2015年08月17日

軍隊のあり方についてB〜近代国民軍の成立

近代の民主的軍隊の起源は、近世のオランダやドイツの「市警軍」に求められる。
市警軍の役割は、戦時には都市の防衛を担い、平時には都市の治安を守っていた。その都市の治安維持の主な任務は、夜回りすなわち夜警であり、敵の工作員やスパイを取り締まり、火災や火付けを警戒する役目が主だった。市警軍を構成するのは、法的に市民権を有する市民であり、「自分の町は自分で守る」という自治権の象徴だった。そのため、基本的に給料はなく、武器も自前だった。
ちなみに、当時の市民を意味する仏語の「ブルジョワ」(独語でビュルガー)は、都市を指す「ブール」(独語でブルク)から派生しており、「都市自治に参画する固有の住民」を意味した。つまり、外部から流入して裏路地に住まうような人は「市民」ではなかったのだ。
(参考:「夜警」が意味するもの

そして、国民軍の原型はフランス革命に見いだされる。フランス革命によって主権者が国王から市民に転じ、同時に国防の義務もまた王から市民全員が負うことになった。フランス革命時の徴兵制は、国民皆兵を基礎としたが、これは「市民が持ちたる国」を破壊しようと企む外国勢力や王党派から、革命の成果を自分たちの手で守るという原理の上に成り立っていた。つまり、共同体の自己決定権の一翼を担う主権者である以上、共同体防衛の義務もまた皆で協同して担うという考え方である。同時に、国民皆兵論に基づく徴兵制は階級や資産などの別なく徴兵の対象となることを前提としており、それは社会の公正性と平等性を体現するものでもあった。
デモクラシーとは、「市民全員が等しい政治的権利を有する共同体」という幻想の上に成り立っており、それ故に市民全員に防衛の義務が課されるのが自然であり、「政治的権利は有するが、防衛の義務は課されない」という日本のあり方の方が歪なのだ。

もう一つのモデルは米国に見いだせるが、こちらは例外的ケースと言える。
アメリカ独立戦争は、もともと七年戦争とフレンチ=インディアン戦争に伴う財政危機を回避するために、英政府が植民地(のみ)に対する課税強化を行ったことに端を発する。様々な新規課税が植民地移民の合意なくして進められた上に、東インド会社の茶だけは非課税の独占販売ということになり、「ボストン茶党事件」(1773年)が起きる。これに対して英政府が弾圧に乗り出して懲罰的立法による自治権剥奪を行った結果、各植民地を守る民兵が暴発、イギリス正規軍との戦闘に入った。アメリカ独立のための「大陸軍」が結成されたのは、植民地ごとに分断された民兵の統率を一本化するためであり、現に独立が認められ戦争が終結すると、大陸軍は実質的に解散、その後も長いこと常備軍を置くことに慎重なスタンスが続いた。独立戦争に続く、米英戦争が1812年に起きたとき、米陸軍はわずか1万人足らずしか持たなかった。
アメリカ軍の目的は「独立を維持すること」にあり、「必要なときに必要な兵を志願募集、不要になったら解散して市民生活に戻る」ことを原則とした。アメリカ合衆国は、本来的には平等な権限を有する州の連合体(合州国)であり、巨大な権限を有する中央政府や軍隊は「悪しき英国モデル」として忌避すべき存在だった。アメリカ市民にとって至高の価値は、イギリス国教会から独立した「崇高なる信仰生活」(ピューリタニズム)であり、個人の信仰と家族共同体を守るために軍に志願することは、神に忠誠を尽くし天に徳を積むものだった。結果、軍に集ったものは「信仰と家族を守る兄弟」と考えられた。つまり、「神に対する義務と神の下での平等によって信仰共同体を協同防衛する」というのがアメリカ軍の根幹理念だった。アメリカが、無神論のソ連や中国、あるいはイスラム諸国に過剰な敵愾心を示すのは、「信仰共同体に対する脅威」であるからなのだ。

ここで日本に立ち返りたい。日本は軍隊のあり方において非常に不安定な状態に置かれている上に、国民の間で認識が全く共有されていない。
というのも、日本は市民革命を経ていないため、国民軍が成立した経験を有していないからだ。日本でかりそめの近代国家が成立したのは明治維新だが、その憲法は絶対君主制そのものであり、運用によって集団指導体制を実現するという、大きな問題を抱えた統治システムだった。
先の稿で説明したように、王権神授説に基づき天皇が統治権と軍事権を占有するとともに、国防の責務を負い、臣民は天賦の軍事権を占有する国王の責務を全うする道具として兵役徴集されることになった。結果、日本軍は天皇主権を守り、その栄光を全世界に示すための道具となり、臣民は天皇個人に対する忠誠義務を果たすために兵役徴集された。1945年の悲劇の数々は、国民保護の義務を課されていない私軍によって引き起こされた側面が強い。

アジア太平洋戦争に敗北した日本は、戦後処理の中で天皇免責と官僚機構温存と引き替えに軍事権を放棄した。当時、国土防衛の実務は国連軍が担うという前提だったものの、国連軍は実現せずに米軍が代行することになった。ところが、朝鮮戦争が勃発し、米軍が半島に出兵することになったため、後方となった日本本土を防衛する戦力が不足、米側の要請に対して日本の権威主義者(旧体制の生き残り)が応じる形で自衛隊が成立していった。この自衛隊は、要するに米軍不在の日本を共産勢力から防衛するための「抑え」でしかなく、先に述べたような国民軍とも義勇民兵とも全く無縁の存在だった。敢えて言えば、「反共傭兵団」に近い。
【自衛隊法第三条】 自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。

日本国憲法第9条に「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」とある以上、日本は軍隊を保有できず、「自国を防衛するための必要最小限度の実力組織」と規定する他なかった。その結果、自衛隊は防衛省の機構の一部という扱いで、憲法に規定されず、議会(国権の最高機関にして主権代行機関)の統制を全く受けない組織になっている。近代の民主的軍隊であるならば、「誰による誰のための軍隊」か規定されるはずだったが、「実力組織」なる官僚機構であるがために「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つ」という「国って誰だよ?!」と突っ込みが入るような曖昧な規定にされてしまったのだ(権威主義者の陰謀だろう)。

例えばスイスは憲法で民兵の原則を謳いつつ、「軍隊は、国及び住民を防衛する」と規定しており、フランスは国防法典において「国防は、常に、あらゆる事態において、また、あらゆる形態の侵略に対し、領土の安全及び一体性並びに住民の生活を保障することを目的とする」と規定している。これに対して、ロシア連邦国防法は「ロシア連邦軍は、ロシア連邦に対して向けられた侵略の撃退、ロシア連邦領土の保全と不可侵性の武装防護、並びにロシア連邦の国際条約に従った任務の遂行を使命とする」としており、日本の自衛隊と同様、国民保護の義務を負っていない。
租税法律主義や罪刑法定主義を見れば分かるとおり、近代国家は「やるべきことは法律に明記する」「法律に記載されていないことはやってはならない」を原則としている。これは王権(行政)の暴走を抑止するために、立法権を議会に委ね、その合意無き施策は実行不可能とするものだった。これがないと、国王が勝手に徴兵や徴税を始め、外国に宣戦布告してしまう恐れがあるからだ。
それだけに、法律において国民の保護が規定されていない自衛隊は、余裕のある平時はともかく緊急時に際しては「国民(個人)の保護は我々の任務では無い」と主張するに足る根拠を持っており、1945年の沖縄戦の悲劇を繰り返す原因をはらんでいる。

【参考】
軍隊のあり方について続・日本軍の場合

【追記】
米国大統領は、その就任式において聖書の上に手を置いて、職務遂行と憲法遵守などを誓い、最後を「So help me God.」と締める習わしになっている。つまり、キリスト教の主上(ヤハウェ)に対して宣誓しているのである。
posted by ケン at 13:14| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする