2017年01月13日

駐韓大使召還という愚

【駐韓大使帰任「現時点では決まらず」…菅氏】
韓国・釜山(プサン)の日本総領事館前に慰安婦を象徴する少女像が設置された問題を巡り、安倍首相は10日午前、9日に一時帰国した長嶺安政・駐韓大使、森本康敬・釜山日本総領事を首相官邸に呼び、今回の経緯や韓国内の状況について報告を受けた。政府は韓国側の対応を慎重に見極め、長嶺氏らの帰任時期などを判断する方針だ。面会は約30分間で、杉山晋輔外務次官らが同席した。首相に先立ち、菅官房長官にも報告を行った。面会後、長嶺氏は「首相、官房長官に報告した。内容は申し上げることはできない」と記者団に語った。  菅氏は10日午前の記者会見で、長嶺、森本両氏の帰任について、「現時点では決まっていない。今後の諸状況を総合的に判断して検討していきたい」と述べた。長嶺氏らは「1週間程度は日本に滞在する」(外務省幹部)とみられる。
(1月10日、読売新聞)

韓国政府の対応を批判するのは良いとしても、「いきなり大使召還は無ぇだろっ!」というのが第一報を聞いての感想だった。一般的に大使召還は「国交断絶の一歩手前」であり、外交関係を維持する上で「最終カード」に相当する。通常、外交関係が悪化するに際してはいくつかの手順が踏まれる。例えば、

1.駐日大使を呼んで抗議
2.非難声明
3.各種外交協議の中止
4.外交官の一部召還
5.大使召還


などが考えられるが、今回は3から5まで一度にやってしまっている。言うなれば、日本政府は手持ちの外交カードを、相手の手番を見ずに、一度に全部出し切ってしまったようなもので、仮に「日本側の本気を見せつけるため」としても、非常に稚拙だった。
外交は一種のキャッチボールであって、いかに相手が暴投しようとも止めてしまったら「それきり」になってしまう。本ブログでは、これまでも例えば「日露開戦の代償」において、満韓交換論に基づく日露協商が成立寸前まで行っていたのに、それを放棄してロシアに宣戦布告した経緯を追った。日露開戦に際し、ロシア側は全く日本から宣戦されるとは思っていなかった。

また、「紛争解決に交渉は不可欠」では、1937年の日華事変の事例を挙げた。休戦交渉中に敵国首都への直接攻撃を命じ、占領後に虐殺事件を起こした挙げ句、休戦条件のハードルを上げて千載一遇のチャンスを失い、8年にわたる泥沼の戦争を余儀なくされ、戦後も「侵略国」の不名誉をほしいままにした。

いずれのケースも外交的にほとんど解決しかかっていたのに、手間を惜しむと同時に、より多くの成果を期待して武力行使を選択したために起きている。日露戦争は最終的に「勝利」したために十分な検証がなされなかったと言えるが、日華事変の事例はよくよく吟味されるべきなのに、今日でも殆ど注目されない。左右ともに「虐殺の有無」で不毛な論争を戦わせており、「歴史的知見を後世に活かす」ことが忘れられている。

今回の韓国大使召還でも、仮に日本側に理があるとしても、「いきなり大使召還はやり過ぎ、子どもじみている」との批判は免れない。そもそも韓国側に課されているのは「可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する」という努力義務であって、日本側としては「努力」を見守り評価する必要があるはずで、いきなり大使召還は、度が過ぎている。
今回の日韓合意自体、「下からの積み上げ」が無いところに、宗主国アメリカの強い意向で「10億円やるから、今後一切口にするな」と韓国側の屈従を強いた格好だっただけに、韓国側で強い反発が出る可能性は高かった。市民の反発に対し、韓国政府にただ合意の履行を求めてみたところで、「火に油を注ぐ」ことにしかならず、むしろ比較的親日的な朴体制の寿命を縮める結果に終わるだろう。朴政権が瓦解して、より反日的な親中政府ができて困るのは日本であるはずなのに、安倍政権はそう仕向けているようにしか見えない。
韓国政府はすでに詰んでいるかもしれない。韓国はアメリカとFTAを結んだことで、経済的に従属下に置かれているが、国内では経済格差の拡大に伴う不満が高まっており、その不満を日本に向けることでこの間、政権を維持してきた。その日本では、嫌韓感情が高まって在日コリアンに対する差別・排斥運動が強まっている上に、年々軍備も強化され、武力行使の自己規制も解除する方向に進んでおり、韓国から見れば、その脅威は日本人の想像を超えるものがある。対日脅威と対北脅威の双方を解決するために、韓国政府は政治的に対中傾斜を強める選択をしていた。そこに宗主国アメリカから、対日宥和を命じられた格好だった。
本来であれば、問題の当時者たる慰安婦支援団体と調整した上で、日本政府と交渉しなければ、真の解決にはならないはずだが、今回は調整なしで日韓合意を事後報告している。これは、「当時者と話したら合意は無理」と韓国政府が判断したことを意味しており、このことも「宗主国の命令」を暗示している。しかし、命ぜられて日本政府と合意はしたものの、当時者を排除してのものであり、同時に「反日カード」の使用を制限されてしまった韓国政府は、今後民意を抑えられなくなる恐れがある。「今すぐ」ということではないが、意外と近い将来、大衆が蜂起して現体制が瓦解、親中政権が発足し、西側陣営から離脱するところまで行くかもしれない。

根本的なことを言えば、戦後補償と歴史認識の問題は、一方が謝罪して終わるものではなく、「負の遺産」を共有しながら継承してゆく姿勢が無ければ、相互理解は得られない。今回の日韓合意は、言うなれば加害者側の日本が、被害者側の韓国に「10億円やるから二度と文句言うなよ!」と凄んでいるだけの話であり、暴行傷害などの一般的な刑事犯罪を想定してみれば分かりやすいが、これで被害者側が納得(理解)できるはずがない。
実のところ謝罪自体はそれほど重要ではなく(形式的に必要だが)、より重要なのは、日本による植民地支配や従軍慰安婦の実情がどのようなものであったかを解明しつつ、日韓両国・国民が納得できる歴史を後世に継承してゆくことにある。
その意味で、韓国側が「日本悪玉論」を反日カードとして利用し、日本側が「旧軍潔白神話」を掲げて軍拡を進める現状にあって、今回の合意をもって日韓関係が修復されることは無い、というのが私の見立てである。
(2016.1.5 慰安婦問題は解決するか

日本は韓国政府の対応を慎重に見守り、最終手段としては「10億円の返還」を求める程度に止めておくべきだった。韓国側としても、「詐欺」呼ばわりされたくないだろうから、その程度の返還には容易に応じるだろう。放置することで初めて「韓国側は合意した努力を怠っている」との非難が成立し、日本側の主張に正当性が生じるのだから。
また、今回の「いきなり大使召還」は、例えば相手が中国やロシアだったらやらなかったに違いない。この辺、政府に限らず、どこまでも朝鮮・韓国を見下す日本人の「蔑視」が感じられ、その点も韓国側を刺激し、親中寄りに追いやっている。こうした態度が、アジア全体における日本の評価を下げてしまうのは避けがたく、色々な意味で悪手を打っていると言えよう。
posted by ケン at 13:07| Comment(6) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする