2015年12月15日

法人減税と個人増税

【法人税2段階下げ決定 政府・与党 外形課税負担に緩和措置】
 政府・与党は8日、法人税改革の全容を固めた。現在32・11%の法人実効税率を平成28年度に29・97%、30年度に29・74%と2段階で引き下げる。減税に必要な財源は赤字企業にも課税する「外形標準課税」の拡大で確保する。税負担が重くなる中堅企業には、28〜30年度に負担増となる額の25〜75%を免除する緩和措置を設ける。10日にまとめる予定の28年度税制改正大綱に盛り込む。
 財源の大半は外形標準課税の拡大で賄う。また、企業が過去の赤字分を現在の黒字と相殺して納税額を減らせる欠損金の繰越控除制度の見直しや、最新設備を導入した際の設備投資減税の終了分なども財源とする。2年先の税率引き下げまで示し、企業に賃上げや設備投資の拡大を促す。外形標準課税は、資本金1億円超の企業に対し、業績が赤字でも従業員の給与や資本金に応じて課税する仕組み。対象拡大で好業績の企業は減税になるが、赤字や利益が少ない企業では税負担が重くなる。このため、資本金1億〜10億円程度の企業は、28年度の税額のうち27年度より増えた部分(負担増分)の75%の支払いを免除する。29年度は50%、30年度は25%と免除幅を段階的に縮小する。
(12月9日、産経新聞)

記事は実効税率を挙げているが、基本税率で言うと、現行の23.9%から23.4%に引き下げられる。この基本税率は、1980年代に最大時43.3%あったものが、90年代に37.5%にまで引き下げられ、2000年代には30%、民主党・野田政権の時に25.5%となり、安倍政権でさらに23.9%に引き下げられたものが、さらに下げられることになる。つまり、企業の税負担はここ四半世紀で半分近くまで引き下げられたことを意味し、今後も更なる引き下げが検討されている。

所得税については、70年代まで最高税率が75%だったが、80年代の中曽根政権下で60%、竹下政権で50%に引き下げられ、2006年の安倍政権下で40%となった。昨年、再び45%に引き上げられたものの、その対象は年収4千万円超で、実際に適用されるのはほんのわずか(0.2%?)に限られている。
最高税率が引き下げられているのに比して、復興税と称して所得税本税の10%が一律加算され、住民税も一律年1000円増税になった。

消費税については、1988年に竹下政権下で導入され、89年から3%で実施。97年から5%に引き上げられ、民主党野田政権下で8%への引き上げが決められて、2014年から8%になった。二度の引き上げに際しては、いずれも事前に「福祉のみに充てる」旨の説明がなされたものの、守られることは無かった。もっとも、仮に守られたとしても、「どこの財布から出すか」という話でしかないので大きな意味は無いのだが。

この他にも、税では無いが、社会保険料は年々高騰しており、例えば国民健康保険の保険料は地域によって異なるものの、この10年で20%以上上がっている。
以上のように、1980年代以降、日本は企業と高所得者を優遇する一方、個人増税を強化、言うなれば「金のあるところから取る」から「広く薄く取る」へとシフトしていった。だが、ここに来て「広く薄く」から「広く厚く」へとシフトしつつある。
現行の社会保障制度を維持する限り、年1兆円前後の自然増が見込まれるが、消費増税2%によって得られる税収増は4兆円程度に過ぎず、保険料アップと絡めても数年分しか保たない計算だ。ところが、高齢化は今後さらに加速し、少子が改善されるメドもない。現行制度を維持する限り、高齢者の年金と医療費だけで国家財政を破綻させそうな勢いにある。
財政的には公的医療保険制度はすでに破綻状態にある。
2010年度の保険支出(政管、組合、国保の合計)が29兆5千億円であるのに対して、保険料収入(同)は17兆6億円に過ぎず、12兆円近い赤字を出している。この赤字は、国庫負担の4兆9千億円と地方自治体などの負担による8兆円で賄っている。この上、保険外の公費医療(結核ほか)がある。現実の公的医療保険制度は、保険料収入全てで70歳以上の医療費を賄うだけの額にしかなっていない。
医療費の肥大化続く

現状において、医療費総額に占める70歳以上が使用する高齢者医療費の割合は45%を超えており、全人口の18%を占める高齢者が医療費の46%を使用しているにもかかわらず、現役層の負担強める保険料アップという選択肢を採った場合、保険制度そのものに対する懐疑が高まる恐れがある。
そして、保険制度は本来自己完結すべきものであり、社会インフラの整備と公共サービスの提供を目途として徴収された税を、社会保険の赤字補填に使うことは本来的には「目的外使用」に当たるため、モラルハザードなのだ。しかも、一度税を投入すると、固定化されてしまい、財政難になった時に「税投入を止めます」と言った途端に保険財政を丸ごと破綻させてしまうリスクを抱えている。この点でも社会保険に対する税の投入は戒められるべきなのだ。
福祉充実と高齢化のジレンマ

法人減税と個人増税のセットは、「法人減税によって市場の経済活動が活性化し、個人収入が増えるから増税OK」という前提に立っている。ところが、国民生活基礎調査を見ると、世帯収入の平均値は、1994年の664万円が最高で、2013年には529万円になっている。中央値で言えば、そこから100万円近く差し引いて考えれば良いだろう。
また、貯蓄ゼロ世帯の割合を見た場合、2000年には12.4%だったものが、2014年には38.9%へと3倍以上に増えている。
さらに言えば、家計環境が厳しい家庭の小中学生に、学用品や給食代などを援助する「就学援助制度」の支給対象者の割合は、2000年には8.8%だったものが、2012年には15.6%へと増えている。この数字は大阪市に限ると28%にも達しており、子どもがいる家庭の4分の1以上が文具を買えず、給食費も満足に払えない状態にあることを示している。このことは、若年層の貧困化が進行しており、担税力が低下すると同時に、社会保障の需要が増大していることを意味する。
他方、GDPを見た場合、名目で1993年の490兆円に対して2013年が480兆円、実質で93年の442兆円に比して13年が527兆円となっている。いずれにしても、成長率の点で中国やドイツ、あるいは米国を大きく下回っている。

要は、「法人減税&個人増税」の組み合わせは、個人の貧困化と経済格差の拡大を助長した一方、市場の発展に対する寄与は十分には認められなかったと言える。もちろん、これは税制だけの話ではないのだが、少なくとも所得や資産の個人間格差を助長したことは確かだろう。それは当然の話で、個人あるいは世帯収入が不十分な状態で増税を課せば、消費が減退する一方、社会保障への依存度が上がるのが自然な流れだからだ。
だが、「法人減税&個人増税」のセットは、欧米においても一般的な流れにあり、法人減税競争が行われている中、日本だけ増税すれば、企業の海外流出を促進する懸念がある。また、社会保障制度の持続性に対する最大の脅威となっている高齢者医療と年金は、高齢有権者層の拡大によって改革不能になっている。
posted by ケン at 12:37| Comment(3) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月14日

琉球帰属問題が表面化する日

安保法制の審議が難航した先の通常国会後半期に、安倍政権は辺野古新基地建設を一時停止させたが、安保法制が成立するとこれを再開、現地行政や住民の抵抗を排除し、強硬姿勢を見せている。日本本土では殆ど報道されないが、現地では抵抗運動に対して本土では考えられないような暴力的弾圧をなす一方、行政府を通さずに直接住民にカネをバラ巻くといったことがなされている。
各級選挙で「基地建設反対」の民意が示されているにもかかわらず、交渉を拒否して基地建設を強行する安倍政権に対し、沖縄では「自治の否定」「民主主義の否定」と反発が強まり、県知事が国連人権理事会で報告するに至った。これに対し、本土の右派は「沖縄に先住民などいない」と反論、武力弾圧をも辞さない姿勢を示している。

ソ連学徒としては、バルト独立問題が想起される。ソ連崩壊の序曲となったバルト三国の独立は、もともとバルト海の環境保護を訴える市民団体に対する弾圧に始まり、それが駐留ソ連軍の縮小という主張に繋がり、弾圧が強まるほど「連邦制(自治)の否定」という声が高まって、バルト・ナショナリズムが急進化していった。ソ連政府が内務省の特殊部隊を投入した時には、すでに手遅れになっていたのである。
こういうと、「ソ連が独ソの密約に基づいて占領併合したバルト三国と沖縄を一緒にするな」と言われそうだが、近年の歴史研究によると、明治政府による琉球併合の合法性に疑問符が付けられている。

いわゆる「琉球処分」は、1872年の琉球藩設置から79年の沖縄県設置とその後の日清交渉に至る10年ほどの一連の過程を指す。当時、琉球は琉米、琉仏、琉蘭の3つの条約を締結しており、外交自主権を有する独立国だった。国際政治学者を自称する北岡某などは、「十七世紀以来、事実上琉球王国を支配していたのは薩摩」などと主張しているが、その論法だと「1945年から89年まで東欧諸国を支配していたのはソ連」ということになってしまい、当時のポーランドやハンガリーの独立を否定してしまうだろう。逆を言えば、「今現在、日本を事実上支配しているのはアメリカ」とも言えるのだが、これぞ北岡氏の真意なのかもしれない。もちろん、江戸後期に琉球王国が薩摩の強い影響下にあったことは、私も否定しないが、それを言うなら清国からも同様の影響下に置かれており、むしろ清帝室から冊封を受けていたという点で、公式的には清の方に分がある。冷戦期には、フィンランドもソ連の強い影響下にあったこと、あるいは18世紀にタイが英国と仏国に挟まれた状態にあったことを思い出せば、「両属」「中間中立」というものの複雑さが想像できるはずだ。

そして、1879年の廃藩置県に伴う沖縄県設置に際しては、日本政府は熊本鎮台分遣隊を派兵して首里城を占拠、琉球国王(藩主)を東京に拉致して人質とした上で、「沖縄県設置」を宣言した。この点は明確に武力併合であり、合意文書があるとしても武力脅迫によるものだった。

論者によっては、1874年の台湾出兵に伴う日清互換条款によって沖縄の日本帰属が確定したというものもいる。ところが、同条約を読んでみると(原文は漢文で非常に読みづらい)、どこにもそのような記述はなく、それを類推させるような項目すら無い。日ソ共同宣言と同じで、政府系の論者はロクに条約の内容を読まず、あるいは故意に無視して主張しているので要注意だ。しかも、互換条款の締結後も琉球は清国と以前の冊封関係を維持しており、その点でも「清が琉球の日本帰属を認めた」ことにはならない。

日本政府が沖縄を武力併合すると、日本や清国などの外字新聞で琉球処分に対する批判の声が高まり、欧米列強が関心を示したため、明治政府は清国との国境線画定交渉に挑んだ。中でも最も有名なのは、元米国大統領グラントによる裁定で、沖縄本島以北を日本、宮古島から八重山諸島を清とする「分島改約案」が提起された。この交渉は成立寸前まで行ったものの、最終的に清朝側が調印を拒否して未成立に終わった。その理由については、いまだ研究途上にあるようだが、どうやら琉球国王の親族らから「琉球を分割してくれるな」という嘆願がなされたことが一つの理由になっているようだ。とはいえ、仮にこれが成立していたら、尖閣諸島は今ごろ中国のものになっていただろう。
現実には、日清国境交渉はその後停滞したまま、日清戦争を迎え、下関条約で台湾・澎湖諸島が日本に割譲された。しかし、同条約は琉球の帰属問題に触れておらず、事後追認のような形になってしまっている。

第二次世界大戦以降については、カイロ会談の前後に蒋介石が、米ルーズベルト大統領から琉球・沖縄の帰属について相談を持ちかけられている。だが、中華民国政府・国民党内では議論が分かれ、「中米共同管理案」や「非軍事化を条件に日本帰属を認める」などの案が上がったものの、戦後の対日関係と対共産党戦など総合的に考えて、ルーズベルトの提案には乗らなかったようだ。この辺のことも未解明のことが多く、今後の研究に期待したい。
だが、国共内戦を経て国民党は後悔したらしく、1953年の奄美群島返還と同71年の沖縄返還に際して、国民党政府は抗議声明を出している。とはいえ、サンフランシスコ講和条約に参加しなかった(呼ばれなかった)同政府は、1952年に日華平和条約を締結するも、その際日本政府に沖縄帰属問題を持ち出すことはなかったため、「後の祭り」と化している。ただ、そうは言っても、中華民国政府が琉球の日本帰属を認めたことは一度も無い。そもそも、米国からして、日本に返還したのは沖縄の施政権のみであって、その帰属と領有権について正式に表明しているのか定かでは無い(少なくとも私は確認できなかった)。
また、中国共産党については、正式な文書で沖縄の帰属を確認したことはないものの、毛沢東が沖縄の日本帰属を認めた経緯もあって、現政府が急に沖縄の領有権を主張するということは無さそうだ。ただ、民間レベルでは、中台の関係が深まり、琉球帰属問題への意識が高まってくる可能性があり、そうなると日中関係次第でどちらに転ぶか分からない。

結論としては、琉球・沖縄の帰属は本土人の大半が考えているほど「確実」なものではなく、沖縄で先住民意識が高まって国連や国際司法裁判所に提訴するような事態になれば、国府政府や中共政府が介入してくる余地が残されている。それだけに、日本政府としては、沖縄・琉球の統合についてもっと配慮すべきなのだ。ところが、安倍政権は沖縄をむしろ植民地のように扱い、琉球人を国民統合から排除するような政策を強行している。その行き着くところは言うまでも無かろう。
posted by ケン at 12:42| Comment(6) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月12日

12月の読書計画(2015)

来年早々に国会が始まってしまうので、今のうちに休暇もとって重めの本は読み進めておきたい。

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『過去の克服−ヒトラー後のドイツ』 石田勇治 白水社(2014)
先に『顔のないヒトラーたち』を観て、一度ドイツがどのように「過去の清算」を行ってきたか学ぶ必要があると考えたところ、学術的に耐えられそうなのは本書しか無かった。本書では、1940年代から80年代にいたる過程で東西ドイツが、ナチズムの「犯罪」と向き合い、イデオロギーを克服していったかを検証している。西ドイツといえども、常に「逆コース」や歴史修正主義の圧力が存在し、それと(今も)戦い続けながら、今日の欧州における地位を確立したことがよく分かる。また、東ドイツについての記述があるのも良心的だ。

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『各国陸軍の教範を読む』 田村尚也 イカロス出版(2015)
第二次世界大戦で用いられたドイツ、フランス、ソ連、日本の各陸軍の師団から軍レベルの運用に関する教範を分析して、各国軍の戦術、ドクトリンを(比較的)素人にも分かりやすく解説している。一般的にはボロクソに言われがちなフランス軍や日本軍でも、当時者たちは当時の軍の立ち位置や国際環境から合理的に判断してマニュアル化していたことが分かる。逆にソ連などは、これだけ先進的な教範がありながら、実戦に十分反映させられなかったことが哀しい。

『人間・始皇帝』 鶴間和幸 岩波新書(2015)
歴史学が止められないのは、どんな昔のことでも新発見がなされ、解釈が変わるところにある。後世の人間としては「事実」そのものが変わってしまうのだから、ますます想像が広がってゆく。本書は、従来『史記』を絶対的資料としてきた秦・始皇帝の歴史を、新たに発掘された竹簡や他の資料を精査することで、批判的に解明している。もともと『史記』は、前漢の正史であるだけに、漢朝の正統性を誇示するために秦朝の不倫と暴虐を強調する必要があった。秦朝期の一次資料を見てゆくと、やはり細かいところで『史記』とは大きく異なっており、始皇帝についても従来の暴君像の修正を迫っている。『キングダム』ファンは必読だろう。司馬遷も「鄭国渠を建設したことで関中の経済力が盤石となり、統一の基盤となった」旨を述べているらしいのだが、私も一度は見に行きたいものだ。

『戦後労働史からみた賃金−海外日本企業が生き抜く賃金とは』 小池和男 東洋経済新報社(2015)
労働経済学大家の小池先生による賃金論。日本の賃金制は果たして年功序列型だったのか。なぜ職務給では無く、職能給が広まったのか。成果主義はどうして失敗したのか。賃金制度だけでなく、労働史全体から俯瞰しているため、納得度が高い。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月11日

軽減税率の与党間合意で衆参同日選へ

【<軽減税率>食料品全般…加工も対象 財源1兆円で自公合意】
 自民、公明両党は9日、軽減税率の対象に関し、2017年4月の消費増税と同時に生鮮食品と加工食品を含む食料品(酒類、外食を除く)とすることで合意した。軽減措置で必要な財源は1兆円規模となる。来夏の参院選での選挙協力を念頭に、生鮮食品に限定するよう主張した自民党が大きく譲歩することで決着した。与党はこれを受け、10日にも16年度税制改正大綱を決定する。合意では、コメや肉などの生鮮食品と、パンやめん類、菓子類、飲料を含む加工食品について、17年4月の消費税率10%への引き上げ後も税率8%に据え置く。一方、酒類の購入や、レストランやファストフード店など外食で支払う税率は10%に引き上げられる。政府は来年1月召集の通常国会に消費増税法の改正案を提出し、16年度予算案と同時の成立を目指す。
 自民党の谷垣禎一、公明党の井上義久両幹事長は9日、東京都内のホテルで断続的に協議。菅義偉官房長官は同日の記者会見で「両党の幹事長の間で精力的に協議が続けられている。それを見守っていきたい」と語った。自民党は当初、「税と社会保障の一体改革」の枠内で工面できる財源4000億円に収まる生鮮食品(3400億円)のみを対象とするよう主張。事業者が導入する会計システムも、対象を拡大すれば間に合わなくなると説明した。一方、公明党は生鮮食品のみでは痛税感の緩和が不十分だと反発。軽減対象を加工食品まで広げるよう要求し、与党の協議は行き詰まっていた。谷垣氏は9日、安倍晋三首相や菅氏と協議の上、加工食品を対象に加える方針に転じた。協議の最終盤では、自民党側は加工食品のうち菓子や飲料を除く8200億円規模とする案を提示。だが「パン」と「菓子類」などの線引きが難しく、国民生活が混乱することへの懸念から、最終的には菓子なども含む1兆円規模に落ち着いた。
 軽減税率の規模が1兆円に膨らんだことで、6000億円の新たな財源確保が課題になる。一体改革に盛り込まれた社会保障政策をこれ以上見送るのは困難とみられ、政府・与党は税収の上ぶれ分の活用のほか、たばこ増税など消費税以外も視野に入れた財源探しを迫られそうだ。自民党内では、税調幹部らが財政規律を優先し、軽減税率の対象を限定する姿勢を貫いてきた。参院選での選挙協力を優先し、全面的な妥協に転じたことに党内で反発が出ている。また、対象品目が増加したことで、小売店など関係する事業者数が増える。税率10%への引き上げ時に向け、政府は混乱回避が課題となりそうだ。軽減税率は消費増税時の消費者の負担を緩和するための制度。消費税は所得の低い層の相対的な負担が大きいため、低所得者層の痛税感の緩和につながるとして公明党が強く導入を主張してきた。
(12月10日、毎日新聞)

政府も自民党も忌避してきた消費税に対する軽減税率の適用拡大だが、ここに来て急に官邸主導の下、KM党に全面妥協する形で話を進めている。これは官邸の政治的意向が強く反映していることを意味し、その意図するところは、来夏の参院選においてKM党に全面協力させるためだと見るべきだ。通常の選挙協力であれば、小幅な妥協で十分だったはずだが、大幅に妥協したということは何らかの大きな取り引きがあったものと見られる。その可能性が最も高いのは、KM党が忌避する衆参同日選であろう。

衆議院総選挙は昨年12月に行われたばかりでまだ一年しか経ていないものの、再来年の2017年4月に消費税が引き上げられる予定であり、来年中には総選挙が行われるだろうというのが永田町の一般的観測だった。だが、衆参同日選は組織的理由(支持者の住民票を異動させるなど)からKM党の忌避するところで、また4年後の夏のオリンピック開催と衆議院任期の関係を考慮しても、衆院選は恐らく来年末に行われるのではないか、というのが私の見立てだった。

ところが、ここに来て官邸が霞ヶ関と自民党内の反対を押し切って、KM党に全面妥協した。これは、KM党が忌避する衆参同日選を強行するために、取り引きを行ったと考えるのが自然だろう。私的には、衆参同日選の可能性は7割超になったと考えている。
その理由としては、消費増税の時期に近づくほど自民党に不利であること、そして官邸としては(意外なことに)野党協力による統一候補を警戒しており、野党協力が準備不十分な状態で、かつより協力の難易度が上がる同日選こそが、「最も勝ち目が高い」と判断しているようだ。ケン先生的には、今の情勢下なら夏にやろうが冬にやろうが、「自民党の現状維持ないしは微減」だろうと見ているのだが、官邸は非常に警戒している。
確かに野党側は参院選を目指して選挙協力を進めており、遅れてはいるものの協力体制が築かれつつある。だが、衆参同日選となれば、そのハードルが一気に高まり、候補者選定に難渋する恐れがある。民主党で言えば、同日選の場合、労働組合は自らの参院選候補に付ききりとなるため、衆院候補の支援まで手が回らなくなる。まして野党統一候補など放置されるだろう。そして、「政権選択選挙」となるため、自公側は「コミュニスト政権を選ぶのか」という攻撃カードを手にすることとなる。「万が一にも野党に勝たせない」という万全の体制を考えてのものだろう。
同日選で自公が両院の3分の2を獲得すれば、一気に憲法改正熱が高まり、戦後日本の一大転機となることは間違いない。

とはいえ、政治的な理由からKM党に妥協したは良いものの、軽減税率適用拡大による税収の「穴」は6千億円にも及び、それを埋める財源をどこから引き出すのか、あるいは恒久的な歳出減で対応するのか、課題は残る。「全ては選挙に勝ってからだ」ということなのだろうが、無責任の誹りは免れまい。
posted by ケン at 12:40| Comment(4) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月10日

フランスにおける既存政党の難しさについて

フランスの地域圏議会選挙において半数の地域圏で「極右政党」の国民戦線(FN)が勝利した。日本のマスゴミは基本的に翻訳報道なので、欧米のマスコミが「極右」としてしまえば、それをそのまま流してしまう。ところが、国民戦線の現在の主張を見てみると、今の自民党とさほど変わらず、欧州のいわゆる極右政党の幹部はこぞって「オレたちは極右じゃ無い、日本の自民党程度の主張をしているに過ぎない」旨を述べている。つまり、ヨーロッパの極右政党人の理想は「日本の自由民主党」なのだという。では、そのFNの主な主張を見てみよう。
・移民の制限(排斥では無く、フランスの価値を尊重する移住者は認める)
・フランス国内におけるモスク建設の規制
・死刑復活
・公務員の削減
・減税
・同性パートナーシップ制度の廃止
・国籍の血統主義化
・補助金制度の見直し
・農村社会の重視

主張を見ている限り、日本の自民党と維新を足して二で割ったようなイメージであり、これを極右としてしまうと、日本では極右政党が議会の3分の2以上を占めていることになる。ただし、重農主義を唱えている点で、国民戦線は自民党よりも「伝統重視」と言える。
もちろん、我々の立場からはそう考えて良いのだが、であれば、日本のマスゴミも「日本ではすでに極右政党が国政でも地方でも絶対多数を占めている」事実を報じるべきであろう。日本のマスゴミ人は何も理解しないで、ただ欧米の報道を翻訳して流しているに過ぎない。
国民戦線の場合、父親のジャン・マリー・ル・ペン氏が党首だった頃は確かに日本の排外主義団体とさほど変わらない主張を繰り返していたが、娘のマリーヌ・ル・ペン女史が党首に就いた頃から大きく現実主義に転換し、今日に至っている。マリーヌ氏個人としては同性愛や妊娠中絶も否定しないと言われるほどだ。

問題は、既存の政党が有権者の需要に応じられなくなっている点にある。フランスの場合、EUを主導し、移民と難民を積極的に受け入れてきた結果、国内産業の衰退に比して労働力が過剰となり、さらに重税がのしかかっているところに、治安も悪化の一途を辿っている。公務員と大企業従業員は従来通りの裕福な生活を送っているが、それ以外の市民は労働力余剰(移民)のせいで賃金が上がらず、税金の負担ばかりを意識する状態にある。
こうした現状に対し、右派は「さらなるグローバル化と企業優遇」を唱え、「対テロ戦争」で安価な資源を確保しつつ、EUの辺境部に工場を建て、国内では安価な移民労働力を酷使する戦略を採っている。そして、左派は「移民との共生と公共サービスの重視」を主張、企業課税を強化しつつ、現行の社会保障制度を維持、移民などのマイノリティとの共生を図る政策を掲げている。
ところが、現実には少なからぬ有権者が投票先を失った。右派の政策によってブルーカラー層や地方の商工業者が職を失い、それに対して左派は最低生活こそ保障するかもしれないが、移民を肯定し、企業重税を課すため、彼らの問題の解決には全く寄与しなかった。こうして行き場を失った票が国民戦線に流れていると見られる。

この構図は、ナチスが登場した時のワイマール共和国と似ている。当時のナチスも、既存の左翼・保守層がつかみきれない票を囲い込むことで支持層を増やしていき、それに対して既存政党は有効な対抗策を打ち出せなかった。我々としては、「ナチス左派」が既存の左翼票を取り込んだ過程を重視すべきだろう。

こうした現象が起きるのは、社会構造の変化に対して、既存政党が従来の主張(支持層)を守ることで十分に対応できなくなるためだ。フランスの場合、共和党(旧国民運動連合)が経営者層やホワイトカラー層を代表、かつては地方の商工業者もここに含まれたがFNに奪われている。そして、社会党などの左派は公務労働者とブルーカラー層を代表していたが、ブルーカラー層の票がFNに逃げている。また、地域的には移民の多い南部と鉱工業の衰退が著しい北部において、FNが激しく進出している。
ところが、これに対して既存政党は社会構造の変化を十分に認識せず(知っていながら認めていない可能性もある)、従来の政策を変更して失った支持層の回復に努めないため、国民戦線の伸張を許してしまっている。
フランスの場合、右派ならば移民を規制して地方の商工業の振興策を取り入れるべきだし、左派ならば公務労働重視を是正しつつ、国内企業・工場の保護に重点を置くべきだった。それをせずに、ただFNを「極右」とレッテルを貼って攻撃してみたところで、ワイマール・ドイツの二の舞に終わるだろう。

また、私的に特に問題を感じているのは、フランス社会党が余りにもエリート主義に偏ってしまっている点だ。オランド氏や元首相のロワイヤル女史、オランドと大統領候補の座を争ったオブリー女史など、左右にかかわらず皆ENA(国立行政学院)やパリ政治学院の出身で、官僚や弁護士を務めている。共和党と対抗しつつ、行政府の上に立つ政権担当能力の点では十分な人材が確保されているのだろうが、その反面、社会党の支持層や周辺の有権者のニーズを取り込んで党の政策に反映させる能力が低下しているように思われる。つまり、理念と政策が先行して、リアル・ポリティクスの側面が弱くなっているのではなかろうか。戦後初の社会党大統領となったミッテランが、鉄道員出身の対独レジスタンス員だったことを考えれば、隔世の感がある。
卑俗な言い方をすれば、フランス社会党が「よゐこ」になってしまったがために、ヤンキー層をFNへと追いやってしまった、というのが私の見解である。

以上のことは、フランスに限った話ではなく、欧州の多くの国で見られる現象だが、日本にも当てはめることができる。が、それはまた次の機会にしたい。
posted by ケン at 12:06| Comment(0) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月09日

ベルリン陥落(シックスアングルス)

山崎雅弘さんの新作「ベルリン陥落」をプレイする。私はずいぶん前に一度名張にお邪魔して、テストプレイに参加させてもらっただけに、感慨もひとしおだ。基本骨格は変わらないが、ゲームのバランス調整がいかに難しいかがよく分かる。

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本作は「ヒトラー最期の12日間」ならぬ20日間、つまり1945年4月15日から5月4日のベルリン攻防戦「神々の黄昏」をシミュレートしている。マップは、メインがオーデル・ナイセ線から西のエルベ川、北はシュテッティンから南はドレスデン、そしてベルリン市内が別マップで縮尺別に収まっている。ベルリン市内は1ヘクス900メートルで、総統地下壕、国会議事堂(ライヒスターク)、ブランデンブルク門などがあり、そこをSS外国人義勇兵や国民突撃兵が守ることになる。マニア的にはたまらないシチュエーションだろう(ドイツの皆さんには申し訳ない)。ユニットスケール的には、ソ連軍が軍団単位なのに対して、ドイツ軍は師団もあるが、多くは連隊や大隊単位で、実際上の戦力バランスはすでに崩壊している。源文ファンとしては、「Zbv」(懲罰部隊)が師団になってしまっているところが切ない。名作『ジェネレーション・ウォー』を観たものなら、きっと「お兄さんはこの辺の懲罰部隊にいたのかなぁ、弟はどこで国民突撃兵を指揮してたのかなぁ」と感慨深いに違いない。

ゲームの基本骨格は、しごくスタンダードなもので、ドイツ軍が2回対応移動するも、各回2ユニットだけなので手間は掛からない。ソ連軍が強ZOC、ドイツ軍が弱ZOCという点のみがやや煩わしいかもしれないが、慣れればどうということもない。ただ、スタック制限が厳しいので、ソ連側は道路渋滞を起こしやすく、パズル的思考が求められる。蛇足だが、戦闘序列が充実しており、ユニットを見ているだけでもこみ上げてくるものがある(日本人なんだけど)。
ルールの易しさに比して、プレイは難しく、特にドイツ軍プレイヤーは熟練を求められそうだ。スタート時点では、ドイツ軍もそれなりのユニット数を持っているため、つい前線で頑張れそうな気になってしまうが、ZOC強度の差と戦闘後前進によってソ連軍に接敵、包囲されるともう動けなくなってしまうからだ。結果、車輌以外の部隊はほぼ退却できない構図になっており、数少ない援軍を後方防備に回すか、ベルリンに回すか、前線に回すかで悩むことになる。
しかも、勝利条件的には、ソ連軍はベルリンを占領するか、ベルリンを包囲に止めてドレスデンなどの重要都市を取るか、選択できるが、ドイツ軍は過少な戦力で全てを守る必要があり、非常に厳しい。ただし、ゲーム終了が史実の降伏日である5月8日ではなく、5月4日に設定されていることで、ソ連軍的には時間的余裕がなく、補給状態が厳しい中、無理をして前に進む必要がある。

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3ターン終了時。ゼーロウ高地脇に小穴が開くも、独軍は果敢に反撃して足止めを狙う。

この日は、O先輩とルールを確認しながらのプレイで、6時間ほどで5ターンとゆっくりだったが、慣れてしまえば半日で最後まで行きそうだ。もちろんケン先生はソ連軍を担当。
第1ターンは、ゼーロウ高地正面でソ連軍第一白ロシア方面軍(ジューコフ)がオーデル河を渡河したところから始まる。特にゼーロウ前面は平地しかなく、「いきなり大突破か?」と思いきや、さすがにベルリンから最短距離(約60km)なだけにドイツ軍も手厚く、ダイス目の悪さも祟って(EX2回など)、かろうじて北部で渡河した程度で、殆ど進めなかった。戦闘後に突破フェイズがあり、オーバーラン用に後方に戦車軍団を待機させていたが、交通渋滞のため無駄に終わった。南部の第1ウクライナ方面軍(コーネフ)の正面は、大河越しながら、ドイツ軍の層が薄いこともあって、まず順調に渡河した。

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3ターン終了時の南部・コーネフ軍正面。独軍戦線は半壊、ソ連戦車軍団がコットブスまで10kmに迫る。

第2ターンもソ連軍はゼーロウ正面でゴリ押しする程度で、なかなか戦線に穴が開けられない。南部では順調にコットブスに近づくが、軍管区分けが厳しく、戦力の集中が難しい。
「こんなでベルリンやらエルベ川やらまで辿り着くのか?ましてや総統官邸をや」みたいに考えていたが、ドイツ軍はドイツ軍ですり減る戦力に比して、投入される援軍が圧倒的に少なく、「破断界は近い」と考えていたようだ。
第3ターン、ゼーロウ脇に小穴が開き、同高地が半包囲され、北部のヴリーツェンもソ連軍に接敵され、南部では「ロシア解放軍」が自主解散するとともに、戦線に大穴が開き、包囲されるスタックが出てきた。4ターンになると、ドイツ軍は戦線を形成することすら難しくなり、拠点防御しながら、ベルリンに向けて総退却を始めた。この2ターンでのドイツ軍の損害は山のように積み上がった。
第5ターンには、ソ連軍の先遣隊がベルリン外縁に辿り着くも、外郭陣地は黒いユニットで固められていた。だが、他の地域はスカスカで、ドレスデンに「ゲーリングのおもちゃ」がいる程度という有様だった。

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5ターン終了時のベルリン正面。外郭陣地のドイツ軍を排除してから市街戦が始まるが、史実的にはあと3ターンで総統官邸に辿り着かねばならない。

ここで時間切れとなったが、勝利条件的にドイツ軍はゲーム終了時に生存しているユニットが得点になるのだが、包囲されていると点数に数えられないため、ただベルリンを固めるだけでは勝てない構図になっている。とはいえ、どこにどれだけの部隊を配置して、どこまで時間稼ぎすれば良いのか、サッパリ分からないため、非常に難しそうだ。
他方、ソ連軍は基本的にベルリンを目指し、市内の防備が厚ければ包囲、薄ければ突入するだけなので、「時間との勝負」以外の点は気楽なものだった。ソ連軍は特にオーバーランに際して一定の確率で「EX」(相殺)結果が出るのだが、最初の12ステップ分は「支援ポイント」で吸収されるため、指揮官として殆どストレスを感じない。確かに最初の段階で戦車に損害が入りまくると、ベルリンやドレスデンまで届かないという計算なのだろうが、「銀一郎イズム」における「現場司令官のストレス」の再現性という点では、「ソ連軍が楽過ぎなのではないか」と思われた。実際のところ、ソ連軍はゼーロウ高地戦だけで700輌以上、4月の1月間で3千輌もの戦車を失っており、指揮官は相当なストレスを抱えていたはずだ。また、当時のジューコフとコーネフに掛かっていたスターリンからのプレッシャーを考えても、物足りないのでは無かろうか。もちろん一度、しかも半分だけプレイしただけなので、あくまでも「率直な感想」でしかない。

それはそれとして、全体的には非常に良い雰囲気を出していると思われ、プレイしがいのある作品に仕上がっていると思われる。
posted by ケン at 12:27| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月08日

このビザはダメ、ゼッタイ!

【中国人参加者、ビザ発給されず 歴史問題シンポ】
 歴史問題をテーマにしたシンポジウムに参加するため訪日を予定していた中国人12人について、日本政府が入国査証(ビザ)を発給しなかったことが26日、わかった。外務省は理由を明らかにしておらず、主催者側は「自由な議論を封じるもので、理解できない」と話している。シンポは「戦争法の廃止を求め 侵略と植民地支配の歴史を直視し アジアに平和をつくる集い」(アジアと日本の連帯実行委員会主催)。27〜29日、東京都内の3会場で開かれ、日本側の研究者らの報告や講演を受けて、韓国と中国の戦争被害者らが発言する予定だった。
 主催者によると、中国からの招待者は、旧日本軍の731部隊による細菌戦の被害者遺族ら12人。26日に来日し、12月1日に帰国予定だった。身元保証人の弁護士が外務省に連絡を取ったところ、25日夕に発給されないことがわかったという。弁護士は「遺族らはこれまで何度も来日しており、ビザの発給を拒否されたことはなかった。極めて残念だ」と話す。シンポは予定通り実施するという。外務省外国人課の担当者は「個別のケースについて査証の審査の中身はお答えできない」と話している。
(朝日新聞、11月27日、個人名等は削除)

この報道を受けて、一部の左翼人が「トンデモナイ!」と声を上げているが、背景を知らないとブーメランと化してしまうだろう。
まず、主催者が計画しているのは「戦争法廃止」集会であり、旧軍731部隊の被害者を招聘する正当な理由になり得ない。仮に、この集会が「戦後補償」を主旨としているならば、説明が立つものの、明らかに目的外であるだけに、ただでさえ日中関係が悪化している中で外務省がビザを出さないのは当然だ。
それ以上に問題なのは、主催者の一人にして身元保証人が、極左テロ団体の弁護士であることだ。しかも、「かつて弁護したことがある」レベルではなく、それを本職としている「確信犯」だけに、何をどう考えても「アウト」でしかない。当局からすれば、「テロ団体が主催する反政府集会に敵国人を招待」という構図なのだから、ビザなど問題外だろう。当局でなくとも、内政干渉と取られてもおかしくない。
NK党が沈黙しているのは、立場・視点こそ違えど、同じ理由からだと思われる。
何も知らないで報道に乗せらて下手に擁護してしまうと、「おみゃあもテロリストきゃ?」と当局の監視対象にされてしまうので、重々注意されたい。当局からだけでなく、一般市民からも「同類」と思われるだけに、よくよく自覚して欲しい。
posted by ケン at 12:27| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする