2017年03月02日

FBやらずば殺られなかった?

【フェイスブックが命取りか=工作員が利用の可能性−正男氏暗殺】
 マレーシアで暗殺された金正男氏について、フェイスブックを利用していたため、北朝鮮の工作機関に居場所を突き止められた可能性があるとの見方が浮上している。英BBC放送やデーリー・メール紙などによると、正男氏は死亡時に所持していた旅券の名義と同じキム・チョルという名前でフェイスブックに登録。ホテルやカジノのそばに立つ自らの写真などを投稿していた。また、ジュネーブのインターナショナルスクールに通った経験があり、マカオ在住と記載。好きな歌手として五木ひろしさんを挙げていた。韓国の元情報当局高官は北朝鮮専門ニュースサイト「NKニューズ」に対し、「殺害の恐れがあった人物とは思えないほど隙のある行為。油断が死につながったのかもしれない」と指摘している。
(2月17日、時事通信)

まさに「キジも鳴かずば撃たれまい」を地で行く話。
画像や地図の検索精度が格段に上がったことで、いつ誰がどこで何をしているのか、わざわざ「ビッグ・ブラザー」を使わずとも、普通にSNSをチェックしていれば分かるようになっている。それだけに、稀にならともかく、「どこで何を食べた」とか「子どもと何をした」などという写真をネットにアップするのは、虚栄心を満たすだけで自分や家族の安全を犠牲にしていることに留意すべきだろう。
正男氏については、以前より治安関係者から「リスク管理が甘すぎる」と指摘されており、同時に北朝鮮当局などから暗殺の対象にされているという噂も流れていただけに、ハナから「カモネギ」の状態にあった。ただ、中国国内で暗殺すると、中共のメンツが潰れてしまうだけに、外交関係的に影響の小さい外国を狙っていたものと思われる。

本件に限らず、IT時代は利便性とプライバシーがトレードオフの関係になっている。伊藤計画的に言うならば、ある自由は他の自由を犠牲にすることで成り立っている。ネット通販で欲しいものを買うのは非常に容易かつ便利だが、趣味や消費傾向、あるいは住所や銀行口座、カード番号などが知られてしまい、あまつさえ「ビッグデータ」などとされて勝手に資本や国家に利用されてしまう。逆にネット時代にプレイバシーを守ろうとするなら、ネットに一切アクセスせず、監視カメラの視界外を歩かなければならない。
現実には個々人がバランスを考えながら取捨選択してゆくのだろうが、「水は低きに流れる」で、どうしても利便性に流れやすい。結果、人間は利便性の快楽に包まれつつ、急速に自由を失いつつある。

文学的に言うならば、正男氏は仮想空間に生を求めた結果、物理空間で抹消されたのである。
posted by ケン at 12:33| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする