2015年11月17日

迷宮はさらに深く:パリ連続テロ事件を受けて

【フランス、シリアのIS「首都」を空爆 パリ襲撃事件後で初】
 フランスの空軍は15日、イスラム過激派組織「イスラム国」の事実上の「首都」となっているシリア北部ラッカを空爆し、指揮所と訓練基地を破壊した。仏国防省が発表した。ISが犯行声明を出したパリの連続襲撃事件以降、同国がISを空爆したのは初めて。作戦には戦闘爆撃機10機を含む軍用機12機が参加し、20発の爆弾を投下した。軍は声明で「破壊した第1目標は、ダーイシュ(Daesh、ISのアラビア語名の略称)が指揮所、過激派の人員採用施設、武器弾薬庫として使用していた。第2目標にはテロリスト訓練施設があった」と述べている。
(AFP、11月16日)

【「フランスは戦争状態」 オランド大統領が宣言】
 パリの同時多発テロ事件を受けて、オランド大統領は臨時の上下両院合同会議で演説し、フランスは戦争状態にあると宣言しました。
(テレビ朝日系、11月17日)

フランス・パリで連続テロ事件が発生し、死者は130人以上に上っている。その前日には、レバノン・ベイルートにおいて2回の連続自爆テロが起こり、40人以上の死者を出している。また、10月10日にはトルコの首都アンカラでやはり2回の自爆テロが起きて100人以上の死者が出ている。
ベイルートやアンカラでのテロ事件は大きく報道されること無く、一般的にはほぼスルーされているにもかかわらず、パリでの事件については大々的に報道され、フェイスブックは「安全と平和を願う」旨の連帯表明としてユーザーのプロフィール写真に仏国旗のカラーを重ねられるサービスを開始した。このサービスは私の知人の間にも拡散しているが、「パリ市民とだけ連帯するのきゃ?ベイルート市民は放置?」「フランス三色旗の意味するものを理解しているのきゃ?」という思いはぬぐえない。
また、フランスのオランド大統領は、「今回のテロはジハード主義を掲げる過激派組織『イスラム国』による戦争行為だ」と述べているが、9月末にシリアのイスラム国支配地域に対する空爆を始めたのはフランス側であり、非対称戦争に「後方」など存在しないのは最初から分かっていたはずだ。

今回、フランスが有志連合によるシリア空爆に参戦を決めたのは、「シリア難民の増加」「アサド政権とイスラム国の武力討伐に対する欧州内国論の高まり(トルコや英国の参加)」「ロシアによるアサド政権支援」などが背景にある。フランスはただでさえ、国民の8%がイスラム教徒と化しており、中東の不穏が長期化して難民の流入が続いた場合、国家体制の基盤(共和国の原理)そのものが脅かされる危険がある。フランスの情報当局はテロの可能性を探知していたにもかかわらず、抑止できなかったため、なおさら武力行使の主張を強めてしまった側面もありそうだ。テロを行うためには、実行犯だけで無く、その数倍に上るバックアップ要員や支援者の存在が不可欠だからで、フランス社会はそれだけジハーディストに侵食されていると考えられる。

そして、フランスは国家原理的にイスラム国の存在を許容できない。共和国憲法第一条には、

「フランスは、不可分の非宗教的、民主的かつ社会的な共和国である。」

とあるように、フランスは宗教との決別・分離を基礎に置く共和国であり、非宗教的市民のための政治を担うことに最上の価値を置いている。その結果、宗教との関わりはプライベートな空間でこそ認めるものの、パブリックな空間では徹底的に排除するという原理が成立、それを具象化したものの一つが「公学校におけるブルカ・スカーフ着用の禁止」だった。当然のことながら、宗教政党は一切認められない。
そして、憲法に掲げている「不可分の」は、「一切の例外を認めない」という意味の厳しい決意であるため、日本のように国会議員が神社を閣僚や議員として参拝したり、疑似宗教政党が認められるようなことはあり得ない。それは、わずかな例外を認めることが、独裁を許すきっかけになるという歴史を反映しているのだ。

フランス共和国憲法が掲げる「ライシテ」が、政教分離による非宗教的統合を原理とした民族国家を意味するのに対して、イスラム国はイスラム主義による政教一致を原理とする非民族国家を標榜している。
フランスはナチズムに対する反省から、「共和国の原理」を守るための武力介入を始めとする暴力行使を厭わない性格を有している。結果、フランス社会では、イスラムやイスラム主義を標榜すること自体、「共和国の原理」に対する否定・攻撃と見なされてもおかしくないため、今回の事件のように犠牲者が出るようになれば、「共和国の危機」という反応になる。「デモクラシーと自由に対する脅威はごく身近なところに存在する」というフランス人の自覚の現れと言えよう。これは、自力でデモクラシーや宗教分離を獲得した経験の無い日本人にはなかなか理解しがたいことかもしれない。フランスが「共和国の原理」を掲げてジハーディストと徹底抗戦を唱える以上、どちらかが滅亡するまで終わらない構造になっている。

トリコロールを支持するということは、「共和国の原理」を支持するということであり、死者への追悼と同時にフランスによる軍事介入への支持を表明することになる。少なくともジハーディスト側はそう捉えるであろう。「ムスリムとジハーディストは違う」という反論もありそうだが、「共和国の原理」がムスリムの社会的アイデンティティ表明を許容しない以上、フランスとムスリムの共存は難しい。
つまり、件のFBのそれは、身もフタもない言い方をすれば、「対テロ戦争への賛否を確認するためのツール」でしかない。

対テロ戦争は「勝利無き戦争」だ。仮に今回米欧がシリアに軍事介入したとして(ロシアが介入中のためすぐには無理だが)、ジハーディストはイラクやリビア、イエメンやスーダン等に逃れて同じことを続けるだけの話で、むしろ問題の根を拡散させてしまう恐れがある。米欧の「専門家」からは、「イスラム国は弱体化しており、焦っている」という意見が聞かれるが、仮にシリア・イラクのそれが弱体化しているとしても、イスラム原理主義を糾合する勢力が無くなるわけではない。
同時にさらに難民が発生して欧州に流入し続け、欧州内の統合を脅かすことになるだろう。アメリカが軍事侵攻したアフガニスタンとイラクの現状を見れば、いい加減学習して欲しいところだが、もはや武力行使そのものが利権化しているのかもしれない。

【参考】 ラビリンス−テロ戦争 第三戦

我々日本人としては、盧溝橋事件、通州事件、上海事変を受けて、「暴支膺懲」とばかりに国論を沸騰させて日の丸を振り、中国本土に武力侵攻し、少なくとも1千万人以上の中国人を殺害したものの、8年間にわたる泥沼の戦争が続いたまま、敗戦を迎えたことを忘れてはならない。
日本がテロのターゲットになり、FBのプロフィールが日の丸一色になる日もそう遠くないかもしれない。「テロと戦う」と言うのは簡単だが、国民の犠牲は避けられなくなると明言する必要がある。そして、戦時体制はデモクラシーと人権の犠牲の上にしか成り立たない。

【参考】
文民統制と和平交渉 
華北戦記 中国であったほんとうの戦争 

【追記】
仮に現状でシリア領内からジハーディスト勢力が駆逐された場合、その「立役者」はアサド政権を支援したロシアということになり、今度はロシアの国際的威信が高まり、ロシア製兵器が第三世界を席巻するという話になりそうだ。つまり、「イスラム国掃討」は決して「米欧の勝利」にならず、むしろロシアを利した上に、米欧に対する中東の憎悪を高める結果になりかねない。
posted by ケン at 12:53| Comment(3) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする