2017年03月21日

日本型ペレストロイカに必要なもの、そして失敗する理由・上

民進党大会がすこぶる白けた雰囲気の中で終わり、その支持率も一桁台で推移している。本ブログで何度も指摘していることだが、本質的には自民党と大差ない政策であるため、「じゃあ自民党でいいじゃん」という評価になっていることが大きい。その背景には、自民党と政策的に親和性の高い連合が民進党の最大の支持団体であり続けていることがある。連合の組合員は、大企業の正社員という、現状における「勝ち組」集団で構成されており、正社員給与の原資は非正規社員からの収奪であることから、連合は資本と自民党に奉仕することでしか、組合員の支持を得られない構造になっている。
結果、政権党と野党第一党が大差ない政策を掲げているため、議会政治に求められる本来の機能である政権交代が起きず、仮に政権交代が起きても必要な改革が行われない構図になっている。これは、民主党の菅・野田政権が自民党とほぼ同じ政策(例えばTPPや原発再稼働、集団的自衛権)を打ち出していたことで証明できる。

ソ連のペレストロイカが失敗したのは、現状の既得権益層にして最大の受益者である共産党が自ら大改革に乗り出したところ、受益者であるがために必要な改革が進められず、逆に共産党員からの支持をも失ってしまい、その危機を民主化=分権化で乗り越えようとしたところ、統制不能の事態に陥ってしまったことに起因する。詳細は「ペレストロイカを再検証する」を読んで欲しいが、その教訓は受益者に大改革はできないこと、大改革を強行するためには権力の集中が必要であることを示している。
まずペレストロイカの「おさらい」をしておこう。
「ペレストロイカ」とは、ロシア語で「改革、再建」を意味するが、それはまさに今日の日本で使用されている「構造改革」だった。
軍需部門の供給が過大で、民生部門や食糧の供給や流通が極めて脆弱だったのに対し、家庭等には貨幣が溢れかえっていた不均衡を改革することが目的とされた。軍需を制限し、民営化や規制緩和を進めることで、民生部門の供給を増やして流通を改善、滞留した貨幣を回収して民生部門の投資に回すことで経済成長を目指したのだ。

ペレストロイカの急務として挙げられるのは、「市場経済化による経済再生」「軍備負担の削減と軍需産業の民需転換」「同盟国再編による軍備削減と貿易収支の適正化」、そしてもう一つ加えるなら、市場経済化と関連して「補助金漬けの赤字財政の解消」があった。

ところが、ペレストロイカは、指導層の掛け声や、西側社会からの評価に比して、全く進んでいなかった。具体例を挙げると、1989年時点で企業の民営化率は1%、90年時点で商品の自由価格率は1割に遠く及ばなかった。1990年予算で歳出に占める食糧価格調整金(補助金)の割合は20%、コルホーズを始めとする国営企業補助金が20%、軍事費が15%超という有様だった。
ミクロで見ても、1954年から90年に至るまでパンの公定価格は一切変わらなかった(70コペイカから1ルーブル)にもかかわらず、独立採算制の導入や政治的理由から労働賃金を上げ続けた結果、貨幣の過剰滞留現象が起き、潜在的インフレーションを表面化させていった。また、生産価格を無視した公定価格を維持するために、国庫から際限なく補助金が出された結果、歳出に占める食料価格調整金の割合は20%にも達していた。このことは、ゴルバチョフ政権が食糧の公定価格制度に全く手を付けられなかったことを示している。

最終的にゴルバチョフは、莫大な宿題を抱えたまま、殆ど成し遂げること無く「ゲーム・エンド」を迎えてしまった。
社会主義経済の体制転換は全て失敗したわけではなく、例えばハンガリーの場合、1990年時点で、自由価格率は80%を達成しており、企業民営化も「遅い」との非難を浴びつつも20%に達していた。そのため、ハンガリーでは、他の東欧諸国で見られた大行列の類いは殆ど起きること無く、市場経済と民主化を達成している。
また、中国では農産物の自由価格・流通を先行させて、90年時点で農産物のほぼ全てが自由化されていたため、やはり行列の類いは発生していない。重要なのは、社会主義国でも構造改革に成功した国があるということだ。
デフレ下で構造改革する愚劣) 

ソ連崩壊は社会主義(計画)経済の機能不全によって発生したが、現在の日本はどうだろうか。西側社会ではいまだに言われているソ連の「物不足」だが、現実に物不足が顕在化したのは1987年後半以降のことで、物不足が深刻だったのは3〜5年程度のことだった。つまり、目に見える現象が無いからと言って、国家や社会の安定が保証されるわけではないのだ。

日本国内に目を向けると、労働力人口6500万人に対して、年収300万円以下が2500万人を超えるに至っている。つい15年前には家計貯蓄の多さを誇っていたものが、いまや3世帯に1つは金融資産ゼロになっている。生活保護世帯は164万世帯だが、その捕捉率は20%とも言われ、現実には800万世帯が生活保護水準以下の生活を強いられていることを示している。地域レベルで言えば、例えば大阪市の場合、子どもを持つ3世帯に1つが就学支援金を受給しているという。
貧困そのものは、必ずしも社会や国家の崩壊に直結するものではないが、国政選挙の投票率が6割に届かず、自治体選挙に至っては3〜4割でしかない現状は、現行の民主主義体制に対する国民の合意、あるいは国民統合力が低下していることを示しており、貧困はさらにこれを加速させてゆくと思われる。

現在進行中の日本の危機は、いくつかのレベルで論じることができるが、主なものを挙げてみよう。

・貧困
・デフレ・ギャップ
・低労働生産性
・低金利
・低収益
・歳出の3割を占めて急増中の社会保障費


歴史的には、冷戦の終焉とともに旧東側ブロックが自由市場化されたことで、国際競争が激化した。西欧諸国は、旧東欧圏に工場移転を進め、日本は中国に工場を移転させていった。これにより、国内産業の空洞化が進み、西欧では失業が深刻化した一方、日本は失業を回避すべく社員の非正規化が進められた。
また戦後和解体制は、ソ連ブロックへの対抗上、労働力動員と国民統合を円滑にするため、社会保障制度を整備し、労働者保護を進めたが、ソ連の崩壊と中国の開発独裁化によって「社会主義陣営への配慮(宣伝)」の必要性が失われ、社会保障、賃金、待遇の切り下げが進められた。
特に2000年代に入ると、中国の「世界の工場」化に伴い、財界から賃金ダンピングの圧力が強まって、「小泉改革」に象徴される新自由主義的改革がなされた。その結果、現在では労働力人口6500万人に対して、年収300万円以下が2500万人を超えるに至っている。家計貯蓄の多さを誇った日本が、いまや3世帯に1つは金融資産ゼロになっている。
90年代以降、自民党政府が何度も巨大な財政出動を行ったにもかかわらず、一向に景気が改善されないのは、国内消費が完全に頭打ちで、貧困層を増やしているためだと言える。分かりやすい例えを挙げるなら、自動車工場の工員の大半が非正規化された結果、誰も車を買わなくなってしまったということであろう。

日本のデフレ現象は、バブル期の供給体制が維持されたまま、非正規化などによる賃金ダンピングで需要が低下していることによって起きている。つまり、ソ連とは逆で「店には商品が溢れかえっているが、購入する金が無い」である。
需要が低下しているのだから、本来であれば供給を減らせば需給バランスが取れるものの、日本は供給を減らせない構造になっている。企業倒産を極小化する仕組みや容易に解雇できない制度がそれだ。日本の場合、公的融資制度が充実していると同時に、大企業に対しては政策減税が、中小企業には補助金が手厚く配分されており、欧米に比して倒産件数が少ない構造になっている。これは、一見良いことのように思われるが、現実には低収益の企業を温存し、労働力の移転を阻害、低労働生産性と法人税の減収を常態化させる原因となっている。そして、この低収益が、低賃金、長時間労働、貧困を誘発している。
つまり、公的融資機関、政策減税、各種補助金が、市場の自由競争を阻害し、本来退出すべき不採算企業をゾンビ化させて生き残らせ、経済成長を低迷させている。この点、倒産の無い国営企業群が経済成長を阻害した社会主義国と似ており、公的融資機関、政策減税、各種補助金の縮小、廃止は不可欠だろう。実際、「福祉国家」と言われながら、いまも経済成長を続けているスウェーデンには、この類いのものは存在しないという。
そして、政治家が企業と官僚を仲介し、官僚が減税・補助金を出し、企業が官僚の天下りを受けつつ政治家に献金する、という「腐敗のトライアングル」が日本の成長を阻害して社会をむしばんでいる。旧民主党は、その初期にその打倒と改革を謳っていたはずだが、今では完全に取り込まれてしまって、見る影も無い。
(以下、続く
posted by ケン at 12:37| Comment(0) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする