2016年09月16日

マルキシズムは今も有効か・補

前稿の補足。
欧州では社会民主主義政党の退潮が著しい。ドイツやスウェーデンのように二大政党の一角を担っている国もまだあるが、全体的には急速に支持を落としている。経済不調が続く南欧諸国では、社会民主主義政党に替わって非共産党系の左翼政党が支持を集めている。果たして、欧州社民の退潮は一時的なものなのだろうか。

日本では、社会党が解党した後、社民党が表向き社会民主主義を引き継いだものの、今や政党要件の維持すら困難になっている。日本は、共産党が党名を変えずに存続している、先進国で唯一の国だが、その支持は広がっておらず、組織の高齢化に苦しんでいる。国会における左翼政党が占める割合は5%以下でしかない。年収300万円以下の被雇用者が2千万人以上、生活保護受給者は200万人を超えているが、保護率(水準以下の生活をしていながら受給できている人の割合)は2割強でしかないという貧困状態にありながら、左翼政党の支持は一向に広がる気配を見せない。

マルクスの主張において最も分かりやすい一つに、

「資本主義は安価な労働力なくして成立し得ない」

というものがある。これは、まさに今の先進国にあてはまる言葉で、例えば日本で考えると分かりやすい。1990年代以降、非正規雇用労働者の割合は急激に増加し、いまや40%に達している。その平均給与は正規雇用者の半分以下である。自民党政権と財界と政府が協同して派遣法などの改正を繰り返し、雇用規制を骨抜きにしてきた結果だが、それを支持し続けたのは日本の有権者だった。
さらに地方では、地場産業そのものが立ちゆかなくなっており、非正規雇用では飽き足らずに、時給100〜300円の外国人奴隷労働者を「研修制度」の名の下に確保し、パスポートを取り上げてタコ部屋に監禁して奴隷労働に従事させている。その人数は15万人以上に及ぶが、政府は介護職やコンビニ職員にまで適用範囲を広げようとしている。

1990年代、バブルが崩壊すると大不況が到来、我々の世代はこれを「就職氷河期」として直撃を受けている(正確には私の一つ下あたりからかもしれないが)。バブルとは、景気が過熱して、需要が極大化した市場を指す言葉だが、その極大化した需要に合わせて設備投資がなされ、供給も最大化されていた。ところが、バブルの発生により需要が極小化してしまった一方、供給体制はそのままであったため、供給過剰となり、一気にデフレが進んでしまう。就職氷河期は、バブル期に採用を最大化した後、バブル崩壊で需要が失われ、急に社員数を調整しようとして採用を手控えたことに起因している。

バブル崩壊後の不況が深刻化し、企業が大量に倒産し、金融機関の破綻が始まると、日銀は1999年にゼロ金利政策を開始する。本来は一時的な救済措置で、2000年8月には停止するも、2001年9月に911テロが起きて米国発の不況が始まると、日銀は01年3月に再開してしまう。さらに2006年に解除されるも、リーマンショックに伴い08年12月に再開、本16年にはマイナス金利を導入するに至っている。
金利が低下するというのは、投資に対して利益が上がらないため、企業や資本家が投資を手控えていること、つまり資金需要が無いことを意味している。バブル崩壊で巨額の負債を負っている企業は、利益の上がらない投資ではなく(利潤の最大化)、金利が低い今こそ借金の返済(債務の最小化)へと向かう。ここで言う「投資」には人的投資、つまり雇用や給与増も含まれる。

90年代以降の非正規雇用の急増に象徴される労働法制の大幅緩和は、通常の投資では利益を上げられなくなった企業が、人件費の削減によって利益を上げて延命を図ったことに起因している。ところが、人件費を下げた結果、国内消費が落ち込み、急激な高齢化も伴って国内需要がさらに低下してしまう。
もともと米自動車会社のフォードは、自社工場で働く工員が自動車を購入することで発展の基礎を築いたが、いまや日本の自動車工場で働く者の大半が自動車を持てなくなってしまっている。
日本の場合、労働法制の緩さと労働組合の弱さ(労使協調姿勢と言っても良い)が超長時間労働を許しているため、供給過剰状態が解除されないまま、デフレを悪化させると同時に、労働生産性を低いままにして給与増を阻害してしまっている。

こうした状態下で今度は金融の量的緩和がなされる。ゼロ金利で量的緩和がなされても、企業にとって資金需要が無いことに変わりは無いため、負債の返済を進める方針に変わりは無く、供給を増やすインセンティヴも無いので内部留保が増大してゆく。ただ、保有している国債は株に買い換えるため、株価だけは上昇する。さらに安倍政権は、年金基金の株式割合を増やしたため、さらに株価が上昇するが、国内の需要や消費を反映したものではなく、かといって一度購入した株を手放せば、株価暴落の引き金になるやもしれず、実質的に「処分不能な国有財産」と化してしまっている。
安倍政権が、ロシアとの関係改善に注力しているのは、国内の企業や銀行に滞留しまくっている資金の投資先を、中国以外に確保することを目途としていると推察される。

個人レベルでは、不安定な雇用と低賃金状態が定着する一方、低金利であるため借金するものが急増する。1980年代までは働いて貯金するのが一般的傾向だったが、90年代以降は生きるために借金するのが常態化してゆく。家計貯蓄率が90年代後半以降に一気に低下してマイナスとなり、大学生の半分が借金して通学していることに象徴されよう。

日本が抱える経済的課題は、「供給が需要を大幅に上回るデフレギャップをどう克服するか」にある。ところが、自民党と霞ヶ関は、需要を底上げする施策を打たずに、労働法制の緩和やTPP推進(自由貿易による供給促進)など供給を増やす方向で進めている。法人減税も進めているが、需要が無いところに減税したところで、負債を返済し、内部留保を増やすだけで、一国の経済には何ら寄与しないだろう。
これに対して、旧民主党は、小沢=鳩山路線で公共事業を抑制し(供給抑制)、福祉や生活予算を拡充する(需要拡大)施策を展開したものの、わずか半年で潰え、以降の菅・野田路線は自民党と同じ路線に軌道修正して、政権交代を経て今日に至っている。

我々の間では大昔から「なぜ日本では社会民主主義(政党)が成立しないのか」という議論が交わされている。これは、自民党内の田中派や大平派に象徴されるリベラル派が、西欧におけるところの社会民主主義政策を部分的に取り込んで、階級和解と福祉国家化を進めてきたことが大きいと考えられている。もっとも、現代日本の福祉制度の基盤を築いたのは、国家社会主義者であった岸信介ではあったのだが。
だが、まず冷戦構造が崩壊したことで階級和解路線を採る必然性が失われ、長期不況と財政赤字により福祉国家の維持も困難になりつつある。90年代以降、労働搾取が急速に進んだのはこのためだったが、日本の産業別労働組合は組合員の雇用と待遇を維持するため、大量解雇、非正規化、差別待遇、超長時間労働を許容、資本側に協力した。

社会民主主義は、階級和解に基づく労働者の待遇改善を漸進的に進めることを大方針としているが、長期不況と金利低下で企業側は労働者を搾取することでしか利潤を上げられなくなってしまっており、「和解」の余地は恐ろしく小さくなってしまっている。フランスで、社会党の大統領が労働法制の緩和を進めているのは、その象徴的事例と言える。欧州の社会民主主義政党が、こぞってEU統合と自由貿易を主張するのも同じ理由からだ。
欧米日の先進国で福祉国家や社会民主主義が成立し得たのは、東側ブロックの存在と経済成長のおかげだったが、この二つの前提が失われ、資本側が和解路線を放棄した以上、社会民主主義者やリベラリストの「思い」は片思いになってしまっているのが現状なのだ。

他方、マルキシズムは、資本と戦って生産手段を奪い共有化することで階級対立そのものを解消しようという立場に立つ。これは、階級和解が成立しうる社会ではリスク高であるため広い支持は得られず、現実に戦後の米欧日では共産党勢力は極小化していた。
だが、冷戦構造が瓦解し、自由貿易や高齢化によって国内需要が減退し、資本による搾取が急進化、労働者階級の分断が進むと、社会民主主義による諸課題の解決は困難になり、「労働者の党」という大前提が失われてゆく。疎外を深める労働者の支持は、社会民主主義政党から、より戦闘的な共産党やファッショ政党へと移ってゆく。1920年代後半から30年代初めのドイツで起きたのは、まさにこれだった。

私の周囲では、自民党宏池会の保守リベラルの復興や社会民主主義政党の樹立を求める声が良く聞かれるが、現実的にその政治的需要があるのかと言えば、大いに疑問がある。階級和解が夢と化し、自由貿易や自由主義が貧困を加速させている現状で、保守リベラルと社会民主主義にどのような解決策が示せるのか、全く不透明だからだ。
敢えて結論は述べない。
posted by ケン at 13:03| Comment(2) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする