2015年12月17日

慰安婦問題が解決しない構造

【日韓「慰安婦」妥結、年越しへ…局長協議平行線】
日韓外務当局による局長協議が15日、東京都内で行われ、慰安婦問題を巡る議論は平行線に終わった。次回協議が年内に行われる予定はなく、日韓両政府が目指す慰安婦問題の「妥結」は、年明け以降に持ち越された。この日の協議は、外務省の石兼公博アジア大洋州局長と韓国外交省の李相徳(イサンドク)東北アジア局長が出席し、約3時間にわたって行われた。慰安婦問題について、日本側は1965年の日韓請求権・経済協力協定で法的に解決済みとの立場を維持したのに対し、韓国側は日本政府による謝罪や法的賠償を求め、溝は埋まらなかった。協議終了後、石兼氏は「早期妥結に向けてお互い積極的な姿勢で臨んでいるが、なかなか簡単ではない」と記者団に語った。
(12月15日、読売新聞)

慰安婦問題については、右派からは「問題自体存在しない」、左派からは「早急な謝罪と賠償を」という決して相容れない主張がなされており、解決を困難にしている。日本政府としては、「問題の存在は認めるが、賠償は基本条約で解決済み。とはいえ、日韓関係を考えて(アメリカもうるさいから)政府としてできることはやりたい」というスタンスをとり続けている。このスタンスは基本的にブレていない。私は左翼だが、旧式とは異なるので、政府に近いスタンスをとっている。

この問題については、韓国側の事情がより大きく影響している。韓国政府は基本的に90年代後半まで「日本政府に公式謝罪は要求するが、賠償は請求しない(韓国政府がやるから)」というスタンスをとってきた。そのため、河野談話が発表され、それをもって「一件落着」となるはずだった。さらに、村山政権が「アジア女性基金」を設立して、個人補償(見舞金)が支払われたものの、被害者の全てに行き届かなかった。韓国内で民間補償を拒否して国家賠償を請求する過激派が市民の支持を得たためだったが、その結果、見舞金を受け取った方が少数となり、被害者内での対立を激化させる結果となった。その後韓国内では、金大中大統領の頃から公式対応に変化が生じ、2000年代には米国に飛び火して、米国下院で日本政府に謝罪要求決議がなされ、これが日本の右派を刺激、ますます問題をこじらせていった。そして、2011年に韓国の憲法裁判所で「(韓国)政府が慰安婦問題の解決に向けて十分な努力をしていないのは違憲」という意味不明の判決を下し、さらに韓国内の政情不安が政治家たちを「反日」へと動かしていった。

外務省などで日韓交渉を担当した者から聞いた話では、日本側が何か提案し、韓国側と協議して何らかの妥結を見ても、韓国側が本国に持ち帰ると「やっぱりダメでした」という話になり、「じゃあ、そちら(韓国側)から案を提示してください」と返すと、「いや、それは困るから日本側から案を出してください」という交渉が延々と繰り返されているという。
つまり、日本における北方領土問題や拉致問題と同じで、「問題」が存在することに意味があるのであって、ごく一部の本物の当時者以外は誰も解決を望んでいない、ということらしい。要は「日本ケシカラン」と言い続けるための環境こそが大事なのであって、それを本気で解決しようとすると「民族に対する裏切り」などのレッテルを貼られて攻撃されるだけで、何も良いことはないのだろう。まさに北方領土問題や拉致問題と同じ構図なのだ。
逆を言えば、こちら(日本側)から何かしようとすればするほど、「掛かったな、馬鹿め」と言われるのがオチという状態にあり、当分の間は静観するほか無さそうだ。
posted by ケン at 12:42| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする