2015年12月22日

オリンピック開催中止で国家理性を発揮せよ

【東京五輪費用、1兆8千億円 当初の6倍、大幅な公的資金投入避けられず 大会組織委試算】
 2020年東京五輪・パラリンピックに必要な会場整備や大会運営費が約1兆8千億円に上ることが18日、大会組織委員会の試算で分かった。大会への立候補段階では約3千億円と見込んでおり、費用は当初の6倍に膨らむことになる。組織委では費用削減に向けて東京都や国との協議を急ぐが、最終的に大幅な公的資金の投入は避けられない見通し。組織委は今後、都民や国民が納得する説明を求められる。
関係者によると、組織委がスポンサーやチケット収入などで集められる資金は約4500億円と想定。しかし、仮設競技会場の整備費や施設の賃借料、テロ対策の強化といった警備費などが当初の見込みを大幅に上回ることが判明した。費用の大幅な増加は人件費や資材の高騰などを要因とするが、選手らを輸送する首都高速道路に専用レーンを設置するための補償費や、会場周辺の土地賃貸料など当初は見込んでいなかった負担によるものもある。これに国や都の会場整備費を加えると運営費は2兆円以上に上る。東京五輪の開催計画を記した「立候補ファイル」では、組織委の運営費は3013億円、東京都が会場の新設などで支出する額は1538億円の予定だった。
 五輪の経費をめぐっては、組織委の森喜朗会長が7月、日本記者クラブでの記者会見で「(大会経費が)2兆円を超すことになるかもしれない」と述べていた。12年ロンドン大会でも大会運営費が当初見込みを大幅に上回る約2兆1千億円となり、多額の公的資金が投入されている。
(12月19日、産経新聞)

色々突っ込みどころ満載なのだが、ロンドン大会の運営費が2兆円を上回ったのに、なぜ東京大会の運営費が3千億円で収まるのか、ナゾ過ぎる。恐らく、組織委員会(準備委員会)はハナから分かっていて、運営予算を低く見積もった上で、「こんなに安く出来るからボロ儲けですよ」と煽り、世論の支持を得たのだろう。開催が決まってしまえば、あとはいくら掛かろうが「後の祭り」だからだ。オリンピックの開催返上は国家の威信に関わるだけに、出来ないだろうという想定だったと見て良い。こうした話はよく見られるが、その最たるものはインフラの需要予測だろう。
静岡空港の需要予測は国内線で「106万人」とされたが、現実の開港一年目の利用者は42万人に足らず、40%に満たなかった。上海線を除く国内・国際線の合計61万5千人も、予測の44.6%にとどまった。しかも運航している飛行機が全て満席だったとしても90万人にしかならなかった始末。
この「106万人」という数値も、当初は97〜109万人の中で5つのパターンが提示され、その中から上から2番目が選ばれていた。
静岡県は、住民説明会でも県議会でも、「需要予測は審議された妥当なもの」などと説明してきたが、需要等検討委員会の委員長は開港一年を受けてのインタビューで、「需要予測には日本航空の経営破綻もリーマン・ショックも入っていない。予測が過大だったというより、需要があまりにも少ないということ」と強弁している。

ダムをめぐる水道の需要予測も同じだ。水需要は一年で最も水が使われる日の配水量を算出する。
東京都の場合、1970年には、85年に一日931万トンが必要になると想定していた。だが、実際の水需要は78年の645万トンをピークに、2010年には490万トンまで減少してしまった。
にもかかわらず、需要予測だけは上昇を続け、2003年時点の予測では同13年に600トンになるとしていた。
こうした過大な需要予測が八ツ場ダムなどの建設推進の原動力となっている。
需要予測の甘さは愚劣さ故か?
太平洋戦争期の船舶損失予測は、今回の件により似ているかもしれない。日米開戦前に日本海軍が予測した船舶損耗量は、開戦一年目が70万トン、二年目が60万トン、三年目が40万トンだった。同様に企画院による予測は、一年目が80万トン、二年目が60万トン、三年目が70万トンだった。だが、実際の損耗は96万トン、169万トン、392万トンに及んだ。海軍による予測の3.8倍の船舶が撃沈され、開戦三年を経た時には日本の通商・資源輸送ルートはほぼ壊滅していた。
ところが、日米開戦前に通商破壊を行っていたドイツは、1941年5月に30万トン以上、その後も月平均で20万トン以上(年300万トン近く)の連合国船舶を撃沈していた。同盟国の日本がそれを知らないはずは無い。
日本軍や政府が予測に用いたデータは、第一次世界大戦におけるドイツの通商破壊戦であり、予測を立てた担当者は軍令部の作戦や情報担当ではなく、全く別の動員課のものだった。彼は資源調達の点から強硬な早期蘭印攻略論者だったらしい。要するに、セクショナリズムから来る組織的利害が「開戦」を前提とするための数値を出してきたのである。
そして、この予測が政策決定者たちに日米開戦に楽観的な見通しと無責任をもたらした。

「費用は必ず過少に見積もられる」「利益は必ず過大に見積もられる」「損失は必ず過少に見積もられる」などのことは、今日では行動経済学でも証明されており、公共事業はこれを前提に当時者以外の第三者が需要予測や見積もりを行うように推奨されているものの、その「第三者」を選ぶのが当時者である以上、恣意性を排除して中立的・客観的な予測を出すことを困難にしている。
公共事業の全てを排除できない以上、その損失を最小限度に止めるための方策が講じられるべきだ。英国議会は、国王による無益な戦争(公共事業)を抑止するために、今日の予算審議機能を獲得、深化させてきた。ところが、日本では、ほぼ単一の政党が議会を占有し、行政府と結託して予算獲得競争の一員(当時者)となってしまったため、本来の予算審議機能や決算審議機能が発揮されない状態が続いている。特に、1964年の東京オリンピック開催に伴い、それまで禁じられてきた赤字国債の発行が実質的に解禁され、財政の健全性が歪められてしまった。
議会制度は、与野党が絶えず入れ替わることで相互監視機能を発揮し、予算審議や行政監視の機能を果たす設計の上に成り立っているが、日本では政権交代が発生しないため、自民党と官僚機構の利益を最大化する予算が延々と続いてしまっているのだ。
オリンピック関連予算も同様で、本来国民の生活に全く寄与しない予算が、十分な議論もなく成立してしまうのは、議会の本来の機能が発揮されていない証左と見て良い。政権交代が無いから、自民党も官僚組織も一切責任を問われず、「やりたい放題」になってしまっている。

今回の東京オリンピックに限れば、1964年のそれよりもはるかにムダ(後日利用されない)と分かっているインフラに投資した挙げ句、何の利益も出さずに国民生活をむしろ妨げることになる治安強化に巨額の資金が投じられることが分かっているだけに、オリンピック後に来るであろう「平成33年不況」は、「昭和40年不況」をはるかに上回るものとなることはほぼ確実と見て良い。
しかも、今回はすでに歳出の半分近くを赤字国債で賄っている状況なだけに、大規模な財政出動で危機を乗り越えるという手段が封じられてしまっており、最初から「打つ手無し」になってしまっている。
「誤解する人がいるので言う。2020東京五輪は神宮の国立競技場を改築するがほとんど40年前の五輪施設をそのまま使うので世界一カネのかからない五輪なのです。」
(猪瀬直樹氏による都知事当時の2012年7月27日のツイッター)

一体何が「誤解」だったのか。権力者は自らの失政を被支配者の「誤解」として糊塗する傾向があるが、猪瀬氏は政策担当者として説明責任を果たす義務がある。
対米開戦と同じくらい敗北が分かりきっている東京オリンピックは、今からでも返上して、国家理性を発揮し、後世への戒めとすべきである。
posted by ケン at 12:17| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする