2016年01月27日

マスゴミも翼賛体制に移行中

【日経など新聞4社、東京五輪組織委とスポンサー契約】
 2020年東京五輪・パラリンピック大会組織委員会は22日、日本経済新聞社など新聞4社とスポンサーシップ契約を結んだと発表した。各社は大会の安定的な運営と日本代表の活躍を支援していく。日本経済新聞社のほかには読売新聞東京本社、朝日新聞社、毎日新聞社が契約を結んだ。
(1月22日、日本経済新聞)

デモクラシー下におけるメディアの最大の役割は、主権者に適切な情報を提供し、権力行使の妥当性を判断することに資することにある。よく「メディアは権力監視の役割を担う」というが、厳密には権力監視をするのは主権者であって、メディア自身ではあり得ない。いずれにせよ、そのメディアが自ら権力のスポンサーになってしまっては、批判的あるいは中立的な情報が提供されなくなる。そもそも東京五輪は、最大でも半数強の賛成しか得られないまま、3割強の反対を押し切って、「多数決の原理」をもって成立しており、その民主的正当性には大いに疑問がある。まして、IOCの不祥事が発覚して、招致運動に金銭授受が取り沙汰されているのだから、メディアがデモクラシーの担い手を意識するなら、一歩距離を置いてしかるべきなのだ。
だが、軽減税率と同様、自らの利権と特権にしかない大手メディアはこぞって権力への協力を申し出て、少しでも「分け前」にあずかることしか考えていない。その結果、軽減税率に対する批判的な見解はメディアでは取り上げられず、オリンピックについては自ら推進者になってしまっている。

全く同じことは戦前にあった。
日露開戦の経緯を見た場合、当初は「東京朝日」「大阪毎日」が開戦を主張したのに対して、「毎日新聞」「東京日日新聞」といった慎重派が対峙していたにもかかわらず、対露感情の悪化と強硬論の高まりを受けて、殆ど開戦支持一色となってしまった。これは政府の弾圧や強制を受けての転向ではなく、「非戦論では売れない」という理由によるものだった。
盧溝橋事件が起きた頃、「東京朝日」は「航空報国運動」を展開中で、1937年7月20日付で社告を発し、本社より2万円、役員一同より1万円、従業員より1万円の計4万円を拠出、読者に募金を呼び掛けたところ続々と集まり、最終的には陸軍と海軍にそれぞれ200万円ずつ献金した。また、「東京日日」と「大阪毎日」は軍歌の懸賞を募集、全国から2万5千通の応募があった。その中から佳作として選ばれたのが「勝ってくるぞと勇ましく、誓って故郷を出からは……」で知られる「露営の歌」だった。これらは軍に強制されて始められたイベントだったのだろうか。
翌1938年2月には国民総動員法が議会に提出されるが、新聞業界は同法から新聞、出版関係条項を削除し、さもなくば「2回以上の発禁処分で発行停止」という条項を削除するよう政府に陳情を繰り返した。結果、後者は政府が受諾して削除されたものの、さらなる戦争協力が求められるところとなった。

今日では、新聞業界は消費税の軽減税率適用と秘密保護法における新聞取材の例外適用について政府に陳情運動を繰り広げた。オリンピックも自らスポンサーとなることで、大手以外のメディアを排除し、権力から優先的に情報を得たいとする我欲ばかりが目に付く。
再販制度や記者クラブ制度といった特権に守られた新聞業界が、国民に対して消費増税推進の大キャンペーンを打ちつつ、政府に対しては軽減税率や例外規定を懇願する姿、あるいはいわゆる「北方領土」問題における日露関係や尖閣諸島をめぐる日中関係についての煽情的な報道を見ると、侵略戦争に進んで協力した戦前の姿の生き写しにしか見えない。大手新聞社は、全く戦前の反省をしないまま、再び翼賛体制の一員になりつつある。

大手新聞社は権威主義的「アンシャン・レジーム」の象徴である。「民主革命」の暁には、全国紙は10以上、ブロック紙は2つ以上に分割、現存するあらゆる特権−記者クラブ、再販制、クロスオーナーシップ、免税特権等の全てを廃止せねばなるまい。

【追記】
「騙されてお金もらっちゃった、テヘペロ」などという大臣の「説明」をそのまま垂れ流すマスゴミ。誰も「でも、騙されようが、何だろうが、それワイロですよね?」「騙されてお金振り込んだ話なら聞きますが、騙されてお金もらうとはどういうことでしょうか?」とは誰も聞かない。権力の暴走を止めようとするものは、近い将来誰もいなくなるだろう。
posted by ケン at 12:41| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする