2016年09月04日

無利子奨学金よりも学費値下げを!

【無利子奨学金、希望者全員に貸与…年収には条件】
 文部科学省は2017年度から、大学進学者などへの無利子奨学金について、世帯年収や成績の基準を満たした希望者全員に貸与する方針を固めた。対象となる約49万9000人分の財源として、17年度予算の概算要求で3378億円(前年度比156億円増)を要求する。無利子奨学金を受けるためには、基準となる世帯年収を下回ることや、高校の成績が5段階評定で平均3・5以上あることが条件となる。16年度にこの基準を満たしたものの、予算不足で貸与されていない学生が約2万4000人いるため、文科省はこの分を含めて予算獲得を目指す。一方、17年度から低所得世帯の学生は平均3・5を下回っても無利子奨学金を申請できるようにする。
(8月31日、読売新聞)

奨学金は当然ながら、そもそも教育扶助に年収制限を設けるべきではない。近代社会においては、「教育の受益者は個々人では無く、社会全体である」という考え方から公教育が普及してきた経緯がある。「教育の受益者は個人であり、受益者が費用を負担すべき」とする考え方はアメリカでこそ根強いものの、全体で見れば圧倒的に少数派だ。ヨーロッパでは現在でも前者のスタンスを貫いているが、イギリスや日本では後者の傾向を強め、学費の値上げが続いている。

日本を見た場合、国立大学文系の学費は、1971年で1万2千円、81年で18万円、91年で37万5千円、2012年で53万5千円。給与所得者の平均年収は、71年が101万円、81年が313万円、91年が460万円、2012年が473万円。学費が44.5倍に対して、賃金は4.7倍。大学生の半分が借金するのは当然だろう。
子どもを大学に行かせること自体が、「贅沢」になっているのだ。逆に大学側は毎年交付金を減額されて、学生と教職員から収奪するほかなくなっており、何か理由を付けて学生から金をとり、可能な限り講師を非正規にすることになる。若年層の貧困が加速し、大学の人的基盤が弱体化するという、負のスパイラルに陥っている。わが一族が人的再生産をやめたのは合理的判断だった。

学費を実際に支払うのは親・保護者だが、奨学金を返済するのは本人であり、雇用の不安定化が進む今日、大卒資格は高収入を約束するものではなくなっており、若年層の社会参入時点で数百万円からの借金を背負わせ、自立・結婚・出産などを遅延させる大きな原因になっている。つまり、若年層に借金させることは、結果的に社会の負担を重いものにしてしまうのだ。

無利子奨学金は「意味が無い」とは言わないが、まずは高等教育や後期中等教育(高校)の学費そのものを値下げする必要があり、それも年収制限を設けずに、全ての人が恩恵を受ける形にすべきだ。
ただ、個人的には大学の数が多すぎることがレベル低下とブラック化を誘発していると考えているので、そこは整理する必要があると思われる。

【追記】
ちなみに1960年代半ば、私の母が参加した「学費値上げ反対闘争」に際しては、国立大学で8千円から1万2千円、慶大で13万円から28.5万円の値上げだった。正確には調べないと分からないし、変動も激しいのだが、当時の祖父の給料は150万円前後だったと考えられる。現在の物価に直すなら、国立大学の学費(年間)が4万円から6万円に値上げされる感じで、これに対してストライキやロックアウトを行っていた。
posted by ケン at 10:00| Comment(0) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする