2015年08月19日

戦後70年談話の影響

【外務省HPから「おわび」削除 首相談話からめた見方も】
 外務省が14日に同省ホームページ(HP)から、政府の歴史認識やアジア諸国への「反省とおわび」に関する記事を削除していたことがわかった。同省は安倍晋三首相が出した戦後70年談話を踏まえて再掲載するとしているが、「安倍談話」の趣旨と合わないので削除したのではないか、との見方も出ている。
 削除されたのは「歴史問題Q&A」というページ。2005年8月、戦後60年の取り組みの一環で掲載した。先の大戦に対する「歴史認識」のほか、「慰安婦問題」「南京大虐殺」「極東国際軍事裁判(東京裁判)」など8項目について、政府の見解や対応を説明している。
 先の大戦の歴史認識については「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」「痛切なる反省と心からのおわびの気持ちを常に心に刻み」などと記述。1995年の村山談話や05年の小泉談話を踏襲する内容で、両談話を参考資料にも掲げていた。
(朝日新聞、8月17日)

安倍総理の「戦後70年談話」は、何とも中途半端で曖昧なものとなった。特に「天皇談話」が一歩踏み込んだものになるとの情報に接した辺りから、官邸内は右往左往するところとなり、さらに安保法制の審議過程で内閣支持率が急低下するに及んで、安倍氏自身の歴史修正主義的見解を抑えざるを得なくなった。その結果、総理談話というよりも、傍観者による評論のような第三者の意見になってしまった上、「おわび」や「侵略」の文言が入ったことで自身の支持基盤である右派に不満が生じている。また、韓国や朝鮮に対する植民地支配の配慮を最小限に止めた一方で、中国については「戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人」などと格別の配慮を見せており、安保法制審議における反中路線の明確化に比して二律背反を示してしまっている。
これらは要するに「戦勝国に阿っておけば問題ないよね」というスタンスに発する霞ヶ関文学の表れであり、宗主国に対して「この談話ならよろしいですか?」と諮った結果でもあろう。関係各所に配慮し過ぎた結果、引用ばかりで本人の意思を表明する部分がほとんどなくなり、意味不明な謎談話になってしまったものと思われる。挙げ句の果てに読売新聞に内情を暴露されて、「これが自分にできるギリギリのところ」などという総理の発言まで紹介されてしまっている。

個人的には、「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」の部分が非常に気になる。そもそも日露戦争は、朝鮮半島支配をめぐる日露対立に端を発するもので、日本側が満韓交換論を提示、朝鮮王室に影響力を持つロシアが半島の北半分の中立を条件提示したところ、日本側がブチ切れて宣戦布告している。しかも、その戦場は朝鮮と清国領土内であり、日露戦争が植民地支配をめぐる主導権争いであったことは明白だった。
さらに言えば、日露戦争の根源は、日清戦争において「朝鮮の独立」を求めて戦った日本が過剰な領土要求を行ったところ、三国干渉を誘発して清国と朝鮮を親露国にしてしまったところにある。そこで、「今度はロシアだ!」とばかりに増税を課して軍備拡張を続けていただけに、「いまさら満韓交換論でロシアと妥結して戦争しませんとは言えない」という状況に陥っていた。つまり、日清戦争後の外交戦に敗北した日本が、領土獲得競争の挽回を図ったのが日露戦争だったのであり、「アジアやアフリカの人々を勇気づけました」というのはご都合主義的な後付けでしかない。そもそも当時の日本人には、「植民地支配にあえぐアジア・アフリカ諸国民を勇気づける」などという発想はどこにもなかった。
日清・日露戦争を肯定することは、植民地獲得と支配を肯定することであり、「日本は一体何を反省しているのか?」「反省しているのはアジア太平洋戦争だけ?」「連合国に負けたから仕方なく反省しているだけだよね」と突っ込まれても仕方ない。

日清戦争の「勝利」を検証する 

そして、アメリカを満足させたのは、
私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

との一文であり、これは「分不相応にもアメリカさんに戦争を仕掛けてしまい、すみませんでした。これからは貴国の下でアメリカ支配の一翼を積極的に担っていくことを誓います」という忠義(属国)の宣誓だからだ。アメリカによる「デモクラシーの帝国」建設の一翼を担い、全世界に自衛隊を派兵して米軍の兵站支援を行うことを宣言したのだから、米国としては満足な結果だったのだろう。
官邸に詳しい者の話によれば、「国際秩序への挑戦者」には二つの意味があり、一つは文脈の通り、米英に対する謝罪と失敗者としての自己評価であるが、もう一つ隠された意味がある。それは現代の中国とロシアを指して、「現代における国際秩序への挑戦者」である中国とロシアに対して「日本はアメリカと共に断固戦うことを誓う」と読むべきであり、だからこそ、米政府から好評価を賜ることが叶ったのだと。私的には非常に納得の行く分析だった。

他方、日本の旧式左翼は過去の談話の継承にばかりこだわり、安倍氏の「俺はやるぜ!」という宣言を見逃してしまっている。
こうした間隙を縫って外務省は、過去の総理談話ページを改編し、歴史修正主義と対米従属強化への傾斜を深めているものと考えられる。

【追記】
「経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます」も超笑える。おいおい、じゃあTPPは何なのよ、ブロック経済そのものじゃないの?勝者側のブロックに入ればOKという話デスか?突っ込みどころ満載過ぎて、我々的には「ただ黙殺するのみ!」と宣言しておこう(笑)
posted by ケン at 12:39| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする