2016年11月30日

トランプ次期大統領の政策

日本では差別主義者の側面しか報道されないトランプ次期大統領だが、その政策は非常に興味深い。「就任初日に実施する行政府としての行動」を列挙し、その一番目の項目として「TPP脱退の表明」を挙げたことは日本でも報道されているが、それ以外の項目については全く知られていない。
「アメリカを再び偉大にするための100日間のアクションプラン」のうち、就任初日に行うと宣言した項目を見てみよう(全てでは無い)。
【政治関連】
・上下両院議員の再任を制限する憲法改正を提案
・連邦職員の新規採用の凍結
・連邦規則1つの新設する場合には既存の2つの規則をなくす
・ホワイトハウスと議会の職員が退職後5年間はロビイストになることを禁止
・ホワイトハウス役職員が外国政府のロビイストになることを永久禁止
・外国のロビイストが米国の選挙のために資金を集めることを完全禁止

私の周囲でも、元議員や元秘書で米国資本のロビイストを務めている者が複数おり、トランプ氏の主張は強い説得力がある。巨大利権と政治の癒着によって生じている腐敗こそ、大衆の支持がクリントン氏からトランプ氏に向いた最大の要因だったわけだが、既存のエリート層には全く自覚が無い。また、米国における連邦議員の多選は、エリートによる少数寡頭政治を招いており、ケネディ、ブッシュ、クリントンなどに象徴される。
「規則が多すぎるから減らそう」というのは、ペレストロイカを始めたときのゴルバチョフも主張していたことであり、ソ連学徒としては超笑える。
エリート代表のクリントン氏にはどれも主張できないことばかりで、しかも問題の核心を突いている。
【経済関連】
・米加墨NAFTAの再交渉
・TPP脱退表明
・中国を為替操作国に指定
・シェール、原油、天然ガス、石炭などエネルギー規制の解除
・国連の気候変動計画への数十億ドルの支払を停止、その資金を米国の水と環境のインフラ整備に回す。

トランプ氏が興味深いのは、これらを「米国の労働者を保護するため」としていたことだ。オバマ=クリントン、あるいは日本政府や今の自民党と昔の民主党が「自国の産業と市場を活性化させるためにはTPPが不可欠」と主張していることと、見事な対をなしている。「誰の方を向いて政治をするのか」という話なのだ。これを単純に「ポピュリスト」と非難するからこそ、一層大衆は反エリート、反リベラルに傾倒してゆくのだ。
【安全保障と憲法】
・オバマ氏が行った憲法に反する指示を全て停止
・不法移民等が暮らす地域への税の投入禁止
・不法移民の国外追放の開始
・身元保証が不十分な地域からの移民を停止

これらは善悪は別にして、どれも相当数の市民が要望しているものであり、これを「ポピュリズム」と呼んでしまうと、「民意を最大限反映させる」ことに権力の正統性を置くデモクラシーを否定することになってしまう。クリントン氏は人権や人道上のスタンスからこれが主張できなかったが、これは「リベラル」と「デモクラシー」が必ずしも一致するものではない、ということを示したに過ぎない。

何のことは無い、米国人は「普通に」候補者の政策を比較して「良い方」を選んだだけの話だったのである。
posted by ケン at 12:52| Comment(0) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月29日

解散はいつか〜NK党との関係は

【「野党政権つくりたい」=志位共産委員長―衆院選、民進と相互推薦を】
 共産党の志位和夫委員長は25日夜、横浜市で講演し、来年を党創立95年の「節目の年」と位置付けた上で、「100周年に向け、野党と市民の共闘によって、新しい統一戦線を発展させて野党連合政権をつくりたい」と述べ、政権獲得に意欲を示した。志位氏は次期衆院選で民進党などとの共闘について「相互に推薦する、支援する。これが本当の選挙協力だ」と重ねて強調。「小選挙区でも(共産党の)議席を増やすために力を尽くしたい」と述べた。野党間の共通政策については「原発をなくしていく方向で前向きの合意をつくりたい」と語った。 
(11月25日、時事通信)

この間、「本当に解散あるの?」という質問が良くされる。「12月の日露会談で大きな外交成果を挙げて解散する」という官邸の意向が推察されたためだが、その後ロシア側の対応が判明し、さらに米大統領選でトランプ氏が当選したことなどを受けて、「12月の日露会談では大きな成果が挙げられないだろう」という観測が強まり、1月解散の根拠が失われつつある。
とはいえ、ケン先生は「可能性はまだまだ十分にある」と考えている。その根拠は、

「米で政権交代があり、日米関係が読みにくくなっている以上、予想外の要求が来る前に選挙しておいた方が良い」
「今後、日本経済が下降の一途を辿るので、先に選挙しておいた方が良い」
「長期政権の緩みが出てきたので手綱を締める必要がある」
「KM党がやる気満々」
「野党共闘が進む前に解散した方が良い」
「民進党が自民党野田派なので争点がない」

などが挙げられる。つまり、「いつやれば勝てるのか」で言えば、内閣支持率60%を誇る「今しかない」ことは明らかであり、今後は勝率を下げることはあっても、上がることは無さそうだ。
ただ、問題は「大義名分がない」ことにあるが、これは適当にでっち上げれば良い話で、彼我の戦力差が極大である以上、「大義名分無き解散」という批判が出たとしても、それが野党を強くすることは無いと考えられる。

実際のところ、野党側はとても選挙を戦える状態にない。民進党はロクに候補者を揃えられず、しかも執行部は「自民党野田派」であるため、野党共闘するつもりはサラサラない。野田幹事長は「他の野党が候補を立てさえしなければ良いだけだ」と考えているようだが、現実には民進党自身が300ある選挙区のうち、100以上も候補を立てられず、擁立できる見込みすら無い状況にある。
仮に民進党候補が野党統一候補になったところで、今残っている候補者の大半はもともと民進党が弱い地域のものであり、単独で総選挙を戦えるような戦力は持ち合わせていない。例えば、私の前ボスの選挙区の場合、以前は3人いた県会議員がゼロ、市町議は3分の1程度にまで減っており、ハナから戦える状態に無い。にもかかわらず、野田幹事長は「他党の立候補を取り下げる」以上の協力を拒んでいる。

とはいえ、全体主義政党と連立政権を組むというのは、そもそもデモクラシーを否定するものであり、選択肢として検討するに値しない。パートナーの選択肢が、全体主義政党か「産業報国会」かという時点で、すでに詰んでいるというのも否定できない。
現実的な落としどころとしては、

「連立政権はやらない」
「相互推薦は地域レベルで可能なところはやる」
「脱原発、反TPP、海外派兵の抑制、同一労働同一賃金などに絞った緩い共同政策を掲げる」

くらいのイメージだが、これでは連合が納得しないだろう。要は、連合と協同する以上は、野党協力は不可能な状況にあり、やはり民進党は「終わっている」と言えそうだ。
posted by ケン at 13:00| Comment(2) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月28日

カジノ解禁でも第二自民党

【民進有志がカジノ推進議連=「一日も早く審議を」】
 民進党の有志議員が24日、カジノを含む統合型リゾート(IR)を推進する法案の早期成立を目指し、議員連盟を発足させた。保守系議員を中心に約40人が参加。会長に就いた長島昭久元防衛副大臣は衆院議員会館で開いた設立総会で、「カジノ法案は成長戦略の目玉だ。一日も早く国会で審議入りすべきだ」と訴えた。自民党などが審議入りを求める同法案について、民進党執行部は「国民の理解が醸成されていない」(蓮舫代表)と慎重姿勢だ。議連の幹事長に松野頼久元官房副長官、顧問に前原誠司元外相がそれぞれ就任するなど、中心メンバーには執行部と距離を置く議員が顔をそろえており、党内対立の火種となる可能性がある。 
(11月24日、時事通信)

賭博法でバクチを禁止しておきながら、競馬や競輪は「公営」として例外的に認めている時点で「解釈改法」の疑いがあるのに、さらに「公設民営」(民間委託)まで拡大解釈するという、倫理も道徳もない法案なのだが、またぞろ電通が背後で糸を引いているらしく、ほとんど報道ベースに乗らないし、まして批判的な意見など表にならない。
カジノ解禁については、すでに何度も述べているが、一部再掲しておきたい。
日本におけるギャンブル依存症の割合は飛び抜けて高いことが挙げられる。2012年に厚生労働省が行った調査によれば、米欧諸国におけるギャンブル依存症の割合が1%前後であるのに対して、日本では5.6%にも達しており、実数で言えば550万人以上に上るという。そして、その8割がパチンコによるものと考えられている。心療内科医に依存症として認定された人がそれだけいるということは、その倍以上の人が「依存症予備軍」にあると見て良い。また、同依存症患者の中で、賭博資金を得るために窃盗や横領などの違法行為に走った経験のあるものの割合は、男性で63%、女性で31%に上り、ギャンブル中毒と犯罪の密接な関係を証明している(厚労省調べ)。
競馬であろうがパチンコであろうが、一度依存症になってしまえば、それは「ゲーム」ではなく、「半永久的に続く中毒患者からの収奪」になってしまう。最近では競馬場などに銀行のATMなどが存在するのだから、むしろ中毒と収奪を促進している観すらある。
一般論で言えば、正業に就いている者はパチンコや競馬・競輪等に通うヒマなどあるはずもなく、現実には就業が不安定な低所得層や主婦、高齢者ほどギャンブルにはまりやすい構造になっている。
他方、例えばカジノを合法としている欧米諸国ではデポジット制を採用しているところが少なくなく、その場合、一定額を先に納めることが入場の条件となっており、貧困者の入場規制や中毒対策への配慮がなされているが、日本では一切採用されていない。
カジノ法という焦土政策

「賭博依存症対策を充実させるから大丈夫」という連中の主張は、長時間労働を放置して「過労死対策するから大丈夫」という政府のスタンスと同じで、国民を絶望と死に追いやってでも収奪しようとする意志の表れだろう。

深刻なのは、これが自民党だけでなく、衛星政党の維新はもちろんのこと、民進党内にも少なからぬ支持者がいることである。この連中の認識は、

「エリートの生活水準を維持するためには、貧困層から収奪するほか無い」

というところにある。もともと金持ちには、宝くじやパチンコなどやるものなど殆どおらず、99%以上は中低所得層で、特に低所得層ほど依存度を高める傾向がある。これは、「貧すれば鈍する」で、行動経済学でも「行き詰まるほど、分の悪い賭け(倍率の高いレート)に誘惑さやすくなる」と説明されている。

国家官僚を筆頭に、一国の政治家がこぞってギャンブルを推奨するなど、すでに国家の倫理が破綻(モラルハザード)していることを意味する。同時に、賭博を解禁して中低所得層から収奪することでしか市場を活性化できない時点で、経済政策も破綻しているのだ。

「水は低きに流れる」だけに、いかなる国家体制であれ、政治家と官僚は高い倫理観を持つように心がけるべきであり、それは特に政策面で発揮されるべきだ。日本人は、舛添前都知事のような個人的腐敗には時として恐ろしく厳しくなるのに対し、東電や東京五輪のような組織の腐敗やモラルハザードには恐ろしく無関心である傾向がある。これでは、国も滅ぶであろう。
そして、民進党はマジで要らない。少なくとも連中は自民党に行くべきだ。

【参考】
・カジノ法という焦土政策 

【追記】
どうしてもやるなら、賭博禁止法を廃止するのが先だろうに。立憲主義が聞いて呆れる。法律家は、「戦争法」も結構だが、こっちも問題視すべきでしょ。
posted by ケン at 13:15| Comment(5) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月26日

恐父の大魔王と鬼いちゃん

秩父宮の回顧によると、子どもの頃、毎年3度祖父である明治帝の下に伺候したが、恐怖のあまり全身が硬直し、下を向いて立っているのがやっとだったという。しかも、明治帝はウムとかデアルカとしか言わないため、結局祖父がどんな顔でどんな風に話すのか知らずに終わった。それが、東宮御所に帰ると、父である嘉仁親王はひっきりなしにしゃべりまくり、食事が終わると母の節子妃がピアノを弾いて、侍従や女官もまざって一緒に合唱するという有様で、同じ家の出来事とは思えなかったらしい。

わが家も似たところがあり、ただし祖父がめっぽう優しく温厚な人で、対して父が恐怖の大魔王状態にあった。私は家の中では、いつも「いかに父と顔を合わせないようにするか」ばかり考え、父に呼ばれると全身硬直させて前に出たものだった。父が早世して私が思ったのは、「これで自由になった」だった。中学生の時の話である。
ただ、今から思えば、自らの寿命を悟った父が私の将来を案じ、ことさら厳しくしたという側面はあったかもしれない。『四月は君の嘘』の有馬家に通じるものがあった。

優しかった祖父も、その父(曾祖父)は厳格で気難しく、暴力を振るったり、無用に厳しいことを言うわけではないが、恐くていつも逃げて回っていたという。
貴族の家というのは、そういう傾向があるのかもしれないが、おかげで私は「父親業とか死んでもムリ」と思ったまま今日に至っている。

「戦国三大悪謀家」(斎藤道三、松永久秀、宇喜多直家だが、毛利元就が加わることもある)の一人として知られる宇喜多直家の弟忠家は、生涯兄に付き従い、時に領内整備を指揮し、時に総大将を務めた。直家の死後も長命したが、後年「兄はそれは恐ろしい人で、必要とあらば親だろうが子だろうが殺すことに何の躊躇も覚えませんでした。私などは、兄に召されるとそのつど死を覚悟し、上下の下に鎖帷子を着込んで御前に出たもので、生きた心地がしませんでした」旨を述懐している。出家号を「安心」としたことも、色々なことを想像させる。

「家族の絆」とかマジで軽々しく言わないで欲しい。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 日本語、日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月25日

建前とりつくろうだけの法務省

【「実習生は労働力」削除を…法務省、監理団体に】
 途上国への技術移転を目的とする外国人技能実習制度を巡り、法務省が8月以降、実習生の受け入れ窓口である全国の「監理団体」に、ホームページ(HP)上の「労働力の確保」などの表現を削除するよう文書で要請していたことがわかった。制度の拡大などを盛り込んだ法案を臨時国会でスムーズに通す目的とみられ、監理団体から「制度の実態は労働力の確保だと、皆がわかっているのに」と戸惑う声が上がっている。技能実習制度では、監理団体が相手国の送り出し機関と連携して実習生を受け入れ、実習先をあっせんしている。商工会や農業、漁業協同組合など約2000団体あり、実習が適正に行われているかを確認、指導する役割も担っている。
(11月17日、読売新聞)

違法行為や人権侵害がまかり通っている現状を放置している政府が、HP上の宣伝文句は「建前と違うから」と削除を「要請」している。あくまでも「要請」でしかない。
言うなれば、「文書は残るから消去しろ」という話であり、終戦時に「ポツダム宣言に戦犯は処罰すると書いてあるから、公文書は全て焼却しろ」とした帝国内務省と同じ発想であることを示している。

以前にも書いたように、国会の事務所に来る問い合わせも、すべて「労働法制が適用されず、警察権や監督権の介入も無い便利な労働力だから、うちでも使いたい」という話ばかりで、「日本の高度な技術を発展途上国の若者に伝授したい」などと言ってきた事例は一件も無い。繰り返すが、ゼロである。

外国人技能実習制度の問題は、使われるのが外国人で、さらに労働法制の埒外に置かれている点にあり、使用者にとっては最大のメリットになる。
どのような違法行為や人権侵害が行われようと、地域ぐるみで隠蔽され、外国人であることから警察に相談もできず、裁判に訴えることもできない。使用者がパスポートを取り上げ、外出も許されず、電話やインターネットも制限されるというのだから、これを奴隷と言わずして何と言うか。

挙げ句の果てには、「技能実習で来日した外国人が難民申請して、他所で働くから、難民申請を規制しろ」などという意見まで上がっている。技能実習制度の非人道を改めること無く、むしろ難民申請を閉ざそうというのだから、もはや日本人そのものから人道主義・ヒューマニズムが失われていることを示している。
本来であれば、民進党は、率先して廃止を主張すべきはずだが、現実には介護分野に適用拡大する法改悪に賛成してしまっている。一体何のために存在しているのか分からない。
posted by ケン at 11:49| Comment(0) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月24日

ラビリンス拡張セット「覚醒」 第二戦

先週に続き、「ラビリンス 覚醒」の第二戦を行う。今度はK先輩がお相手。これも先週に続いて、アメリカが希望され、私がジハーディストを担当した。みんなマゾなのか?
この日は8時間弱で3プレイ、相変わらずのプレイアビリティである。

まずは基本の2010年シナリオ「アラブの春」。シリアで内戦が起きるも、すぐに国連が仲介して和平が成立し、ジハーディストによるテロ(プロット)は失敗続きだったが、アメリカの援助外交も上手く行かず、穏やかで遅い進行になる。
本セットでは、ジハーディスト側はどうしてもセルが世界各地に分散してしまう傾向があり、資金が足りないと革命が起こしにくい。その分、上手くイベントを使って「反動」マーカーを置き、民主的に原理主義政権をつくるような配慮も必要となる。
アメリカはアメリカで、内戦という要素ができたものの、内戦というだけでは軍事介入の大義名分にはならないため、同国政府と同盟して兵員を送り込む必要がある。とはいえ、イスラム革命は従前通りに起こりうるため、「宿題」ばかり増えて、つい肝心要のイデオロギー戦争(援助外交)が疎かになりがちだ。
米軍が駐留するアフガニスタンで立て続けにテロが起きて、威信が失墜し、さらにイギリスでもテロが起きて、ジハーディストの資金がマックスになると、一気に形勢が傾いてゆく。シリアで革命が起き、ナイジェリアでボコ・ハラムが蜂起、続いてスーダンに連鎖し、イランが選挙で原理主義化する。米国は急ぎシリアとスーダンに軍事介入するも、ジハーディストの勢いは止まらず、アメリカの威信も低下、エジプトでも革命が起きてサドンデスに終わった。

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第一戦終局図

第二戦は、「イラク撤退後」の2012年シナリオをプレイ。シリアで内戦が起き、あっという間にジハーディスト陣営が勝利して原理主義政権ができ、大量破壊兵器(WMD)が流出する。アメリカは、イベントで強硬路線に転じ、シリアに軍事侵攻するも、セルはイラクに逃亡してしまう。革命と武力転覆の「イタチごっご」になるが、アメリカの威信が地に堕ちる一方、ジハーディストの資金は常に満杯で主導権を握り続けた。米国は、なんとか食らいつきながら体制改善を進めるも、いかんせん威信が低い状態では話が進まない。また、イベントで政策転換して穏健路線になってしまい、軍事介入も封印された。最終的には、アフガニスタンとマリに原理主義政権ができ、イランが選挙で原理主義化して、パキスタンに伝播して、サドンデスとなった。ジハーディストは計5個(全6個)のWMDを保有するという結果。

第三戦は、2014年の「ISIL」。最初からシリア〜イラクにイスラム国(カリフ国)がある設定だが、冒頭からアメリカ側のイベントが炸裂し、シリアもイラクもあっという間にアメリカに平定された上、体制改善も早く、すぐに「良好」となる。ジハーディストは、サウジで革命を起こすも、シリアで任務を終えた米軍がそのまま介入して、すぐに潰されてしまう。また、初期評価を行う先々で「適正」ばかりとなり、アメリカの威信は上がりまくりで、ついには最大値をキープするところとなる。ジハーディストは、辛うじてサドンデス敗北を免れる程度のことしかできない。最終的にイエメン革命には成功するも、中東の主要部はすべて「良好」となり、ジハーディストは殆ど手も足も出ないまま、アメリカの勝利となった。このゲームは、基本的にアメリカに厳しいが、稀にこういうことが起きる。米国務省のエリートたちの頭の中では、こんなイメージなのだろうが、現実はこうは行ってない。

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第三戦終局図

やはりアメリカのキモは、イラク、サウジ、湾岸諸国のリソース「3」の国を、どれだけ早く抑えられるかにかかっている。特に湾岸諸国を早急に「良好」にして、残る2つを「同盟」ないしは「適正」にすることが重要だろう。ただでさえ12リソース分の「良好国」という勝利条件は相当に難易度が高く、逆にジハーディストは一国でも抑えればリーチが掛かるだけに、つい「テロリスト掃討」に目が向いてしまうが、ここがポイントなのだと思われる。
posted by ケン at 13:39| Comment(2) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月22日

住民差別と家柄差別に関する個人的体験

私が「おぼ」で知られるG星学園の出身であることを知った妄想たくましい人が、「きっと家柄差別とか凄かったんでしょうね」などと聞いてきたが、実情は全く異なった。

私の場合、地元の市立小学校を卒業して、中学受験でG星に入った。だが、家柄あるいは社会的ステータスや貧富の差によるイジメが酷かったのは、地元の公立小の方だった。
公立小では、多数の団地住民の子どもが少数の戸建て分譲地の子どもをいじめ抜き、多くの子が私立に転校していった。私は幸運にもイジメの対象にはならなかったものの、卒業してみれば、近所の中で少数派だった。
当時は無自覚だったため、そういうイジメが存在したことも十分には理解していなかったので、具体的にどのようなイジメが行われていたのかは分からない。だが、後日耳に入ってきたところでは、団地住民の子が分譲地の子をハブにしたり、悪辣な言葉を浴びせたりしたため、親の方が「こんな学校に子どもを置いておけない」と判断し、転校していったのだという。言われてみれば、私はむしろ分譲地の子どもグループに違和感を覚え、団地住民の子とは普通に仲良くしていたので、やや特異な存在だったのかもしれない。
さらに、同じく5年生になって転校した妹の回顧では、同じ団地住民の間にも歴然とした貧富の差別があったという。具体的には、同じ団地の中にも貧困層向けの安価な賃貸と、中間層向けの分譲住宅があり、子ども社会の中にも抜き差しならぬ対立があったのだという。その賃貸住宅の子どもグループの中でも、より貧しい家庭の子どもに対するイジメが見られたという。ちなみに、妹は3歳時の「誰が何を言ったか」という記憶があるという、恐ろしい記憶力の持ち主で、一桁台の記憶がロクに無い私とは出来が違う。
つまり、地域社会の居住ステータスが、学校コミュニティに大きな影を落とし、イジメの原因となっていたのだ。

これに対し、G星の場合、イジメ自体は普通に存在したが、それは家柄や親の社会的ステータスによるものではなく、大半の場合は個々人の事情によるものだった。それは、家柄争いが始まると収拾がつかなくなるためだったと考えられる。
例えば、私の先輩には内親王の婿候補と噂された公家出身者、部活の後輩には長州M家の末裔がいた。彼らからすれば、松平氏や前田氏であっても「新興の田舎豪族」でしかない。また、同期には能役者の息子、先輩と後輩には有名歌舞伎俳優の子がいたが、能役者は室町以来の幕臣貴族であるのに対し、歌舞伎役者は被差別階級の「河原者」でしかない。こんなところで家柄争いが始まれば、どういうことになるか言うまでも無く、子ども心にも分かっていたのだ。

親のステータスという点でも、同期には超大手流通グループのオーナーの子がいたが、家柄という点では「埼玉の土地成金」でしかなく、先祖が終戦後の混乱期に悪辣な手法で土地を買いあさり財を築いた家だった。もし彼が資産に鼻をかけるような人物であったら、とたんにその点を突かれてボコボコにされていたに違いない。
大手食品会社のオーナーの嫡男もいて、三十年以上も昔に「小遣い月20万円」を豪語していたが(30万円だったかもしれない)、今から思えばいいようにたかられていて、密かに侮蔑され、しまいには転校していった。中学生の話である。
これらの点から考えても、家柄自慢や家柄差別は不毛というか、学校社会を崩壊させる要因になると同時に、「まとまり」をつくるのが難しい条件でもあった。

私の親族を中心に団塊世代の何人かに聞いたところでは、あまり家柄差別や貧富に起因する差別を見たり、聞いたりした人はいなかったのだが、これは都会であったからかもしれない。
明治期を表した文献や小説などを読む限り、地域社会の子どもは士族グループと町人グループが常に激しく対立していたことが頻繁に確認されるし、新設された軍隊や士官学校では、士族による平民差別が露骨に行われていたことが分かる。
そう考えると、社会的ステータスによるイジメが解消されたのは、戦後から70年代くらいまでの都市部に限られた現象だったのかもしれない。
posted by ケン at 12:30| Comment(3) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする