2016年01月08日

日本の権威主義を象徴する隠蔽体質

【「外務省が米の機密解除に反対」 史実を隠す「外交の闇」 元諮問委員が証言】
 1994年10月に発覚した米中央情報局(CIA)による自民党政治家らへの資金提供に関する米機密文書について、日本の外務省が米政府に公開に強く反対する意向を伝えていたと、国務省刊行の外交史料集「合衆国の対外関係」編さんに携わったマイケル・シャラー米アリゾナ大教授(68)が西日本新聞に証言した。当時、米メディアの報道で問題が表面化した後、自民党が否定した裏で、外務省が米側に文書が露見しないよう事実上、要請。時の政権に都合の悪い情報を、外務省が国民の目から隠そうとしてきた歴史の一端が明らかになった。
 日米外交史などの研究者でCIA資金提供問題にも詳しいシャラー氏は95年から2000年まで、30年を経過した米機密文書の機密を解除し、史料集に収録すべきか協議する国務省の諮問委員会委員を務めた。在任中、日米関係史料の柱の一つが、50年代後半から60年代にかけての資金提供を裏付ける文書約10点の取り扱いだった。
 同氏によると「約10人の委員の総意は、資金提供に関する全ての文書を機密解除して収録すべきだとの意見だった」という。ところが、政府側との非公開折衝の中で ▽CIAが強硬に反対 ▽国務省も「日本の外務省が在日米国大使館に対し、政治的立場がある関係者が生存しているなどの理由で、文書公開に強く反対すると伝えてきており、大使館も反対している」などと抵抗した−と明言。「大使館は、公開されれば日本国内にも日米関係にも問題を生じさせるとの認識で外務省と一致したとのことだった」と証言した。
 同時期に諮問委に所属し委員長も務めたウォーレン・キンボール米ラトガース大名誉教授(80)も本紙の取材に「(テーマについては)正確に記憶しておらず記録もない」とした上で、国務省の口頭説明の中で「日本の外務省からの(文書の非公開)要請についての話はあった」と語った。諮問委には決定権はなく、文書は結局公開されなかった。2006年7月刊行の「合衆国の対外関係」第29巻第2部「日本」は、政党名や個人名には触れず、CIAの資金提供の概略だけ編集者の注釈の形で明記。問題の文書は現在も機密指定されたままだ。シャラー氏の証言について国務省に見解を求めたが、コメントしなかった。日本の外務省は「米側との外交上のやりとりに関するものであり、お答えは差し控えたい」としている。
(抜粋、西日本新聞、1月6日)

長い記事なので前半部の抜粋に止める。西日本新聞は、今や日本に残された数少ない「良識を持った、本来の役割を自覚しているマスコミ」の一つである。

自分に都合の悪い情報を隠蔽するのは、個人でも組織でも同じだが、隠蔽を許さず、公開を強制する制度が自由と民主主義を担保している。ところが、日本では情報公開や公文書管理が極めて緩いため、憲法上主権者であるはずの国民が「政府が許可した情報」しか知らないという状態に置かれている。
国家の所有者であると同時に運営者の一員であるはずの国民(日本国憲法上)が、自らの所有物の中身を知り得ないのはデモクラシーの原理に反する。また、国家の情報を知り得なければ、公正かつ客観的な評価を下すことができないため、国策を誤らせる原因になる。逆を言えば、情報を占有するものが国家権力を専横する危険が高まる。
独裁、あるいは全体主義の統治要諦は、1・国民を情報から遮断し、2・国家が認める情報のみを与え、3・不満を漏らすものは全て捕らえて他者と切り離す(収容所に入れる)ことにある。日本は「3」のみがまだ実現していないというだけで、前二者は「秘密保護法」と現行の機能していない公文書管理法と情報公開法によってすでに実現されている。つまり、全体主義一歩手前の「権威主義体制」にあることを示している。日本の自由と民主主義は、「ロシアよりはマシ」という段階にあると言える。

とはいえ、私も常に全ての情報を公開しろと言うのでは無いし、国家機密も認めている。だが、日本の場合、例えば60年以上前に行われた、日ソ共同宣言にまつわる日ソ交渉の関連資料が全く公開されていないなど、政策評価はおろか歴史検証すら許さないほど、公文書アクセスのハードルが異様に高く設定されている。
かと思えば、戦前・戦中期の軍や内務省の資料のように非常に多くが廃棄されてしまって、これも歴史検証を困難にすると同時に、歴史修正主義の原因になっている。

NPO法人「情報公開クリアリングハウス」の調査によれば、外務省が廃棄した文書は1997年度には約200トンだったものが、2000年度には約1280トンも廃棄されている。これは情報公開法の施行を前に、公開すると不都合が生じるであろう情報が記載されている公文書を急いで廃棄したと見て良い。また、2010年12月23日の朝日新聞によれば、沖縄返還交渉の過程で交わされた外務省の機密電報3通が焼却処分されていたことが、外交文書公開で判明している。この電報は沖縄返還をめぐる密約に関係するものである疑いが濃い。
また、防衛省によると、保存期間が満了して廃棄した「防衛秘密」の文書は、2007年から11年までの間に、約3万4300件に上る。
特定秘密に指定され、存在するかどうかも一般国民には分からない文書が、秘密指定解除される前に廃棄されたとしても、誰も確認できない仕組みであることを肝に銘じておくべきだ。

権威主義体制は、自らの権力の正統性をある権威に求める。共産党であればコミュニズムだし、ナチスであればヒトラーとナチズム、帝国日本にとっては天皇がそれだった。
自民党の改憲案が、天皇を元首とし、少なからぬ自民党議員が不敬罪の復活を唱えているのは、権威主義体制下では権威が強ければ強いほど、自らが代行する権力が大きくなるためだ。霞ヶ関官僚の多くが自民党に同調しているのは、数々の失政による権威低下を、天皇を元首とする権威主義体制の確立によって取り繕うという意図があるようだ。
そして、権威主義における権力は権威の高さに比例するため、権威を守るためにあらゆる努力が払われ、情報が遮断され、無謬論が横行するところとなる。

逆に市民が国家の担い手となるデモクラシーにおいては、全ての市民が政治に参加することが前提となっており、そこで公正な判断と評価を下すために、あらゆる情報が公開されなければならない。その権力の正統性は、「全市民の参画」にあるだけに、あらゆる情報は公開されて、議論の自由が保障される必要がある。故に、無謬論はデモクラシーに反すると考えられる。

権威主義体制への移行は、安倍一派と自民党だけが志向しているものではなく、霞ヶ関や財界あるいはマスコミが同調、市民を煽動しながら進めているのだ。

【参考】
国体とは何か〜国民統合の原理について 
機密法制の前にやるべきこと 
戦前、戦中における文書廃棄を考える 
posted by ケン at 12:40| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする