2016年01月21日

先進国最低の労働生産性は当たり前

【労働生産性、先進7カ国で最低 茂木友三郎生産性本部会長「勤勉な日本が…残念な結果」】
 日本生産性本部の茂木友三郎会長(キッコーマン名誉会長)は18日、東京都内で会見し、2014年度の物価変動の影響を除いた実質の労働生産性が、前年度比1・6%減となったと発表した。減少は09年度以来5年ぶり。物価変動を加味した名目労働生産性は0・9%増の770万円で3年連続の上昇となったが、昨年4月の消費税率引き上げによる物価上昇に対して、生産性改善が進んでいない状況が明らかになった。
 また、経済協力開発機構(OECD)加盟国で比較すると、34カ国中21位。この順位は05年から続き、主要先進7カ国としては最も低い状況だ。茂木会長は、「日本は勤勉な国で、生産性が高いはずと考えられるが、残念な結果だ」と評価した。さらに、産業別で見ると製造業では米国に対し、7割、非製造業では5割の水準にとどまっている。なかでも飲食・宿泊が26・8%、卸売・小売が42・9%となるなど、サービス産業が依然低水準だ。茂木会長は「労働人口が減少する日本が国内総生産(GDP)600兆円を達成させるためにも、生産性の向上が必要で、特にサービス産業の改善が求められる」と語った。
(12月18日、産経新聞)

生産性本部の会長は、労働生産性の意味も知らないらしい。辞書的に説明すると、労働生産性とは、労働力の投入量と物・サービスの生産量・付加価値との比率を指す。記事には無いが、トップとは2倍近い差が開いてしまっている。
労働生産性が低い理由は、単純に日本の労働時間が凄まじく長いために過ぎない。つまり、生産力を高めるために業務の効率化を行うのではなく、ひたすら労働力を投入しているだけなので、生産量は増えても生産性は低いままという状態なのだ。超長時間労働に伴う残業時間と残業代の多さが、コスト増に直結して生産効率を下げている。

その原因と背景にあるのは、超長時間労働を許容する労働法制や企業文化にある。日本は、戦後のGHQ改革によって労働法制が成立し、労働組合が認められ、労働時間規制がなされるようになったが、実際には「ザル」で、使用者は労働組合の間にサブロク協定が結ばれると時間外労働が可能になっている。この時間外労働も、法定上は「1週間に15時間以内」となっているが、現実に超過労働が摘発されることはまずない。そもそも摘発する側の厚生労働省内で超過勤務が横行しているのだから、「貴方もやってますよね?」と言われて終わりなのだ。つまり、日本は法制上、「働かせたい放題」となっている。しかも、政府はすでに形骸化している法定労働時間そのものの撤廃や、残業代の支払い停止すら目論んでいる。今年の国政選挙で自民党が勝利した場合、労働法制が大きく改悪されて、残業という概念そのものが撤廃されるだろう。結果、さらなる長時間労働が横行し、労働生産性はますます低下してゆくものと思われる。

興味深いのは、本来「残業」は使用者が労働者に「命じる」ことをもってのみ成立するはずで、労働者が勝手に「自分残業します」と言うだけでは成立しないはずなのだ。ところが、現実には殆どの場合、労働者は管理職の命令無しで自主的に残業し、認められてしまっている。これは、「命令なければ残業ではなく、残業で無ければ残業代を払う必要は無い(けどお情けでちょっとだけ出してやる)」という会社側の都合もあるのだが、日本では基本給が非常に低く抑えられているがために、特に家族持ちの場合、残業代を前提にしなければ生活できないという事情がある。つまり、労使が共謀して超長時間労働を許している。
象徴的なのは、学校教員の場合、(形式上)残業込みの給与となっているが、実際には週20〜40時間の残業が普通になっている。しかも、業務の6割以上は教職と関係のない仕事であり、これを半分以下に減らせば(例えば部活と学校行事を全廃する)、問題の大半は解決できるはずなのだが、教職員組合は何の活動もしていない。要は自分で自分のクビを締めているのだ。

その結果、日本の企業では、労働者の残業を前提として、仕事量や予算措置が決められ、仕事が配分されるため、誰も定時に終われないという環境が常態化している。労働は長時間化すればするほど効率が悪くなるのは当たり前で、勤務開始から数時間以内と連続勤務10時間の後で仕事の効率が違うのは当然だが、日本社会では全て「根性」で片付けられている。
こうした発想は、旧軍と非常によく似ている。例えば日本軍の『作戦要務令』の「行軍」には、
「而して軍隊は、堅忍不抜、克く困難なる地形、天候をも克服し、連日長距離に亙る行軍を敢行し得ざるべからず。」

とあるように毎日超過勤務して量をこなすことが大前提となっている。他方、ドイツ軍の『軍隊指揮』を見ると、
「行軍の実施を確実にして且行軍後における軍隊の余裕綽々たるは、諸般の企図に効果を得る要素なり。」

とあり、移動距離よりも行軍後に部隊の戦闘力を十全に発揮することを重視している。日中戦争の回顧録を読んでいると、「戦場に着いた時には疲労困憊だった」とか「目的地に着いて周りみると、小隊は半分になっていた」みたいな話が散見されるし、南方に出征した兵士の回顧では、裸足の兵に白米18kgが渡されて「補給はこれきりだから大事に喰え」と言われている。日本の組織のブラック性は70年前から全く変わっていない。
ちなみに、ソ連軍(労農赤軍)の『赤軍野外教令』には、
「行軍計画を周到ならしむることは、指揮官及び幕僚の最も重要なる責務に属す。行軍は、適時各部隊をして所命の地区に到着せしむるのみならず、軍隊の体力気力を維持し、軍隊及び各種資材の常続的戦備を保障し、企図を秘匿し、且つ敵の不意に常時得ざるべからず。」

とあるように、やはり兵士が行軍後に疲労困憊して戦闘力を低下させないよう配慮している。しかも、行軍の責任が指揮官と幕僚にあることも明記している。また、隊の編成や宿舎の手配などに時間を費やして兵を疲れさせるな旨まで記載されているという親切ぶりだった。
現実のソ連軍がどうだったかはともかく、少なくとも日本軍が兵卒(国民)を使い潰すことを前提に設計されていたのは間違いなく、その伝統は今の日本の会社組織を始め社会の隅々まで引き継がれている。

日本の非効率を重視する「伝統」は組織の上層部・管理職まで染まっている。組織のトップが、業務や組織の効率化を追求しない結果、大人数参加の不要不急の長時間の会議がやたらと多かったり、意味不明の社内行事が行われたり、誰も読まない豪華な社内報がつくられたりしている。本業にあっても、手続きの簡素化、事業の廃止や部門の統廃合がなかなかできないのも、効率を重視しない日本型組織の弱みになっている。そのツケは下に行けば行くほど大きくなり、国民を疲弊させている。このツケの最大の影響は「少子化」となって現れている。
ところが年寄りどもは、労働生産性の意味すら理解せずに「勤勉さが足りない」とばかりに、さらに労働強化を図ろうとしているのだから、度しがたいにも程があろう。
日本軍歩兵は作戦時に20日分の食糧を携行するが、1日の白米配給量は6合(900グラム)であり、20日分で18kgになったという。これに対してドイツ軍歩兵は5食分を携行しただけだった。当時の日本人男性の標準体格が身長160cm強で体重60kg弱であったことを考えても、行軍時の負担は想像を絶するものがある。これは日本軍の兵站システムが脆弱であったことに起因する。一般的には近代的軍隊における戦闘部隊と兵站機能の割合は3対7から4対6であると言われ、赤軍はこれが5対5であったために1944年以降の対独反攻が何度も中断することになった。だが、日本軍に至っては、5対5以下の6対4に近いとされ、圧倒的に兵站機能が軽視された(現代の米軍は2対8に近づいているらしい)。日本軍の歩兵中隊の場合、戦闘員173名に対して後方支援要員はわずか7名に過ぎなかった。他方、ドイツ軍の1944年型歩兵中隊が、戦闘員115名に対して後方支援要員を53名も有していたことは、当時の日本軍人には想像もつかなかったに違いない。
しかも、日本軍で配給されたのは、現代的なレーションではなく、白米が直に支給され、兵士各自が自炊しなければならなかったため、戦場では炊飯時の煙が敵の砲爆撃を誘うことになり、水に漬けただけの米を食べざるを得ないなど極めて劣悪な環境におかれた。「勤務中に食事する時間など無いはずだ」という某ブラック社長の発言は旧軍の伝統を継承していると言える。また、日本軍には中隊レベルに靴や軍服を修理する機能が無く、靴や軍服の破損を直せずに裸足のままの兵が多数おり、劣悪な衛生環境が強いられ、破傷風や風土病に対して極めて脆弱だった。隊内で靴の盗難や強奪が頻発したことも良く知られている。大本営の拙劣な作戦指導も相まって、日本軍は戦没者の6割を占める140万人を餓死・戦病死させた。
(野戦教範に見る日本のブラック性について)

【追記】
各国の教範を読んでいて興味深いのは、日本軍が「完全無比な兵士」を前提としているのに対して、ソ連軍は「兵卒はマニュアルに書いてある通りにやれば良い」と考えていたことだ。その結果、日本軍では常に超人的な命令が横行して無理に無理が重ねられた一方、ソ連軍では「マニュアル兵士」が横行して硬直的な指揮が常態化した。また、日本軍では積極性過剰、ソ連軍では慎重性過剰な傾向が濃厚だった。例えば、1942年8月にガダルカナルに上陸した日本軍の一木支隊の隊長だった一木大佐は、陸軍歩兵学校の教官を務めていた経歴を持っていた。だが、その実戦では、イル川に捜索隊を出したところ米軍と交戦して全滅、敵情が不明なまま、突撃を命じて部隊は全滅、大佐は連隊旗を焼いて自決している。これは歩兵操典の「敵情の不明等の理由により躊躇(せず)」旨を反映した「行軍即捜索即戦闘」という作戦計画に基づいたものだったが、根拠の無い積極性が徒となった形だった。「モーレツ社員」を前提に業務の割り振りや労務計画が立てられている現代日本は昔から何も変わっていないのである。

【参考】
野戦教範に見る日本のブラック性について・上 
野戦教範に見る日本のブラック性について・下 
・『各国陸軍の教範を読む』 田村尚也 イカロス出版(2015)
posted by ケン at 13:11| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする