党乱立が続く状態は何としても避けたいところだろう。その意味で、岡田代表は、強い飢えの中で「腐っている鯛」を食すかどうかの厳しい選択肢を迫られている。

他方、橋下氏と言えば、石原、江田、松野氏など、何度も結婚してはすぐ離別するといったことを繰り返しており、今回もおよそ組織人として相応しくない行動に出ているわけだが、大阪圏では依然として根強い人気を誇っている。民主党としては、大阪圏で全く議席が取れないというだけで大打撃を被っている。
昨年末の衆院選の比例区を見ると、民主と維新の票を足せば自民党を上回っているわけだが、維新が半分に割れたからといって、その半分の票が民主に来るわけでは無いところがキモなのだ。安保法制で安倍政権がつまずく中で、民主党の支持率は一向に回復していない。民主党内には自民党とほぼ同一の政策を掲げている保守派が3分の1近くいるだけに、維新との合併によってますます自民寄りになって、野党としての存在感がかすんでしまう恐れもある。

自分がプレイヤーだったらマジで勘弁して欲しい展開の一つだろう。

【追記】
党内的には、「これを機に一度解党して民主の名称を破棄、一新したい」という声も少なくないようだ。
posted by ケン at 13:23| Comment(0) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月29日

警察によるデモ隊撮影から考える権威主義と民主主義

明日8月30日には安保法制・集団的自衛権行使に反対する全国的なデモが行われるが、同時にその裏では公安警察が総動員されて、参加者の肖像撮影、リスト化が準備されている。それに対して、一部の弁護士らが「肖像権の侵害」「憲法違反(表現の自由、集会の自由、幸福追求権に対する侵害)」を訴えているものの、当局は全く取り合うつもりがなさそうだ。

この問題については1960年代の学生運動において一つの判例が出ており、基本的に当局はこれに準じていると主張している。京都市公安条例違反デモ事件(1969年)がそれだ。デモに参加した学生が、京都府警によるデモ隊の撮影を妨害したとして、公務執行妨害罪で起訴された。被告の学生はプライバシーの侵害を訴えるも有罪となり、上告したものの、棄却されて有罪が確定した。判決の要旨的には、
「警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法13条の趣旨に反し、許されない」

「現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であって、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもって行なわれるときである。このような場合に第三者である個人の容ぼう等を含むことになっても、憲法13条、35条に違反しない」

「本件写真撮影は、現に犯罪が行なわれていると認められる場合になされたものであって、しかも多数の者が参加し刻々と状況が変化する集団行動の性質からいって、証拠保全の必要性及び緊急性が認められ、その方法も一般的に許容される限度をこえない相当なものであった」

というものだった。その後、この判例が継承され、今日に至るまで、デモ隊参加者の肖像撮影が合法化される根拠となっている。
この判例に則っては、公安警察などがデモや集会参加者を撮影しているということは、日本の警察は、

「デモや集会参加者は犯罪予備軍である」

「デモや集会は現在進行形の犯罪である」


のどちらかの認識の上に立って、「集団行動だから証拠保全の必要性及び緊急性が認められる」と判断、「一般的に許容される限度内で撮影」していることを意味している。要は、日本の警察的には、デモや集会に参加することは、犯罪行為であるか、犯罪準備をしている、という認識なのだ。これを権威主義と言わずして何と言うべきだろうか。それこそ、明日の全国行動について主催者側は、全国で100万人の動員を豪語しているが、警察がデモ参加者を撮影すれば、参加者全員が「犯罪者」ないし「犯罪予備軍」であるという認識を示すことになるが、とうてい現実的あるいは合憲的とは思えない。

デモクラシーの原理は、主権者全員が国家の意思決定に参加する前提の上に成り立っている。議会制民主主義は便宜的に主権代行者を選挙で選出して議会を構成しているわけだが、議会に代議員を送り出したからといって、市民が有する主権が失われるわけではない。大多数の市民は日常生活を送る中で、常に意思決定に参画することは現実的に不可能であるため、便宜的に代議員を議会に送っているだけだからだ。この代議員、あるいは議会が十分に機能せず、主権(市民の意思)が十分に国政に反映されていないと考えられる時、市民は積極的に街頭に出て自らの主権を提示、政治的意思を直接訴えることが許されている(集会、結社の自由)。少なくとも、デモクラシーの原理上、デモや集会などの直接民主主義は、「許されている」というレベルでは無く、「積極的に行うべきもの」という義務に近いものと考えるのが筋なのだ。その意味において、「投票は権利」「デモや集会は権力者の許可を得てやるもの」と考えている日本人は、全くデモクラシーの原理が普及していないと言える。

つまり、デモや集会などのデモクラシーの要を「犯罪」と見なす日本政府(霞ヶ関、桜田門)の国家観は、甚だ反民主主義的であり、この時点で戦後憲法を否定してしまっている。そして、民主主義を肯定する国会議員は、法務委員会や内閣委員会で、デモ隊撮影の合法性と法的根拠を徹底的に追及すべきである。これは安倍政権の問題では無く、帝国の本質部分を憲法改正によって継承してしまった戦後国家のあり方が問われているのだ。
posted by ケン at 10:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月28日

ナゾ過ぎる塾講師検定

【塾講師を国家検定に 信頼性向上狙い17年にも】
 塾講師の検定を「国家検定」にする準備が進んでいる。指導力を保証して信頼性を高めたい塾業界と、サービス業の質を上げたい国の思惑が背景にある。2017年にも実現する見込みだが、受検はあくまで希望者のみ。どこまで普及するかは不透明だ。「中国の主な工業製品はどんなものですか?」。社会科を教える塾講師が生徒に尋ねるこのシーン。塾講師検定(塾検)の受検者向けDVDでは、良くない例として示される。「中国の工業製品についてクイズをやります。五つ書くので、世界一がいくつあるか予想して下さい」という問い方が「正解」。塾検を手がけ、DVDをつくった全国学習塾協会(東京都)によると、「生徒の興味を引き出す工夫をしている」という。
塾検は、08年に業界独自の検定として始まった。1〜3級に分かれ、最もやさしい3級の試験は、担当教科の公立高校入試水準の学力やマナーをみる筆記。1〜2級は模擬授業を録画し、協会が選んだベテラン講師らが審査する。受検料は3級が6200円。DVDは模擬授業の解説としてつくられた。検定の目的を「基本技能のある講師の育成」に置くため、1級の想定水準は「授業を1人で任せられる3〜4年目レベル」で、いわゆる「スーパー講師」ではない。協会の稲葉秀雄専務理事は「塾によっては未訓練の学生アルバイトが指導するケースもある。少子化も見据え、基本的な技量を担保して業界の信頼を高める狙いだった」と話す。
(朝日新聞、8月26日)

笑えすぎ、ネタかと思ったけど、事実らしい。
縮小再生産されるだけの市場で競争力が無くなっているだけに、国家検定化で権威付けをしようという話なのだろうが、「わが塾の講師はみな国家検定を取っています」などという宣伝に「じゃあ安心だ」などと思う保護者が何人いるか、という話である。
実際、現行の塾講師検定も一般的な2級を見た場合、過去7年間の受験者総数は924人で、合格者数は合計708人と年間100人余りの有様。漢字検定などと比べても比較にならないほど「無用」と見なされている。そもそも需要がなく、今後も需要減が見込まれるのだから、検定として殆ど魅力が無いのは当然だろう。

さらにナゾなのは、塾検定の所管が文科省ではなく、厚生労働省であるということ。つまり、文科省が定める学習要領のような学習者が目指すべき到達基準とは関係なく、「教育サービス業として適切なサービスを提供できているか」を見ることが前提らしい。
この辺になると、聞いたことも無いような国家資格が乱立して、その資格ごとに特殊法人が設立されてヤクニンの天下り先になっていることが思い出される。つまり、権威付けを図りたい塾業界と、天下り先を増やしたい官界の思惑が一致した可能性が高い。

一般的に資格や検定は市場における需要があり、一定のサービス水準を維持する社会的必要性があるからこそ、認知される。例えば、以前私は犬猫の葬祭業(火葬)に免許制を導入して欲しいという陳情を受けたことがあるが、これは動物葬祭の需要が増え、同業が乱立してサービスの質的低下が業界の信頼を脅かしていたからだ。実際、「まとめて一括焼却」や「山林への廃棄」などの事例が散見されている。このケースでは、私も理解を示したわけだが、上記の塾講師の検定にはいかなる社会的必要性も見出せない。
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2015年08月27日

さすが歴史修正主義者デス

【東京裁判は検証から除外=発言修正、安保審議配慮か―自民・稲田氏】
 自民党の稲田朋美政調会長は25日の記者会見で、同党が近く設置する連合国軍総司令部(GHQ)による占領政策などを検証するための新組織に関し、極東国際軍事裁判(東京裁判)については検証対象から除外する意向を明らかにした。参院で続いている安全保障関連法案の審議への影響などを考慮したものとみられる。稲田氏は6月の会見で、「裁判の結果を否定するつもりは全くない。ただ、(判決)理由の中に書かれた歴史認識はあまりにもずさんで、検証は必要だ」と語っていたが、25日は「(東京裁判の検証のための組織を)つくると言ったことは一度もないし、そのつもりもない」と述べ、軌道修正した。 
(時事通信、8月25日)

歴史修正主義者は歴史だけでなく、自身の言葉をも都合良く解釈して「修正」してしまうようだ。
これまでにも述べていることだが、東京裁判の判決受け入れはサンフランシスコ講和条約の一部をなしており、これを否定することは講和条約の否定、連合国(現在の国連)との再戦を意味する。

サンフランシスコ講和条約は第11条に「極東軍事裁判(東京裁判)の判決を受け入れる」という項目がある。その同裁判は、日本の侵略戦争遂行による不戦条約違反を前提に「平和に対する罪」として「A級戦犯」を追及することを主目的としていた。
A:平和に対する罪
即チ、宣戦ヲ布告セル又ハ布告セザル侵略戦争、若ハ国際法、条約、協定又ハ誓約ニ違反セル戦争ノ計画、準備、開始、又ハ遂行、若ハ右諸行為ノ何レカヲ達成スル為メノ共通ノ計画又ハ共同謀議ヘノ参加。

大日本帝国憲法では、外交大権と軍事大権は天皇が独占していたが、運用上大権行使は輔翼者が代行するというものだった。しかも、天皇は憲法で免責されており、これまた運用上輔翼者が政治責任を負うという形になっていた。つまり、明治体制下では少なくとも条文上は政治決定者がおらず、当然責任者もいないという無責任体質だった。
故に、本来的には「平和に対する罪」は、外交大権と軍事大権を有する天皇に問われなければならなかったが、政治上の理由と明治憲法を考慮して、昭和天皇の訴追を回避し、当事者たる輔翼者個人に責任を問う形をとった。これがA級戦犯であり、彼らも天皇の免責を望んだが故に裁判を受け入れたものとみられる。

東京裁判が判決を下し、日本がこれを認めることを前提に、講和条約が成立、連合国との戦争が終結し、再独立して国連(連合国)への参加が認められたことを忘れてはならない。
日本が国家として先の大戦における侵略性を否定することは、東京裁判を否定するものでしかなく、それは講和条約違反に直結する。講和条約締結は連合国=国連への参加資格とバーターであり、日米安保の大前提でもある。
もちろん安倍総理、自民党は「サンフランシスコ条約の破棄」「再軍備宣言」「沖縄、北方四島進駐」を行うことで、右派から絶大な支持を受けるかもしれないが、その瞬間ほぼ全世界を敵にすることになろう。
言い換えれば、ポツダム体制が「明治日本の侵略性を断罪する」ことで成立している以上、被告が侵略を否定することはポツダム体制そのものの否定になり、連合国=国連と再び敵対する以外になくなってしまう。
東京裁判を否定するような動きは、自民党は許しても国連が放置・黙認することはあり得ない。稲田氏は、連合国と再戦する覚悟も無いくせに、自らの無知と思い上がりから、虎の尾を踏んでいることに気づいてすらいなかったようだ。
とはいえ、このネタだけでは、昔の記事の再掲になってしまうので、もう一つ歴史修正主義者を怒り心頭にさせるネタを用意したい。

日本には、「ソ連・ロシアについてはどれだけ悪口を言ってもOK」という暗黙の了承があるらしく、「ソ連が中立条約に違反して不法にも日本に侵攻した」という文脈で語られている。外務省もこの認識に基づいて、北方四島の返還を求めている。だが、この日本では一般的な認識も、現在の国連体制下では全く通用しない。まず、国連憲章第103条と106条を見てみよう。
第103条〔憲章義務の優先〕
国際連合加盟国のこの憲章に基く義務と他のいずれかの国際協定に基く義務とが抵触するときは、この憲章に基く義務が優先する。

第106条〔特別協定成立前の五大国の責任〕
第43条に掲げる特別協定でそれによって安全保障理事会が第42条に基く責任の遂行を開始することができるものと認めるものが効力を生ずるまでの間、1943年10月30日にモスコーで署名された四国宣言の当事国及びフランスは、この宣言の第5項の規定に従って、国際の平和及び安全の維持のために必要な共同行動をこの機構に代わってとるために相互に及び必要に応じて他の国際連合加盟国と協議しなければならない。

これら条規は、国連憲章が日ソ中立条約に優先することを意味しており、ソ連は「連合国の義務」によって、大日本帝国の侵略戦争から「国際の平和及び安全の維持」を守るために、国連憲章第103条に従って中立条約を破棄したことを意味する。つまり、国連体制下では、日ソ中立条約違反は「不法」たり得ない。なお、この106条にいう「モスコー宣言」は下記の通りで、米英ソの連名で発表され、後に中国(中華民国)が参加している。
なるべく短期間のうちに、国際の平和と安全のために、すべての平和愛好国の主権平等の原則に基づく世界的国際機構の設置を必要と認める。右の諸国は、大小を問わず、右の機構に参加することができる

以上の、ソ連による中立条約破棄と開戦の正当化は、米大統領トルーマンの手紙によって開陳されており、実際には1945年7月29日にバーンズ国務長官からモロトフ外相に手交されている。
日本政府は、現在もなお「当時まだ有効であった日ソ中立条約を無視して1945年8月9日に対日参戦したソ連」と表現しているが(外務省HP)、中立条約の有効性を認めているのは日本だけなのが実情だ。この表現も、ソ連(ロシア)のお目こぼしで許されているようなものであり、日本政府が過度に「ソ連参戦の不法性」を主張すれば、ロシアは「国連憲章の否定」「敵国条項の適用」というカードを切ってくる恐れがあり、日本は非常に危険な立場に立たされることになるだろう。
日本の現在の国益を考えるならば、二次大戦のことには可能な限り触れないのが吉なのである。
posted by ケン at 12:44| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月26日

安保法制で肥大化する軍事費

【防衛費、過去最大5兆911億円 28年度概算要求、中国念頭に強化】
 防衛省がまとめた平成28年度予算案への概算要求の全容が18日、明らかになった。米軍再編経費などを含む総額は過去最大の5兆911億円(27年度当初予算比2・2%増)で、4年連続の要求増。一方的な海洋進出や公海上空での活動を広げる中国を念頭に最新装備を導入し、周辺海域の警戒監視を強化する狙いだ。
 東シナ海での監視・偵察に向け無人偵察機「グローバルホーク」3機(367億円)や新型早期警戒機「E2D」1機(238億円)を導入。イージス艦1隻(1675億円)と「そうりゅう」型潜水艦1隻(662億円)の建造費も盛り込んだ。島嶼(とうしょ)防衛の強化では、垂直離着陸輸送機オスプレイ12機(1321億円)のほか、不法占拠された離島の奪還を担う水陸両用車「AAV7」11両も導入する。
 最新鋭ステルス戦闘機「F35」6機(1035億円)や、戦闘機などの滞空可能時間を延ばす空中給油機も購入する。哨戒ヘリコプター「SH60K」は17機(1032億円)をまとめて発注し、約115億円の調達コストを圧縮する。弾道ミサイル攻撃への対応として、海上配備型迎撃ミサイル(SM3ブロック2A)の日米共同開発費や、地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)部隊の基盤整備費も盛り込む。ヨルダンへの防衛駐在官の派遣や、宇宙監視システムの整備に向けた準備態勢の強化なども計上。28年度当初予算ベースで初の5兆円台を視野に入れる。
(産経新聞、8月19日)

軍事費の膨張を止めるのは、古今東西どの国家・政府にとっても最大の課題の一つだった。それは「適正なる軍備」の定義が決して一定せず、国際環境に左右されるだけでなく、国内世論や権力者の思惑によって一変してしまうからだ。

その最も極端な例がアメリカである。独立戦争によってイギリスから独立を勝ち取ったアメリカは、軍の基幹が義勇民兵であったことと、巨大な中央軍が州の自治を脅かす恐れを重視して、大陸軍を解散してしまった。1812年に再度「米英戦争」が勃発したときに、連邦政府の手元にあった兵(陸軍)はたった1万人足らずに過ぎなかった。さらに南北戦争が勃発した1861年ですら、合衆国軍の規模は陸軍が1万6千人、海軍が8千人に満たない有様だった。それが、今日では大規模戦争が起きているわけでもないのに、150万人とも言われる兵力を常時維持しているのだから、南北戦争前のアメリカを理想とするリバタリアン(レパブリカン)からすれば到底容認できないだろう。

日本の場合、明治維新を経て徴兵制が施行され、常備軍が設立される。日清戦争前は対外戦争が想定されておらず、陸海軍を含めて20万人(陸軍で7個師団)という規模であったが、日露戦争勃発時には30万人(13個師団)、シベリア出兵時には40万人(21個師団)へと膨れあがった。この間、わずか20年足らずである。そこから20年後の1937年、日華事変時には100万人を超え、4年後の日米開戦時には200万人にも達した。日本の財政は、21個師団、40万人態勢ですら耐えきれずに山梨・宇垣軍縮に至ったにもかかわらず、再び軍拡を始め、日中戦争から太平洋戦争へと突入していった。
植民地が増えれば増えるほど、その統治や周辺国・列強との軋轢が過酷になるのは当然の成り行きであり、それに連れて軍も肥大化していった。特に日本の場合、有力な産業や資本を持たないだけに、植民地の開発や市場化が遅れ、その経営は常に赤字状態だった。赤字経営の植民地を維持するために、生産性ゼロの軍隊を肥大化させていったのだから、仮に大規模戦争が起きなかったとしても、遠からず財政破綻しただろう。実際、戦前期のGNPがピークに達したのは日米開戦前の1939年のことだった。

日露戦争のツケ 
朝鮮統治のツケ 

明治から昭和期の軍拡の流れを見ると、「では戦前期の日本における適正な軍の規模はどの程度だったのか?」という疑問がわき上がってくる。同時に、財政と軍の規模の関係(予算に占める軍事費の割合)を検討すると、日本がいかなる近代戦にも耐えられるような財政規模や産業基幹を有していなかったことが分かる。にもかかわらず、日清戦争と日露戦争に勝利してしまったがために、全く身の丈に合わない軍事力を常備し、周辺国との緊張を高め、さらに前進防御という名の侵略を進めていったのだ。満州事変は朝鮮半島を「守る」ための謀略であったし、その満州を「守る」ために熱河作戦を始め、華北分離工作がなされ、日華事変に至った。

興味深いことに、1935年1月22日、広田弘毅外相は衆議院における施政演説で、「万邦協和」を目指す「協和外交」を掲げ、「私の在任中に戦争は断じてないと云うことを確信致して居ります」と宣言しているが、現在の安倍首相と恐ろしいほど被っている。もっとも、当時も正規の戦争がなかっただけで、華北分離工作はガンガン進められていたんだけど。

さて、現代に話を戻そう。日本の自衛隊は元々「自国防衛のための必要最小限度の実力組織」と規定され、国民の中で一定の合意を得てきた。ところが、1992年にPKO法が成立して海外派兵が可能になり、2006年の自衛隊法改正で「本来任務」に格上げされた。そして、今回の安保法制が成立すれば、海外派兵に特別法が不要となり、常時派兵が可能となる。自衛隊は、現在も南スーダンとソマリア沖に派兵されているが、安保が成立すればアメリカなどからの要請が増える可能性が高い。
自衛隊の海外派兵はこれまで30回近くに及ぶが、これらは本来的には「自国防衛のための必要最小限度の実力」であるはずの自衛隊から、必要な部隊を引き抜いて海外に派兵しており、言い換えれば海外に派兵している部分は、「必要最小限度の実力」を満たしていないことになる。
米国などからの派兵要請に応じるためには、日本は派兵用の兵力を捻出せざるを得ないが、それは国内駐留の「必要最小限度の実力」を削るか、「必要最小限度の実力」の定義(自衛隊の規模)を大きくするかの二者択一しか無い。

また、今回の安保法制は中国脅威論を前提とし、離島に上陸した中国軍に対して自衛隊が逆上陸を試み、それを阻止すべく出撃してくる中国海軍を、米日艦隊が撃滅するというシナリオの上に成り立っている。ただ、ゲーム的な表現をすれば、退潮傾向にある米国が本当に中国と戦争するかは微妙で、いざという時に理由を付けて安保条約の履行を拒否する可能性が高まっている(議会が国益を理由に拒否するだけで良い)。
具体的に例えるなら、中国の侵略に際して米軍の参戦がD6(ダイス一個)で「1〜4」のみだとしたら、こんな不安定な同盟を頼りに戦争はできないだろう。この不安を少しでも解消するために、安保法制を成立させて、日本がアメリカの中東・アフリカ戦争に協力することで、好修正をもらい、参戦確率を「1〜5」くらいにしようよ、というのが政府・自民党の狙いなのだ(政府答弁上は100%を前提)。
とはいえ、何と言っても中国はアメリカにとって第二位の債権国であり、米国債を売ってしまえばアメリカは戦費が賄えなくなってしまう。故に日本は必死になって米国債を買って「一位」の座を死守しているわけだが、米中の共依存は日本人の想像をはるかに上回っているのが実情だ。
アメリカ軍の参戦が100%ではない以上、中国との対決を選ぶ日本は独自の防衛力を高める必要に駆られている。

安保の成立により、日本は海外派兵用の戦力と独自防衛用の戦力(名目上は実力)の両方を増やさざるを得ず、日本が「対称型封じ込め」戦略(武力対決路線)を護持する限り、今後も軍拡基調は変わらないものと思われる。

【参考】
同盟のジレンマと非対称性 
posted by ケン at 12:42| Comment(0) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月25日

富士総合火力演習2015

ケン先生後援会(偽)の皆さんとともに参観。
前夜まで仕事をされていた方ばかりなので、今回は始発電車で現地入り。埼玉に住む人は4時台の電車だった。それでも御殿場駅に着くのは7時23分で、すでにシャトルバスが出ている。バスに乗って会場に着いた時は8時を回っており、中央のシート(地べた)席はすでに満席、端の方から入ってそれでも前から6〜7列目程度という有様。
やはり良い位置を確保するためには超早朝に車で来ておく必要があるようだ。前回の記事を読む限り、6時に着いていれば十分そうだ。
だが、前回とは異なり、事前の「練習」のようなものがなく、10時過ぎの開始までひたすら待つことに。経費削減なのだろうか。本番も以前見たときよりも微妙に炸薬量が減らされている気がする。着弾時の爆発や煙の量が少ない。
それにしても、前回も思ったが、砲の発射音が聞こえて着弾までの時間、着弾の爆発が見えてから爆発音が聞こえるまでのタイムラグが、わずか数秒の世界なのに非常にリアルに聞こえる。映画では体験できないものの一つだろう。

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内容的には、時勢を反映してか、「某国の離島侵攻に対する奪還作戦」という想定が非常に強調されている。だが、尖閣に中国軍が上陸し、自衛隊が奪還作戦を行うという想定が本当に「リアル」なのか、そもそも米軍が介入を拒否した場合、自衛隊単独で行う(行える)のか。より正確を期せば、安保条約の内容的に一度占領されてしまった島嶼に対して米国が日米安保を発動する可能性は極めて低い……などということを考えてしまう。

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会場には、現役の自衛官や海外の軍人も見られたが、女性自衛官が増えているように見える。女性自衛官は、いくら短髪にしていても、ロシア軍の女性兵士や士官に比べるとどうしても可愛らしく見えてしまう。

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今回初めて10式戦車を見た。確かにコンパクトで非常に俊敏なのだが、やはり老いた戦史好きの目からすると「頼りなさ」が気になる。年寄りとしてはやはり74式が一番戦車のイメージに合いますな。いつまでも現役というわけにはいかないのだろうけど。もっとも、グルジア紛争やウクライナ内戦ではT72が現役バリバリなんだけど。
posted by ケン at 12:29| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月23日

経済も大本営発表化?

【実質GDP年1.6%減 消費や外需が低迷】
 今年4月から6月の実質GDP(=国内総生産)の成長率は、年率でマイナス1.6%となった。今年4月から6月のGDP成長率は、実質で前の3か月と比べて0.4%のマイナス、年率に換算すると1.6%のマイナスだった。マイナスは3四半期ぶり。マイナスとなった主な要因は「個人消費」がマイナス0.8%になったこと。家庭用の電化製品や携帯電話の販売が減ったほか、6月の天候不順の影響で衣料品の販売が落ち込んだという。また、輸出も中国などアジア諸国を中心に落ち込み「外需」が0.3%マイナスとなった。政府は、今回の結果について、賃金の上昇より物価の上昇が上回っていることや、軽自動車税の引き上げなどが消費のマイナスにつながったと見ている。
(日本テレビ系、8月17日)


政府・自民党は「賃金を上げない企業が悪い」とか「増税の影響がまだ響いている(だから軽減税率)」などと言い、御用学者は「景気浮揚前の一時的落ち込み」とか「消費増税の影響が抜けない」などと言って、どちらにしても出来るだけ影響が小さいものと見せたいようだ。殆どミッドウェー海戦以降、自軍の損害を少なく見積もるようになった大本営発表に近づきつつある。

まず増税の影響というのはかなり無理がある。消費増税は昨年4月のことであり、前期との比較で成長率が下がったことの説明にはならない。軽自動車税の引き上げがここまでGDPに影響するというのも過大評価だろう。
物価上昇が賃金上昇を上回っていることは確かだが、物価上昇を加速させたのは間違いなく政府の円安政策と消費増税に起因しており、「円安にしてやったんだから企業は賃金上げろよ」と言うのは殆ど恫喝に近い。

政府(アベノミクスの立案者)的には、円安政策によって海外に移った生産工場を日本国内に戻し、輸出を促進することで、雇用を確保しつつ、企業業績の回復に伴い、賃上げも実現するだろうという読みだったに違いない。ところが、実際には企業の国内回帰は進まず、資本は設備投資に回されず、株価上昇に伴う財政(資本)投資に回されているものと考えられる。工場を建てるにしても、有望な市場が見込まれる海外に置くべきだが、中国やブラジルの市場が不安定である以上、金融に回す方が得策と考えてもおかしくはない。
アベノミクスが砂上の楼閣である以上、円安がいつまで続くか分からないのは当然の話であり、それ以上に労働力の減少と質的低下、そして市場縮小が確定している日本国内に生産工場を復帰させるのはリスクばかりが大きいと見るのが妥当なのだ。

政府は相変わらず、GDPの6割に相当する個人消費に期待しているようだが、殆どインパール作戦や大陸打通作戦に期待する大本営並みの妄想である。
2013年度の国民経済計算確報は、家計貯蓄率がマイナス1.3%になっており、全国民的に貯蓄を切り崩し、借金で生計を立てていることが判明している。政府はこれを高齢化の進展によるものと切り捨てているが、今後高齢化はさらに進展するのであって、自ら家計貯蓄率がさらに下がっていくことを認めてしまっている。そもそも日本の高齢者は年金額の低さから将来不安が大きく、今後物価高が続けば、さらに消費を控えるようになるだろう。

そして、政府が巨額の財政赤字を抱える中で、家計貯蓄がマイナスになるということは、銀行の預金残高が目減りし、国内で必要な資本を賄えなくなることになる。今のところ国内銀行の個人預金にも法人預金にも減少は見られないようだが、これは全体で見ると、消費せずに借金して預金に回しているようなもので、長続きすることは無い。
自民党はこうした流れを見ながら、ゆうちょ銀行の預金限度額引き上げを検討しているわけで、3千万円の預金保証が実現した場合、今度は預金獲得をめぐって金利引き上げ競争が始まる可能性がある。地方の人口減少と東京への一極集中がこれを加速させるだろう。

我々は、最低賃金の引き上げ、非正規雇用労働者の待遇改善、労働時間規制などを行って、個人消費の基礎体力を確保する施策を求めているわけだが、政府・自公政権はこの真逆を行っている。彼ら的には、「人件費を極限まで削って労働時間規制を撤廃すれば(労働力をダンピングすれば)、海外から企業が戻って、海外からの投資も確保できる」という腹づもりのようなのだが、生活保護水準よりも低い賃金で際限なく働かされ、体を壊せば二束三文の金でクビされるという社会を、一体誰が望むのだろうか、という話である。
posted by ケン at 09:46| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする