2015年11月05日

ブレア元首相、イラク戦争で謝罪

【イラク進攻は「誤りだった」、ブレア英元首相が謝罪】
 英国のトニー・ブレア元首相は25日に放送されたCNNの単独インタビューで、米国の主導による2003年のイラク進攻について、「誤りだった」と認めて謝罪した。ただ、サダム・フセイン元大統領を排除したことは後悔していないとした。ブレア氏はインタビューの中で、「我々が入手した情報が間違っていたという事実については謝罪する。(フセイン元大統領は)国民などに対して化学兵器を集中的に使用していたが、それは我々が考えていたような形では存在していなかった」と明言した。
米英政府はフセイン政権が大量破壊兵器を保有しているという報告を根拠に、イラク進攻を正当化した。だがその報告の根拠となった情報は間違いだったことが後に分かった。この戦争とフセイン政権の崩壊によりイラクは混乱に陥り、宗派対立が激化して国際テロ組織アルカイダが勢力を増し、後に過激派組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」が台頭した。長引く戦争で何万人ものイラク国民が犠牲になり、米兵4000人以上、英兵179人が死亡した。
 当時のブッシュ米大統領の最も有力な同盟国だった英国の首相として参戦を決めたブレア氏は、この決断のため、どこへ行っても批判が付きまとった。ブレア氏は情報の誤りのほかにも「計画の誤りや、政権を排除すればどうなるかという認識の明らかな誤り」もあったとして謝罪。ただしイラク戦争についての全面的な謝罪にまでは踏み込まず、「サダム(フセイン元大統領)の排除については謝罪し難い。2015年の現代から見ても、彼がいるよりはいない方がいい」と強調した。フセイン大統領は30年以上続いた独裁政権下で国民を抑圧し、隣国のイランやクウェートに戦争を仕掛け、イラク北部のクルド人に対して化学兵器を使ったとされる。しかしイラクでは今も宗派対立が続き、イスラム教スンニ派の過激派組織であるISISの脅威にさらされる状況が続く。
 ブレア氏は、2003年のイラク進攻がISIS台頭を招く根本原因だったという見方には「一片の真実」があると述べ、「もちろん、2003年にサダムを排除した我々に2015年の状況に対する責任がないとは言えない」と指摘。「だが同時に重要なこととして、第1に、2011年に始まった『アラブの春』も現在のイラクに影響を与えた。第2に、ISISはイラクではなくシリアの拠点から勢力を拡大した」と分析した。さらに、欧米の介入についての政治的論争はまだ結論が出ていないと述べ、「イラクでは介入を試みて派兵した。リビアでは派兵せずに介入を試みた。シリアでは一切の介入を試みず、政権交代を要求している」と指摘。「我々の政策はうまくいかなかったかもしれないが、それに続く政策がうまくいったのかどうか、私にははっきりしない」と語った。イラク進攻の決断を「戦争犯罪」とする見方もあると指摘されたブレア氏は、あの当時は自分が正しいと思ったことをしたと強調、「今になってそれが正しかったかどうかは、それぞれで判断すればいい」との認識を示した。
(CNN、10月26日)

内容はともかく、かつて最高権力の座にあった者が、自らの政治判断について誤りを認め、謝罪するというのは、日本ではまず見られない。いや、アジア全体でも稀な気がする。かつて、ゴルバチョフはカティン事件についてポーランド側に対し謝罪を表明しているし、ハンガリー社会主義労働者党書記長だったカーダールはその遺書で「政治活動で私が誤りも犯したことは間違いない」と認めている。ポーランドのヤルゼルスキも「(ソ連軍介入という)大きな悲劇を避けるため」という文脈下ではあるが、「小さな悲劇」である戒厳令をについて「申し訳なかった」と謝罪している。

ところが、日本では、村山談話を除けば、せいぜい鳩山元首相が沖縄で基地問題の政策転換について謝罪したことくらいしか思いつかない。日本全土を灰燼に帰した責任者の一人である岸信介は米国と取り引きして出獄し首相になり、侵略の片棒を担いだ浅沼稲次郎は自らの責任に頬被りして親中派の「平和の闘士」になり、公約違反の増税・TPP・集団的自衛権を推進した菅直人は政権交代後、堂々と反対派と行動を共にしている。日本では少なくとも政治家は「恥知らず」が必須スペックになっているのではなかろうか。

もっとも、ブレア氏の「謝罪」は「情報が間違っていた」「フセイン排除後の見通しが甘かった」点を述べているのみで、イラク侵攻そのものに対する開戦判断については誤りを認めてはいない。この辺は弁護士らしいとは言えるが、それでもキリスト教徒(カトリックに改宗)らしい、良心に対する真摯さが表れている。
元権力者が政策判断の誤りを認めることは、過去の政策の検証を容易にするが、日本の場合、そもそも公文書管理法がザルであるため検証できない上に、全体主義国のように国家無謬論が政官界を支配しているので、公正な政策検証はおろか、第三者による検証機関すらロクに設けられない状態にある。
例えば、自衛隊に関する機密「防衛秘密」のうち、秘密指定の解除後に国立公文書館に移され保管されている文書が一件もなく、自衛隊によるイラク出兵については議会で検証されることはなく、政府による検証はA4ペーパー4枚で「問題なし」に終わった。

安保法制の成立により、自衛隊の海外出兵はさらに増えてゆくと思われる。特に国連PKOは、その主要な役割を「停戦監視」から「住民保護」に転じており、「住民保護のためには武装集団等との戦闘も辞さない」方針を明らかにしているだけに、例えば陸自が南スーダンに全面派兵となれば、戦闘参加する可能性が高まっている。
ところが、日本国憲法は交戦権を認めておらず、安保法制の審議に際して政府は「交戦権は無いが、自衛権はある、その自衛権は個別的か集団的を問わない」と説明した。結果、自衛隊は交戦権を持たないまま、PKOを任務を果たすために武装集団等との戦闘に加わることになるが、日本の政府にも議会にも、自衛隊の戦闘行動を検証するだけの手段が無いのが実情だ。

「国は決して過ちを犯さない」という国家無謬論が、公文書管理を杜撰に師、歴史検証を許さない体質をつくっている。我々がまず打倒すべきは、霞ヶ関と永田町を支配する国家無謬論なのである。
posted by ケン at 12:25| Comment(0) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする