2016年02月29日

党名変更も大敗必至?

【新党名「民主」残るか…「誇りある」「一新を」】
 民主、維新両党の合流では、新党名に「民主」の名称が残るかどうかが最大の焦点となりそうだ。 民主党の野田前首相らは、党名に「誇りがある」として大幅な変更には否定的だ。名称の存続にこだわる議員の間では「立憲民主党」や「新民主党」などが新党名として取りざたされている。「民主党」の名は1996年の結党時から使用されてきた。鳩山由紀夫元首相が掲げる「市民中心型社会への転換」を強く意識し、党創設メンバーが協議して決めたという。
 夏の参院選で改選を迎える同党議員からは「大きく変えても参院選までに浸透しない」「新党名から『民主』の名前をなくせば、比例選の投票で『民主党』と書いてもらっても無効票になるだけ」などと影響を懸念する声も出ている。一方の維新は「民主党政権の負のイメージを一新したい」(幹部)として大幅な党名刷新を主張している。両党の話し合いによる決着では、しこりが残る可能性もあるため、支持者らによる投票や世論調査などで決める案が検討されている。名称変更の方法については今後、両党でつくる新党準備協議会(仮称)で議論される。
(2月24日、読売新聞)

岡田代表らの「ボス交」で民維合流が急遽決定した。数日前に、岡田氏に近いT元議員が「自分が合流論は潰したから安心して」と触れて回っていたところを見ると、第五列を使って左派を安心させる一方で、裏で手を握っていたということらしい。案の定、常任幹事会では左派系の大幹部が採決を強要したものの、合流反対・慎重派は2割程度でしかなかったという。つまり、巧妙に左派のみが除外されていたのだろう。
この背景には、左派が生活、社民を含む「大同団結」を求めていたのに対して、右派が「維新のみとの合流」を唱えていたことがある。岡田氏は「生活、社民までとなるととても参院選まで間に合わない」などと弁解しているそうだが、ハナから考えていないと思われる。

いきり立つ左派を慰撫して回っているのは、長妻議員とT元議員のようだが、岡田氏と代表選を戦った長妻氏が岡田氏の歯止めになるのではなく、従属的な役割を演じているところを見ると、どうやら一昨年の代表選挙で長妻氏が左派候補として立候補したのは、岡田氏を勝たせるために左派側に送り込まれた「ダミー」であった可能性が高く、今ごろになって様々な状況証拠があがってきている。T元女史はもともと「協力者体質」であり、代表選直前になって急に岡田氏の推薦人になったことを考えても、「トロイの木馬」であることは間違いない。現にT元氏は、合流が明らかになるまで「もう新党の話は終わった、自分が潰した」などと吹聴して回っており、どうやら左派を安心させて制止する役割を担っていたようだ。
【参考】
民主党代表選2015の初期情勢 
協力者という生き方:T元女史の場合 

とりあえずの党内抗争は右派が勝利した格好だが、現実には新党結成に伴う党名変更により、自民党側では「党名が浸透していないうちに解散に打って出るべき」との声が高まっている。せっかく株価下落によって衆参同日選の可能性が遠のいたにもかかわらず、岡田氏は自民党に格好の「エサ」をやってしまっているのだ。
実際、私の周辺でも「民維新党」の評判はすこぶる悪く、せいぜい「どうせ民主の名称は賞味期限切れだからちょうどいいんじゃね?」くらいの後ろ向きな評価があった程度で、「これを期に支持率を一気に回復させよう」という気運は皆無だ。そもそも私自身も民主党員だが、これを期に新党移行を拒否しようかと考えているくらいなのだから、同じように考えている人は少なくないだろう。要は、党員の意向はハナから無視され、それどころか党所属議員からも意見聴取することなく、トップがボス交で決めてしまったために、一時的に国会の議席は増えても、政党組織としての求心力はますます低下して行くと考えられる。

4月の衆院補選に敗北すれば、その時点で「合流は失敗だった」との不満が高まるだろう。現状でも民主党内は「岡田下ろし」が始まりそうな気配があり、補選の敗戦によって「岡田のままでは参院選は戦えない」となる可能性もある(そんなパワーすら失われる可能性も半分あるが)。
そして、7月の参院選までには新党名も有権者に浸透せず、あるいは政権党はダミー政党で「民主党」をつくって比例票の吸収しようとするかもしれない。いずれにせよ、民維新党は、現有議席の維持はおろか、2013年の「民主7、維新6」(比例獲得議席)を大きく下回る可能性が高く、私の見立てでは新党で「6か7、8いけば大勝利」というイメージだ。これでは新党にした意味がなく、むしろさらなる内紛を呼び起こす結果に終わるだろう。
posted by ケン at 12:28| Comment(0) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月27日

兜と鉢金は大事デス

いまTVで放映されている「灰と幻想のグリムガル」で、仲間の戦士のために皆がお金を出し合って兜を買うシーンを見て、なるほどと思った次第。
確かに自分たちでTRPGをしていて、パーティーで相談して戦士系キャラの装甲を強化すべく、優先的に良い鎧を買うことはままあるが、そこで兜を買おうという話にはならないからだ。だが、実戦では兜は非常に重要な防備であるのは間違いない。

もともと兜は「弓矢よけ」の意味合いが強い。遠距離射撃の弓矢はかなり良い角度で入らない限り、兜を貫通することは無い。それは金属製で無くとも、かなり期待できることのようで、木製や革製の兜もたくさん存在する。だが、兜を被っていなければ、どのような形で矢が当たろうと、頭に大ケガをすることになるだけに、どのようなレベルのものであれ、兜は必須装備だった。

また、白兵戦においても兜は有効だった。古代の戦争は集団戦がメインであっただけに、隊形が密集しており、回避行動が難しく、同時に盾も装備していたので、頭部が狙われがちだった。個別の白兵戦でも、頭部は他の肉体の部位に比して動きの少ない部分であるだけに、攻撃側からすると狙いやすかった。それは、現代の剣道やフェンシングでも面を付けることからも明白だろう。
頭は、ちょっとした衝撃を受けただけで失神したり、意識混濁したりするので、その点でも防御力を上げて戦闘不能リスクを軽減する必要があった。

それでも、銃の普及に伴って兜文化は一端廃れた。だが、例えば幕末にあっても、京の池田屋を襲撃した新選組隊士はみな鉢金や鎖頭巾を装備していたことは良く知られている。テレビの時代劇でも、例えば「鬼平犯科帳」では盗賊逮捕に向かう改方は、みな籠手と鉢金を装備し、長谷川平蔵は鎧頭巾を被っていたりする。
現代人からすると、鉢金は「鉢巻きの延長?見た目重視?」に思えるが、現実には実利そのものだったようだ。
池田屋事変において、藤堂平助は汗で鉢金がずり落ちたところを浪士に斬りかかられたものの、刃が鉢金に当たったため、額をケガしただけで助かっている。日野にある土方歳三資料館には、本人が使用した鉢金が展示されているが、少なくとも7、8箇所の刀傷が認められる。近所の土方先輩の家にも鉢金が伝わっていて、私も見せて頂いたことがある。
さすがに近代では重くて視野が狭まり、耳が遠くなる兜は被らなかったものの、鉢金はまだまだ有効だったのだ。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | 日本語、日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月26日

連合は誰のために?

市民系のネットでは、「野党共闘の足を引っ張る主犯」としてナショナルセンター・連合の評判はすこぶる悪い。その認識自体は間違っていないのだが、ただ批判したところで「野党共闘に反対ですが、ナニカ?」と居直られるのが関の山であり、むしろ政権側と「単独講和」を進めてしまう恐れが強い。
どうすべきかはさておき、まずはその背景にあるものだけ説明しておきたい。

個人的な話から入るが、先日NHKのアナウンサーが危険ドラッグ保持(製造)で逮捕されて、懲戒免職になった折り、ちょうど日放労(NHK労組)の関係者とバッタリ顔を合わしたので、「ドラッグ所持なんて私事で、しかも裁判の結果を待たずに懲戒免職とか、あり得ないでしょ!労働組合として処分撤回を求めないんですか!」と詰め寄ったところ、「あれは脱法ドラッグじゃなくて危険ドラッグですし、しかも製造容疑ですから、救いようがありませんよ」と平然と返された。「それは管理側の論理であって、労働組合は何があろうと組合員を守らなければ、組織の正統性が失われるだろう、何のための労組だよ!」と思ったものの、相手があまりにも平然としているので、バカバカしくなってそれ以上は追及しなかった。だが、この一事をもってしても、改めて連合加盟の労働組合というものが、労働組合では無く、正社員互助会に過ぎないことが痛感された。つまり、労働者、組合員の幸福や利益よりも、組合組織の利益が優先される構図だ。
武田勝頼の没落は高天神城を見捨てたことに始まり、ソ連共産党は東欧の友党を見捨てたことで瓦解を確定させた(プーチン氏も同じことを回顧録で述べている)。組合員を守らない労働組合には、いかなる存在意義も無い。同様のことは連合全体に言える。

連合は、官公労系の旧総評と民間系の旧同盟が合体して生まれたが、公務員定数の削減と民間以上の非正規移行により官公労の権威は以前と比較にならないほど低下している。他方、民間企業でも非正規への移行は進んでいるが、旧同盟系は比較的勢力を維持しているため、連合内での主導権争いは「同盟の勝利」でほぼ決している。例えば、現在まで7人いる歴代連合会長のうち、総評系は初代の山岸(全電通)と第六代(先代)の古賀氏くらいだが、古賀氏は電機連合(全松下)であり、総評系と言っても思想的にはほぼ同盟と変わらない。
さらに言えば、現執行部は会長が基幹労連(鉄鋼)で、事務局長がゼンセン(繊維)と二人とも同盟系、それも戦争が起きれば最も儲かる産業の労組出身ということで、平和運動家からすれば「夢も希望もない」組み合わせになっている。実際には、同盟系と言っても好戦的な組合ばかりではなく、海員組合を筆頭に航空や印刷関係の組合も入っているのだが、組織力で全く及ばない。

また、四代目の笹森が東電労組出身であったことに象徴されるように、電力系労組は各都道府県の連合本部中枢を必ず確保する戦略を採っており、全国の大半で会長か事務局長を輩出している。そのため、同盟系が弱い(民間企業が無いから)地方部でも、電力出身者が会長か事務局長だけは持っている構図がある。その結果、全国各地の連合は、絶対と言えるほど、原子力発電や核問題に関与しない姿勢をとっている。
労働組合としての組織力においても、電力系は一歩抜き出ている。例えば、自治労などは単体で80万人以上の組合員を擁するが、参院選の組織内候補者に投じられるのは20万票程度に過ぎないが、電力労組は組合員の人数分は最低限出してくるので、結果的に同数という形になってしまっている。
電力会社は、経営側が自民、労組側が民主を推すことで、「どちらに転んでも安泰」という形をとっており、結果的には「(共産革命以外)何が起きても原子力発電は止めない」構図になっている。

もう一つは、「エリート化」である。7人いる歴代会長のうち、三代鷲尾、五代高木、現神津の三会長が東大出身であることに象徴されるように、連合はすでにブルーカラーのユニオンではなく、官公労や大企業の「エリート社員互助会」と呼ぶ方が相応しくなってしまって、とても「労働者代表」とは言えない存在と化している。
日本企業におけるキャリア形成の上でも、特に大企業を中心に労組活動への参加が推奨されており、労組幹部を経て管理職に至る道がキャリア形成の常道になっている。その結果、労使一体化が進み、資本家と労働者の利害の境が見えづらくなっているのが一般的だ。私が冒頭に挙げたNHKのケースは典型例で、「会社のためにならない組合員は追放すべき」という考え方が完全に普及している。同じような傾向はフランスなどでも見られる。
私的に特に問題を感じているのは、フランス社会党が余りにもエリート主義に偏ってしまっている点だ。オランド氏や元首相のロワイヤル女史、オランドと大統領候補の座を争ったオブリー女史など、左右にかかわらず皆ENA(国立行政学院)やパリ政治学院の出身で、官僚や弁護士を務めている。共和党と対抗しつつ、行政府の上に立つ政権担当能力の点では十分な人材が確保されているのだろうが、その反面、社会党の支持層や周辺の有権者のニーズを取り込んで党の政策に反映させる能力が低下しているように思われる。つまり、理念と政策が先行して、リアル・ポリティクスの側面が弱くなっているのではなかろうか。戦後初の社会党大統領となったミッテランが、鉄道員出身の対独レジスタンス員だったことを考えれば、隔世の感がある。
卑俗な言い方をすれば、フランス社会党が「よゐこ」になってしまったがために、ヤンキー層をFNへと追いやってしまった、というのが私の見解である。
フランスにおける既存政党の難しさについて

ところが、日本がより不幸なところは、ヤンキー層の支持がフランスのFNのような新勢力ではなく、最も守旧的な自民党に行ってしまっている点であろう。これは、企業別組合文化の弊害で、会社員の約7割を占める中小企業労働者は労働組合の埒外に置かれ、今また非正規労働者の急造により、これも組合の埒外に置かれているため、マルクス風に言えば「疎外された労働者」が全労働者の圧倒的多数を占めているのが実情なのだ。そして、彼らの票の大半は投票所に投じられないか、無党派となってその時々の流行に応じて投票されている。日本の社会保障制度が個人では無く、企業を中心に設計されていることもこのことと関連しており、社員の非正規化が進んだ結果、社会保障制度そのものが危機に瀕している(健保や年金の適用外の国民が急増)。

連合は自らを、「すべての働く人たちのために、雇用と暮らしを守る」と規定しているが、現実には中小企業における奴隷労働の上に安住し、非正規労働者を切り捨てることで、自分たちの権益を最低限守っているだけの状態にある。その連合に向かって「ケシカラン」と言ってみたところで、居直られるのが関の山だろう。その意味では、連合も同罪で、ハナから「すべての働く人たちのために」などとウソを言わずに、「公共団体と大企業正規労働者のために」と正直に言っていれば、批判を受けることもなかったのではなかろうか。
posted by ケン at 13:20| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月25日

大学自治も終焉へ

【岐阜大が国歌斉唱しない方針 馳文科相「恥ずかしい」】
 馳浩文部科学相は21日、金沢市で記者団に、岐阜大学の森脇久隆学長が卒業式などで国歌「君が代」を斉唱しない方針を示したことについて、「国立大として運営費交付金が投入されている中であえてそういう表現をすることは、私の感覚からするとちょっと恥ずかしい」と述べた。卒業式や入学式での国歌斉唱は昨年6月、当時の下村博文・文科相が全国の国立大学長らに要請していた。岐阜大は前身の旧制学校の校歌を式で斉唱しており、森脇学長は今月17日の定例記者会見の質疑で、これまで通りの方針で臨む考えを示していた。馳氏は21日、金沢市内での講演で「岐阜大学の学長が国歌を斉唱しないと記者会見した」と指摘。その後、記者団に「(下村氏の要請は)大学の自主的な活動についてああしろ、こうしろと言うものでもない。学長が(斉唱しないことに)言及することはちょっと恥ずかしい」と語った。
(2月21日、朝日新聞)

日本国憲法第23条は、

学問の自由は、これを保障する。

と規定している。これは明治憲法には無かった項目で、戦後の新憲法制定(改憲)時に新たに盛り込まれた。それは、滝川事件(内乱罪や姦通罪に対する疑義提唱)、美濃部事件(天皇機関説)、矢内原事件(ミリタリズム批判)、河合栄治郎事件(ファッショ批判)などのたびに軍部や文部省の介入を許し、教授や学生が大学を追われ、ゼミが廃止されることでその分野の研究はストップしたことの反省に基づいている。
なお、憲法23条が謳う「学問の自由」の英訳は「Academic freedom」であり、「何者からも拘束されない大学・研究(者)の自由」を意味する。この「学問の自由」を制度的に担保するものの一つが「大学の自治」であるため、憲法上に明記されていないとはいえ、大学の自由は学問の自由と同一線上に存在する。
実は、国際的に見た場合、憲法で学問の自由を保障している国は非常に珍しい。それは少なくとも自由主義諸国では「当たり前すぎる」ことで明記するのも憚られるためであり、わざわざ新憲法に明記したのは、日本においてはリアルに考えられる「危険性」だったからだ。

そして、下村前大臣が国立大学における国歌斉唱を「要請」したことで、新憲法の起草者たちが抱いた危惧は現実のものとなった。下村氏も「最終的には各大学の判断」などと言っていたが、これはヤクザや金貸しが無理な要求を提示して「これはただのお願いで、決断するのはあくまでも貴方ですよ」と念押しするのと同じ構図だった。国立大学が運営資金を国に依存する以上、その力関係は圧倒的に国側に有利であり、そもそも対等な関係に無い以上、一般的な「お願い」は成立し得ず、大学側からすれば「国のお願い」は国家要求に等しいからだ。
あるいは、戦時中の士官が「特攻はあくまでも志願に基づくものであり、強制はしない(が何度でも強く要請する)」と言っていたのと同じで、圧倒的に強い立場にあるものの「要請」は、強い強制力が付与される以上、ほぼほぼ命令と同義になってしまう。むしろ「命令では無い」だけ責任が不明確でタチが悪い。
一連の戦前の事件から得られる教訓は、形式的に「大学の自治」が保たれても、内部者が国家の意思を汲んで自由の阻害に走ったのでは全く意味が無い、ということだった。教授会の権限が大きいのは、巨大権力に対抗するためでもあったわけだが、この間「大学改革」と称して教授会の権限が大幅に縮小されて、文科省からの天下りが経営陣に加わって「コミッサール」の役割を果たすに至り、外部権力に対抗できる勢力が失われた。そのため、国家から「要請」があった場合、それを拒否できるだけの権限が大学側にはすでに存在せず、助成金をちらつかされると、「国の要請に応えるが、あくまでも自主的に選択する形を採る」ことになる。これでは、美濃部、矢内原、河合らを追放した戦前の大学と何も変わらない。
本来であれば、「大学の自治」と「教員の身分保障と研究内容の保障」は不可分のものであるはずが、すでに「Academic freedom」の原則が崩壊していることが分かるだろう。これも安倍一派が主張する「戦後レジームの打破」の一環と言える。

確かに政府・自民党側は「今回大臣が求めたのは国旗掲揚と国歌斉唱であって、学問の自由とは関係ない」という批判をしてくるだろう。だが、1999年に国旗国歌法が審議された折、「強制するものではない」「教育現場で義務化するつもりはない」旨の答弁や談話が繰り返されたにもかかわらず、それから15年を経て全国の学校で強制されるようになり、今度は国立大学に至っている。今回の政府側の主張は、「税金が投入されている国立大学で国旗が掲揚され国歌が斉唱されるのは当然」というものだが、であるならば私学助成を受けている私立大学に対してもいずれ同じことが求められるはずである。そして、国旗と国歌を強制し、人文学部の廃止を強要する政府が、なぜ今後研究内容にまで踏み込まないと保障できるのだろうか。いや、科研費のあり方を考えれば、すでに国家が研究内容に介入しているとも言えるのである。
また、そもそも「君が代」は「帝の支配が永遠に続きますように」と祈願する呪歌であり、およそデモクラシーに相応しくない専制色の濃いものであることも付言しておく。
日本国憲法はありとあらゆる分野で浸食され、実質的な効力を失いつつある。同時に日本のデモクラシーと自由も、その実効性を失いつつある。やはり人は、失って初めて失ったものの価値を知る、ということなのだろうか。
大学にイデオロギーを強制する安倍政権

馳大臣は、安倍・自民党の中では「かなりマシ」な部類に入るだけに非常に惜しい。氏もまた、「学問の自由」が現行憲法にわざわざ明記された理由を知らないか、あるいは意図的にその廃絶と学問の統制を目指す国家主義者ということのようだ。
公立大学は、「文科大臣の要請があり、国から交付金を受ける以上、我々は国歌斉唱を強制しなければならない」旨を真摯に学生に説明すべきだろう。
posted by ケン at 12:29| Comment(0) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月24日

エビでタイを釣るNK党

【共産、1人区で擁立多数取り下げへ…候補一本化】
 共産党の志位委員長は22日の記者会見で、参院選の改選定数1の「1人区」への対応について、「かなりの候補者を降ろすことになる」と述べ、すでに擁立した同党候補の多くを取り下げる方針を明らかにした。野党候補の一本化を図るため、多くの選挙区で他党候補の支援に回る方針を示したものだ。同党は全国32の1人区のうち29選挙区で公認候補を決めているが、民主党の公認・推薦候補と競合する21選挙区の大半で候補者を降ろすとみられる。志位氏は、他の野党との選挙協力に関する基本方針を発表し、〈1〉安全保障関連法廃止を公約とする〈2〉共産党の選挙協力を受け入れる意思を確認する――の2点で合意することを、他党の候補者を支援する条件に据えた。23日開かれる民主、共産、維新、社民、生活の野党5党の幹事長・書記局長会談で、こうした方針を伝える。
(2月22日、読売新聞)

またまた自称市民がNK党の思うツボにはまってゆきそうな話。最近の自称市民の「要望」(ファクス、電話、来客陳情など)の殆どは、「NK党がこんなに野党共闘に向けて頑張っているのに、民主党は何もしようとしない」「今ではアベよりも民主党の方が憎たらしい」など非難の声ばかりで、正直なところウンザリしている。私も、「じゃあNK党員になれよ!」と言ってしまいそうになるが、さすがにそこは我慢している。長年にわたって「反共」でやってきたはずの大先輩の中にも、容共スタンスに転じる方が増えており、「コミュニストの恐ろしさは、やはりソ連や中国にいたことのあるものにしか分からないのだ」と実感している。

ナチスドイツが倒れた後、東ドイツでは共産党と社会民主党が合流して「社会主義統一党」ができて、「ドイツ民主共和国」が建国されたが、それがどのような国であったかは言うまでもなかろう。少なくとも私には、「ナチスドイツよりはマシだった」とは言えない。ソ連で「ボリシェビキ独裁」を目の当たりにした最後の世代の一人として、私は共産党とのあらゆる連携も交渉もあり得ないと断言する。
参考:善き人のためのソナタ

自称市民の中には、「今のNK党は違うのでは」などと言う者も少なくないが、その発言には何の根拠も無い。スペイン内戦期にも、「反ファッショは反共に優先する」として「反ファシスト統一戦線」が叫ばれたが、共和国政府はいつしかスターリニストに占拠され、内部粛清が始まり、共和主義者や社会民主主義者、アナルコ=サンディカリストは粛清されて沈黙、敗北していった。共産党の名称と民主集中制の組織を保持するNK党が、「ボリシェビキとは違う」と言える点は全く無い。
その意味で、NK党委員長を大会に招待した社民党は、「魂を売って自殺した」と言えるだろう。

とはいえ、「(勝利条件的に)NK党一人勝ち(リアルには自民党独裁へ)」という現状を招いてしまったのは、右派の取り込みばかりに傾注し、野党共闘について全く主導権を発揮できなかった民主党執行部の責任に帰せられる。
民主党が先手を打って、生活と社民を吸収し、維新に「この指止まれ」で自主解党を要求すれば、自ら戦う術を持たない維新残党は自壊した可能性が高い。その上で、NK党との選挙協力に臨めば、より強い立場で交渉を進められたはずであり、自称市民からもここまで口汚く罵られることはなかっただろう。
自称市民とNK党からの「攻勢」を受けて、民主党や連合内では「あいつらやっぱコミュニスト」という反発意識が拡大し、ますます野党共闘に後ろ向きになるという悪循環に陥っている。
民主党の有力支援団体も、特定郵便局長会、歯科医師会などはすでに自民に寝返り、これまでSGへの反発から協力してきたRK会も寝返る機会を伺っている有様で、ナショナルセンターの連合も「戦闘継続不能」と判断し、政権側と降伏交渉を始めているという。
こうなってしまうと、ゲームプレイヤーとしての民主党に打てる手は殆ど無く(だから維新合流に必死なのだが)、「投了一歩手前」という感じなのかもしれない。

ある世論調査の政党支持率では、自民党が39%、民主党が9%、KM党とNK党と大阪維新が4%、維新残党が1%という数字になっており、仮に民主党が維新残党を吸収しても、全く自民党には敵わない。逆にNK党は、支持率を倍化させており、民主批判を強めれば強めるほど、民主票を削り取れるイメージだ。
確かにNK党は、ゲームの勝利条件を満たすことはできるだろうが、結果的には翼賛体制が成立してNK党が禁止されるという未来になる可能性が高い。

つくづく右を見ても左を見てもバカばかりだが、私もいよいよ(連合に倣って)保身に走るべきなのかもしれない。
posted by ケン at 12:53| Comment(3) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月23日

ワレサは当局の協力者?

【ワレサ氏は「警察協力者」:書類発見とポーランド当局】
 ポーランド当局は、同国の自主管理労組「連帯」議長として民主化運動を主導し、1983年にノーベル平和賞を受賞したワレサ元大統領(72)について、共産政権時代に秘密警察の協力者だったことを示す書類が見つかったと明らかにした。ポーランドのメディアが18日伝えた。ワレサ氏は「そのような書類が存在するわけがない」と否定している。書類は昨年11月に死去した旧共産政権時代の元将軍の自宅から発見されたもので、信ぴょう性をめぐり論争に発展しそうだ。
(2月19日、グダニスク共同)

関係者とか「民主化幻想」を抱いている人からすればショッキングな話かもしれないが、ソ連・東欧学徒の我々からすれば、全く驚くことでは無い。
ロシア史を見ても、例えば第一次ロシア革命の発端となった「血の日曜日」事件でデモ隊の先頭に立っていたガポン神父は、秘密警察の協力者で穏健な正教系市民団体をつくって不満を吸収することを任務としていた。事件当日も、穏健な請願デモのはずだったが、現場の暴走や警察の悪い対応によって凄惨な事態を招いてしまった。

スターリンも、革命派として3度も逮捕されて流刑にされているが、その都度脱走を果たしている。秘密警察の協力者リストにも協力者としての登録があったという話もあり、オールド・ボルシェビキの中には「内通者かダブルスパイか」と捉える向きも少なくなかった。現状では定説にはなっていないものの、我々「亀山学派」の間では「少なくとも何らかの取引や連絡関係にあったことは間違いなさそうだ」と考えられている。

同じようなケースは日本でも散見される。NK党の結党時の一員であり、戦後は第一書記や議長を務めた野坂参三は、1928年の三・一五事件で検挙された。ところが、他の党員が特高による壮絶な拷問(小林多喜二『一九二八年三月十五日』)を受けていたのをよそ目に、何故か「眼病治療のため」として釈放されている。「特高と何らかの取引があったのはほぼ間違いない」というのが、古老たちの共通認識になっている。その後、野坂はソ連に渡ってコミンテルンの工作員となった上で、米国に入り、米国共産党と関係を結んで、さらに中国に渡って中国共産党の保護下に入った。野坂は100歳にもなって、「コミンテルンのスパイ」としてNK党から追放されているが、すでに戦前から「協力者」だった疑いがあるものの、いまだ証拠は上がっていない。

戦後日本の場合、岸信介からして、米当局と取り引きして協力者となって巣鴨監獄を出獄し、総理大臣にまで上り詰めているのだから、根の深さが分かるだろう。岸は当初、日本社会党への入党を希望するも拒否され、自民党入りしている。なお、日本では公開されない日米関係の歴史的機密文書の多くが米国では公開されているものの、岸に関するCIA文書はいまだ機密指定を解かれていない。
公開された米国公文書によれば、緒方竹虎はCIAの「POCAPON」、賀屋興宣は「POSONNET-1」であったことが判明しており、左派では西尾末広が協力者だったことが分かっている。
現代日本で言えば、T元衆議院議員が公調の協力者である可能性が非常に高く、私も彼女のコードネームだけでも分からないかと探りを入れている。
より深刻なのは、同事件が発覚する前に起きた「希望(の21世紀)事件」である。当時、日本赤軍の指導者が、T元女史の地盤であるT槻市で逮捕されたことを皮切りに、T元女史の内縁の夫が日本赤軍の一員で公調の監視対象だったことが判明。さらに、T槻市にある某病院が「赤軍の巣窟」であることも発覚、T元女史もまた「赤軍の協力者」として嫌疑が掛けられていた。当時、T槻市は「日本のベイルート」と言われたほどだった。これに関連して、SM党の国会議員や自治体議員が家宅捜査を受ける事件に発展し、拉致問題と並んでSM党凋落の最大の原因となった。
この時、自民党森内閣の重要閣僚に強いコネを持っていたSM党の某議員が助命嘆願に行ったところ、「他の者はグレーかもしれないが、T元だけは真っ黒だ。証拠も上がっている」とハッキリ言われたという。
そこまで言われたT元女史が、テロ関連で一切立件されず、いかにも小粒な「詐欺罪」のみで起訴され、執行猶予に終わり、本人も上訴しなかったのは、どう考えても異常(出来レース)なのだ。
赤軍関連を内偵していたのは、公安調査庁であり、その上部機関は法務省でトップは検事という組織構成を考えれば、検事とT元側で何らかの司法取引が交わされたと見るのが妥当だろう。この「読み」は「ソ連帰り」の私としては常識の範疇内なのだが、さすがに妄想に過ぎるかもしれないと思い、上記の友人にも相談してみたところ、「確かにその可能性は非常に高い」と同意してくれたので、今では確信を持っている。
協力者という生き方:T元女史の場合

革命家であれ、政治家であれ、当局と丁々発止を演じるのは当たり前のことであり、そこで一定の取引関係が生じるのは避けられないだろう。むしろそれが出来ない者は大きな仕事が出来るはずもないと考えるべきなのだ。とはいえ、仮にそうした取引が判明したら、評価も変わるべきであり、歴史はあくまでも冷静かつ公正に評価されなければならない。
posted by ケン at 12:44| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月22日

ロシアとの外交は成立するか?

【<露外相>4月来日へ…日露首脳会談、ソチで調整】
 日露両政府は15日、東京都内で外務次官級協議を行い、ラブロフ外相が4月中旬に来日する調整を始めることを確認した。両政府は安倍晋三首相が5月上旬の大型連休中にロシア南部ソチを訪れ、プーチン大統領と首脳会談を行う検討を進めている。同日の協議でも議論したが、具体的な内容は明らかにしていない。北方領土問題についても具体的な交渉は行わなかった。
 日本側から原田親仁政府代表兼日露関係担当大使、ロシア側からモルグロフ外務次官が出席して約5時間にわたって行われた。北方領土問題をめぐって、ロシア側は「解決済み」との立場を崩さないため平和条約締結交渉は難航しており、協議では次回の交渉日程を話し合うにとどまった。両政府は事態を打開するため首脳や閣僚間の意見交換の必要があると判断。ラブロフ氏が来日して岸田文雄外相と論点を整理した後、安倍首相が訪露し、首脳会談を行う。
 安倍首相の訪露は、地方都市であるソチへの非公式訪問の形式をとる。具体的成果よりも首脳間の対話継続を重視したもので、プーチン大統領の来日日程についても調整を進める。 前ロシア大使の原田氏は新設された担当大使に1月に就任後、初めて協議に参加し、この協議の名称を「日露外務省ハイレベル協議」に変更することも決めた。協議ではほかに、北朝鮮の核実験やミサイル発射を受けて決定した日本の独自制裁についてロシア側に説明し、国連安全保障理事会で制裁決議について緊密に連携することで一致。ウクライナやシリア問題についても議論した。
(2月15日、毎日新聞)

安倍一派はやたら対ロ外交に固執しているように見えるが、そもそも外交が成立するのかナゾ過ぎる。言うまでも無いことだが、外交というのは相手がいて、互いに要求をぶつけ合って、どこまで譲歩し、何を与えて何を取るか、という話である。ところが、いまの日本に「与えるもの」があるのかと聞かれても答えられないし、その割に要求ばかりが多い。例えば、

「北方四島返せ」(日ソ共同宣言違反)
「オホーツク海で漁させろ」(流し網で採り尽くし)
「対中包囲網に加われ」
「北朝鮮に圧力かけろ」
「シベリア抑留の記憶遺産登録に文句言うな」(自分は中国にクレーム)
「お前の天然ガスは買わない」(インドネシアから買うから)
「ウクライナとシリアに関わるな」(自分は海外派兵解禁)
「核廃棄物もらってくれ」

といった感じに目白押し状態だが、日本側が提示するのは、

「制裁緩和してやる」(そもそも経済関係が希薄)
「もうちょっと木材買ってやってもいい」(企業にお願いするだけ)
「シベリア投資の口利きしてやってもいい」(日本企業に余力無し)

程度のものであり、とても外交交渉(取り引き)として成立しそうに無い。
これでいったい何を交渉しようというのか、どなたか浅学なそれがしにご説明いただきたい(爆)
posted by ケン at 13:23| Comment(0) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする