2015年08月26日

安保法制で肥大化する軍事費

【防衛費、過去最大5兆911億円 28年度概算要求、中国念頭に強化】
 防衛省がまとめた平成28年度予算案への概算要求の全容が18日、明らかになった。米軍再編経費などを含む総額は過去最大の5兆911億円(27年度当初予算比2・2%増)で、4年連続の要求増。一方的な海洋進出や公海上空での活動を広げる中国を念頭に最新装備を導入し、周辺海域の警戒監視を強化する狙いだ。
 東シナ海での監視・偵察に向け無人偵察機「グローバルホーク」3機(367億円)や新型早期警戒機「E2D」1機(238億円)を導入。イージス艦1隻(1675億円)と「そうりゅう」型潜水艦1隻(662億円)の建造費も盛り込んだ。島嶼(とうしょ)防衛の強化では、垂直離着陸輸送機オスプレイ12機(1321億円)のほか、不法占拠された離島の奪還を担う水陸両用車「AAV7」11両も導入する。
 最新鋭ステルス戦闘機「F35」6機(1035億円)や、戦闘機などの滞空可能時間を延ばす空中給油機も購入する。哨戒ヘリコプター「SH60K」は17機(1032億円)をまとめて発注し、約115億円の調達コストを圧縮する。弾道ミサイル攻撃への対応として、海上配備型迎撃ミサイル(SM3ブロック2A)の日米共同開発費や、地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)部隊の基盤整備費も盛り込む。ヨルダンへの防衛駐在官の派遣や、宇宙監視システムの整備に向けた準備態勢の強化なども計上。28年度当初予算ベースで初の5兆円台を視野に入れる。
(産経新聞、8月19日)

軍事費の膨張を止めるのは、古今東西どの国家・政府にとっても最大の課題の一つだった。それは「適正なる軍備」の定義が決して一定せず、国際環境に左右されるだけでなく、国内世論や権力者の思惑によって一変してしまうからだ。

その最も極端な例がアメリカである。独立戦争によってイギリスから独立を勝ち取ったアメリカは、軍の基幹が義勇民兵であったことと、巨大な中央軍が州の自治を脅かす恐れを重視して、大陸軍を解散してしまった。1812年に再度「米英戦争」が勃発したときに、連邦政府の手元にあった兵(陸軍)はたった1万人足らずに過ぎなかった。さらに南北戦争が勃発した1861年ですら、合衆国軍の規模は陸軍が1万6千人、海軍が8千人に満たない有様だった。それが、今日では大規模戦争が起きているわけでもないのに、150万人とも言われる兵力を常時維持しているのだから、南北戦争前のアメリカを理想とするリバタリアン(レパブリカン)からすれば到底容認できないだろう。

日本の場合、明治維新を経て徴兵制が施行され、常備軍が設立される。日清戦争前は対外戦争が想定されておらず、陸海軍を含めて20万人(陸軍で7個師団)という規模であったが、日露戦争勃発時には30万人(13個師団)、シベリア出兵時には40万人(21個師団)へと膨れあがった。この間、わずか20年足らずである。そこから20年後の1937年、日華事変時には100万人を超え、4年後の日米開戦時には200万人にも達した。日本の財政は、21個師団、40万人態勢ですら耐えきれずに山梨・宇垣軍縮に至ったにもかかわらず、再び軍拡を始め、日中戦争から太平洋戦争へと突入していった。
植民地が増えれば増えるほど、その統治や周辺国・列強との軋轢が過酷になるのは当然の成り行きであり、それに連れて軍も肥大化していった。特に日本の場合、有力な産業や資本を持たないだけに、植民地の開発や市場化が遅れ、その経営は常に赤字状態だった。赤字経営の植民地を維持するために、生産性ゼロの軍隊を肥大化させていったのだから、仮に大規模戦争が起きなかったとしても、遠からず財政破綻しただろう。実際、戦前期のGNPがピークに達したのは日米開戦前の1939年のことだった。

日露戦争のツケ 
朝鮮統治のツケ 

明治から昭和期の軍拡の流れを見ると、「では戦前期の日本における適正な軍の規模はどの程度だったのか?」という疑問がわき上がってくる。同時に、財政と軍の規模の関係(予算に占める軍事費の割合)を検討すると、日本がいかなる近代戦にも耐えられるような財政規模や産業基幹を有していなかったことが分かる。にもかかわらず、日清戦争と日露戦争に勝利してしまったがために、全く身の丈に合わない軍事力を常備し、周辺国との緊張を高め、さらに前進防御という名の侵略を進めていったのだ。満州事変は朝鮮半島を「守る」ための謀略であったし、その満州を「守る」ために熱河作戦を始め、華北分離工作がなされ、日華事変に至った。

興味深いことに、1935年1月22日、広田弘毅外相は衆議院における施政演説で、「万邦協和」を目指す「協和外交」を掲げ、「私の在任中に戦争は断じてないと云うことを確信致して居ります」と宣言しているが、現在の安倍首相と恐ろしいほど被っている。もっとも、当時も正規の戦争がなかっただけで、華北分離工作はガンガン進められていたんだけど。

さて、現代に話を戻そう。日本の自衛隊は元々「自国防衛のための必要最小限度の実力組織」と規定され、国民の中で一定の合意を得てきた。ところが、1992年にPKO法が成立して海外派兵が可能になり、2006年の自衛隊法改正で「本来任務」に格上げされた。そして、今回の安保法制が成立すれば、海外派兵に特別法が不要となり、常時派兵が可能となる。自衛隊は、現在も南スーダンとソマリア沖に派兵されているが、安保が成立すればアメリカなどからの要請が増える可能性が高い。
自衛隊の海外派兵はこれまで30回近くに及ぶが、これらは本来的には「自国防衛のための必要最小限度の実力」であるはずの自衛隊から、必要な部隊を引き抜いて海外に派兵しており、言い換えれば海外に派兵している部分は、「必要最小限度の実力」を満たしていないことになる。
米国などからの派兵要請に応じるためには、日本は派兵用の兵力を捻出せざるを得ないが、それは国内駐留の「必要最小限度の実力」を削るか、「必要最小限度の実力」の定義(自衛隊の規模)を大きくするかの二者択一しか無い。

また、今回の安保法制は中国脅威論を前提とし、離島に上陸した中国軍に対して自衛隊が逆上陸を試み、それを阻止すべく出撃してくる中国海軍を、米日艦隊が撃滅するというシナリオの上に成り立っている。ただ、ゲーム的な表現をすれば、退潮傾向にある米国が本当に中国と戦争するかは微妙で、いざという時に理由を付けて安保条約の履行を拒否する可能性が高まっている(議会が国益を理由に拒否するだけで良い)。
具体的に例えるなら、中国の侵略に際して米軍の参戦がD6(ダイス一個)で「1〜4」のみだとしたら、こんな不安定な同盟を頼りに戦争はできないだろう。この不安を少しでも解消するために、安保法制を成立させて、日本がアメリカの中東・アフリカ戦争に協力することで、好修正をもらい、参戦確率を「1〜5」くらいにしようよ、というのが政府・自民党の狙いなのだ(政府答弁上は100%を前提)。
とはいえ、何と言っても中国はアメリカにとって第二位の債権国であり、米国債を売ってしまえばアメリカは戦費が賄えなくなってしまう。故に日本は必死になって米国債を買って「一位」の座を死守しているわけだが、米中の共依存は日本人の想像をはるかに上回っているのが実情だ。
アメリカ軍の参戦が100%ではない以上、中国との対決を選ぶ日本は独自の防衛力を高める必要に駆られている。

安保の成立により、日本は海外派兵用の戦力と独自防衛用の戦力(名目上は実力)の両方を増やさざるを得ず、日本が「対称型封じ込め」戦略(武力対決路線)を護持する限り、今後も軍拡基調は変わらないものと思われる。

【参考】
同盟のジレンマと非対称性 
posted by ケン at 12:42| Comment(0) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする