2015年08月27日

さすが歴史修正主義者デス

【東京裁判は検証から除外=発言修正、安保審議配慮か―自民・稲田氏】
 自民党の稲田朋美政調会長は25日の記者会見で、同党が近く設置する連合国軍総司令部(GHQ)による占領政策などを検証するための新組織に関し、極東国際軍事裁判(東京裁判)については検証対象から除外する意向を明らかにした。参院で続いている安全保障関連法案の審議への影響などを考慮したものとみられる。稲田氏は6月の会見で、「裁判の結果を否定するつもりは全くない。ただ、(判決)理由の中に書かれた歴史認識はあまりにもずさんで、検証は必要だ」と語っていたが、25日は「(東京裁判の検証のための組織を)つくると言ったことは一度もないし、そのつもりもない」と述べ、軌道修正した。 
(時事通信、8月25日)

歴史修正主義者は歴史だけでなく、自身の言葉をも都合良く解釈して「修正」してしまうようだ。
これまでにも述べていることだが、東京裁判の判決受け入れはサンフランシスコ講和条約の一部をなしており、これを否定することは講和条約の否定、連合国(現在の国連)との再戦を意味する。

サンフランシスコ講和条約は第11条に「極東軍事裁判(東京裁判)の判決を受け入れる」という項目がある。その同裁判は、日本の侵略戦争遂行による不戦条約違反を前提に「平和に対する罪」として「A級戦犯」を追及することを主目的としていた。
A:平和に対する罪
即チ、宣戦ヲ布告セル又ハ布告セザル侵略戦争、若ハ国際法、条約、協定又ハ誓約ニ違反セル戦争ノ計画、準備、開始、又ハ遂行、若ハ右諸行為ノ何レカヲ達成スル為メノ共通ノ計画又ハ共同謀議ヘノ参加。

大日本帝国憲法では、外交大権と軍事大権は天皇が独占していたが、運用上大権行使は輔翼者が代行するというものだった。しかも、天皇は憲法で免責されており、これまた運用上輔翼者が政治責任を負うという形になっていた。つまり、明治体制下では少なくとも条文上は政治決定者がおらず、当然責任者もいないという無責任体質だった。
故に、本来的には「平和に対する罪」は、外交大権と軍事大権を有する天皇に問われなければならなかったが、政治上の理由と明治憲法を考慮して、昭和天皇の訴追を回避し、当事者たる輔翼者個人に責任を問う形をとった。これがA級戦犯であり、彼らも天皇の免責を望んだが故に裁判を受け入れたものとみられる。

東京裁判が判決を下し、日本がこれを認めることを前提に、講和条約が成立、連合国との戦争が終結し、再独立して国連(連合国)への参加が認められたことを忘れてはならない。
日本が国家として先の大戦における侵略性を否定することは、東京裁判を否定するものでしかなく、それは講和条約違反に直結する。講和条約締結は連合国=国連への参加資格とバーターであり、日米安保の大前提でもある。
もちろん安倍総理、自民党は「サンフランシスコ条約の破棄」「再軍備宣言」「沖縄、北方四島進駐」を行うことで、右派から絶大な支持を受けるかもしれないが、その瞬間ほぼ全世界を敵にすることになろう。
言い換えれば、ポツダム体制が「明治日本の侵略性を断罪する」ことで成立している以上、被告が侵略を否定することはポツダム体制そのものの否定になり、連合国=国連と再び敵対する以外になくなってしまう。
東京裁判を否定するような動きは、自民党は許しても国連が放置・黙認することはあり得ない。稲田氏は、連合国と再戦する覚悟も無いくせに、自らの無知と思い上がりから、虎の尾を踏んでいることに気づいてすらいなかったようだ。
とはいえ、このネタだけでは、昔の記事の再掲になってしまうので、もう一つ歴史修正主義者を怒り心頭にさせるネタを用意したい。

日本には、「ソ連・ロシアについてはどれだけ悪口を言ってもOK」という暗黙の了承があるらしく、「ソ連が中立条約に違反して不法にも日本に侵攻した」という文脈で語られている。外務省もこの認識に基づいて、北方四島の返還を求めている。だが、この日本では一般的な認識も、現在の国連体制下では全く通用しない。まず、国連憲章第103条と106条を見てみよう。
第103条〔憲章義務の優先〕
国際連合加盟国のこの憲章に基く義務と他のいずれかの国際協定に基く義務とが抵触するときは、この憲章に基く義務が優先する。

第106条〔特別協定成立前の五大国の責任〕
第43条に掲げる特別協定でそれによって安全保障理事会が第42条に基く責任の遂行を開始することができるものと認めるものが効力を生ずるまでの間、1943年10月30日にモスコーで署名された四国宣言の当事国及びフランスは、この宣言の第5項の規定に従って、国際の平和及び安全の維持のために必要な共同行動をこの機構に代わってとるために相互に及び必要に応じて他の国際連合加盟国と協議しなければならない。

これら条規は、国連憲章が日ソ中立条約に優先することを意味しており、ソ連は「連合国の義務」によって、大日本帝国の侵略戦争から「国際の平和及び安全の維持」を守るために、国連憲章第103条に従って中立条約を破棄したことを意味する。つまり、国連体制下では、日ソ中立条約違反は「不法」たり得ない。なお、この106条にいう「モスコー宣言」は下記の通りで、米英ソの連名で発表され、後に中国(中華民国)が参加している。
なるべく短期間のうちに、国際の平和と安全のために、すべての平和愛好国の主権平等の原則に基づく世界的国際機構の設置を必要と認める。右の諸国は、大小を問わず、右の機構に参加することができる

以上の、ソ連による中立条約破棄と開戦の正当化は、米大統領トルーマンの手紙によって開陳されており、実際には1945年7月29日にバーンズ国務長官からモロトフ外相に手交されている。
日本政府は、現在もなお「当時まだ有効であった日ソ中立条約を無視して1945年8月9日に対日参戦したソ連」と表現しているが(外務省HP)、中立条約の有効性を認めているのは日本だけなのが実情だ。この表現も、ソ連(ロシア)のお目こぼしで許されているようなものであり、日本政府が過度に「ソ連参戦の不法性」を主張すれば、ロシアは「国連憲章の否定」「敵国条項の適用」というカードを切ってくる恐れがあり、日本は非常に危険な立場に立たされることになるだろう。
日本の現在の国益を考えるならば、二次大戦のことには可能な限り触れないのが吉なのである。
posted by ケン at 12:44| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする