2016年09月13日

タイトル見ただけで生きた心地しない三冊

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『ペリリュー・沖縄戦記』 ユージン・スレッジ 講談社学術文庫(2008)
太平洋戦争に海兵隊の一兵卒として出征したユージン・スレッジの戦場回顧録。米HBOが制作した『ザ・パシフィック』の原作二本のうちの一冊になる。
個人の戦争体験記はアマチュアであるが故に文章や表現が稚拙だったり、視点が主観的過ぎて読み手の想像力が追い付かなかったりする上、翻訳物は翻訳と表現文化の違いからさらに読みにくくなりがちだが、本作は翻訳物の戦争体験記ながら記述が非常に客観的かつ明快で、読み手の想像力を喚起し戦場の実像に近づかせてくれる。明快ながらも緻密で、表現に無駄が無く、客観的ながらも自分の信条や精神状態については誠実に回顧しており虚飾が無い。一兵卒の戦場記録としては、本作以上の水準のものを私は読んだことが無い。日本や日本兵に対する感情までが客観化されているため、日本の読み手にとっても抵抗が少ないと思われる。以下、詳細はこちら

『ノモンハンとインパール』 辻密男 旺史社(2000)
最近見つけて即買いした一冊。第23歩兵師団所属、熊本野砲6連隊の衛生兵として出征した辻密男の回顧録。ハイラルに赴任すると、いきなりノモンハン事件が起きて、中隊で200名からの戦死者を出し、17名の生存者の一人となった。筆致は淡々としているものの、出だしから生きた心地がしない。一年後にようやく内地に帰還して除隊し、釣具店店主に収まるも、2年半後の昭和18年4月に再招集を受け、同じく熊本野砲6連隊に入隊、今度はビルマに送られる。インパール作戦では、第31歩兵師団(烈)宮ア支隊所属として、最前線となったコヒマ攻略戦に参加している。ノモンハンでもコヒマでも、戦車に対して火炎瓶で攻撃するほか無かった日本軍が、どういうものだったかよく分かる。2度も最悪の激戦区に投入され、しかも生還するという超悪運と超幸運自体、凄まじいとしか言いようが無い。

『最悪の戦場に奇蹟はなかった―ガダルカナル、インパール戦記』 高崎伝 光人社(2007)
ガダルカナルとインパールという15年戦争の中でも二大双璧と言える地獄の両方に投げ込まれ、文字通り万死に一生を得て生還する話なのだが、文章は軽妙洒脱で「兵隊やくざ」的な語り口なので、勝手に想像していた陰惨極まりないというイメージは無く、その点ではいささか拍子抜けさせられた。クドカンが一兵卒として軍に入って回顧録を書いたらこんな感じかもしれないというノリと文才。学歴こそないかもしれないが、500ページ近い大著を一気に読ませるものがある。以下、詳細はこちら
posted by ケン at 12:31| Comment(0) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月12日

限界を露呈した放送法

【ワンセグ携帯にも「NHK受信契約の義務」 高市総務相】
 さいたま地裁が8月、ワンセグ放送を受信できる携帯電話を持っているだけではNHKの受信料を支払う「義務はない」と判断したことについて、高市早苗総務相は2日の閣議後記者会見で「携帯受信機も受信契約締結義務の対象と考えている」と述べた。裁判では、ワンセグ機能つき携帯電話の所有者が、放送法64条1項で受信契約の義務があると定められている「放送を受信できる受信設備を設置した者」にあたるかが争われた。高市氏は「NHKは『受信設備を設置する』ということの意味を『使用できる状況に置くこと』と規定しており、総務省もそれを認可している」と説明した。NHK広報部は2日、朝日新聞の取材に「現在、控訴の手続きを進めている」とした。高市氏は「訴訟の推移をしっかりと見守っていく」と述べた。
(9月2日、朝日新聞)

司法が下した法解釈を、行政が「そんなの関係ねぇ!」と逆ギレした。ただでさえ日本の三権は、圧倒的に行政が強すぎるのに、いよいよ暴走が止まらなくなっている。日本の司法は、上に行けば行くほど、行政への依存を強めるため、政府側は控訴すればするほど勝率が上がる寸法だ。こうなってくると、やはり行政・霞ヶ関そのものを解体して、三権では無く、「四権」とか「五権」にすることで、権力の相互監視を強化し、暴走を抑止する仕組みを考える必要がある。

そもそも普通の人はテレビなど持っていなかった頃につくられた法律を、時代にあわせて改正すること無く放置してきたツケが回っているだけの話であり、それは政府・総務省の責任である。
スマホやワンセグ付き携帯(ガラケー)のテレビ受信機能は、もともとNHKを受信するために購入したのではなく、あくまでも「オマケ」機能として付随しているだけのものであり、放送法64条の「放送を受信できる受信設備を設置」を全て適用して、強制的に契約させようというのは相当にムリがある話の上、国民の合意が得られるとは思えない。
仮に高市大臣の方針を強行した場合、スマホ等の保有者全員にNHKから契約書が送られてくることになるが、その場合、受信能力を持つスマホは一気に売れなくなるだろう。何せ「NHKが受信できる」というだけで、携帯の維持費が50%前後も上がってしまうのだから、話にならない。
さらには、チューナー付きのタブレットや、将来的にはゲーム用などのヘッドマウントデバイスなども契約の対象になるが、技術進化に伴うデバイスの多様化により、契約対象者が際限なく拡大する上、1人で複数のデバイスを有する問題も生じる。

現行の放送法を放置する限り、NHKと政府の権限は際限なく拡大し、その暴走を止めるのは難しいだろう。だからこそ、総務省は放送法の改正を経ずに、受信料の徴収だけゴリ押ししようとしているが、現状では通常の受信料徴収すら73%に止まっており、まるで現実味が無い。これを放置したまま、司法判決を無視して、さらなる収奪に走れば、NHKそのものの廃止もしくは民営化を主張する声が拡大してゆくことになるだろう。
私自身は、NHKを国営放送と民営放送に分割すべきと考えているが、やはりそれしかなさそうだ。

【参考】
NHKの暴走を止めろ! 
NHKの分割を目指して 
posted by ケン at 12:26| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月10日

蓮舫氏国籍問題の諸相・補

先の稿について、歴史的経緯を補足しておきたい。

台湾は、1895年4月に締結された日清講和条約(いわゆる下関条約)によって清国から日本に割譲された。だが、締結時には日本はまだ台湾を占領下においておらず(休戦4日前に膨湖島を占領したのみ)、5月には在台漢人を中心に「台湾民主国」の建国が宣言された。これを受けて、5月末に日本軍が台湾に上陸し、「乙未戦争」が始まった。台北はすぐに陥落したものの、全島でゲリラ戦が展開され、平定は11月になった。日本軍は、7万6千人が上陸、5千人以上の死傷者を出しており、抵抗の大きさが伺われるが、日本の教科書や歴史書に書かれることは殆ど無い。

下関条約は第5条で、台湾住民に対し、2年の期限内に退去しない場合には「日本国の都合により日本国臣民とみなすことあるべし」と定め、日本政府の裁量で日本国籍の取得を認める方針を示した。ただ、これは漢人・漢族に限った話で、先住民については「化外の民ゆえに皇民として教化できた暁には臣民と認める」という方向性だった。

1896年3月には、「台湾に施行すべき法令に関する法律」が施行され、台湾における立法事項は、帝国議会等の立法をそのまま適用するのではなく、台湾総督の律令(命令)をもって施行する方式が採用された。これが「外地」の誕生となる。
同時に国勢調査が進められ、「台湾戸籍」がつくられるが、内地の戸籍との互換性がなく、婚姻や養子縁組に大きな支障があった。これが緩和されるのは、1933年のこととなる。
なお、「台湾戸籍」はあくまでも本島人を対象にしており、先住民については「蕃社台帳」に登録された。
そして、戸籍の本籍が内地にあるか外地にあるかで、同じ日本臣民の中で「内地人」と「外地人」に区別がなされた。その外地人の中でも、「本島人」と「蕃人」に分けられた。
戸籍には「本籍不動(本籍転属禁止)の原則」があり、抜け穴が無いわけではなかったものの、同じ帝国内に深い溝があったことは強調しておくべきだろう。

帝国とは複数の国家・領域や勢力・民族を支配する体制(システム)を指す。一般的には帝国というと、一民族が他民族を抑圧的に差別して支配するシステムというイメージが強いが、実情はそうではなく、むしろ単一性の高い民族国家の方が少数民族に対する抑圧が強い傾向がある。これは多民族国家を前提として国民統合を図る帝国と、一民族の自存を目的として国家共同体を存立させている民族国家との違いによるところが大きい。
大日本帝国の場合、江戸幕藩体制を統合する目的で帝国を建国し、「大和民族の統合」については一定の成果を挙げたものの、台湾や朝鮮を併合するに及び、帝国の原理を逸脱してしまった。結果、第二次世界大戦において日本は植民地からの戦時動員に難儀することになる。

1937年7月に日華事変・日中戦争が勃発すると、日本はあっという間に兵力不足に陥る。総力戦体制への移行が課題となる中で、戸籍法が施行されていない植民地からは徴兵することができなかったためだ。
台湾では、1942年4月に陸軍志願兵制度が施行され、43年9月には東条内閣が45年度より徴兵を実施することが閣議決定した。これを受けて、43年11月に兵役法が改正されて、「戸籍法又は朝鮮民事令中戸籍に関する規定の適用を受くる者」の文言が削除され、戸籍法の適用有無に関係なく兵役義務を課すことができるようになった。動員された台湾人は20万7千人に及び、戦死者は3万人だった。
なお、徴兵制の施行に伴い、1945年4月には衆議院議員選挙法が改正されて、台湾には5名の議席割り当てがなされたものの、総選挙は行われないまま終戦を迎え、同年12月には参政権も停止された。この時も、選挙人資格は「15円以上の納税」という要件が課されており、差別は解消されなかった。

1952年に日華平和条約が発効すると、発効時点で台湾戸籍に入っていたものは自動的に台湾人として扱われ、日本国籍を喪失、内地戸籍にあったものは引き続き「日本人」となされた。この際、現住所や生活基盤の場所などについては、一切の考慮がなされることなく、ただ機械的に本籍地で振り分けがなされた上、台湾人には日本国籍を留保する権利すら与えられなかった。これは、当事者の合意無くして国籍の変更を強要したことを意味し、近代国家の国際慣行(国籍選択権の担保)に反するものだった。
日本国籍を失った台湾人が、日本国籍を取得するためには、他の外国人と同様、帰化申請を行う必要があった。1950年5月に施行された新国籍法は、「日本国籍を失った者」に対して3年以上の居住によって帰化を認めるという要件緩和条項が設けられたものの、旧植民地人はこれに該当しない、というのが政府・法務省の見解だった。
当時、少なくない数の反国民党(反重慶政府)系の台湾人が、「国民党政府に引き渡されるとなると、我々の生命の保証はないから、何とか日本国籍にしてくれ」と日本政府に泣きついたものの、極めて冷淡に拒否されたという。

本稿において重要なのは、蓮舫氏の父君が旧帝国臣民で、日本国籍保持者だった点である。自国の過失により、敗戦という事態を招き、あまつさえ忠義を尽くした植民地臣民に対して日本国籍選択の権利すら与えずに、他国に放逐したという自覚を持たずに、台湾との重国籍を批判するのは、あまりにも無責任ではなかろうか。
帝国を肯定・否定するにかかわらず、我々は、大日本帝国の負債を背負っているのである。

【参考】
『戸籍と国籍の近現代史−民族・血統・日本人』 遠藤正敬 明石書店(2013)
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2016年09月09日

マルキシズムは今も有効か

たまたま同席した政治関係者の飲み会で、「マルキシズムは現代でも有効なイデオロギーたり得るか」という話が上がった。私は同席していただけなのだが、「ソ連帰り」や「左翼」であることを知っている人がおり、「どう思います?」と話を振られてしまった。私は、自分の政治的スタンスを誇示するつもりはないが、隠すつもりもないので、そのまま思うところを述べてみた。

マルキシズムというのは、要は資本主義が発展・爛熟すると、資本の集中が進むと同時に労働者に対する搾取が激化する。だが、ブルジョワ民主主義は資本に奉仕する一方、労働者は搾取され疎外されているという自覚が無いため、富の独占と貧困はさらに加速してゆく。労働者が、資本家の奴隷状態から解放されて真の自由を得るためには、自らが権力を奪取し、その資本と生産手段を社会的に共有する必要がある。その先に初めて、階級対立の無い、自由で自立した人々が協同して生活する社会が成立しうる、という考え方である。

現状の欧米や日本を考えれば、まさにマルクスの主張が正しかった、あるいは正しいと思われる状況が現出していることが分かる。少し長くなるが、過去ログを引用したい。
「格差」を見る場合、個人的には所得よりも保有資産を重視すべきだと考えている。例えば、貯蓄ゼロ世帯の割合を見た場合、2000年には12.4%だったものが、2014年には38.9%へと3倍以上に増えている。ところが、2014年「家計の金融行動に関する世論調査」見ると、2人以上世帯の平均貯蓄額は1182万円と前年比81万円増で過去最高を記録している。これも、金融資産を保有している世帯だけに限ると、中央値は500万円で前年と変わらない数値になっている。
さらに続けると、金融資産を保有している世帯において、金融資産残高が1年前と比較して「増えた」と回答した割合は41.3%、逆に「減少した」と回答した割合は24.5%となっている。これはアベノミクスによる株高による影響が大きいと考えられるが、老後・将来不安に起因する貯蓄衝動の高さも影響している。

他の指標も見てみよう。家計環境が厳しい家庭の小中学生に、学用品や給食代などを援助する「就学援助制度」の支給対象者の割合は、2000年には8.8%だったものが、2012年には15.6%へと増えている。この数字は大阪市に限ると28%にも達しており、子どもがいる家庭の4分の1以上が文具を買えず、給食費も満足に払えない状態にあることを示している。

もっと分かりやすい数字として生活保護受給世帯数がある。2000年に75万世帯だったものが、昨2014年末には161万世帯へと激増している。政府などの説明では、高齢化の進展に伴う無収入高齢層の増加が主要因とされることが多いが、就学援助受給世帯数の増加を考えれば、貧困化が高齢層に限った話でないことは明らかだ。
また現実には、生活保護の捕捉率(生活保護水準以下の人に対して実際に受給している人の割合)は、25%前後と言われている(もっと低い数字もある)。これはつまるところ1千万人近い人が生活保護受給ライン以下の生活を余儀なくされ、700万人近い人が「生活保護受給水準以下の収入しかないけど生活保護を受けないで我慢している」ことを意味する。
米国ではフードスタンプの受給者が5千万人を超したと言われるが、日本もその一方後ろを歩んでいるに過ぎないと言えるだろう。
統計の罠と日本の貧困

20世紀中盤にマルキシズムが影響力を失った大きな原因は、「戦後和解体制」の成立から説明できる。そして、東側ブロックの瓦解と中国の開発独裁化により、資本家が労働者に配慮する必要がなくなり、その本来の姿を露呈し始めている。
戦後和解体制とは、共産主義の脅威に対抗すべく、西側で成立した資本家層と労働者層の協同的体制を指し、資本主義と自由経済を容認しつつ、再分配と社会保障制度の充実を図ることで、労働者層の体制参加(取り込み)を進めるものを指す。これにより、いわゆる「分厚い中間層」が誕生し、消費が拡大することで市場経済が活性化するという経済成長の好サイクルができると同時に、政治的安定が確立した。日本において、社会党の伸張が止まったのは、岸内閣が国民年金と健康保険を創設し、社会党の「やりたいこと」を先に実現してしまったことが大きい。

ところが、ソ連・東欧ブロックが崩壊したことで、戦後和解体制はその意義を失ってしまう。東側陣営の「社会主義」に対抗すべく、労働者層の取り込みを図ってきたが、その政治的意義が失われ、配慮する必要がなくなった。
また、時期を前後して、社会保障の財政負担が急激に増し、慢性的な赤字に悩まされるところとなった。「民主的な選挙」で選ばれる政治エリートは、選挙に勝つために社会保障費の削減を主張できないため、財政赤字は肥大化する一途にある。
さらに経済のグローバル化によって、国内産業の多くが賃金の安い海外に移転、海外市場との低賃金競争が始まって、国内の失業ないしは低賃金が蔓延していった。
結果、戦後和解体制は、政治的意義を失い、財政的に継続困難となり、基盤となる国内産業や労働待遇が切り崩されることで、崩壊しつつある。欧州における「極右」勢力や、アメリカにおける「ポピュリズム」の伸張は、その表れと言える。
日本の場合は、自ら戦後和解体制を築き上げた自民党が、自ら「改革」と称して同体制を解体、国民が意味も理解せずに支持するという形になっている。

他方で、戦後和解体制は、旧植民地・第三世界から資源や労働力を不当に安く買い叩き、高い付加価値を付けて売りつけることで膨大な利潤を得ることによって成立していた。だが、中間国が工業化を遂げ、経済発展したことで、労働賃金や資源価格が相対的に上昇していった。同時に資金供給が常に過剰となり、利息が低下を続け、いまやマイナス金利すら当たり前となっている。そのため、先進国では利潤を上げ続けるためには、国内で労働力や資本を収奪するほかなくなっている。
日本でも、この20年間、実質賃金は低下し続け、非正規雇用の割合は10%から40%に激増、家計貯蓄率に至っては10%以上あったものがマイナスになってしまっている。これは、大衆の多くが借金しないと生活できない状態を示しているが、大学で学ぶ学生の5割が有償の奨学金を得ていることに象徴されよう。
日本社会の将来を占う

現状、日本には年収300万円以下の労働者が2千万人以上いる上、非労働者を含めれば軽く3千万人を超えるはずだが、国政選挙でNK党と社民党が獲得しているのは合算しても600〜700万票に過ぎず、むしろ貧困層がこぞって自民党や維新に投票している節すら見える。
これは主にレーニンが主張した理論になるが、「労働者は自ら階級意識を自覚し得ないため、階級意識と革命理論で武装した前衛党が、大衆を啓蒙し善導してゆく必要がある」ことを裏付けている。
ところが、実際には既存の共産党は自前の労働組合などの既得権益の代表者となってしまっているため、新たに発生した非正規労働者層(本来のプロレタリアート)の支持を獲得できず、むしろ彼らを「既得権益の打破」を主張する「右翼改革党」に追いやってしまっている。フランスの国民戦線、アメリカのトランプ氏、日本の「維新」などがこれに当たる。
同時に「戦後和解体制」を主導した欧州の社会民主主義政党が、大きく勢力を減退させているのも同じ理由から説明できる。

【参考】 ねじれまくるフランス−エリートの退廃

結論を言うと、マルキシズムは「歴史的必然性」などの部分で大いに疑問は残るものの、「資本の集中による大衆の貧困と疎外の拡大」の点で十二分に有効であり、むしろ社会民主主義こそが財政赤字が常態化して階級分化が激化する中で有効な施策を打ち出せなくなりつつある。だが、既存の共産党も、現状の労働者階級の苦難に対して有効な施策も方針も打ち出せておらず、階級意識の啓蒙にも失敗している。つまり、マルキシズムは現在も有効だが、必ずしも共産党がそれを体現しているわけではない、ということである。
また、「階級融和による労働者の漸進的待遇改善」を旨とする社会民主主義は、前提となる階級融和が瓦解し、ゼロ金利に伴って資本による労働搾取が容赦なくなる中、支持を漸減させつつある。労働者階級が徹底的に分断され孤立を深めてゆく中、「労使協調」「階級融和」を主張する社会民主主義者の声は、今後さらに説得力、浸透力を失ってゆくものと推察される。この点でも、社会民主主義からマルキシズムへと左翼内の軸足が移ってゆく可能性は十分にある。私自身、社会民主主義を奉じているのは、「時間の問題かもしれない」と考えているくらいだ。
posted by ケン at 12:59| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月08日

蓮舫氏国籍問題の諸相

【蓮舫氏「二重国籍」疑惑 「台湾籍も放棄している」と強調も、父親は台湾籍のまま 疑惑さらに深まる】
 民進党代表選(15日投開票)に出馬した蓮舫代表代行は7日、産経新聞などとのインタビューで、17歳だった昭和60年1月に「台湾籍を放棄した」と述べ、日本国籍とのいわゆる「二重国籍」ではないとの認識を改めて示した。台湾の「国籍法」で満20歳以上しか台湾籍の喪失手続きができないことについては「未成年の場合には父か母、両親と手続きを行うとなっている」と述べ、台湾法との整合性もあると主張した。
 ただ、蓮舫氏の国籍手続きを行った父親は台湾籍を離脱していないことも明らかにし、「二重国籍」疑惑はさらに深まっている。蓮舫氏はインタビューで、昭和60年1月21日に日本国籍を取得した時点で「すでに台湾の籍は抜いたと、日本の法律ではなっていた。その時点で、すでに私の手続きは終わって日本人だと思っている」と説明した。
 首相を目指す立場となる野党第一党の代表としての資質を問われると、「生まれ育った日本に誇りを持っているし、愛している。その部分では国籍法に基づいて正式な手続きで、日本人になった。台湾籍も放棄している。ここに尽きる」と強調した。
(9月7日、産経新聞)

重国籍問題について整理したい。
父系血統主義だった国籍法が改正されたのを受けて、母親が日本人だった蓮舫女史は日本国籍を取得。当時17歳だった彼女は、22歳までに他国籍を放棄する義務があるが、これは努力義務になっている。同時に戸籍法は104条で「国籍選択届」の提出を義務づけており、ここで他国籍の放棄を宣言することになっている。女史に違法性が認められるとすれば、国籍選択届の提出に際し、他国籍の放棄について虚偽があった点だろうが(虚偽公文書作成等罪)、彼女は当時未成年で、届出を出すのは親の責任。しかも、これを立件するためには、他国籍が放棄されたか確認する必要があるが、現実的には日本の警察はその能力を持たない。
また、公職選挙法は、重国籍者を公職などから排除する規定を設けておらず、仮に重国籍のまま蓮舫氏が国会議員や大臣を務めたとしても、法的責任は問えない。
今回の件の場合、蓮舫氏は恐らく親の判断で台湾籍が残されたままになっており、それが故に今になって「国籍離脱手続き」を行っていると思われるが、これは「違法状態だが、法的責任までは問えない」状態と判断される。

なお、日本は中華民国を国家認定していないので、民国籍は便宜上「中華人民共和国籍」と見なされるが、中国の国籍法は他国籍を取得した場合、自動的に国籍を消失すると規定しているため、この点でも問題は無い。

問題は、国籍問題を抱えながら、それを自覚せずに国会議員はおろか、大臣までやり、マスゴミに指摘されるとパニックに陥り、「二重国籍では無い」「生まれたときから日本人」などと言ってしまった上、国籍離脱の再手続きに入ってしまった彼女のリスクヘッジにある。
批判に対しては、単純に「法的問題は無い」と突っぱねれば良かっただけの話で、一歩間違えれば民族差別になりかねない本件は、敵としても攻撃が難しい難所で、今以上に深く追及できないから、放置しておくのがベターだったはずだ。
もっとも某女性誌のインタビューで「台湾国籍」と述べてしまっていることを、編集者の責にしていることはいただけない。ゲラを校正する義務は彼女にあったはずだからだ。

今回の代表選については、党員や自治体議員はすでに投票を終えており、残すは国会議員だけな上、むしろ本件で攻撃した方が票を減らすだけに、大きな影響は出ないと見られるが、今後もネチネチと攻撃されそうなことを考えると、あのリスク管理能力で代表の座が務まるのか、疑問を禁じ得ない。仮に彼女が衆議院に鞍替えした場合、総選挙のたびに右翼に怪文書をバラ巻かれることになるだろう。
また、右派からの攻撃を受けて、蓮舫氏がアイデンティティ危機に陥り、「日本人らしく」見せようと右傾化・権威主義化を強める可能性が高い。すでに彼女は「野田元総理ばりの保守」と自己を規定しているが、さらに右傾化しそうだ。
これは、転向者によく見られる傾向で、元共産党員の右翼ほど左翼に対して攻撃的だったり、「豊臣恩顧」の大名ほど必死になって徳川に忠誠を尽くすのは、同じ精神から説明される。つまり、「元台湾人」と言われるほど、彼女は「日本人であることを証明しなければならない」という妄執に囚われるのだ。

ちなみに戦前の国籍法は、何重ものスタンダードを抱えていて、例えば朝鮮半島で施行されなかった一方、台湾では施行されて、台湾人は日本人としてアジア諸国で特権を享受できた。だが、同じ台湾でも先住民には日本国籍が与えられなかった。そして、日華平和条約の発効とともに台湾人は日本国籍を失う。帝国を肯定するなら、この責任も自覚すべきだろう。

【参考】
『戸籍と国籍の近現代史−民族・血統・日本人』 遠藤正敬 明石書店(2013)
posted by ケン at 12:00| Comment(7) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月07日

領土交渉はネタでしょ?

【プーチン氏「北方領土きっと解決」…首相案評価】

ロシアのプーチン大統領は3日、極東ウラジオストクでの「東方経済フォーラム」で、安倍首相が提案したエネルギー分野など日露間の8項目の経済協力について、「唯一の正しい道だと考えている」と高く評価した。そして安倍首相が北方領土問題の解決を呼びかけたことに対し「我々はきっと問題を解決する」と応じた。安倍首相はフォーラムで演説し「私たちの世代が勇気を持って責任を果たそう。70年続いた異常な事態に終止符を打ち、次の70年の日露の新たな時代をともに切り開いていこう」とプーチン氏に呼びかけた。これは首相在任中に領土問題を打開し、平和条約を締結することに強い意欲を示したものだ。
(9月3日、読売新聞)

マスゴミがやたらと「領土問題解決へ」などと煽っているが、その出元はすべて外務省であり、どう見ても情報操作でしかない。ロシア側の報道を見ると、「経済協力進展へ」との論調が殆どで、領土問題に触れていることの方が珍しい。この傾向自体は「いつものこと」なのだが、果たして今回は「特別」なのだろうか。

とはいえ、本件については情報が非常に少なく、以下のことは推論に過ぎない。
まず、「情報が少ない」ということは、可能性としては「当局がしっかり情報統制を行っている」ことも考えられるが、日本の組織はなかなか情報統制できないのが基本で、よほどのトップダウンでない限り、どこからか情報が漏れる傾向にある。今回のケースで言えば、首相官邸が独自にロシア側と交渉しているのであれば、情報が漏れない可能性もあるが、そうではないだろう。となると、情報が少ない理由は、「情報自体が存在しない」と考える方が妥当だ。つまり、日ロ間で従来の交渉内容を覆すような特別な交渉は行われておらず、ただ経済協力をめぐる交渉のみが進んでいる、という認識である。

この認識には裏打ちがある。現在の安倍政権・日本政府は、日米安保への傾斜を深める戦略を採っており、同時に中国を「最大の脅威」と認識している。いくら朝鮮が核を保有していると言っても、放置しておけば向こうからは手を出すことはないが、中国はより直接的な脅威として存在するからだ。もちろん、これは霞ヶ関の認識の話である。
日本が冷戦期ばりの「対中封じ込め策」を採る以上、アメリカへの傾斜は避けられず、それ故に「日米同盟の強化」として集団的自衛権を解禁して、全世界で米国の支援を行えるように政策転換した。
ところが、そのアメリカにとっての最大の脅威は、イスラム国とロシアであり、その下にイランがあり、中国は4番目とか5番目でしかない。その米国が、日本がロシアと「単独講和」して平和条約の締結を認めることが、果たして「あり得るのか」という話である。
つまり、日本が米国への依存を深めるなら深めるほど、「ダレスの恫喝」の効力が高まり、日ロ関係は悪化させたままにせざるを得ないはずなのだ。

今回の訪ロにしても、この間の日ロ交渉にしても、米国側に「単独講和しますのでお許し下さい」と通達している節は全く見当たらない。外務省が米国務省に「日ロ平和条約を結びます」などと言えば、「ふざけるな!ガキが!」と激怒された上に粛清されるのがオチだろう。これは、冷戦期の東ドイツがソ連に「西ドイツと和解して壁を撤去します」と言うような話だからだ。
だが、現実には米国側があまり介入してこないでいる。このことは、あらかじめ外務省が米国側に「ロシアと平和条約を結ぶつもりはサラサラありませんが、経済協力を進める上で、何も言わないと国内世論が収まらないので、大衆向けには領土交渉を前面に出していきますこと、どうかご承知おきください。アメリカに対する日本の忠義は微塵も揺るぎません」と通達していることを暗示している。

では、なぜ安倍政権はロシアにこだわるのか。一つは、安全保障上の理由で、日本が「対中封じ込め策」を採る以上、最大のカギは「ロシアを中国側にやらない、最悪でも中立状態にさせておく」こととなる。ところが、現状では米英がロシアを「私の敵は貴公でござる」と宣言してしまい、EUが同調している以上、ロシアとしては中国と手を組むほか無い。だが、それは完全に日本の国益に反しているため、日本としてはロシアの「100%中国寄り」を、80%にでも70%にでも下げておきたいのが本音なのだ。そのためには、「日ソ共同宣言」の休戦ではなく、「日ロ平和条約」で最終講和を結ぶ必要がある。だが、それは日米安保上許されないため、少しでも講和状態に近い状態にしたいのだろう。結論としては、「平和条約は結ばないけど、実質的には講和と同じ状態」を目指しているものと推察される。

第二は、経済上の理由だろう。「アベノミクス」が完全に行き詰まりを見せているが、これは「金融緩和して市場に大量にカネをバラ巻いたけど、誰も使わない」ことに大きく起因している。この点については、改めて近いうちに説明する。安倍政権としては、銀行や企業内に滞留する巨額の資金の投資先を用意しなければ、早晩「アベノミクス」が破綻をきたすだけに、その投資先として、安全保障上の理由や同じ権威主義政権のよしみもあり、「ロシア」が選ばれたと考えるのが妥当だろう。

ロシアにとっても、米・EUからの経済制裁が長期化し、資源価格が低迷する中、日本からの投資はノドから手が出るほど欲しい。特にシベリア・極東地域への投資は殆ど中国が独占する形となっており、半ば中国資本に占拠されつつあるだけに、何とかバランスをとりたい気持ちがある。
同時にロシアにとっても、ナショナリズムを掲げている以上、領土割譲は「あり得ない」選択肢となっており、日本側の提示する「平和条約は結ばないけど、実質的には講和と同じ状態」は「十分」と判断されるものになっている。

日本側ではド派手に報道されているが、実情はこんなところだろう。

【参考】
・ダレスの呪縛
安倍訪ロをどう見るか―北方領土問題は解決しません
posted by ケン at 12:30| Comment(4) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月06日

連捕氏、スキャンダル発覚?!

レンホーにスキャンダルが発覚する恐れ。
すでに右派メディアが報じていることで、個人的には「どうでもいい」と思えることだが、氏が早とちりして虚偽答弁してしまったことは、「スキャンダル」として十分だろう。

本来的には、日本が国家認定していない以上、成立し得ない話であり、放置しておいても確認しようが無いことなので、レンホー側は強行突破すれば済む話だった。
つまり、敵に藪を突かれてパニクッて飛び出してしまった蛇みたいなことになっている。

まぁ代表としては、リスク管理できない時点で終わってるな、と。
posted by ケン at 15:24| Comment(7) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする