2015年11月08日

オックスフォード流 自分の頭で考え、伝える技術

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『オックスフォード流 自分の頭で考え、伝える技術』 岡田昭人 PHP研究所(2015)

恩師の新著。と言っても発行から半年ほども経てしまった。私はどうにもビジネス書の類いが苦手で、評価するとしても何をどう評価したら良いのかよく分からない。

本書の場合、英オックスフォード大学において一般的に用いられている教育メソッドを、一般化して平易に説明している。この点、前著と被るところはあるのだが、「対話を通じた創造性の創出」と「アウトプットの方法論」に力点が置かれており、続編的意味合いが強い。
要は、教員に解答を求めるのでは無く、いかに自身で(たとえ正解で無くとも)解答を探り当ててゆくプロセスこそが、人間として研究者として成長を促してゆく、ということだろう。高等教育あるいは一般社会では、むしろ「正解の無い問題」の方が多いわけで、子どもの頃から「正解を探す」ことを圧倒的に重視する日本の教育システムが、なかなかグローバル水準に適合できない原因の一つになっている。
まぁ主張は十分に理解できるのだが、ゼミに学部生が何十人もいて、院生ですら10人以上いることすらあるような日本の大学では、教授と学生が一対一で密に指導を受けるような環境になく、正直なところ「オックスフォードではこうだった」と言われてもという気がする。

もう一つのアウトプットは、確かに日本人の弱いところであり、学会などの発表を聞いても、集会などのスピーチを聞いていても退屈なことが多い。また、学会や講演会・勉強会で、発表者に対する質問の時間が来ても、日本では質問者が少なく、鋭い質問となると滅多に無い。欧米人からは「野暮の典型」と思われているロシア人ですら、日本人に比べれば圧倒的なパワーを誇っている。

【参考】 ロシアと日本〜報道統制下の記者会見を比較する

「言いたいことを言う」から「聞かせる話をする」「相手の印象に残す」へと発展させないと、いつまでも「知識の詰め込み」から脱却できないという著者の危機感は十分に理解できる。アウトプットが足りないからこそ、他者からのフィードバックもなく、知識を共有し高め合うことも起きない。良いアウトプットは、良いフィードバックを伴うものなのだが、日本や中国、あるいはロシアのような権威主義的社会では、目下の者が目上に意見することが許されないため、その効果は大きく減じられている。

本書に書かれている方法論の全てを実践するには超人的能力が必要かもしれないが、少しでも心にとめて実践できる項目があれば、「十分」ではなかろうか。

【目次】
1 オックスフォードの流儀
2 オックスフォード流 成果につなげる「準備の技術」
3 オックスフォード流 自分の頭で「考える技術」
4 オックスフォード流 オリジナルな「言葉を作る技術」
5 オックスフォード流 相手を動かす「伝える技術」
6 オックスフォード流 壁を打ち破る「フィードバックの技術」
posted by ケン at 00:00| Comment(0) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする