2015年08月11日

軍隊のあり方について続・日本軍の場合

「軍隊のあり方:石破クンは分かって言ってる?」の続き。
自民党や政府は相変わらず「自衛隊は民主的組織」「国民の生命と財産を守る自衛隊」などのプロパガンダを打っているが、いずれも根拠に欠けており、安保法制の説明と同様の胡散臭さを感じている。自民党議員に至っては、戦時中の軍隊についても「国民を守った」というスタンスを採る者が多く、ドイツにおける「国防軍無謬論」や日本の「海軍免罪論」が霞んで見える程だ。

まず戦前の大日本帝国軍のあり方を見てみよう。大日本帝国憲法の記載はシンプルだった。
天皇は、陸海軍を統帥する。(第11条)

日本臣民は、法律の定めるところに従い、兵役の義務を有する。(第20条)

ここから分かるのは、天皇が唯一の統率権(軍事大権)を有することと、主権を持たない臣民が兵役義務を負っていた点だけであり、軍隊が誰のために何を目的として設置されているのか分からない。ところが、明治帝政においては、現代日本の「自衛隊法」やロシアの「国防法」のような根拠法や基本法が存在しないため、法律に根拠を求めるのも難しい。そこで傍証的に、まず軍人勅諭を見ることにしたい。原文は長文の上、旧字体ばかりで文字化けするので、現代文で抜粋代用する。
朕は汝ら軍人の大元帥である。朕は汝らを手足と頼み、汝らは朕を頭首とも仰いで、その関係は特に深くなくてはならぬ。朕が国家を保護し、天の恵みに応じ祖先の恩に報いることができるのも、汝ら軍人が職分を尽くすか否かによる。国の威信にかげりがあれば、汝らは朕と憂いを共にせよ。わが武威が発揚し栄光に輝くなら、朕と汝らは誉れをともにすべし。汝らがみな職分を守り、朕と心を一つにし、国家の防衛に力を尽くすなら、我が国の民は永く太平を享受し、我が国の威信は大いに世界に輝くであろう。

ここから分かるのは、天皇は唯一の国家守護者であり、軍隊は天皇の守護責任を補佐するための道具であるという考え方だ。その前の文では、長期にわたって武家に預けていた(奪われていた)軍事権が天皇に帰したことを受けて(明治維新)、二度と軍事権が他者に渡らないようにするという誓いが立てられている。
これは近代絶対王政の考え方で、王権神授説に基づき天皇が統治権と軍事権を占有するとともに、国防の責務を負うというもので、臣民は天賦の軍事権を占有する国王の責務を全うする道具として兵役徴集されることになる。言うなれば、「人民のものは王のもの、王のものは王のもの」というジャイアニスムである。
ただし、軍人勅諭は西南戦争後の近衛兵の反乱を受けて、軍を戒めて統率を厳にすることを目的につくられた経緯があり、天皇個人への忠誠が強調されていることは否めない。だが、他に軍の存在意義を規定する法律が存在しないために、軍人勅諭の内容がデフォルトになってしまったことも確かだ。例えば、明治5年の徴兵令には、「四民平等を実現するために全国で募兵した陸海軍を作ることになった」旨が書かれており、フランスやオランダ寄りの民主的要素をわずかに感じ取ることが出来る。

話を整理すると、明治帝政下では、無答責(責任を問われない、憲法第3条)の天皇が国防の義務を有しつつ、軍事大権を占有、帝国臣民は天皇が負っている義務を全うするために奉仕すべく義務兵役が課されていた。つまり、天皇=国家であり、臣民はこれに奉仕する道具に過ぎず、帝国軍は天皇の私軍であると同時に国軍という位置づけだった。例えば、日露戦層の開戦詔書には、
朕茲に露国に対して戦を宣す。朕か陸海軍は宜く全力を極めて露国と交戦の事に従ふへく朕か百僚有司は宜く各々其の職務に率ひ其の権能に応して国家の目的を達するに努力すへし。

とあるが、要は「朕(天皇)はロシアに宣戦布告したから、朕の陸海軍は国家目的を達成するよう全霊努力せよ」ということである。第二次世界大戦も同様で、天皇の名において宣戦布告し、天皇のプライベート・アーミーが全アジアを廃墟と絶望の淵へと追いやったわけだが、天皇が戦争責任に問われることはなかった。そして、休戦条件として軍の武装解除が、天皇免責の代償として軍事権の放棄がなされたはずだったにもかかわらず、国際情勢の変化を受けてわずか数年で「自衛隊」という形で復活するに至った。

1945年7月、連合国から休戦条件(ポツダム宣言)が発せられたものの、日本側は国体(天皇主権)護持が保証されていないとの理由から、戦争継続を選択、二発の原爆とソ連参戦を招いた。それでも、御前会議において陸軍の大臣と参謀総長、海軍の軍令部総長の3人が「国体護持」「軍の自主的武装解除」「戦犯の自主的処断」を求めて、休戦に反対、本土決戦を主張したことは、十二分に強調されるべきだろう。この事実は、帝国軍が決して「国民の軍隊」ではあり得ず、天皇に奉仕する私軍であったことを示している。

実際、沖縄戦では県民の保護よりも軍の作戦や部隊保持を優先させた事例が山のように散見される。これは憲法や法律において軍のあり方が規定されず、軍や政府内において「天皇の私軍」という認識が共有されていた結果、「県民(国民)の保護は我々の任務ではない」と堂々と主張できる根拠になってしまったことを意味している。
先の稿で述べたとおり、例えばスイスは憲法で民兵の原則を謳いつつ、「軍隊は、国及び住民を防衛する」と規定しており、これこそが本来の意味での「国民の軍隊」と呼べる。また、フランスは国防法典において「国防は、常に、あらゆる事態において、また、あらゆる形態の侵略に対し、領土の安全及び一体性並びに住民の生活を保障することを目的とする」と規定している。フィンランドも同様に軍の主要な役割について、領土保全に続いて「人民の生活、基本的権利、自由を保障し、法と秩序を守る」と規定している。こうした法的根拠があれば、沖縄戦の様相は今少し違っていたものと思われる。
そして、現代の自衛隊もまた自衛隊法において、
第三条 自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。

とあるように、「国民の保護」を規定しておらず、「国民個々人の生命保護は我々の任務外」と主張できる根拠を形成している。官僚は法律を守ると同時に、法律に書いていないことは「やってはならない」という縛りがある。例えば、租税法律主義や罪刑法定主義は、国民の合意無き課税や国民の合意無き刑罰を禁じるために存在するが、これは法律に根拠を持たない課税や刑罰が横行すれば、必ず市民に害をなすという考え方である。戦前で言えば、軍の統帥権の定義や内容を規定しなかった結果、文民統制が全く効かなくなって軍の暴走を止めることが出来なくなってしまったことがある。同じ過ちを犯す基盤はすでに出来上がっているのだ。

【参考】
軍隊のあり方:石破クンは分かって言ってる?

【追記】
 私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。
(自衛官の宣誓)

私は、ドイツ連邦共和国に忠実に尽くし、ドイツ国民の権利と自由とを勇敢に守ることを誓います。
(ドイツ連邦軍兵士の宣誓)
posted by ケン at 13:02| Comment(2) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月10日

新国立競技場の責任者は誰?

【<JSC>新国立工事費、「3000億円」設計会社提示無視】
2020年東京五輪・パラリンピックの主会場となる新国立競技場の建設問題で、事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)が昨年5月、基本設計の概算工事費を過少に見積もって公表していたことが、関係者の証言で分かった。設計会社側が約3000億円と提示したのに対し、JSCは資材の調達法や単価を操作するなどして1625億円と概算していた。正確な額が公表されていれば、計画見直しが早まった可能性がある。1625億円の根拠は7日に始まる文部科学省の検証委員会でも議題となる。JSCは昨年5月、基本設計を発表した。8万人収容で開閉式屋根を持つ新競技場は地上6階、地下2階の鉄骨造りで延べ床面積は約21万平方メートル。概算工事費は1625億円とした。関係者によると、昨年1月から本格化した基本設計の作業で、設計会社側は概算工事費を約3000億円と試算した。
しかし、JSCは「国家プロジェクトだから予算は後で何とかなる」と取り合わなかった。JSCは1625億円を「13年7月時点の単価。消費税5%」の条件で試算した。さらに実際には調達できないような資材単価を用いるなどして概算工事費を過少に見積もったという。基本設計発表の半年前の13年末、財務省と文科省は総工費を1625億円とすることで合意しており、JSCはこの「上限」に合わせた可能性がある。ある文科省幹部は「文科省の担当者が上限内で収まるよう指示したのではないか」と指摘している。
今年2月、施工するゼネコンが総工費3000億円との見通しを示したことでJSCと文科省は総工費縮減の検討を重ね、下村博文文科相が6月29日、総工費2520億円と公表した。しかし、膨大な総工費に批判が集まり、政府は7月17日に計画を白紙撤回した。JSCは「政府部内の調整を経た結果、13年12月27日に示された概算工事費を超えないよう基本設計を進めた。基本設計に記載した1625億円は、設計JV(共同企業体)側とも確認のうえ算出した」と文書で回答した。
(毎日新聞、8月7日)

ザハ・ハディド「自分はデザインしただけ」
安藤忠雄「自分はデザインを選んだだけ」
森喜朗「組織委員会は何の権限もない」
河野一郎JSC理事長「政府の指示に従っただけ」
下村文科大臣「決めたのは民主党」
民主党「政府の責任」


あ〜もう終わってるよな。統治不在による無責任の連鎖。インパール作戦や日米開戦の経緯と死ぬほど似てる。さて、一体本当の責任者は誰なのか、誰が真の戦犯なのか。
実はこれは簡単な話で、国立競技場の運営主体にして所有権を有するのは、日本スポーツ振興センター(JSC)であり、そのトップである河野一郎氏こそが最終責任者であり、「戦犯」指定されるべき存在と言える。ただし、JSCは文部科学省傘下の独立行政法人であり、森喜朗氏は自民党文科族の顧問的存在として君臨している。
【JSC河野理事長「プロセスはしっかり踏んできた」】
 迷走の末に白紙に戻された新国立競技場建設計画。時間を空費したつけは大きく、スポーツ界には2019年ラグビーワールドカップ(W杯)の会場計画見直しや、国際オリンピック委員会(IOC)への事情説明など対応が急務の課題を課せられた。早速、事業主体である日本スポーツ振興センター(JSC)は17日、デザインを手掛けたザハ氏側と、一部建設工事契約を結んだ大成建設に伝達。「政府の判断を大変、重く受け止めている」と述べた河野一郎理事長は、斬新なデザインについて「五輪招致(成功)のカギだったと思う」とした上で「少なくとも招致段階からプロセスはしっかり踏んできた。政府の指示に従って動き、最善のことをやってきた」と強調した
(産経新聞、7月17日)

背景事情についてはまだまだ分からないことが多いのだが、推測するに、オリンピック誘致を推進する政府とラグビーワールドカップをゴリ押しする森氏らの圧力を「斟酌」したJSCは、「有識者会議」でデザイン選定の任に当たった安藤氏に「できるだけ目立つデザイン」を要望、その要望を満たすべく安藤氏はザハ案を採用する。しかし、費用についての検討はどこでも無視されていたのだろう。実際、安藤氏はより現実的(実現可能性の高い)な案を「現実的すぎる」としてコンペの2位にしている。コストについては、安藤氏は「自分の責務では無い」と判断、JSCと森氏は「政府が何とかするだろう」とタカをくくり、文部科学省を筆頭とする政府は「オリンピック(放漫財政)なんだから、コストについては後からどうにでもなる、東京都にも負担させれば良かろう」くらいに安易に捉えていた節が強い。
まさに統治の不在である。

ここで少しインパール作戦が成立した経緯を見てみよう。
1944年3月に発動されたインパール作戦は、作戦構想としては43年から存在した。太平洋戦線などの戦局が悪化する中で、ビルまでもイギリス軍による空挺侵攻が行われていた。そのような時に第15軍の司令官に牟田口廉也が就任した。当時、航空戦力を中心に戦力が他戦線へと引き抜かれつつあり、牟田口としては「彼我の戦力が逆転する前に攻勢を行って敵戦力を打ち減らしつつ、侵攻拠点を抑えたい」と考えるようになった。その背景には、盧溝橋事件の当時者として日華事変を引き起こし、本格戦争に突入させてしまったという「汚名返上」の気持ちがあったという。牟田口は構想に反対する参謀長を更迭してまで自説を貫くが、計画がまとまる前に雨期を迎え一旦延期となる。

作戦計画はさらに進められるも、ビルマ方面軍や南方総軍の参謀部から兵站などの理由から疑問符が付けられ、防衛中心の限定攻勢に修正案が提起される。だが、盧溝橋事件を共にした牟田口の上司である河辺正三がビルマ方面軍司令官という立場にあり、修正案が採用されることもなく、また先送りになっていたところ、43年8月に大本営から南方総軍に対してインパール作戦の準備命令が下る。これは、他の戦線で後退が続き、「どこか勝てそうなところで勝ちを挙げておきたい」という大本営の「色気」と、東アジアの傀儡政権が連合国に靡くのを防ぎつつ、インド独立運動を刺激するという東条内閣の政治的要請に基づいていた。
8月末から南方総軍を中心に作戦内容の検討が行われ、様々な修正案が提示されるも結論を見ず、先延ばしになっていたところ10月15日、反対派の筆頭である稲田総参謀副長が突然更迭され、反対派は沈黙してしまった。12月には15軍司令部で兵棋演習が行われ、牟田口案が無修正のまま裁可され、南方総軍に上申、寺内司令官の決裁を受けて大本営に作戦発動の許可が求められた。かくして、1944年1月、大本営からインパール作戦の実施が南方総軍司令官に発令される。命令を受けた南方総軍は一部の参謀が工作して、一応攻勢の限定化をビルマ方面軍に指示するも、無視されて終わった。兵站を考慮しない徒歩による山岳地帯の全面攻勢が発動されたのは1944年3月8日のことだった。恐ろしいことに、牟田口が自らの作戦構想を開示した43年初頭以降、15軍の作戦会議や兵棋演習に配下の3人の師団長は殆ど参加していない。特に第31、33の両師団長は一度も参加して居らず、意思疎通が全く図られていなかったことは異常性が際立っている。
なお、6月5日に河辺方面軍司令官がインタギーにいた牟田口を訪ねるも、双方とも作戦中止を切り出せずに終わり、作戦はさらに一カ月続くところとなった。後に牟田口は、
「河辺中将の真の腹は作戦継続の能否に関する私の考えを打診するにありと推察した。私は最早インパール作戦は断念すべき時機であると咽喉まで出かかったが、どうしても言葉に出すことができなかった。私はただ私の顔色によって察してもらいたかったのである」

と回顧している。
本稿はインパール作戦の是非を問うものではない。だが、同作戦の責任は一体誰に問うべきであろうか。一義的には作戦責任者である15軍司令官たる牟田口であることは確かだが、上官であるビルマ方面軍司令官の河辺には作戦を中止させるだけの権限があったと考えられる。実際、現実にはこの2人が馘首される形で責任をとらされるわけだが、いかんとも釈然としないものがある。というのも、直接的な作戦指令は、大本営が発した1944年1月の大陸指令第1776号にあり、仮に大本営を通じての東条内閣の政治的要請が無かったとしたら、現地でウヤムヤにされたたま時間切れになっていた可能性があったからだ。そう考えると、大本営の責任は重大なわけだが、だからと言って天皇や参謀総長を最終責任者として断罪するというのも無理がある。結局、責任の所在を限定するのは困難と言える。

責任の所在を曖昧にし、最終権限が誰にあるのか判然としない日本型統治機構(組織論)は、戦争の反省を経ぬまま今日も健在のようだ。今後も同様の「統治の不在による無責任の連鎖」が繰り返されるのかと思うと目眩がしそうである。
なお、ソ連のアフガニスタン介入については以前の稿で意思決定過程を検証しているが、共産党政治局が責任を持って最終決定を下しているので、以下を参照していただきたい。

【参考】
・ソ連のアフガニスタン介入における意思決定過程
posted by ケン at 12:17| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月09日

非核三原則はすでに陳腐化

【非核三原則は当然=菅官房長官】
 菅義偉官房長官は6日午前の記者会見で、平和記念式典での安倍晋三首相のあいさつに、昨年まで明記されていた「非核三原則」の文言が盛り込まれなかったことについて、「非核三原則はある意味、当然のことだ」との認識を示した。その上で「(あいさつの中で)『核兵器のない世界』を実現するため世界に訴えていく、という意思表示をしたことで、全て理解されるのではないか」と指摘した。 
(時事通信、8月6日)

これは無理だよな〜〜
禁酒を自認してきた人が、ある日「ビールはアルコール度数が低いから問題ない」と勝手に解禁、いくばくかを経て「ウィスキーは同盟国製品だから率先して飲まないと」とこれも解禁した挙げ句、「でもウオッカは危険だから絶対飲みません!」と強調してみたところで、どれほど信じてもらえるだろうか……説得力なさ過ぎでしょ〜〜
しかも非核三原則は法律ですら無い、ただの政府方針なわけで。

今の法案体系だと、米軍に「これ運んで」と言われて、それに核マークが付されていたとしても、日本政府としては「いやいや、アメリカさんに頼まれたから運んだだけで、まさか核兵器だとは思いませんでした」と答弁すれば済む話なのだ。しかも、実際に何を運んだかについては、全て秘密保護法で隠蔽されるため、それを明らかにしたものは犯罪者として投獄される構図になっている。極論すれば、日本政府が核兵器の開発を始めたとしても、特定秘密に指定されれば、誰も知りようがない。

つまり、非核三原則はすでに陳腐化しており、わざわざ総理が言及する必要など無くなっている。官房長官がわざわざ、「非核三原則はある意味、当然のことだ」と言っているのは、「だって実質的に意味ないんだから言う必要ないよね」という文脈で捉えるべきであり、そこを追及しなかった日本のマスゴミ記者はもはや何の価値も無い連中と言えよう。
posted by ケン at 09:58| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月08日

出口先生のご冥福を祈ります

【<訃報>出口裕弘さん86歳=作家、元一橋大教授】
 ジョルジュ・バタイユなどの仏文学翻訳で知られた元一橋大教授で作家の出口裕弘(でぐち・ゆうこう<本名・やすひろ>)さんが2日、心不全のため東京都内の病院で死去した。86歳。葬儀は近親者のみで営む。お別れの会を後日開く。自宅は東京都調布市若葉町1の1の41。喪主は妻紀子(のりこ)さん。
東京・日暮里生まれ。旧制浦和高時代の友人、渋沢龍彦の影響で仏文学に傾倒。1952年、東大仏文科卒業。67年に翻訳したバタイユの「有罪者無神学大全」が、三島由紀夫に激賞された。
 70年に一橋大教授就任後、商業文芸誌に小説を発表。83年、エッセー「ロートレアモンのパリ」が好評を博し、97年に渋沢との交流を描いた「渋沢龍彦の手紙」が話題を集めた。三島や太宰治、坂口安吾の研究でも知られ、2007年に評伝「坂口安吾 百歳の異端児」で伊藤整文学賞などを受賞した。主な著書に「ボードレール」「三島由紀夫昭和の迷宮」など多数。
(毎日新聞、8月3日)

出口先生のご冥福を祈ります。私がジョルジョ・バタイユに耽溺できたのは先生のおかげ。バタイユを「読める日本語」に翻訳した功績は今もって余人に代えがたいものがあります。ユイスマンスは挫折しましたが。あまり著作は読んでいないのですが、評論は個別にけっこう読んだ記憶があり、古風な文学者の趣を残された最後の世代のように思えます。
まだ読んでいない『坂口安吾 百歳の異端児』を読んでお偲び申し上げます。
posted by ケン at 08:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月07日

「偉大なる指導者」が野党に不快感

【「戦争」表現は不適切=安倍首相、野党批判に不快感―参院特別委】
安倍晋三首相は29日午前の参院平和安全法制特別委員会で、野党が安全保障関連法案を「戦争法案」と批判していることに対し、「あたかも違法な行為をわが国が率先していると誤解されかねない極めて不適切な表現だ」と強い不快感を示した。公明党の西田実仁氏への答弁。首相は、国連憲章が認めている集団的自衛権の行使は、国際法で違法とされている戦争とは明確に区別されていると説明した上で、「わが国が新3要件が満たされた場合に行う武力行使は、あくまで自衛のための措置で、国際法上も正当な行為だ」と強調。「戦争」ではなく、「自衛のための措置」「防衛のための実力行使」との表現が適切だと指摘した。日本が直接攻撃を受けていない段階で行使される集団的自衛権について、先制攻撃とみなされる可能性がないか西田氏がただしたのに対し、岸田文雄外相は「国際法上、合法と言えない先制攻撃と、集団的自衛権は全く異なる」と強調。「集団的自衛権を行使すると国連安全保障理事会に報告し、説明する義務が生じる。(先制攻撃と)混同されることはない」と述べた。
(時事通信、7月29日)

戦前のドイツにおいて、ヒトラーは「ドイツを取り戻す偉大なる指導者」と位置づけられていたが、「日本を取り戻す」と絶叫する現代日本の安倍氏はヒトラーに似てきているように見える。ヒトラーは論争相手から非難されると感情的に反発し人格攻撃に走る傾向があったというが、安倍氏や橋下氏にも共通点を見いだせる。
野党がある種の「レッテル」を張って与党を攻撃するのは議会政治の常であり、個人に対する人格攻撃等の例外を除けば当然正当な手段だ。それを評価するのは有権者であり、攻撃された方は堂々と論理的に反論し、正否の判断は有権者に委ねるべきだ。しかし、野党の批判に対して論理的な反論ができないため、異論そのものを封じようとする動きが強まっている。

また、総理補佐官は、安保法制について「我が国を守るために必要な措置かどうかで、法的安定性は関係ない」と述べたことが問題になっているが、安倍政権のスタンスあるいは本音を露呈している。これは、国家が必要と判断した措置を採ることは全て正当であり、それ以外のものは優先する必要は無い、と宣言したに等しく、つまり法治主義から人治主義への転換と考えて良い。実際、憲法改正を経ずに集団的自衛権行使や海外派兵を決めてきたのだから、安倍一派的には法治主義そのものが「克服すべき戦後レジーム」なのかもしれない。
もっとも、この補佐官は意識しているのかどうか分からないが、安保法制が法的安定性を脅かしている点を認めてしまっているのだから、お笑いぐさだろう。今時の東大出自治官僚出身で国会議員になる者の知的水準が見て取れる。「エリートの崩壊」の一断面とも言えよう。

この他にも反戦アイドルに対して恫喝したり、美術館から政府批判をモチーフにした展示品を撤去させるべく圧力を掛けたりなど、凄まじい勢いで批判を許さない権威主義が増殖している。「戦後レジーム=戦後民主主義」は確実に瓦解しつつある。

【追記】
参議院で質問する議員は、過去の日本が行った戦争〜台湾出兵から太平洋戦争まで〜について、「先制攻撃」で始めたのか「集団的自衛権」で始めたのか、一つ一つ政府に問いただすべきだろう
posted by ケン at 12:31| Comment(3) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月06日

利便性と安全のバランスこそ

【C飛行場、禁止の「遊覧飛行」常態化か】
 東京都C市で小型プロペラ機が墜落し、8人が死傷した事故で、小型機が利用していた調布飛行場では、観光目的の飛行が禁止されているにもかかわらず、操縦技術維持のための「慣熟飛行」と称した「遊覧飛行」が常態化していたことが分かった。安全・騒音対策で、都と地元の3市が1997年に交わした覚書では、自家用機の慣熟飛行は認め、遊覧飛行は禁止している。国土交通省によると、慣熟飛行に法的な定義はなく、飛行目的の限定はC飛行場特有のルール。都は「慣熟飛行に同乗できるのは、操縦免許を持つ人か、免許取得を目指す人が操縦を見学する場合」と説明する。しかし都に提出する「空港使用届出書」には、同乗者の免許の有無や年齢などは記載する必要がなく、書類では同乗者の飛行目的は確認できない。
(読売新聞、一部伏せ字、7月31日)

私の家と同じ市内の事故ということで、関係者の皆さんにはご心配をおかけしました。実際には、私の家は中心部を挟んで反対側にあり、距離にして4km近く離れているので報道で知るまでは全く感知しませんでした。
被害に遭われた方、ご遺族の方にはお悔やみ申し上げます。

本事故を受けて「市街地の飛行場は危険」という元からあった反対運動が勢いを増しているようだが、実際のところはどうだろうか。
昨年実績で、離着陸数は1万6024回に上るが、「トラブル」と呼べるものは、飛行場内で胴体着陸したケースが一件ある程度。「事故」に近いものは10年前に西東京市の高校の校庭に緊急着陸したものが一件。確実に事故であるのは、1980年にC市内の中学校校庭に墜落したケースだけだろう。これらの全ては機体のトラブルに起因するものであって、飛行場の位置や管制などによって引き起こされたものではない。要は自動車などよりもはるかに安全であり、機体の安全性に100%が無い以上はリスクとして受け入れられるかどうか、という話になる。これは、暴走車が民家に突っ込んで火災が起きたからと言って、道路を撤去しようという話にはならないのと同じだ。

ただ、自家用機等の小型機はどうなのかという話はあるだろう。これも、昨年の離着陸数で、自家用機と外来機の合計は1645回と全体の10分の1を占める程度で、その目的は慣熟飛行、調査(撮影)飛行などに限られている。現実には様々な名目で実質「遊覧」飛行がなされていたことは、多少飛行場と関係のある者の間では暗黙のうちに了承されてきた。反対派やマスコミは、これを「不正使用」として騒ぎ立てているが、重要なのは商業利用による遊覧飛行が認められていなかったことであり、それ故に自家用機の利用が大きく制限されていた点にある。
日本の場合、ただでさえパイロットの人数が根本的に不足している問題があり、その一因として自家用機の利用が大きく制限されている事情がある。事故を理由に、ただでさえ少ない飛行場利用の裁量部分を厳格化し、自家用機の利用を大きく制限してしまうことは、望ましくないと考える。
posted by ケン at 12:27| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月05日

バカバカしい話を真面目に:武藤氏のケース

【「戦争行きたくない」は「利己的」 自民・武藤氏が学生団体「シールズ」批判】
 自民党の武藤貴也衆院議員(36)=滋賀4区、釧路市出身=が短文投稿サイトのツイッターで、安全保障関連法案に反対する学生団体「SEALDs(シールズ)」の主張に対し「『だって戦争に行きたくないじゃん』という自分中心、極端な利己的考え」と批判していたことが3日、分かった。野党や専門家は「見識を疑う」と反発している。 
 投稿は7月30日付で、武藤氏は「利己的個人主義がここまでまん延したのは戦後教育のせいだろうと思うが、非常に残念だ」とも主張した。2日には、インターネット上の交流サイト・フェイスブックに「世界中が助け合って平和を構築しようと努力している中に参加することは、もはや日本に課せられた義務であり、正義の要請だ」と書き込んだ。これに対し、民主党の枝野幸男幹事長は3日、国会内で記者団に「民意を受け止め政治に反映させる衆院議員として見識を疑う」と批判。国会審議を通じて追及する考えを示した。
(北海道新聞、8月4日)

日本国憲法は第9条で「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と規定している。つまり、国家として戦争参加を全否定しているのだから、「戦争に行かない」のはむしろ国の方針に従う「正しい」主張だと言える。逆に戦争に行くことを当然とする考え方、あるいは戦争を賛美する主張は現行憲法に反するものであり、天皇、閣僚、国会議員を始めとする全ての公務員に課されている憲法遵守義務(99条)に違背している。
ここで右派は(憲法を否定しているくせに)都合良く「表現の自由」(21条)を持ち出すが、憲法遵守義務が存在する限り、憲法の存在や理念を遵守、擁護する義務を負っているわけで、何を言っても良いことにはならない。
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
(日本国憲法第99条)

また、憲法13条は、
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

と規定しているが、これは個人主義が戦後日本社会を構成する1つの根幹であることを示している。個人主義の否定は、全体主義の擁護に直結するだけに、「全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成する」という憲法前文の否定を意味する。

さて、ここでロシア連邦憲法を見てみよう。ロシア憲法は第59条にて、
祖国の防衛は、ロシア連邦市民の責任であり、義務である。

と規定しており、仮にこれに基づくなら武藤氏の主張には正当性が生じる。原理的には、デモクラシーが「市民が持ちたる国」を想定している以上、全市民に主権が付与される対価として、共同体防衛の協同的義務を有するという、国家と市民間の社会契約が成立していると考えるのが普通なのだ。だが、先進国の多くでは軍事技術の進化に伴い、徴兵制が非効率となったため、軍事的な理由から徴兵が停止されているものの、市民の防衛義務が撤廃されたわけではない。
ただし、連邦憲法は同条3項で良心的兵役拒否と代替権を保障している。これは、ロシアにおいても「戦争に行きたくない」という主張が「利己的とは言えない」と認識されていることを示しており、自民党員が現代ロシアよりも権威主義化(国家に心臓を捧げるのは当然)していることを意味する。
ロシア連邦の市民は、その信条または信仰が兵役に服することと矛盾する場合、ならびに連邦法律の定めるその他の場合に選択可能な民政部門の職務にそれを代替させる権利を有する。

この点、戦後日本は非常に例外的なケースにある。休戦条件を受諾して軍部が武装解除された後、憲法制定過程で、天皇制(権威主義)を温存する代償として軍事権を放棄、国家防衛の実務を国連軍が担う前提で第9条が成立した。これは、「危険人物に刃物を持たせるとロクなことにならない」という発想に基づいているが、日本は「刃物は捨てるから人格矯正は勘弁して」という選択肢を採り、再軍備と交戦権を放棄する代わりに、天皇制や官僚機構の根幹の温存を許された。他方、ドイツは「安全な人格者なら刃物を持って良い」という選択肢を採り、徹底的な脱ナチと民主化を行うと同時に、再軍備を実現した。

昨今の自民党などの右派議員の問題点は、国際社会(国連体制・旧連合国)から断罪されたアジア太平洋戦争における日本の侵略性を否定し、戦争犯罪者として処罰されたものの名誉回復を主張するものが、同じ口で再軍備と海外派兵を唱えていることにある。これは、まさにポツダム体制が危惧した「狂人に刃物」そのものであり、中国や韓国が反発する根拠になっている。
今のドイツにおいて、政権党がナチスの政治体制や戦争指導の再評価を行い、大戦における侵略性や虐殺行為の否定を始めたら、EUなどたちまち吹き飛ぶに違いない。今の日本は、国連憲章の敗戦国条項適用を主張する国が現れたら危険な状態にあると言える。

私自身は、憲法遵守義務を有する公務員ではないが、現行憲法を否定するような言動は避けつつ、権威主義(天皇制)の排除と徹底した民主化を行う代わりに、再軍備(自衛隊の国軍化)を主張している。
その意味で、自民党議員や自民党員の間では、すでに現行憲法は遵守すべき対象ではないという認識が共有されていると見て良い。だが、憲法裁判所や憲法警察が存在しない日本では違憲行為が放置され、非物理的なクーデターを許してしまう状態にある。日本がデモクラシーの復元力をどこまで保てるのか、甚だ心許ないところに来ている。

【追記】
武藤氏の発言は「確信犯」であり、彼なりに「合理的」な選択を採っている側面がある。氏は、徒手空拳で自民党の地方支部に入り、何の政治的背景も無いところで、小うるさい地元の有力者の支持を得ながら、支部長(次期候補者)の座を維持しなければならず、それは彼の政治生命にとって最優先事項なのだと考えられる。この場合、可能な限り権威主義的(右寄り)なスタンスを示すことで、神道連盟や軍人遺族会などの「固定票」を確保し、自らの地盤に据える必要がある。仮に氏の選挙区が都市部寄りであったなら、地場産業や都市中間層に基盤を求めることも可能だったろうが、現実には氏の選挙区は地方の最深部にあり、確実な固定票を求めるには余りにも選択肢が少なかったのだろう。結果、武藤氏は過激な発言を発し、衆目を集め、「左翼からの攻撃」にさらされればさらされるほど、選挙区における基盤を強化できる仕組みになっている。似たような傾向は、米国の共和党にも見て取れるが、デモクラシーと小選挙区制の課題である。
posted by ケン at 12:38| Comment(6) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする