2016年10月07日

豊洲問題に見る統治システムの限界

豊洲問題は調査が進んでいるものの、明確な意思決定がなされないまま建設が進んでいたことが明らかにされただけで、「誰がいつ決めたのかよく分からないから責任の所在も分からない」という結論に誘導されつつある。
拙稿「新国立競技場の責任者は誰?」で、新国立競技場とインパール作戦の責任の所在をめぐる問題の共通点について解説したが、今回もまさにこれに相当する。責任の所在を明確にしない日本型システムの弊害がますます表面化している。

今回の問題は単純に「日本型統治システム」だけの話ではなく、より複合的な要因が存在する。まず、現代日本の国や自治体で多用されている「有識者会議」の問題がある。有識者会議は、もともと官僚組織の権威低下と腐敗に対応すべく導入されたわけだが、現在では官僚や政治家が恣意的な人選や議題設定を行うことで、自ら望む結論に誘導し権威付けを図るシステムになってしまっている。「専門家集団の提言(を採用しただけ)」ということで、官僚は責任回避を図り、首長は権威付けを図る構図だ。しかも、有識者会議は、取り扱うテーマが終わると解散する上、会議そのものには決定権が無い(提言するだけ)ので、責任回避のツールとして非常に優れている。

私の母はかつて某自治体の局長級を務めていたが、ある日市長に「有識者会議でこのような決定がなされました」と報告したところ、市長に「その認識は間違っている。決定を下すのはあくまで(市長たる)僕だよ。有識者会議は提言書を出すだけだ」と怒られたという。その市長は総務省キャリア上がりだったが、制度を理解している良識派だったから良かったようなもので、多くの場合はそのような認識が無いため、豊洲のような問題が頻発している。

特に東京の場合、あまりにも巨大すぎるため、有識者会議だけで山のようにあり、毎日のように提言や報告書が上がってくるが、知事はあくまでも1人しかおらず、副知事を含めてもその全てを完全にチェックすることなど人間業ではできない。
東京都は予算13兆円、職員16万人の超巨大官庁だが、行政部において民主的統制を行うのは都知事ただ1人であり、最大4人の副知事を含めても5人でしか無い。副知事は、知事の指名を受けて、都議会の承認を経て就任するが、都議会の承認が必要なため、多くの場合、都官僚や中央官僚となってしまい、民主的統制の点で問題がある。
民主的統制が効かないということは、外部のチェックが効きにくいことを意味し、官僚による組織的隠蔽を始めとする腐敗の温床となりやすい。日本型組織で「身内同士のかばい合い」が横行するのは、外部チェックが弱いためだ。
その象徴的な例が、学校のイジメである。本気で学校からイジメをなくしたいなら、単位制とオープン型教室を導入すれば済む話だが、それをしないのは学校組織や文科省が、閉鎖的空間の利益を手放したくないからだろう。警察の汚職が一向に減らないのも同じ理由から説明される。
日本の統治システムは、「公開原則」が弱すぎる点に、根源的脆弱性が認められる。

もう一つの問題は、東京都議会の機能不全である。築地市場の移転については、都議会の賛成(一票差)を得ているが、果たして十分に審議されたのか、成立後の経過チェックが不十分だったのではないかという疑惑がある。NK党はかねてより問題点を指摘していたが、勢力が弱いことと、ブル新(ブルジョワ新聞)が扱わなかったこともあって、影響力を発揮し得なかった。旧民主党は、基本的に移転反対だったが、内部分裂して賛同者を出し、賛成多数の原因を作り出した。その後、豊洲の建設・移転をチェックしていたかと言えば、疑問だろう。そして、大敗を経ていまや第四党なので、殆ど影響力が無い。
1980年代以降、日本の自治体の多くで「NK党を除くオール与党」化が進んでしまい、もともと立法機能が軽視されていたこともあって、自治体議会の多くが「予算を奪い合う場」となって、本来業務の一つである行政監視が機能しなくなっている。これは国政でもほぼ同じで、特に民主党、民進党の与党指向と機能不全(提案型のような野党性の否定)が、自公と官僚組織の暴走を許してしまっている。

第三の要因としては、有効なマスメディアの不在、あるいは脆弱性が指摘される。日本の大型メディアは、「記者クラブ」「クロスオーナーシップ」「再販制」「電波許可制」などによって権力と一体化しており、実質的には旧ソ連の「イズベスチヤ」や中国の「新華社」に近い宣伝機関の機能しか果たしていない。
リベラリズムにおけるメディアの役割は、政治家が有権者に対して説明責任を果たしているか、官僚が民主的統制に服して腐敗無く公正な行政を担っているか、などについて監視し、虚偽や欺瞞があれば容赦なく暴露して、権力の健全性を保つことにある。
だが、日本のメディアでこの機能を果たしているのは、東京新聞や西日本新聞などごく限られており、この点でも政治家や官僚の腐敗を放置してしまっている。

【追記】
もともと築地移転問題は、東京五輪の開催に際し、銀座や五輪会場に近い築地から市場を移転して、一大整備計画で一儲けしようというゼネコン、政治家、官僚による巨大腐敗に端を発している。その意味でも、東京五輪を返上し、東京都を分割すれば、この手の問題がなくなることはないにしても、腐敗規模ははるかに小さくなると思われる。
posted by ケン at 12:38| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする