2016年01月15日

KM党がダブル選を嫌う本当のワケ

KM党の活動家から笑える話を聞いたので記しておきたい。もちろん本人は大真面目なのだが。彼曰く、「衆参ダブル選挙なんて絶対無理」とのこと。「そりゃそうでしょう、住民票の異動がありますしね」と応じると、「それもあるけど、そうじゃないんだ」と言う。そこで興味を持って「じゃあどんな理由があるんですか?」と聞いてみると、

「衆参同日選になったら、衆議院の選挙区と比例区、参議院の選挙区と比例区で、計4人も候補者の名前や党名を書かせなきゃいけなくなるけど、うちの支持者にそんなことできるワケがない」

とのことだった。その意味するところは、KM党は影響下にある老人ホーム、高齢者住宅にバスで乗り付けて、高齢者を投票所に(強制)動員して、介護するフリをした同行の活動家がKM党候補の名前を書かせているため、4つも書かせようとしたら、老人がパニクって、投票所が混乱に陥り、最悪の場合、この「悪事」が露見してしまうことを恐れているのだ。

「バカバカしい」とは思うものの、彼らは超本気で「同日選なんて絶対に許さない」とボルテージを上げている。私的には、「軽減税率で総理に全面譲歩を強いておいて、そりゃあねぇだろ〜〜」と言いたかったが、狂信者というのは世界が自分たちを中心に回っていると考えている連中だから、火に油を注ぐだけと判断して止めた。

いずれにせよ、少し前であれば、自民党はKM党の要求を無視できなかったであろうが、いまや自公間のパワーバランスは完全に変わっており、自民党内には「KMが五月蠅いこと言ってくるなら斬っても良い」くらいのことを高言するものが増えている。安倍一派が最終目標に改憲を掲げる以上、いずれKM党とは手切れする必要があるからだ。だが、KM党の方は、20年近い連立関係に慣れて自民党を侮り、「自分たちを切れるわけが無い」と高をくくっている観が強い。
現実には、KM党は政権党の利権に完全に絡み取られて、実質従属下に置かれている。当人達は、軽減税率の大幅譲歩によって、「KM党の影響力を天下に示した」と思っているようだが、自分たちの立場にあぐらをかいていると痛い目を見ることになりそうだ。
posted by ケン at 12:53| Comment(3) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月14日

北朝鮮核実験の周辺と背景にあるもの

北朝鮮が1月6日に実施した核実験については、まだ専門家からレクも受けていないし、ロシア側の分析も読み込んでいないので、とりあえず勝手な推測だけ述べておく。
今回の実験は、普段なら必ずある予告や予兆の類いが全く見られず、専門家から見ても「突然」のものだったようだ。だが、その一方で日本政府の対応は、まるで準備していたかのように淡々としたものだった印象がある。北朝鮮当局から日本政府に秘密裏に予告がなされていたとは思えず、恐らくはアメリカ等から情報提供を受けていたものと見られる。今から調べてみると、12月上旬には「北朝鮮の核実験場で新たなトンネル建設か」旨の報道が確認されるので、諜報機関は何らかの予測を立てていたとしてもおかしくない。

そう考えると、年末になって唐突に日韓の慰安婦問題が不自然な形で合意した背景が透けてくる。つまり、北朝鮮の核実験再開を防げないと判断した米国が、次善の策として日韓宥和を命じ、対北同盟の手綱を引き締めたということだろう。
北朝鮮の核実験再開(最後は09年)は、金正恩体制が「強硬(ハード)路線」を選択、六カ国協議の枠組みを拒否して、対米・対中自立路線を示したことを意味する。六カ国協議は、北朝鮮に核兵器・開発を放棄させる代わりに、北朝鮮の体制を認め経済的自立を支援、中長期的には南北対立を解消して、東アジアの集団安全保障体制を確立するというもので、米国的にはアジアから軍を撤退させることまで視野に入れていた。在日米軍に権力基盤を求める自民党と霞ヶ関は、「北の脅威」が消失することを恐れるがあまり、六カ国協議に非常に消極的だった(外務省内の推進派は粛清された)。六カ国協議に消極的だったのは、北朝鮮だけでは無かったのだ。

北朝鮮は北朝鮮で「合理的な選択」をした可能性が高い。金正恩体制へと移行して外交路線の再検討がなされたと推測されるが、その選択肢は主として「独自路線」と「六カ国協議」の二択だったと思われる。だが、これまでの現実は米欧に従って化学兵器を廃棄したイラクのフセイン政権は軍事侵攻を受けて瓦解し、無惨な末路を迎えた。核開発を放棄したリビアも、似たような末路を迎えた。同じく核査察を受け入れたイランは、アラブ諸国と対立する中で切り札を失って不安な状態にある。つまり、現実の政治は、大量破壊兵器の放棄によって得るものよりも失う物が多いことを示している。小国の安全保障政策として、核武装した大国から「武装解除」を命じられて「はい、分かりました」と応じた場合、丸裸にされるのは小国の側だけで、後は「大国の信義」に頼るほか無いということになり、それはすでに政治では無い。大量破壊兵器の存在こそが「安全保障の要」である例証ばかりとなっているのだ。

実際のところ、ソ連崩壊の経験は、大量破壊兵器を所有する国家が瓦解した場合、同兵器が拡散して他国やテロリストの手に渡る危険性が高まることを示しており、アメリカにしても中国にしても、金体制を瓦解させられないジレンマに陥っている。ソ連崩壊で拡散したはずの大量破壊兵器が今日までテロに使われていないのは奇跡的なことである。北朝鮮が核技術を高めれば高めるほど、小国やテロリストからの需要が高まり、列強諸国は体制瓦解を画策できなくなる構図になっている。

他方、日本政府としては内心、核実験再開を喜んでいるはずで、「これ幸い(天佑)」とばかりに「北の脅威」を囃し立て、「日米同盟強化」「軍事権の拡大」「緊急事態法制」を主張してくるだろう。ケン先生的には外務省幹部を捕まえて「おめでとうございます!」と言ってやりたい気分だ。しかも、「濡れ手に粟」で、極めて日本に有利な形で慰安婦問題が解決しているだけに、笑いが止まらないに違いない。
だが、喜んでいられるのは今だけだろう。政府間で合意がなされたとはいえ、日韓の国民感情は悪化の一途を辿り(カネを投げつけられて喜ぶものはいない)。朝鮮半島をめぐる対立構造は全く解決しないまま、北朝鮮が核開発を進めると同時に、日本が軍拡(軍事権の自主拡大を含む)を進め、下手すると日本も韓国も核武装の検討に入る恐れがある。
笑えないのは、米国の現実主義者たちが、せっかく東アジアの対立構造を解消した上でアジアから手を引く方向で画策していたのに、日本などがそれを邪魔したために、対立構造を残したまま「俺の手には負えないから後は中国さんにお願いしてよ」と勝手に引き上げてしまう可能性が高まっていることだ。霞ヶ関官僚や自民党員は「米国の信義」を信じているようだが、そんなものは大戦中の「ソ連の信義」と同様、全く信じるに値しない。誰しも他国の安全よりも自国の安全を優先するものだからだ。

日本では今年中に衆参ともに選挙が行われ、そこで自公勢力が議会の3分の2を占めた場合、自民党の改憲案が上程されて、権威主義体制と戦時体制が確立する恐れがある。日本もまた東アジアの脅威度向上に多大な貢献をしているのだ。

なお、北朝鮮が行った核実験について、「発表されたような水爆では無い」とする見解が多い。これはなかなか難しいところで、アメリカからすれば「北が水爆を持っている」ことを認めるわけにはいかず、仮に本当に水爆だったとしても容易には認められない。とはいえ、実際に実験によって感知された「地震」の規模は確かに以前と同様のものだったようで、水爆であることを示す根拠は示されていないため、北がハッタリをかましている可能性も十分にあり、本稿では私も「核」とした。

【追記】
冷戦期、西側諸国はずっと「東からの脅威」を煽ってきたが、ベルリンの壁が崩壊していざフタを開けてみると、大ウソとも言える誇張だったことが判明した。1989年、西ドイツはレオポルド2を1800輌配備し、レオポルド1を民間防衛隊に格安で払い下げていたのに比べ、東ドイツ軍が保有していたT−72は200輌ほどで、それも稼働100時間毎にエンジンを分解整備しなければならないという不良品だった。私もVG社の「NATO」をプレイして、「東に奇襲されたらやべぇ」と思っていた一人だが、実は騙されていたのだ。
posted by ケン at 12:24| Comment(4) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月13日

【追悼】D・ボウイさん逝去

【時代動かしたロック歌手=東西ドイツ統一にも影響−ボウイさん死去】
 音楽だけでなく映画やファッションにまで多大な影響を与えた英国歌手デビッド・ボウイさん。その活動は東西冷戦を象徴した「ベルリンの壁」崩壊にさえ及んだとされる。AFP通信によると、ボウイさんはこれまでにレコードなど約1億4000万枚(推定)を売り上げた。1970年代には「世界を売った男」(70年)や「ジギー・スターダスト」(72年)で独特の世界観を打ち出し、そのスタイルは中性的なファッションやルックスが特徴の「グラム・ロック」と呼ばれる。ボウイさんは76年、麻薬などに依存していた米国での生活に別れを告げ、東西冷戦下の西ベルリンに移住、3年間暮らした。西ベルリンではアルバム「英雄夢語り(ヒーローズ)」(77年)に代表される作品を制作した。「その特別な体制や緊張感、壁がもたらす影響など、ベルリンにいなければあの時の音楽は作れなかった」と後のインタビューでボウイさんは語った。壁が崩壊する2年前の87年には、壁に近い現連邦議会議事堂前でコンサートを行った。壁越しで聴いていた多くの東独民衆を西側へ引き寄せながら、ヒーローズを歌った。独外務省は11日、「さようなら。今やあなたはヒーローだ。壁崩壊を助けてくれてありがとう」とツイッターに投稿した。
(1月12日、時事通信)

デビッド・ボウイさんの訃報に接し、心からお悔やみ申し上げます。
デビッド・ボウイは、中学生の時のヒーローでした。当時は、まだアナログ・レコードの時代で、中学生の小遣いで買えるはずもなく、ちょうど普及し始めたレンタル・レコード屋さんで借りて聞いたり、カセットテープに落として聞いたものだった。ちょうど「レッツ・ダンス」が一世を風靡した時代だったが、私は過去作品も聞いて、結局「ジギー・スターダスト」と「ハンキー・ドリー」の二作がいちばんのお気に入りで、これだけはCDも買い直した。やっぱ少し陰鬱なイメージの残る、グラム・ロック時代の曲が印象に残っている。CD版のボーナストラックにある、ジギー・スターダストのギター弾き語りと、レディ・スターダストのピアノ弾き語りは鳥肌物だった。

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部屋で発掘されたCD。ハンキー・ドリーは何故か見当たらなかった。

そして、『戦場のメリークリスマス』。私が初めて見た、旧軍の負の側面を正面から描いた映画だったが、それ以上に「デビッド・ボウイと坂本龍一」という組み合わせに惹かれて見に行き、「この2人が出れば、どんな映画でも売れるよな〜〜その上、この配役というのは、大島監督は凄い人だ」と素直に感心したものだった。もっとも後に、色々断られて、結局この配役になったことを知ったのだが、それでもこの配役と(柔らかい)同性愛表現が衝撃的だったことは間違いない。
それにしても、この作品が昨今ロードショーされていたら、映画館が右翼に焼き討ちにされていた恐れがある。まったく隔世の感がある。

結局コンサートには一度も行かなかったのだが、これは「ZIGGY STARDUST THE MOTION PICTURES」のビデオを見て、イメチェン後のコンサートを見て幻滅することを恐れたためだったが、今となっては惜しい気もする。
久しく聞いていないので、供養を兼ねてCDを回してみようかと。
posted by ケン at 12:42| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月12日

同日選の確率高し?

【参院比例選の投票先、「自民」37%…読売調査】
 読売新聞社の全国世論調査(8〜10日)で、今夏の参院選での比例選の投票先について聞いたところ、自民党が37%でトップだった。以下、民主党13%、公明党、共産党各6%、おおさか維新の会5%などの順だった。このうち、近畿では、おおさか維新が17%で、自民の39%に次いで多かった。自民、公明の与党が参院での過半数を回復した前回参院選前の2013年1月調査では、自民が37%で、日本維新の会16%、民主8%などだった。今回も自民の「1強」は変わっていない。参院選の結果、与党が、参院で過半数の議席を「維持する方がよい」との回答は48%と半数弱で、「そうは思わない」が40%あった。選挙区選で、民主など野党が候補者をできるだけ「統一する方がよい」と思う人は49%で、「統一する必要はない」33%を上回った。民主、共産の各支持層では「統一」が7割を占めた。衆参同日選(ダブル選)については、「行ってもよい」43%、「行わない方がよい」41%が拮抗(きっこう)した。
(1月11日、読売新聞)

【1人区、民主に一本化を=岡田氏】
 民主党の岡田克也代表は10日のNHK番組で、夏の参院選1人区での野党協力に関し「野党が2人も3人も出せばうまくいかないのは当たり前だ。民主党の候補者が最有力という選挙区が多いので、それぞれよく考えてほしい」と述べ、競合する他党に候補者取り下げを検討するよう求めた。これに関し、共産党の志位和夫委員長は「全国規模で1人区の調整をやるなら、政党と政党の真剣な協議と合意が必要だ。ぜひ話し合いをやろう」と民主党に呼び掛けた。東京都内で記者団に語った。
(1月10日、時事通信)

読売新聞はいまや政府広報紙のようなものであるため、数字を信じる必要は無いが、少なくとも首相官邸が「いま選挙やれば必ず勝てる」と考えている傍証にはなる。「選挙は勝てる時に必ずやる」という安倍氏の戦術思考と、「消費再増税の前に選挙する必要がある」という大原則を考えた場合、本年中に衆院選が行われることはほぼ間違いなく、その選択肢は夏の衆参同日選か、秋冬の解散総選挙しかない。
自民党に不安要素があるならば、夏の参院選で「ガス抜き」をしてから衆院選に臨むという選択肢もあろうが、少なくとも読売の世論調査は「衆院選をやっても与党で3分の2は確保」という予測を示しているだけに、衆参同日選を見送る理由は見当たらない。
別の報道によれば、自民党の二階総務会長は「KM党の皆さんも『解散』と言われれば、やろうということになる。深く考えなくてもいいのではないか」と述べていることも、「KM党の反対は抑えられる」という自民党執行部の見込みを示している。

夏の参院選において与党など4党(大阪維新と日本のこころ)で78議席を取れば改憲への道筋が付けられるが、前回2013年の参院選は自公で76議席取っているだけに、その可能性は十分にある。前回は、31ある1人区のうち29県で自民党が勝っているが、世論調査的には前回よりも野党に厳しくなっているだけに比例区での勝利は見込めず、野党共闘で1人区のうち4分の1以上を抑えないと厳しい感じだ。だが、野党共闘の歩みは進んでいないわけではないが、非常に遅い。
岡田代表は、「大きい方が妥協する」という交渉の原則を無視して小党に妥協を強要しており、そもそも野党共闘への関心が低いように見られる。選挙協力や連立協力で妥協するのは大政党の側なのが大原則だ。もっとも、NK党はNK党で、大昔からの「浸透戦術」を主張するばかりで、過去の過ちを認める気は一切無さそうなので、これはこれで度しがたい態度になって表れているだけに、東京で合意しても地元が認めないなどのケースが頻発している。
こうした点も、首相に同日選を選択するインセンティブを与えるだろう。

個人的には、共産党による内部粛清で瓦解したスペイン内戦における共和派の末路や、反帝政のためにボリシェビキと共闘した結果、共産党独裁を許してしまった社会革命党の失敗を考えると、「立憲主義の危機」という理由でNK党と共闘するという選択肢は「無い」と考えているが、今回は「特に表立っては反対しない」という政治的対応を採るつもりだ。
posted by ケン at 12:46| Comment(0) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月11日

【宣伝】クストリッツァ映画祭−ウンザ!ウンザ!クストリッツァ!

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名作『アンダーグラウンド』で知られるセルビアのエミール・クストリッツァ監督の映画祭が、1月23日から2月12日まで恵比寿ガーデンシネマで開かれる。6本の作品を3週間回すのだから、劇場で観るまたとない機会だろう。
上映作品は『ジプシーのとき』(1989)、『アリゾナ・ドリーム』(1992)、『アンダーグラウンド』(1995)、『黒猫・白猫』(1998)、『SUPER8』(2001)、『ライフ・イズ・ミラクル』(2004)。
『黒猫・白猫』は確定だな。『ジプシーのとき』も観てみたいなぁ。
地方でも開催されるみたいなので、是非どうぞ!
posted by ケン at 12:00| Comment(6) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月09日

押井はやっぱ押井だった−ダメな2本を連続で

以下、ネタバレあり。要注意。

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『東京無国籍少女』 押井守監督 日本(2015)

昨夏のロードショー時に見ようかと思ったまま忘れていたところ、同志に指摘されて思い出し、DVDを借りて見た。レンタルなんてシステムも間もなくなるんだろうなぁ。
「押井映画だからな」と期待しないで見たら、やっぱり残念だった。
例のごとく、現実と妄想が混濁する世界を描くが、現実に戻るのはエンディングの時だけ。押井映画の面白さは、「現実と妄想の狭間・揺らぎ」にあったはずだが、本作は殆ど妄想の中で終わってしまっている。引き戻された現実も何だか陳腐だし。
映画の宣伝は「衝撃的なラスト15分」となっているが、それまでの70分間がいかにもダルいシーンが延々と続くので、往年のヤクザ映画のような「来るぞ来るぞ」というテンションが上がっていく感覚も無く、唐突にアクションが始まる。何だか「70分ガマンできたね、御褒美あげるよ」という感じ。
アクションは、国産品としては「十分」だが、香港映画やタイ映画を見慣れたものからすれば、「良く頑張りました」というレベル。確かに清野菜名氏はがんばっていて、不満は無いのだが、何と言うか押井氏の「女子高生に銃剣戦闘やらせたらカッコイイんじゃね?」がミエミエなのだ。ロシア語、ロシア兵、ロシア製兵器、ロシア軍糧食とロシアづくしなところも趣味なのだろうが、ロシアでなければならない理由が分からない。
まぁ「やっぱりこんなものか」という話。

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『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』 押井守監督 日本(2015)

実写版パトレイバーは、「がっかり」が分かっているだけに避けてきたのだが、この期に「毒を食らわば皿まで」と思い見てみることにした。でも、やっぱり残念だった。
こちらは、押井色丸出しではなかったものの、実写でなければならない理由がサッパリ分からない。劇場版アニメが名作だっただけに、さらにガッカリ感が大きい。まぁアニメを見たのは20年前なので記憶が美化されている可能性は否めないが。
本作も相変わらず冒頭から中途までのダラダラ感がハンパ無いし、銃撃シーンは尺が長い割に日本クオリティ。レイバーは整備不良で3分しか動かず、そのレイバーで戦闘ヘリと戦うとか、無理矢理な設定だらけ。演出も演技も、アニメをそのまま実写に転じたものみたいで、違和感ばかり覚える。
敵であるテロリストの目的も行動原理も不明だし、その正体すらあやふや。まぁ押井氏的には、「テロリストなんだから理解できないのは当然」ということなんだろうけど、攻殻機動隊の非押井作品が名作なのは、敵方の目的や行動原理がしっかり設定されているからではなかろうか。戦闘ヘリ一機で「首都住民1000万人が人質に取られた」と大騒ぎする点も、分からないではないが、「何だかな〜」と思ってしまう。
見所は、太田莉菜氏のロシア語とアクションくらいなものか・・・・・・
とりあえず劇場版アニメでお口直ししなければ!

【追記】
日本では何故アクション映画が撮れないのだろうか。とりあえずドイツ人の監督にドイツ・クオリティで、『激動の昭和史 沖縄決戦』をリメイクしてもらうところから始めるべきだ!
posted by ケン at 18:00| Comment(0) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月08日

日本の権威主義を象徴する隠蔽体質

【「外務省が米の機密解除に反対」 史実を隠す「外交の闇」 元諮問委員が証言】
 1994年10月に発覚した米中央情報局(CIA)による自民党政治家らへの資金提供に関する米機密文書について、日本の外務省が米政府に公開に強く反対する意向を伝えていたと、国務省刊行の外交史料集「合衆国の対外関係」編さんに携わったマイケル・シャラー米アリゾナ大教授(68)が西日本新聞に証言した。当時、米メディアの報道で問題が表面化した後、自民党が否定した裏で、外務省が米側に文書が露見しないよう事実上、要請。時の政権に都合の悪い情報を、外務省が国民の目から隠そうとしてきた歴史の一端が明らかになった。
 日米外交史などの研究者でCIA資金提供問題にも詳しいシャラー氏は95年から2000年まで、30年を経過した米機密文書の機密を解除し、史料集に収録すべきか協議する国務省の諮問委員会委員を務めた。在任中、日米関係史料の柱の一つが、50年代後半から60年代にかけての資金提供を裏付ける文書約10点の取り扱いだった。
 同氏によると「約10人の委員の総意は、資金提供に関する全ての文書を機密解除して収録すべきだとの意見だった」という。ところが、政府側との非公開折衝の中で ▽CIAが強硬に反対 ▽国務省も「日本の外務省が在日米国大使館に対し、政治的立場がある関係者が生存しているなどの理由で、文書公開に強く反対すると伝えてきており、大使館も反対している」などと抵抗した−と明言。「大使館は、公開されれば日本国内にも日米関係にも問題を生じさせるとの認識で外務省と一致したとのことだった」と証言した。
 同時期に諮問委に所属し委員長も務めたウォーレン・キンボール米ラトガース大名誉教授(80)も本紙の取材に「(テーマについては)正確に記憶しておらず記録もない」とした上で、国務省の口頭説明の中で「日本の外務省からの(文書の非公開)要請についての話はあった」と語った。諮問委には決定権はなく、文書は結局公開されなかった。2006年7月刊行の「合衆国の対外関係」第29巻第2部「日本」は、政党名や個人名には触れず、CIAの資金提供の概略だけ編集者の注釈の形で明記。問題の文書は現在も機密指定されたままだ。シャラー氏の証言について国務省に見解を求めたが、コメントしなかった。日本の外務省は「米側との外交上のやりとりに関するものであり、お答えは差し控えたい」としている。
(抜粋、西日本新聞、1月6日)

長い記事なので前半部の抜粋に止める。西日本新聞は、今や日本に残された数少ない「良識を持った、本来の役割を自覚しているマスコミ」の一つである。

自分に都合の悪い情報を隠蔽するのは、個人でも組織でも同じだが、隠蔽を許さず、公開を強制する制度が自由と民主主義を担保している。ところが、日本では情報公開や公文書管理が極めて緩いため、憲法上主権者であるはずの国民が「政府が許可した情報」しか知らないという状態に置かれている。
国家の所有者であると同時に運営者の一員であるはずの国民(日本国憲法上)が、自らの所有物の中身を知り得ないのはデモクラシーの原理に反する。また、国家の情報を知り得なければ、公正かつ客観的な評価を下すことができないため、国策を誤らせる原因になる。逆を言えば、情報を占有するものが国家権力を専横する危険が高まる。
独裁、あるいは全体主義の統治要諦は、1・国民を情報から遮断し、2・国家が認める情報のみを与え、3・不満を漏らすものは全て捕らえて他者と切り離す(収容所に入れる)ことにある。日本は「3」のみがまだ実現していないというだけで、前二者は「秘密保護法」と現行の機能していない公文書管理法と情報公開法によってすでに実現されている。つまり、全体主義一歩手前の「権威主義体制」にあることを示している。日本の自由と民主主義は、「ロシアよりはマシ」という段階にあると言える。

とはいえ、私も常に全ての情報を公開しろと言うのでは無いし、国家機密も認めている。だが、日本の場合、例えば60年以上前に行われた、日ソ共同宣言にまつわる日ソ交渉の関連資料が全く公開されていないなど、政策評価はおろか歴史検証すら許さないほど、公文書アクセスのハードルが異様に高く設定されている。
かと思えば、戦前・戦中期の軍や内務省の資料のように非常に多くが廃棄されてしまって、これも歴史検証を困難にすると同時に、歴史修正主義の原因になっている。

NPO法人「情報公開クリアリングハウス」の調査によれば、外務省が廃棄した文書は1997年度には約200トンだったものが、2000年度には約1280トンも廃棄されている。これは情報公開法の施行を前に、公開すると不都合が生じるであろう情報が記載されている公文書を急いで廃棄したと見て良い。また、2010年12月23日の朝日新聞によれば、沖縄返還交渉の過程で交わされた外務省の機密電報3通が焼却処分されていたことが、外交文書公開で判明している。この電報は沖縄返還をめぐる密約に関係するものである疑いが濃い。
また、防衛省によると、保存期間が満了して廃棄した「防衛秘密」の文書は、2007年から11年までの間に、約3万4300件に上る。
特定秘密に指定され、存在するかどうかも一般国民には分からない文書が、秘密指定解除される前に廃棄されたとしても、誰も確認できない仕組みであることを肝に銘じておくべきだ。

権威主義体制は、自らの権力の正統性をある権威に求める。共産党であればコミュニズムだし、ナチスであればヒトラーとナチズム、帝国日本にとっては天皇がそれだった。
自民党の改憲案が、天皇を元首とし、少なからぬ自民党議員が不敬罪の復活を唱えているのは、権威主義体制下では権威が強ければ強いほど、自らが代行する権力が大きくなるためだ。霞ヶ関官僚の多くが自民党に同調しているのは、数々の失政による権威低下を、天皇を元首とする権威主義体制の確立によって取り繕うという意図があるようだ。
そして、権威主義における権力は権威の高さに比例するため、権威を守るためにあらゆる努力が払われ、情報が遮断され、無謬論が横行するところとなる。

逆に市民が国家の担い手となるデモクラシーにおいては、全ての市民が政治に参加することが前提となっており、そこで公正な判断と評価を下すために、あらゆる情報が公開されなければならない。その権力の正統性は、「全市民の参画」にあるだけに、あらゆる情報は公開されて、議論の自由が保障される必要がある。故に、無謬論はデモクラシーに反すると考えられる。

権威主義体制への移行は、安倍一派と自民党だけが志向しているものではなく、霞ヶ関や財界あるいはマスコミが同調、市民を煽動しながら進めているのだ。

【参考】
国体とは何か〜国民統合の原理について 
機密法制の前にやるべきこと 
戦前、戦中における文書廃棄を考える 
posted by ケン at 12:40| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする