2016年09月15日

自らの役割を放棄する公共

【穴水町立図書館が寄贈図書廃棄】
 穴水町の町立図書館が、地元の研究者から寄贈された歴史や民俗学などに関する1800冊あまりの図書を、価値をよく理解しないまま誤って廃棄していたことが分かり、町は本の寄贈者に謝罪しました。穴水町立図書館では、11年前の平成17年に、漆器や民俗学の研究者で県輪島漆芸美術館の館長・四柳嘉章さんから2179冊の図書を寄贈されました。
しかし、9年前の能登半島地震で図書館の建物が大きな被害を受けたため、町は、すべての図書を役場の倉庫などにいったん移しました。
穴水町によりますとその後、新しく建てられた今の図書館に移設するまでに、当時の職員が寄贈された図書のうち1878冊を、利用頻度が低いなどという理由から廃棄したということです。この際、職員は本の価値を理解しておらず寄贈者の四柳さんにも廃棄の相談や連絡をしていませんでした。 四柳さんによりますと、廃棄された図書の中には日本民俗学会の会員しか購入できない会報や、亡くなった妻が所有していた「芥川龍之介全集」の初版本など今では入手が困難なものも含まれていたということです。
ことし7月になって四柳さんが自分の寄贈した図書が見当たらないことに気付き、廃棄が発覚したということで、穴水町教育委員会は四柳さんに直接謝罪したほか、町の広報誌におわびの文章を掲載しました。町では今後、パソコンによる図書の管理を徹底し、職員の教育を強化するなどして再発の防止に努めたいとしています。
穴水町教育委員会の布施東雄教育長は「貴重な本を寄贈してくれた四柳さんに大変申し訳ないことをした。2度とこのような過ちがないように管理を徹底したい」と話しています。
一方、寄贈した図書を廃棄された四柳嘉章さんは「歴史的に価値の高い本や大切な妻の遺品も寄贈したのに廃棄され憤りを覚えている」と話していました。
(9月5日、NHK)

問題の根源には、地方の財源不足に伴う「行政の効率化」がある。5年前の記事になってしまうが、再掲しておきたい。
1990年から2010年までの20年間で、公立図書館数は約1900から3170へと50%以上も増えている。にもかかわらず、図書館職員の正規雇用は1万3千人から1万2千人へと減り、このうち司書は6750人から6150人へと減少している。逆に、非常勤・臨時職員は2900人から15300人へと激増、さらにゼロだった派遣社員が7200人にもなっている。つまり、いまや図書館職員のうち正規(専任)職員は3割強しかいないということだ。
さらにショックなのは、司書が不在の図書館が全体の35%以上を占めていることである(07年4月)。図書館法も何もあったものではない。図書館一館あたりの正規職員数は、1990年の約7人が2010年には3.8人に減り、非常勤・臨時職員は1.5人から4.8人へと増えている。
(中略)
大学図書館の場合、1991年に9200人いた専従職員が2010年には5550人に、非常勤・臨時職員は3660人から4810人へとなっている。
専従職員の割合は、71.5%から53.5%にまで減少している。
この間、大学数自体が増えていることを考慮すれば、職員数全体が減っている上に、専従職員は大幅にカットされていることが分かる。

派遣社員を除いた割合で言っても、公立図書館における非常勤・臨時職員の割合は56%に及び、大学図書館でも46.5%になっている。
雇用全体における非正規雇用の割合が約33%であることを鑑みても、図書館における非正規雇用者の割合は相当際立っている。
(中略)
正規・専従職員の減少と非常勤・臨時職員の増加は、図書館業務における技術やノウハウ・知識の蓄積・継承を困難なものにする。
同時に、管理体制や責任の所在が疎かになることを意味する。
図書館職員の不安定な身分と劣悪な待遇は、優秀な人材を遠ざける結果しかもたらさず、結果的に図書館サービスを劣化させていくことになるだろう。

自治体によっては、図書館長が「体のいい天下り先」となっているケースも少なくなく、そういうところでは「ベストセラーを並べておけばいいんだろ」くらいの感覚で運営されてしまう例もあるという。
図書館の非正規職員問題、2011.8.11)

現状は、これよりも悪化していることはあっても、改善されている可能性は極めて低い。地方財政は悪化の一途にあるからだ。
地方財政が悪化している原因は、産業の空洞化と人口流出による税収減によるところが大きいが、もう一つは過剰なインフラ整備による固定維持費の高止まりがある。歳入減と固定費の高止まりは、人件費を抑制することでリスク回避が図られるが、世間的にはこれが「行政改革」と奨励される。地方の図書館は、所属が自治体そのものではなく、教育委員会に所属しているがために、こうした「ツケ」が最も大きく回されたケースとなっている。生活行政とは異なり、苦情が出にくいことも拍車をかけただろう。
同時に、「行政の効率化」は、「サービス」の側面を重視するあまり、「便利さ」や「利用頻度」などの表面的な指標ばかりが評価され、「民間ではできない、あるいは困難な事業」を行うという行政の本来の役割が軽視される傾向を強めている。今回のケースで言えば、「個人では保存、継承が難しい蔵書の保管と公開」がこれに当たる。民営化された図書館がレジャーランド化していることも、同様に説明可能だ。

記事の穴水町のケースでも、恐らく常駐の司書がおらず、職員も徹底して減らされ、そのくせ館長だけは天下りの名誉職で、専門知識も無いまま、「利用頻度が低い」として貴重な蔵書を大量に廃棄してしまったものと推察される。だが、これは特異な例ではなく、たまたま発覚しただけの話で、同様のケースは全国で山ほどあると考えられる。
上の記事で、教育委員会は対応策について、「パソコンによる図書の管理を徹底」などと説明しているが、蔵書の価値を判断するのはあくまでも人間であり、適正に評価できるのが司書であることを考えれば、全く的外れな対応をしていることが分かるし、連中が何も反省していないことを示している。
posted by ケン at 12:30| Comment(4) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする