2016年12月12日

敵はリベラルにあり・補

敵はリベラルにあり」の補足。
日本を始め西側陣営の多くで、極右勢力が拡大する一方、社会民主主義派は退潮が著しく、自由主義者が「自由と民主主義が失われてしまう」と断末魔を上げている状況にある。
なぜこうなってしまったのだろうか。E・トッド先生の論理を援用して説明したい。

西側諸国では、長いこと「自由と民主主義こそが豊かさの源泉である」と喧伝されてきた。ところが、ソ連・東欧ブロックが瓦解し、世界の半分が「市場開放」された結果、経済のグローバル化が進むと同時に労働賃金のフラット化が進んだ。
具体的には、ヨーロッパでは工場が東欧に移転し、日本では中国に移転した。同時に、賃金の相対化が進み、非正規雇用や移民労働者の増加によって、雇用環境の悪化や賃金の低下が進んだ。また、高齢化に伴い、社会保障費が急騰して国家財政を圧迫、同時期に東側陣営が崩壊したことも相まって、社会保障の切り下げが始まった。「狡兎死して走狗烹らる」である。

こうして後に残されたのは、「収奪する自由」と「収奪される自由」だった。本来のリベラリズムは、機会均等を実現するために国家による再分配を肯定するが、今日では「経済成長のため」と称して真っ先に再分配機能が削られている。
具体例を挙げるなら、無能な正社員と有能な非正規社員がいるとして、リベラリズムは、正社員のクビをきって他方を正社員に据える「自由」と、正社員から多額の税を取って他方に再分配する「公正」の2つの選択肢を容認する。だが、現実の自由主義国家では、双方とも機能せず、有能な非正規社員はひたすら収奪される存在となっている。
そこで疎外された者たちが自由を怨嗟しているのに、それに対してリベラリストが「自由こそ至上の価値」と高説してみたところで、逆ギレされるのがオチだろう。そして、それがヘイトの原動力となっているのだが、リベラル派は全く自覚が無い。

米欧では、「グローバル化と自由主義が諸悪の根源である」として批判する極右勢力が拡大。具体的には、外国人・移民労働者の排斥が目立つようになる。これに対し、英仏の保守派は右転回することで一定の支持を保っているが、同国の社会民主主義派はグローバル化を否定せず、移民問題も人権視点から擁護に回っているため、不満を吸収できず、凋落の一途にある。アメリカでは、グローバリゼーションに否定的だったサンダース氏ではなく、これを肯定するリベラルの旗手であるクリントン氏が民主党候補に選出された結果、保護貿易と反自由のトランプ氏に敗れるところとなった。
大国では、唯一ドイツだけがリベラルの旗を掲げ、移民に宥和的な政策を採り続けてるが、これは欧州で唯一の経済的勝者であるためであり、それも時間の問題だと思われる。
欧州の社会民主主義政党が政策転換できないのは、戦後和解体制下における最大の利益享受者となったことで、政党人があまりにもエリート化(資本と同化)してしまい、大衆から遊離していることが大きい。冷戦期における「影の勝者」であることが、グローバリゼーションと自由の呪縛に囚われるところとなったのだ。具体的には、フランス社会党のオランド政権が労働法改悪を進めたことに象徴される。

大衆の不満は、経済的グローバリゼーションと移動の自由(移民・難民の受け入れ)に伴う中間層の没落と貧困に起因している。これに対する各派の対応は以下の通り。

極右主義者 「外国人を追い出せ、国境を閉ざせ」

保守主義者 「外国人は安く使え、国境は規制強化」

自由主義者等 「外国人の人権を守れ、国境をなくせ」


つまり、リベラル派の主張は現行の大衆的不満を助長させるものでしかなく、広い支持を得るのはそもそも困難なのだ。貧困が解決されない限り、大衆の不満の矛先は、いずれ自由主義者に向けられるだろう。
深刻なのは、本来であれば「適切な再分配による貧困の解決」こそが目標であるはずの社会主義者たちが、こぞってリベラリストに同調してしまっている点にある。上記で言えば、社会主義者の主張は、

「外国人は本邦人と同一賃金に、国境は規制強化せよ」

くらいが妥当だったはずだが、英労働党がEU離脱を主張できず、仏社会党が労働法改悪を進めていることに象徴されるように、社会民主主義政党が労働者では無く、資本と一体化してしまっている。日本では、連合がそのスタンスに近い。
マルクスは、自らの待遇を守るために、資本に同調して外国人労働者などの下層労働者の疎外に荷担する労働者を「哀れなプロレタリア」と呼んだが、西欧社会民主義政党や日本の連合はまさにこれに相当する。

戦前期の日本では、都市資本を代表するリベラルな民政党が、労働法制の制定に徹頭徹尾反対した結果、社会主義者や労働組合を軍部の側に追いやってしまい、社軍協同路線「広義国防」の道を歩ませてしまった。社会党関係者の中にも、斎藤隆夫の反軍演説を評価するものが少なくないが、斎藤が労働法制に反対した急先鋒であったことを知るものは殆どいない。
昭和の歴史は、貧困に無関心な政治エリートが大衆のファッショ化と好戦志向を助長してしまったことを示しているが、その歴史は殆ど学ばれていない。
posted by ケン at 12:18| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする