2017年01月06日

関ヶ原二本立て

20年ぶりに「現役復帰」を果たしたT後輩を関ヶ原漬けにしてみた。プレイしたのは、GJ「戦略級関ヶ原」と同「入札級関ヶ原」。前者の方はつい写真を撮り損ねてしまった。いずれも後輩が西軍、私が東軍を担当。

「戦略級」の方は2回プレイ。一回目は、東軍チットが出まくった上、行軍ダイスも良好だったため、福島、黒田、加藤、浅野ら東軍先鋒が犬山、岩村、岐阜をあっという間に落としてしまい、家康は「オレ、まだ5通しか手紙書いてないんだけど・・・・・・」(史実では150通以上)みたいなところで、上京を急ぎ、関ヶ原(大垣)で東西主力決戦となる。他方、西軍はと言えば、上杉は山形城に手間取り、大和路(伊賀)を進んでいた石田三成は伊勢に足止めされており、ついには決戦に間に合わなかった。石田勢抜きの西軍は3スタック、一方の東軍は全5スタックと戦力差は明白で、謀略抜きの平押しで東軍が勝利してしまった。

二回目、大坂方は上杉を前面に出し、山形の最上勢を放置して関東進出を狙った。ところが、上杉チットは出ても行軍ダイスが悪い上、攻城戦ダイスも振るわず、一歩目の宇都宮で足止めされてしまう。石田勢の方は、まずまずのダイスで珍しく細川幽斎が立て籠もる田辺城を陥落させた。とはいえ、終了チットが出まくり、家康の陰謀もまた着々と進んでいた。徳川方は、今回も順調に犬山、岩村、岐阜と落とすが、西軍が大和路を放置して大垣に進出してきたため、一旦犬山に戻り、家康の到着を待った。タイミング良く東軍チットが出て、またもや関ヶ原で決戦となるも、今回は東軍4.5スタック(上杉への備えのため)、西軍4スタックとほぼ同戦力だった。だが、戦場で毛利が中立化(史実通りの空弁当)してしまい、実質3スタックとなって乱戦の結果、これまた東軍が勝利、その後鍋島や長宗我部の裏切りが相次いで大坂方は崩壊した。

やはり西軍としては、家康の到着前に東軍先鋒を一度叩いておきたいところなのだが、いかんせん宿題が多い上に(大和路とか田辺とか)、戦意が低く、思うようにいかないところが難点だ。そして、最上を放置したままの関東突入は、戦力不足のため宇都宮と小山で足止めされてしまう。「野戦の強要」カードでも手に入れば違うのだろうが。

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「入札級」は、ゲーム開始時に両軍が「陰謀」と「阻止」を入札し、ターン毎に陰謀が発動するかどうかを見極めながら戦局を進めるという、一風変わったシステム。今回は、早々に吉川が東軍方に寝返り、毛利も参戦せず、長宗我部はサッサと土佐に引き上げてしまうという、ほぼ史実通りの展開に。西軍は第一ターンに猛将・立花宗茂が援軍として到着するも、いかんせん小勢で戦局を変えるような戦果は挙げられず、やがて石田、小西勢が崩れてしまう。かろうじて午後になって小早川が大坂方で参戦するも、完全に機を逸しており、「後の祭り」となってしまった。
個人的には、関ヶ原合戦の実相を良く表したシステムと評価しているのだが、最初の入札以外はあまり選択肢の無い展開になってしまうので、ある意味「なるようにしかならない」ゲームになってしまっている側面は否めない。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月05日

新年の挨拶2017年:補

【連合会長「頑張れば賃金上がるという常識取り戻す」】
 ことしの春闘について連合の神津会長はNHKのインタビューに「頑張れば賃金が上がるという常識を取り戻すことが極めて大事だ」と話し、基本給を引き上げる「ベースアップ」などを維持することが重要だという考えを示しました。この中で連合の神津会長はことしの春闘で「ベースアップ」に相当する賃上げを4年連続で要求する方針を掲げていることについて、「デフレの深い闇の中で20年近く物価上昇があまりなかった時代が続き、賃上げができないということが繰り返されてきた。ベースアップできるところは4年目も継続させ、定期昇給などの制度も維持し、頑張れば賃金が上がるという常識を取り戻すことが極めて大事だ」と話しました。
 そのうえで、中小企業や非正規雇用で働く人の賃金の底上げや格差是正に継続して力を入れていくとして「去年、大手企業と中小企業の賃上げ率の差を圧縮することができたが、ことしはどうやって持続するかが極めて大きい。賃上げ率はむしろ中小のほうが上になるぐらいの結果を導き出したい」と述べました。春闘の労使交渉は今月下旬に事実上スタートし、4年連続でのベースアップが実現するかや格差の是正が焦点となります。
(1月2日、NHK)

挨拶に補足というのも何ですが、ここは敢えて。

「そんなことより、まず働いた分の賃金がもらえるという常識を取り戻してくれ(赤い貴族に好き勝手なこと言わせるな)」という陳情を頂きました。労働力を収奪することでしか利潤を上げられなくなっているのは、資本主義の後退あるいは末路を意味するものです。
資本主義が成立するためには、生産側の新陳代謝と需要側の拡大が必要なのですが、日本の場合、長期に及ぶ自民党一党優位体制、強力な中央官庁、巨大な補助金制度と公共事業、厳しい解雇規制などがスクラップ&ビルドを阻害、低収益構造を温存し、低収益が故に労働力を収奪するほかなく、それを規制する行政は政官業の癒着構造によりこれを放置しているという状態にあります。
安倍内閣が「働き方改革」などとブチ上げてはおりますが、その推進者は政官業と「赤い貴族」の代表者で占められており、問題構造の利益代表者が行う「改革」は必ず失敗します。本来であれば、1990年代により多くの企業や銀行が倒産するところでしたが、これを最小限に止めた結果、工場を海外に移転させただけで、巨額の公費がつぎ込まれて基本的な低収益構造は温存され、資本や労働力が新規ビジネスに移転することなく、今日の衰退を招いています。社会主義ポーランドが1981年に「国営企業更正・破産法」を導入したものの、手遅れになった故事が思い出されます。

余談になりますが、ポーランド統一労働者党は1970年代に西側から巨額の借款を得て、旧式の重工業に投資してことごとくパーにしてしまいました。ところが、現代日本も例えば本四連絡線を3本も架けてしまい、その負債は4兆円を超えて現在も増え続けているわけです。人のことは笑えません。

本来の労働運動は「働いた分の賃金をきっちりもらう」「人間らしい生活が保障される」ことを目的としています。1920年、日本初のメーデーが要求したのは「8時間労働制の実施」「失業の防止」「最低賃金の導入」でしたが、実現できているのは「失業者の4人に1人しか受給できない失業手当」と「人間らしい生活に必要な額の半分程度、しかも5人に1人しか受給できない生活保護」でしかありません。

私などが言うまでもありませんが、今日「働いた分の賃金がもらえる」(きちんと残業代が支払われる)、「長時間労働が強要されない」(定時に帰れる)などという職場は、国内に工場が残っている、海外移転を免れた超少数の製造工場くらいなものであり、それすらも期間工、派遣工や外国人労働者に対する過酷な収奪の上に成り立っています。
数字にして言えば、6千万人いる労働者のうちの6百万人しかいない連合が「労働者の代表」と主張している点で、自称「ボリシェビキ」(多数派)なのです。これでは、旧ソ連の官製労組と同じで、労働組合として全く機能しないのは当然でしょう。
社会主義ポーランドで自主管理労組「連帯」が誕生したのは、官製労組が全く機能しなかったからですが、日本の場合、連合組合員の利益はほぼ経営側と一致してしまっているため、「連帯」は「連合の外」につくる必要があります。

つまり、日本の労働運動は1920年に立ち戻り、「賃金と残業代を全額払え」「定時に帰らせろ」「失業手当を100%出せ」から始めるべきなのです。
今年もここから始めますので、よろしくお願いします。

【参考】
・ポーランド危機をめぐる経済情勢 

【追記、1月6日】
共産党系の国公一般労組のデータですが、ご参考までに。
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posted by ケン at 11:47| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月03日

オヤヂセンス丸出し党

【「ポスト民主くん」はどれに? 民進党が新ゆるキャラ最終4候補を発表】
民進党は20日、9月の党代表選に合わせて募集した党公認キャラクターのデザイン案のうち、インターネット投票の対象となる最終案4点を発表した。同日から来年1月20日まで党のホームページでネット投票を受け付け、大賞に選ばれた作品を3月の党大会でお披露目する。命名は蓮舫代表が担当するという。計1523点の応募作品から、女子大生らの意見を参考に10点を選定。類似キャラの有無などを確認した上で、最終案として4点に絞り込んだ。初鹿明博青年局長は蓮舫氏に怖いイメージがあるとして、新キャラについて「かわいさを重視し、子供たちや子連れの家族に興味を持ってもらいたい」と期待感を示した。
 大賞作品の応募者には、旧維新の党との合流に伴い失業した旧民主党の公認キャラ「民主くん」の着ぐるみを副賞として贈呈する。着ぐるみの再利用も検討したというが、「この人もだいぶお疲れになっている」(初鹿氏)として“完全引退”させる方針だ。
(12月20日、産経新聞)

正面から戦っても勝てないので、搦め手に回ろうとして大失敗する典型例。
画像を載せるのも汚らわしいので、興味あれば自身で確認して欲しいが、この際キャラクターのデザインは置いておくとしても、煽り文句が酷い。「キッズ人気ナンバーワン」「女子学生支持率トップ」とか、いかにも前世紀の遺物だろう。プロジェクトの責任者である青年局長は、週刊誌にセクハラ問題をすっぱ抜かれて、この直後に辞任しているが、「この責任者にしてこのセンス」なのかもしれない。

「レンホーが不発だったからゆるキャラで挽回」

とか、ほとんど「太平洋がダメだからインパールで」みたいな話になってしまっている。「貧すれば鈍する」とは言うものの、思考が負のスパイラルに陥っているとしか思えない。
これが、「原発再稼働やカジノ法案で奮闘し、支持率が高まっているので、ゆるキャラ創設でさらに支持を広げよう」というのなら、多少甘めに評価しても良いが、実情は真逆で「原発もカジノも反対できないから、ゆるキャラで何とか」に立脚している。

あとはもう繰り返しにしかならないので捨て置くが、引退させるべきはこうした発想しか持てない連中全員である。
posted by ケン at 13:00| Comment(0) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

新年の挨拶:2017年を迎えて

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明けましておめでとうございます。旧年中はお世話になりました。本年もよろしくお願いします。
本ブログも無事12年目を迎えることができました。永田町で日々感じ、考えていることを備忘録的に書くことから始まりましたが、マスメディアが本来の機能を発揮しない現在となっては、現場で直接見聞きしたことや、周辺情報から類推される政府・政権党の内部事情を伝えるツールにもなっていると自覚しております。

昨年はやや読書量が減ってしまいましたが、論文類や政策資料は相応に読み込んでいるので、「知的退化」には至っていないと自覚している次第です。その中で考えているのは、「これからの日本はより厳しい状況に追い込まれるだろう」ということです。昨今傾斜を深めつつある権威主義、国粋主義の流れは、資本主義の停滞や中間層の没落、あるいは貧困化の中で起きていることであって、これを放置して右傾化を叩いてみたところで、巣を放置したまま目にしたゴキブリのみを叩くようなものであって、何ら根本的には解決しないでしょう。

米国のとある研究には、小学生になった子どもが成人する頃には、今ある仕事の4割近くが自動化やAI化によって無くなるだろう、という予測があります。これは一瞬「そこまでは無いだろう」と思う人が多いでしょうが、誇張とは言えません。先の年末にも、「富国生命はAI(人工知能)を使った業務の改善で、医療保険などの給付金を査定する部署の人員を3割近く削減します」とのニュースが流れたことに象徴されるように、この流れは今後さらに加速するでしょう。
少し考えてみても、自動運転は実現の目処が立っており、その場合、バス、タクシーを始めとする運転手の類いは全て失われます。小売店のレジや清掃関係も間もなく自動化されるでしょう。受付やテレアポインターの関係もかなりの部分がAI化されます。
言語関係ですら、翻訳や通訳の仕事は自動化されます。20年以内には分かりませんが、教職関係も相応部分がAIに移行するでしょう。報道関係ですら、「客観報道」という点では、権力や権威に影響されず、ネットで一瞬にしてファクトチェックが行えるAIの方が人間よりもはるかに優れており、これも相当部分がAIに移行するものと思われます。
つまり、「人間ができる仕事は何か」を考えるべき時代に来ており、果たして失われる分の仕事が創出されるのだろうか、というのが私の疑問になります。政府や経済界では「労働力不足」などと大騒ぎしていますが、介護や児童・福祉関係以外は、労働力はAIに取って代わる可能性が高いということです。

この場合、問題は労働力不足よりも大量の失業、あるいは「人間がやるべきなのに必要なスキルが無い」者が大量に発生しそうなところにあります。
欧州の場合、失業しても最低限度の生活が保障される「生存権」が認められ、制度化されています。ところが日本の場合、失業保険は失業者の2割強、生活保護も水準以下の生活状況にある者の4人に1人しか受給できていません。また、日本政府は政策的に住宅政策を民間に丸投げして、低所得者用の公的住宅を削減してきたため、例えば東京の都営住宅や市営住宅は倍率20倍を超えるのが常態化しています。
これらはセーフティネットの網目が大きすぎて、こぼれ落ちる者が続出していることを意味します。こういう中で「AI時代」を迎えた場合、生活困難者が溢れかえり、しかもそれを制度的に救済することもできないという状況に陥る可能性が高いわけです。
霞ヶ関官僚や自民党議員が無関心なのは当然としても、野党第一党である民進党もまたエリート化し過ぎており、この問題を自覚していないことは非常に将来を暗いものにしています。

これに関連して、日本が資本主義としても難しくなっているのは、制度的に労働力の移転、移動に厳しく、組織的に責任を不明確にしていることに起因していると考えられます。日本では、「太平洋戦争の開戦を誰が決めたのか」「インパール作戦は誰が決済したのか」「原発再稼働は誰が決めるのが」といった具合に、意思決定の責任の所在を曖昧にする傾向が強く、その結果、大きな失敗があっても誰も責任をとらず、問題を引き起こすシステムが改善されずに放置されるシステムになっています。福島原発事故で、誰も責任が問われず、刑事訴追もなされなかった結果、欧米よりも低い安全基準で再稼働がなされていることが象徴的です。これは、日本が資本主義の競争力が低下しても、自国民の労働賃金を引き下げ、長時間労働を強要することでしか対処できない要因にもつながっています。

もう一つは、解雇規制が厳しすぎる点にあります。日本では法制度上は、会社都合による解雇が許されていますが、裁判の判例もあってほとんど適用できない状況にあります。その結果、古い会社は収益の悪い部門、部署を潰すことができないまま、大量の人員を抱え、逆に新たなビジネスを開拓しようとする会社は人集めに苦労するという状況になっています。これは、実は日本人がずっと馬鹿にしてきたソ連型社会主義と全く同じ状況なのです。不採算部門を解体し、会社を潰すことで、余剰人員をより収益の高い部門や、新たな需要を満たす新会社に回すことで、資本主義は新陳代謝を図っていくわけですが、日本ではそれが非常に難しく、低収益構造がいつまでも温存される社会構造になっています。この辺は、1980年代の社会主義国とよく似ています。
2000年代以降、政府はずっと「規制緩和」を続けてきましたが、それは正社員を雇わず、低賃金の非正規社員に転化しただけの話で、単純に国民の所得が減り、消費が減退して国内市場を縮小再生産させただけの結果になっています。
他方で、日本は(他の欧米には見られない)企業に巨額の補助金(あるいは税制優遇)を出す国で、それが低収益の企業を温存し、ビジネスを新規開拓する可能性を潰してしまっています。例えば、ソ連末期には国家予算に占める、コルホーズを始めとする国営企業補助金が20%にも達していましたが、これが国家予算を食いつぶすと同時に、不採算な企業を温存させ、市場を縮小再生産させていたことに気づいていたソ連人は殆どいませんでした。ですが、現代の日本人もこれと同じ過ちをしているのです。
この辺については、いずれ稿を改めて考えたいと思いますが、問題意識として読者の皆さんと共有しておきたいということです。

興味深いのは、ソ連では「計画経済の停滞」という困難を「民主化」で乗り越えようとしたのに対し、日本では「自由経済の停滞」を「権威化」で対処しようと試みている点にあります。この視点は、ソ連東欧学を学んだ私ならではのものであり、今年も引き続き読者の皆さんと分かち合えたらと願っております。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
posted by ケン at 12:23| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする