2015年08月07日

「偉大なる指導者」が野党に不快感

【「戦争」表現は不適切=安倍首相、野党批判に不快感―参院特別委】
安倍晋三首相は29日午前の参院平和安全法制特別委員会で、野党が安全保障関連法案を「戦争法案」と批判していることに対し、「あたかも違法な行為をわが国が率先していると誤解されかねない極めて不適切な表現だ」と強い不快感を示した。公明党の西田実仁氏への答弁。首相は、国連憲章が認めている集団的自衛権の行使は、国際法で違法とされている戦争とは明確に区別されていると説明した上で、「わが国が新3要件が満たされた場合に行う武力行使は、あくまで自衛のための措置で、国際法上も正当な行為だ」と強調。「戦争」ではなく、「自衛のための措置」「防衛のための実力行使」との表現が適切だと指摘した。日本が直接攻撃を受けていない段階で行使される集団的自衛権について、先制攻撃とみなされる可能性がないか西田氏がただしたのに対し、岸田文雄外相は「国際法上、合法と言えない先制攻撃と、集団的自衛権は全く異なる」と強調。「集団的自衛権を行使すると国連安全保障理事会に報告し、説明する義務が生じる。(先制攻撃と)混同されることはない」と述べた。
(時事通信、7月29日)

戦前のドイツにおいて、ヒトラーは「ドイツを取り戻す偉大なる指導者」と位置づけられていたが、「日本を取り戻す」と絶叫する現代日本の安倍氏はヒトラーに似てきているように見える。ヒトラーは論争相手から非難されると感情的に反発し人格攻撃に走る傾向があったというが、安倍氏や橋下氏にも共通点を見いだせる。
野党がある種の「レッテル」を張って与党を攻撃するのは議会政治の常であり、個人に対する人格攻撃等の例外を除けば当然正当な手段だ。それを評価するのは有権者であり、攻撃された方は堂々と論理的に反論し、正否の判断は有権者に委ねるべきだ。しかし、野党の批判に対して論理的な反論ができないため、異論そのものを封じようとする動きが強まっている。

また、総理補佐官は、安保法制について「我が国を守るために必要な措置かどうかで、法的安定性は関係ない」と述べたことが問題になっているが、安倍政権のスタンスあるいは本音を露呈している。これは、国家が必要と判断した措置を採ることは全て正当であり、それ以外のものは優先する必要は無い、と宣言したに等しく、つまり法治主義から人治主義への転換と考えて良い。実際、憲法改正を経ずに集団的自衛権行使や海外派兵を決めてきたのだから、安倍一派的には法治主義そのものが「克服すべき戦後レジーム」なのかもしれない。
もっとも、この補佐官は意識しているのかどうか分からないが、安保法制が法的安定性を脅かしている点を認めてしまっているのだから、お笑いぐさだろう。今時の東大出自治官僚出身で国会議員になる者の知的水準が見て取れる。「エリートの崩壊」の一断面とも言えよう。

この他にも反戦アイドルに対して恫喝したり、美術館から政府批判をモチーフにした展示品を撤去させるべく圧力を掛けたりなど、凄まじい勢いで批判を許さない権威主義が増殖している。「戦後レジーム=戦後民主主義」は確実に瓦解しつつある。

【追記】
参議院で質問する議員は、過去の日本が行った戦争〜台湾出兵から太平洋戦争まで〜について、「先制攻撃」で始めたのか「集団的自衛権」で始めたのか、一つ一つ政府に問いただすべきだろう
posted by ケン at 12:31| Comment(3) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする