2015年12月21日

高額療養費制度など見直しへ

【高額療養費制度など見直しへ 歳出抑制案】
 政府の経済財政諮問会議の下に設置された有識者会議は、財政再建に向けて歳出を抑制するための実行計画の案を取りまとめ、医療費の自己負担に上限を設けている高額療養費制度を、来年末までに見直すことを盛り込みました。
政府は、2020年度までに基礎的財政収支を黒字化する目標の達成に向けて経済財政諮問会議の下に有識者会議を設置して、今後5年間の歳出を抑制するための実行計画の検討を進めていて、このほど有識者会議がその案を取りまとめました。それによりますと、最も歳出規模が大きい社会保障費を巡って、医療費の自己負担に上限を設けている高額療養費制度を来年末までに、現在、自己負担が原則1割になっている75歳以上の高齢者の医療費の窓口負担を3年後までに、それぞれ見直すことを目標に掲げています。
また、医療費の削減に向けて自治体や企業の健康保険組合などに働きかけ、2020年までに、40歳以上の人の健康診断の受診率を80%以上とし、メタボリックシンドロームの人口を2008年度と比較して25%減らすなどしています。有識者会議では、この計画案を7日の経済財政諮問会議に示し年内に決定したいとしていますが、社会保障費の国民負担の増加につながるだけに、政府・与党内で今後議論となることも予想されます。
(12月7日、NHK)

またぞろ旧式左翼が「医療の切り捨て」などと騒いでいるが、対案も示さずに無責任に騒いでいるからこそずっと「サヨク」でしかないことに、いい加減気づくべきだ。医療費については、過去に十分説明しているので、再掲を中心に進めたい。
財政的には公的医療保険制度はすでに破綻状態にある。
2010年度の保険支出(政管、組合、国保の合計)が29兆5千億円であるのに対して、保険料収入(同)は17兆6億円に過ぎず、12兆円近い赤字を出している。この赤字は、国庫負担の4兆9千億円と地方自治体などの負担による8兆円で賄っている。この上、保険外の公費医療(結核ほか)がある。現実の公的医療保険制度は、保険料収入全てで70歳以上の医療費を賄うだけの額にしかなっていない。

国庫負担は1970年度の4千億円に始まり、80年には2兆7千億円、95年には4兆を越し、今や5兆円に達しようとしている。これ以外に公的年金の国庫負担が10兆円を越しており、医療と年金の国庫負担だけで税収の3分の1以上になってしまい、一般歳出を圧迫している。健全な財政を保っていれば、他の公的サービスの提供に深刻な影響が出ているはずだが、税収を上回る国債を発行することで毎年凌いでいるだけなのだ。
公債は将来世代に対する負債であり、建設国債のような「投資」であるならば回収できる可能性もあるが、赤字国債は少子化に伴う生産と消費の低下に際しては額面以上に重くのしかかってくる恐れが強い。
実際、非正規雇用や不安定雇用の増加に伴い、若年世代の給与所得は低迷しており、保険料収入も横ばい状態だ。例えば、2000年度の保険料収入が15.8兆円に対して10年度は17.5兆円で増加分は1.7兆円に止まる。一方支出は23兆円から29兆円と6兆円も増加しており、その差は今後さらに拡大してゆくと見られる。
保険料の高騰を抑えるために税金を投入すると国債発行額が増え、保険料を上げると納付率が低下して収入が伸び悩むほか無保険者が増えるという悪循環が固定化している。2025年度には年金を含む社会保障給付額は150兆円に迫ると試算されており、このうち60兆円が税金等になる見込みだが、現在40兆円足らずの税収が12年後に1.5倍になるというシナリオは非現実的であり、足りない分は国債を増刷する他ないだろう。こうして国債発行が際限なく拡大してゆく。
医療費の肥大化続く

私が冒頭に掲げた記事を「無責任」としたのは、医療費が「保険料」「窓口負担」「税金」でしか成り立っておらず、要は「誰がどこで負担するか」という話であるにもかかわらず、ことさらに「国民負担の増加」を強調するからだ。自分(国民)たちが使う医療を自分が払うのは当然であり、国家が打ち出の小づちをもって治療してくれるわけではない。利用者負担を減らす、ないしは現状維持を貫く場合、医療従事者の報酬を減らすか医療を必要としない健康者の負担を増やすほかなく、医療従事者の報酬を減らせば提供される医療の水準が下がるだけの話である。保険制度や医療制度の全体像や将来像を考えないで、一方的に現在の利用者目線に立つ姿勢はコミュニストどものそれと全く変わらない。
(「安心できる社会保障」はリアルか?)

高額療養費制度も同じである。少子高齢化と医療の高度化に伴って、高額療養費制度の利用者と費用も高騰する一途にある。少しデータが古いのだが、2001年から2010年までの10年間で高額療養費の給付は8312億円から1兆9789億円へと2倍以上に増えており、利用者は3倍に達して、なお増え続けている。自己負担額(現役収入)については、20年前に6万3600円だったものが、今では「8万100円+医療費の1%」になっているとはいえ、この程度の上昇で済んでいた方が奇跡的だろう。
そして、今回の見直し案は、低中所得層の自己負担をできるだけ据え置きつつ、高所得層の負担を増やすというものであり、保険や医療財政の内実を知るものからすれば「焼け石に水」でしかない。むしろこの程度で同制度が存続するのであれば、利用者としては感謝すべきだろう。

保険や医療財政の成り立ちを知れば、無責任な言動は控えられるはずだ。例えば、超単純計算で1千万円かかる高額医療を使ったとして、自己負担は20万円で済んだとしても、残りの980万円は健康保険と税金で賄われているのである。現に私の知人には、一億円近く掛かった子どもの治療費が国と都の制度により自己負担ゼロとなったものがいる。
より具体的な数字を挙げるなら、75歳以上の高齢者が使う医療費88万円のうち、自分で払っているのは16万円ほどで、40万円は税金の補填、32万円は現役層の保険料からの転用によって賄われているのだ。その高齢者はさらに増える一方なのだから、そんな制度が「長く」どころか「短く」すら続かないことはもはや明らかだろう。
皆が医療を使えば使うほど、現役層の保険料負担や納税負担が上がるだけの話であり、「手術代が安く済んだラッキー」というのは無自覚にも程がある。高額医療と高齢者医療に対する制度・保険適用に一定の歯止めをかけない限り、近い将来破断界が来るのは間違いない。

保険財政が既に破綻しているにもかかわらず、「選挙で落ちるから」それを指摘できない点にこそ、デモクラシーの最大の弱点があることも確かである。
posted by ケン at 12:40| Comment(0) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする