2017年01月25日

「オレ正義」なる私制服を着る公務員

【「これまで以上誠実に」「保護なめんな」ジャンパーで小田原市長】
 生活保護業務を担当する小田原市生活支援課の職員が不適切な表現をプリントしたジャンパーを作成し、勤務中に着用していた問題で、加藤憲一市長は19日、該当部門の職員らに対し、「これまで以上に市民に誠実に対応し、任務を執行してほしい」と訓示した。
 市によると、福祉健康部長をはじめ管理職や課員約30人を前に、市長は、ローマ字で書かれた「保護なめんな」などの表現について「不正受給の可能性が全ての受給者にあるかのような認識が表れており、生活保護制度への不寛容の表れと指摘されても仕方がない」と指摘。「小田原が生活保護に不寛容であるかの印象を、図らずも全国に発信してしまった。実際がそうでないだけに悔しい思い」と心情を吐露した上で、「日々の仕事で汚名をそそがねばならない」と職務を進化させる契機とするよう呼び掛けた。
 その後に開いた臨時部長会でも、部長級約30人に対し、全庁を挙げて市民の落胆と職員への不信の払拭に取り組むよう訴えた。市生活支援課によると、同課には18日までの2日間に、電話は563件、メールで513件の意見が寄せられた。主に苦情や抗議という。
(1月20日、神奈川新聞)

神奈川というのは凄いところらしい。相模原では障害者に対する大量殺戮が行われ、横浜では災害避難者の子どもが150万円恐喝されてもイジメと認定されず、小田原では公務員が「オレ様が正義」と書かれた私製制服を着用して街を闊歩していたのだから、話だけ聞けば破綻国家である。介護老人施設での殺人、虐待は山ほどあるという。

実はこれらは無関係とは言えない。横浜の事件は、行政の機能不全を意味し、行政能力の低下が犯罪を誘発、社会秩序の悪化が公務員の私的団結や制裁に向かわせている、と解釈される。もちろん、上記の事件はそれぞれ別個の事件だが、大きいところで連関があるという意味で、スタンド・アローン・コンプレックスの関係にある。

このジャンパーが作成された経緯も、ある生活保護受給者が住所不定となり、色々手を尽くしたにもかかわらず連絡がとれなくなり、受給停止の措置を行ったところ、その者が市役所にやって来てカッターナイフを手に大暴れした事件に端を発しているという。これ自体は、被害者に同情されて良いところだが、この後、担当課長が「自分たちの自尊心を高揚させ、疲労感や閉塞感を打破するため」として、ジャンパー作成を提案、職員が自費で購入し着用するに至っている。この点、本当に課長個人の発案で、説明のような理由だったのか、課内で生活保護者弾圧の共同謀議はなされなかったのか、職員は本当に私費で購入していたのか、公的扶助は無かったのか、着用は強制されていなかったのか、疑問は山ほどある。
そして、この発想はまさに「Zガンダム」におけるティターンズそのものだ。もっとも、ジャンパーに記載された文言を見る限り、実際の作成者はギレン好きだったように思われるが。

問題は、不正受給がどこまで「現実的」なのかという話にある。例えば、日弁連の調査では、全国の生活保護受給額に対し、不正受給とされた額はわずか0.28%に過ぎず、単純計算すれば生活保護受給者300人に1人もいないというのが実情だ。1990年代以降、生活保護の受給者は増加傾向にあり、それは小田原市でも変わらない。

小田原市の人口はほぼ20万人で、生活保護受給者は2003年度に1563人だったものが、2011年度には2646人になっている。世帯数だと現状で2320ほどだという。これに対し、ケースワーカーは定数で29、実働25人、つまり1人で100人以上の受給者をサポートしている計算になる。不正受給者数については不明だが、平均値で考えると10人に満たないはずであり、課員全員が私製制服を着用して「不正受給者に正義の鉄槌を!」と血眼になるのは常軌を逸しているとしか言いようが無い。言うまでも無いことだが、ケースワーカーは生活困窮者に寄り添う良き相談者となり、自立を支援するものであり、「貴様、国民の血税をちょろまかしてはおらんだろうな!」と凄んで回る権力の走狗ではない。
そして、データを見る限り、問題はケースワーカーの少なさに起因する超過密勤務にあるように推測される。
もっとも、小田原市は「生活保護受給抑制運動の先進市」という評価も一部であるようなので、公務員組合(自治労)が存在しないことも含めて、単に社会的弱者に対する疎外と排撃の一大メッカだった可能性もある。

不正受給が全国の額面で0.3%でしかないのに、それをスケープゴートにして、本来保護が必要な人に対し受給できている割合である「捕捉率」が2割に満たないという現実を矮小化、憲法25条違反を常態化させている点にある。そして、それは25条の改悪、廃止の主張に繋がるものなのだ。
同条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」は、もともとGHQ案等になかった条文を、森戸辰男大先輩が「帝国憲法改正案委員小委員会(芦田小委員会)」において強く主張することで挿入された経緯があり、現行憲法における数少ない社会主義精神の発露である。

【追記】
小田原市長の「これまで以上誠実に」は何を指すのか。「誠実に抑制策を進める」のか「誠実に社会保障に取り組む」のか、常識的に読めば「これまで以上」とあるからには前者なのであり、反憲法的主張である。
posted by ケン at 12:29| Comment(4) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする