2017年02月04日

2017年の迷宮初め

3人でGMT「Triumph & Tragedy」をプレイする予定だったが、1人不都合となり、K先輩と2人で「ラビリンス−テロ戦争」をプレイすることに。今年も迷宮人気に変化は無い模様。今回も先輩がアメリカ、私がジハーディストを担当した。

一戦目は、久しぶりに「覚醒」ではなくオリジナルの方をプレイすることに。シナリオは2001年。アメリカは、セオリー通り最初にアフガニスタンに侵攻。セルは、中央アジアとパキスタンに流出する。ジハーディストは、パキスタンでテロやジハードを実施するも、ダイス目が悪く上手く行かない。そうするうちにブット氏が首相に就任したため、パキスタンは諦めてまず中央アジアで、次いでイラクで革命を目指す。一方、米国では厭戦気分が高まり、穏健路線に転換してしまうが、イベントも相まってトルコの安定化に成功する。ジハーディストは、フセインを倒して原理主義政権を打ち立てるが、湾岸諸国とサウジには米軍が駐留、シリア、ヨルダン、トルコは比較的安定しており、「革命の輸出」が難しく手詰まりとなった。だが、カザフスタンで核兵器が流出、ちょうどイギリスに潜伏していたセルが、米国内に潜入してイベントでテロを計画、アメリカはそれを止めることかなわず、「米本土核テロ」が生起して、サドンデスとなった。
「覚醒」では、大量破壊兵器を入手して米本土で使用するよりも、アフリカ等にイスラム国をつくる方がはるかに「楽」になってしまっており、ジハーディストがパキスタンやシリアに固執する必要が低下している。それだけに、オリジナル版における「大量破壊兵器流出」のハラハラ感が非常に新鮮だった。

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二戦目以降はハウスルールを試してみる。「ジハーディストが有利すぎる」との共通認識から、いくつか案が出されたが、まずは私の「盤上に原理主義国が存在しない場合、ターン終了時にジハーディストの資金をマイナス2する(−1ではなく)」を採用することにした。ジハーディストが有利なのは、テロを行えば資金が入るので、資金に困るのは珍しいくらいレベルにあるが、他方でアメリカの威信はなかなか上がらないので、全般的に「ジハーディストはいつも余裕があり、アメリカはいつも苦しい」展開になりがちだ。このローカルルールを採用することで、多くの場合、原理主義国が無いとジハーディストの資金段階が1つ下がることになるため、少なくとも「ジハーディストはいつも余裕」ということは無くなるだろう、との読みがあった。

オリジナル版の2002年シナリオ(アフガン侵攻後、イラク侵攻前)を選択。このシナリオではセットアップ時に原理主義国がないため、3ターンにはジハーディストの資金が「最低」ランクになり、手札7枚、セル上限「5」になってしまう。そこで当然、「イラクで革命を」と考えるが、アメリカは先手を打って「イラクで大量破壊兵器発見」の濡れ衣を着せてイラクに侵攻、史実通りの展開となる。だが、アメリカも政府不信が高まって威信を「1」まで低下させてしまい、互いのダイス目の悪さも相まって、両者とも「手が進まない」ターンが続く。しかし、結局のところイベントによるプロット(テロ)や資金供給によって、ジハーディストが息を吹き返し、中央アジア、次いでトルコで革命を起こす。この間、アメリカは穏健路線に転換しており、手札の少なさに耐えきれず、アフガニスタンから撤兵していたが、そのアフガニスタンでも革命が起き、最後はスーダンに原理主義政権が誕生してサドンデスとなった。
アメリカは先手を打って中東のヘソ(湾岸、サウジ、イラク)を抑えたは良いものの、威信を最低値にしてしまい、そこから全く手が進まず、他方、ジハーディストは資金繰りに難渋すると同時に、兵力を分散させざるを得なくなり、苦しい展開となった。結果はともかく、ゲームバランス的には「悪くない」と判断された。

第三戦は、引き続き上記ローカルルールを採用しつつ、「覚醒」の2010年シナリオを試してみた。マリで早々に内戦が起き、セルが山のように現れてあっという間に原理主義政権ができたため、ジハーディストは資金に困らない展開となる。アメリカは最初から穏健路線で、威信も高かったため、原理主義国を放置して援助外交に専念する戦略を採った。普通ならジハーディストの「手」の方が早いはずだが、ダイス目が死ぬほど悪く、ダイス3個振って「1〜3」が2個出れば成功する大ジハード(革命)を三回やって一個も出ないという、恐ろしく無能な現場指揮官だった。結果、アメリカはアラブ、ジハーディストはアフリカという「棲み分け」がなされ、互いにソロプレイのような展開となるも、やはり最後はジハーディストが逃げ切ってサドンデスとなった。

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2017年02月03日

予備罪は立件が難しい

【<公明>「共謀罪」提出容認 党内調整「テロ対策なら理解」】
 公明党は、「共謀罪」の構成要件を絞り込み「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案の国会提出を認める調整に入った。改正案の対象になる犯罪を政府が現在想定している676から300前後に減らせば、テロ対策として世論の理解が得られると判断した。改正案は今国会で成立する可能性が出てきた。井上義久幹事長は27日の記者会見で「(法案の)必要性は認識している。国民の懸念をどこまで解消できるかだ」と指摘。「出せば成立を見込むのが基本だ」とも述べた。「共謀罪」は、捜査当局の拡大解釈で人権侵害を生む恐れがあると批判され、過去に3回廃案になった。一方、安倍晋三首相は改正案について今国会で「かつての共謀罪とは違う」と繰り返し答弁しており、公明党が提出に慎重姿勢を取り続けるのは難しくなっていた。
(1月28日、毎日新聞)

政府は、共謀罪と全く同じ内容ながら、「テロ等準備罪」と改称した。この辺の小手先技も、いかにも小者臭がする。政府の真の目的が「反体制派の一掃」である以上、堂々と治安立法の必要性を掲げて国民に訴えるべきだった。

例えば、ソ連の大粛清(Большой террор=大テロル)の場合、キーロフ暗殺を受けて、共産党執行部は「トロツキー一派による犯行」として「反革命が迫っている」との見解を示した。スターリンは中央委員会において、「階級闘争が進めば進むほど、反革命派は抵抗を過激化させており、この連中を完全に排除させない限り、階級闘争の勝利は無い」と演説し、大粛清を宣言した。
ソ連の場合、政治局員が白昼堂々とオフィスで党員に殺害されるという不始末(痴情のもつれという解釈もある)を「体制に対する反逆」と読み替えて、テロルを定式化させたわけだが、実際に農業集団化による農民の怨嗟は「現実的な危機」として共産党内で共有されていた。

ところが日本の場合、原発事故や集団的自衛権の解禁などで一時的に反政府運動が盛り上がったとは言えるものの、それも広範な国民的支持を得るには至らず、選挙では自民党の圧勝が続いている。ジハーディストによるテロは一件も起きていないし、計画がなされたという話も聞かない。つまり、強硬な治安立法を行うだけの立法根拠が何一つ無いため、苦しい説明をせざるを得ないのだろう。
同時に、外形的な立法根拠が何も無いのに、こうした治安立法を強行するのは、政府が自らの統治能力に自信を失っているためだと考えられる。興味深いことに、現場の警察官等からは「共謀罪が無いと治安が維持できない」などという声を聞いたこともない(本音ベースで「何故強行するのか分からない」と言う関係者もいた)。こうした状況は、1925年の治安維持法の時と酷似しているが、当時の方が「コミンテルン」や「共産党」の脅威は今日よりはるかに「現実的」だった。

そして何よりも予備罪や準備罪の立件は難しい。
政府はテロ等準備罪の構成要件を「テロ団体等、綿密な計画、犯行合意、準備行為」と説明している。だが、私が元ブントの人からヒアリングしたところでは大いに疑問符がつけられる。曰く、
「たまたま赤軍派(関西ブント)連中の溜まりのすぐ近くでビラづくり作業してたんだけど、あの連中は扉も閉めずに大声でハイジャックする話をしていて、それも銀行強盗でももっと真面目に計画するだろうというくらい、杜撰とすら言えない妄想の類いにしか聞こえなかった。それから10日後くらいに実行されて、あんなんで本当にハイジャックできるのか、とどうしても信じられなかった」

とのこと。現代でもジハーディストの自爆テロは、志願者に自爆用ベストを渡して行き先を指示するだけであり、果たして誰を対象にどこまで要件を成立させられるのか、疑問は尽きない。
この話の難しいところは、ブントを「テロ団体」としてしまうと、学生運動参加者を全員テロリスト認定することになるし、赤軍派に限定しようとすると別に党員登録されているわけではなく、みな自称しているだけなので(少なくとも当初は)、誰がメンバーなのか特定するのが難しいという問題が生じる点にある。つまり、「学生運動家」と「テロリスト」の線引きなど現実的には非常に難しく、ムリにやろうとすると冤罪の原因にしかならない。

2001年の米同時多発テロや、2015年の仏同時多発テロならば上記の要件も当てはまるだろうが、現実には限りなく個人レベルのテロや、計画性の無いテロ、模倣犯など、政府が挙げている要件を満たせないテロの方がむしろ多数と考えられる。
例えば、2013年の米ボストンマラソン・テロの場合、いまだに被疑者とテロ組織との関係は確認されず、計画と呼べるような計画書の類いも発見されていない。にもかかわらず、殺人などの罪状で死刑が宣告されている。この容疑者を、「テロ等準備罪」で取り締まれたかと言えば、まずムリだっただろう。

実際、治安維持法は「実際の適用が難しい」として適用緩和と対象拡大が進められ、戦前期の最大の悪夢となり、国民弾圧をほしいままに反戦・自由主義グループを一掃して、軍国と戦争に邁進する推進力になってしまったのである。
すでに先の刑事訴訟法改正で、通信傍受が大幅に緩和されたことを考えても、共謀罪と盗聴のコンボで「電話で冗談言っただけで逮捕」の環境が成立することだけは、覚悟しておいた方が良いだろう。
posted by ケン at 12:43| Comment(4) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月02日

トルコが首相位を廃止

【トルコ国会が改憲案承認、大統領権限を大幅に拡大 国民投票へ】
 トルコ国会(定数550)は21日未明、レジェプ・タイップ・エルドアン大統領の権限を大幅に拡大する憲法改正案を承認した。今年4月に改憲の是非を問う国民投票が行われる見通しとなった。深夜に開かれた議会で、改憲案は賛成339、反対142で承認された。賛成票は憲法改正を最終承認する国民投票を行うために必要とされている全議員の5分の3に当たる330票を上回った。
 トルコは大統領が国家元首だが議院内閣制を採用しており首相の権限が強い。改憲案は現代トルコで初めて大統領に行政権を持たせる内容で、広範囲に影響を及ぼすとして論争を呼んでいた。改憲案では大統領が閣僚任免権を持ち、トルコ史上初めて首相が廃止される代わりに1人以上の副大統領が置かれる。憲法が改正されれば議会選と大統領選が同時に行われることとなり、改憲案は最初の選挙の投票日を2019年11月3日と定めている。大統領が非常事態を宣言できる条件も緩和されるほか、当初宣言できる非常事態の期間も現行の12週間から6か月に延長される。
 国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチのトルコ代表、エマ・シンクレアウェブ氏はトルコの改憲案は米国やフランスなどの憲法と異なり、大統領の権力をチェックする機能がないと指摘。トルコ弁護士連合会のメチン・フェイジオール会長はトルコをオスマン帝国時代に引き戻すものだとして改憲案を厳しく批判している。
(1月21日、AFP)

日本のマスゴミはあまり取り上げていないようだが、これは本来相当にセンセーショナルなニュースであるはず。これも同じ目標を持つと思われる安倍政権への配慮かもしれない。

トルコは大統領府を置いてはいるものの、基本的には議院内閣制で、2007年の憲法改正前は議会から選出されていた。その権限は、人事権と拒否権を有してはいるものの、行政権や立法権は極めて限定的なものとなっており、ドイツのような象徴大統領以上だが、ロシアやフランスのような半大統領以下という制度になっている。だが、07年の憲法改正を経て、国会議員20人以上の推薦を得た者が立候補して国民投票で選出される仕組みに変更された。
そして、行政権は大統領の指名と議会の承認を経て就任する首相が担うが、長いこと議会が安定しなかったこともあり、本来強固な首相の権限が十分に発揮されなかった。そのため2度の憲法改正を経て、大統領や司法の権限強化が図られてきた。

今回の改革案は、議院内閣制から完全な大統領制に移行させた上で、さらに非常に強い権限を付与するというもので、大統領というよりも「総統」を思い起こさせる制度になっている。本来、議院内閣制は議会による権力の統制と安定に重きを置き、大統領制は権力の分立とバランス機能に重きを置くシステムなのだが、トルコの場合、安定を求めるがあまり、権力を集中させたまま大統領制への移行が模索されており、非常に権威主義的なシステムになる可能性が高い。今後は、議会の立法権や司法の独立がどこまで担保されるかに焦点が当たりそうだ。

トルコは不安定さを抱えつつも、欧米化と近代化を追求してきた中東の「先進国」だったが、そのトルコがアジア・ロシア的な権威主義に傾倒することになれば、その影響は中東や中央アジアに拡大するものと思われる。
posted by ケン at 12:43| Comment(0) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月01日

今さらながら文科汚染

【文科次官、辞任へ=天下りあっせん問題で引責】
 文部科学省が幹部の再就職を組織的にあっせんしていた疑いがあるとして、政府の再就職等監視委員会が調査している問題で、同省の事務方トップである前川喜平事務次官(62)が引責辞任の意向を固めたことが19日、分かった。監視委の調査結果を受け、文科省が正式発表する見通し。関係者によると、文科省が再就職をあっせんした疑いがあるのは、2015年8月に退職し、同年10月に早稲田大学教授に就任した同省の元高等教育局長。
(1月19日、時事通信)

我々的には「今ごろかよ!」というくらい自明の話。それくらい身内による捜査は効をなさない。逆を言えば、身内の捜査でも「膿を出さないと後々大変なことになる」と判断されたくらい、文科省内で腐敗が蔓延していたことを意味する。

実際のところ、大学関係者なら誰でも知るところだが、今日では国公立であれ私立であれ「文科省の天下りがいない大学は無い」と言われるくらいに天下り官僚が増えている上に、経営に参画して運営を悪化させるケースが大半を占めているとされる。大学に文科官僚を天下りさせることで、高等教育の中央統制が強化され、「学問の自由」が失われつつある。
各大学にすべからく天下りさせている時点で、事前に相当の計画と謀議が行われていることは間違いなく、それは文科省が省庁として計画的に行ってきた犯行であると見て良い。

天下りについては民主党政権時に大幅に規制したものの、2012年に自民党が政権を取り戻した後に骨抜きにされ、殆ど「元の木阿弥」と化している。言うまでも無いことだが、高級官僚の天下りは、政官業の癒着と補助金による腐敗を助長させるだけの「悪」そのものであり、禁止する以外に腐敗を防止する方策は無い。

発覚が遅れた1つの理由は、文科省側がずっと虚偽説明を行ってきたためとされる。文科省と外務省は特に虚偽説明の常習犯であり、文科省で言えば、民主党政権が成立する直前、当時のボスが「高校無償化の実現性について」レクを求めた際に、「実現可能性は全く無い」と答弁したにもかかわらず、政権交代が起きるとすぐさま草案を出してきたことが思い出される。
文科官僚は存在そのものが悪であり、全員公職追放して廃省すべきだ。同時に、天下り官僚を受け入れた大学については、元文科役人が全員追放されるまで助成金を見合わせるのが良かろう。腐敗は一方のみで成立するわけでは無く、両者を罰する必要がある。
posted by ケン at 12:29| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする