2015年11月24日

対テロ戦争の難しさとデモクラシー

【「数日以内に攻撃」仏に各国が警告…情報生かせず】
 パリ同時多発テロでは、「イスラム国」と対峙するイラクやトルコからフランス政府側に対し、テロの危険を事前に警告する情報が提供されていたが、凶行を防ぐことはできなかった。国際的な対テロ情報網の強化が急がれる中、確度の高い情報をすくい取り、テロ対策に生かすことの難しさが浮き彫りとなっている。トルコからの報道によると、同国警察は昨年12月と今年6月の2回にわたり、パリ同時多発テロの実行犯の一人であるフランス人のイスマイル・モステファイ容疑者に関連する情報を仏警察に提供し、テロへの警戒を促していた。これに対しフランス側から反応はなく、照会があったのはテロ発生後だった。
 また、AP通信は15日、イラク情報当局がパリ同時多発テロの前日、フランスも参加する対イスラム国有志連合に対し、イスラム国による切迫したテロの危険があることを警告していた、と伝えた。その中でイラク側は、テロ計画の詳細は不明ながら、イスラム国指導者のバグダーディ容疑者が有志連合各国やロシアに対して爆破や拉致、暗殺といった攻撃を数日以内に実行するよう命じた、との情報を伝えたという。
 一方、米メディアによれば、米情報当局は今年5月の報告書に、ベルギーで1月に摘発されたテロ計画などに関する分析とともに、同時多発テロの首謀者とされるアバウド容疑者の名前と顔写真を掲載していた。これに対し、仏治安当局高官はAP通信に対し、「仏情報機関は毎日、四六時中そのような情報を入手している」と語り、これらの警告情報を重視しなかったことを示唆した。欧米の治安当局は、さらに見落とした事件の“予兆”がなかったかどうか、手持ちの情報を精査している。
(産経新聞、11月20日)

「テロを未然に防げなかった」と非難するのは容易だが、現実には「無理ゲー」の観がある。さすがにテロ関連情報は公開されないため、分からないことが多いものの、実際に発生したテロの何倍ものテロ活動が未然に防がれていると見て良い。もちろん攻撃する側も、当局の動きを見ながら、複数の計画を用意(プロット)して、ブラフを張り、偽情報を流すといったことを行っている。また、治安当局とテロリスト側は相互にスパイを潜り込ませたり、協力者を仕立てたりして、そこでも様々な情報がやり取りされている。まして、フランスの場合、国内に無数の協力者、あるいは協力予備軍を抱えており、壊滅させるためには国民の多くを監視下におく必要がある。
テロが発生すると、当局側は諜報網の拡大を企図して情報収集を強化するが、膨大な情報が集まると、「正解」に至る情報が入る可能性が高まると同時に、同じかそれ以上の欺瞞情報も混入してしまう。結果として、情報の解析が遅れたり、誤った分析に誘導されてしまう確率も高まってしまう。
これは「ネット社会の落とし穴」でもある。インターネットの普及により、個々人が得られる情報量は飛躍的に増加したが、それと個々人が「正しい」認識を得られるかというのは全く別の話で、むしろプロパガンダが容易になり、ネトウヨのような存在が増殖する結果にも繋がっている。
2003年のイラク戦争開戦時における大量破壊兵器をめぐる米英の判断ミスも同じ理由から説明できる。ゲーム・プレイヤーが相手の手札の全てを見ることは不可能である以上、どちらも「100%の勝利」はあり得ない。

【参考】 イラク大量破壊兵器に見る政治決断の限界

同時にデモクラシーはテロに対して脆弱性を有している。移動、通信、流通などの自由が保障されているが故に、テロリスト側としては計画・準備が容易であり、その攻撃対象はすべからく主権者であるため、攻撃自体が「国民主権に対する打撃」となる。権威主義国家では、自由が保障されない代わりに、テロなどの攻撃を行うのが難しい上、攻撃対象も実質的な奴隷(物体)に過ぎないわけで、テロ攻撃を受けた時のダメージも少ない構造になっている。この間の、フランスとロシアの対応を見れば、想像しやすいだろう。

そして、民主主義国家でテロが頻発すると、世論の硬化と野党の突き上げを受けて、選挙対策のためにも、政策的に強硬策を採らざるを得なくなる。治安体制や国民監視を強化するためには、基本的人権の抑制が不可欠となり、テロ対策を理由に正当化される。戦前の日本は民主主義国ではなかったものの、共産党対策として治安維持法が導入され、右翼テロの頻発に乗じて同法が強化・拡大適用されるに至り、わずかに存在していた基本的人権や民本主義の芽が潰されてしまった。現代の例を挙げるなら、9・11事件を受けて米国では、「愛国法」が制定され、国民監視が合法化され、基本的人権の抑制が正当化された。

ところが、たとえ戦時体制への移行が理由としても、基本的人権や市民権を抑制することは、自らのデモクラシーの正当性を否定することになるため、権威主義者(コミュニスト、ファシスト、ジハーディストを問わず)にとって有利に働くことになる。これは、「愛国法」を制定して、国民を弾圧したアメリカが、中東や中央アジアなどでデモクラシーを押しつけても説得力が無く、失敗に終わったことからも説明できよう。
興味深いことに、1940年の米国大統領選挙において、三選を目指すルーズベルトが「(レンドリース法は)火事が起きた隣家に水ホースを無料で貸し出すのは当たり前」と主張したのに対し、共和党のパンフレットには「他国に武力で民主主義を押しつけるものは、自国の民主主義を害することになるだろう(欧州大戦不介入)」旨が記載されていたという。
結果、ジハーディスト側がテロ活動を行い、米欧の対応が強硬策に傾くほど、イデオロギーとしての民主主義の優位性は失われ、世界の不安定化を促進させてゆくのだ。

「カラー革命」「アラブの春」などと喜んでいたものたちは、今やそのツケを払うことを要求されている。
日本でも、秘密保護法、安保法制が制定され、今度は拡大通信傍受法と共謀罪が用意されている。戦後デモクラシーは終焉を迎えつつあると言えよう。

【追記】
テロ戦争において、例えば今回の場合、イスラム国はフランスの国家や民族を否定するものではなく、恐らくはフランスが自国を承認して不介入を宣言すれば「良し」とするだろうが、フランスはイスラム国の存在を否定し、完全破壊を目論んでいる。1917年に始まったロシア内戦の構図とよく似ているが、列強が軍事介入してボリシェビキ政権の殲滅を試みた結果、ソ連は過剰な軍事国家を目指すところとなり、国内統制と対外強硬路線を常態化させてしまった。イスラエルのように自国の存亡が掛かっているならばともかく、イスラムとほぼ無縁の日本が介入しようというのは愚策としか言いようが無いが、対中強硬路線の対価として政府・自民党が積極介入に傾くのは確実だろう。
posted by ケン at 13:02| Comment(3) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする