2016年10月03日

無理目の外国人看護師・介護士

【外国人看護師・介護士、難しい定着「もう疲れ果てた」】
 経済連携協定(EPA)で外国人の看護師や介護福祉士を受け入れて8年。インドネシア、フィリピン、ベトナムから計4千人近くが来日し、600人余が国家試験に合格した。労働力として期待される一方、合格者の3割以上は帰国などEPAの枠組みから離れた。「定着」はなぜ難しいのか――。8月下旬、介護福祉士のインドネシア人女性(31)が6年半暮らした日本を離れ、母国に帰った。大きな段ボール箱一つ分は、介護と日本語の勉強の本で埋まった。「もう疲れ果ててしまった」
 来日前はインドネシアで小児科の看護師として働いていた。EPAの募集を知ると、アニメで憧れた日本に行けると夢が膨らみ、2009年に応募した。来日後、4年間は施設で働きながら研修をする。仕事は楽しく、覚えた日本語で利用者と冗談を言い合った。夕方には自習時間があり、月2回は日本語教室に通わせてもらった。日本の制度や専門用語は難しかったが、過去の問題を頭にたたき込み、14年に介護福祉士の試験に合格した。ところが、合格後に生活は変わった。国が補助金をつけて施設に研修を義務付けているのは合格するまで。勉強の時間はなくなり、家賃の補助も出なくなった。合格しても給料はほとんど上がらず、長期休暇も取りづらかった。
 昨年末から夜勤リーダーの見習いが始まった。最初ははりきったが、期待はすぐにしぼんだ。日勤への申し送りは、15分間で入所者42人分の夜間の状況を口頭で伝える。「失禁があって全更衣しました」など日常会話では使わない言葉を早口で言う。発音が悪いと、「何を言っているか分からない」とダメ出しされた。毎晩残って練習し、3カ月間の見習い期間の最後に臨んだ試験。5人分の状況を伝えるのに10分かかったところで、打ち切られた。このころ、日本の受け入れ機関である国際厚生事業団にメールで送ろうと、書き留めた文章がある。「ずっと我慢して仕事をしながら、申し送りの勉強をしていましたが、やはり疲れました」――
(9月18日、朝日新聞から抜粋)

この問題は、もともと国内における医療・介護の需要増に比して、同労働力の不足を補うために外国人労働者を認めたことに端を発している。現実には労働力そのものは不足しておらず、看護師、介護士、保育士などの資格保持者の数は需要をはるかに上回っているものの、同職を忌避して他の職業や無職を選択するものが非常に多いため生じている。
つまり、医療、介護、保育などの労働環境や待遇があまりにも劣悪であるために、国内労働者に忌避されているだけの話であり、それを外国人労働者や技能実習生という名の外国人奴隷によって穴埋めしようというのが、政府と財界の方針なのだ。だが、日本人が耐えられないほどの苦痛とストレスを感じる職場や労働を、言葉も不十分で文化も異なる外国人がなぜ耐えられるのだろうか。その根底には、外国人を「人格の無い労働力」としてしか捉えられない官僚や財界人の非人道的精神が存在する。
そのため、労働環境や待遇の改善を図るのでは無く、収奪構造はそのままにして、より安価な労働力を外国から導入しようとして、上記の記事のような話が生じている。

マルクス風に言うなら、資本は労働を収奪することでしか利潤が上げられない一方、労働者には自らの労働力しか売り物がないため、本質的には収奪される一方にある。それを回避するには、労働力の不提供=ストライキを行うことで資本家に対抗するほか無い、ということになる。現実には、日本の看護・介護・保育労働者はストライキを打たずに、他職に回避するという消極的サボタージュによって対抗し、資本側は安価な労働力の輸入を図ろうとして失敗しつつある。
さて、次に来るのは何なのだろうか。
posted by ケン at 12:53| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする