2017年04月25日

山崎雅弘 「天皇機関説」事件

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『「天皇機関説」事件』 山崎雅弘 集英社新書(2017)
【目次】
第一章 政治的攻撃の標的となった美濃部達吉
1 貴族院の菊池武夫が口火を切った美濃部攻撃
2 美濃部攻撃の陰の仕掛け人・蓑田胸喜
3 美濃部達吉が述べた「一身上の弁明」
4 当代随一の憲法学者・美濃部達吉
5 国会の内外でエスカレートする「美濃部叩き」

第二章 「天皇機関説」とは何か
1 天皇機関説と天皇主権説(天皇神権説)
2 上杉慎吉と美濃部達吉の「機関説」論争
3 文部省も加わった天皇機関説の排撃運動
4 美濃部擁護の論陣を張った「帝国大学新聞」
5 昭和天皇も認めていた天皇機関説の解釈

第三章 美濃部を憎んだ軍人と右派の政治活動家
1 「陸軍パンフレット」に対する美濃部の批判
2 軍人勢力各派は「機関説問題」にどう反応したか
3 右翼団体による「機関説排撃運動」のエスカレート
4 騒動を岡田内閣打倒に利用しようとした立憲政友会
5 美濃部が『憲法撮要』に記した「統帥権」の意義

第四章 「国体明徴運動」と日本礼賛思想の隆盛
1 次第に追い詰められた岡田啓介首相
2 急激に力を持ち始めた「国体」というマジックワード
3 岡田首相の第一次国体明徴声明の発表
4 さらに激しさを増した美濃部と機関説への糾弾
5 消えかけた火を大きくした美濃部の「第二の弁明」

第五章 「天皇機関説」の排撃で失われたもの
1 窮地に立った岡田内閣と第二次国体明徴声明
2 天皇機関説事件から二・二六事件へと通じた道
3 美濃部の学説と共に排斥された、自由主義と個人主義
4 際限なく称揚される「天皇」「国体」という錦の御旗
5 実質的に機能を停止した日本の「立憲主義」

『戦前回帰』『日本会議 戦前回帰への情念』で軍事史以外の分野でも論壇デビューされた山崎雅弘氏の新著。
1935年春に起きた天皇機関説事件を概観した新書だが、本件を中心に据えた書は1970年の宮澤俊義『天皇機関説事件―史料は語る』以外に殆どなく、約50年を経て新たに光を当てている。

天皇機関説事件は、戦前期に「軍部独裁」が確立してゆく過程に生起し、明治憲法の立憲制や権力分立を否定し、形式上は天皇に権力を集約させつつ、実権は軍部を中心とするエリート官僚が掌握する結果となった。つまり、明治体制なりの分権体制から昭和の権力集中体制に移行する理論的転回の転機となった事件と言える。
1935年2月、貴族院で菊池武夫議員が美濃部達吉議員(東京帝大名誉教授)の天皇機関説を攻撃したことに始まり、「国体を否定するもの」「国賊」「学匪」などといった非難、攻撃が激化、美濃部家には続々と脅迫が届き、本人や家の周囲に不審者がつきまとうようになった。甚だしきは、文部省から「右翼テロに注意するよう」旨の警告に続いて「転向」を求める文書までが来たと言われる。
ところが、実際には美濃部説は当時の学界、官界における通説で、官僚採用のための高等試験も全てこれに基づいていた。しかも、当の貴族院では美濃部が自説を説明したところ、大きな拍手が起きて理解を得たはずだった。にもかかわらず、美濃部は不敬罪で告発され、マスゴミの攻撃にさらされ続け、ついには貴族院議員を辞任、その後右翼テロリストに銃撃されて重傷を負った。その間、政府は「国体明徴声明」を出して美濃部説を否定している。恐ろしいことに、美濃部を負傷させた銃撃犯はついに逮捕されず、同じく銃撃し命中しなかった犯人は懲役3年で済んでいる。
(中略)
昭和のテロリズムは、個々の政治家や財界人や学者を死傷させたことではなく、明治憲法に明文化されていない多元支配の構造(明治末年から大正期にかけて理論化された)を否定し、天皇による一元支配と擬装された軍部支配を実現した点に真の効果がある。同じ意味で、大正期の国際協調主義を否定し、軍国主義を促進させた点も大きい。テロルの副次的効果として、マスコミが便乗して大衆を扇動、リベラル派の知識人が沈黙し、官僚が自らこぞって国家主義・軍国主義に転向していった。また、(左翼)テロに対する警戒を理由に治安維持法などが制定されて恐怖支配が正当化された。
テロルの効用について(2014.10.2)

本件は満州事変や226事件のようなドラマティックな展開があるわけではなく、弾劾された美濃部博士もテロルに遭ったとはいえ、殺害は免れた上、当局に逮捕・収監されたわけでもないため、「悲劇のヒーロー」に祭り上げられることもなく、非常に地味な出来事にされている。だが、ソ連史で言えば、トロツキー追放やブハーリン裁判に匹敵する転機の一つであり、これを無視して戦前史は語れない。

今日的には、パックス・アメリカーナによる国際秩序が瓦解しつつある中にあって、日本の国力も低迷する一方、中国の影響力が急速に拡大、冷戦期の対立構造から脱却できない日本は、非常に大きな緊張下におかれている。国内でも貧困が蔓延し、経済格差が拡大して、社会不安が広がっている。結果、分権的なデモクラシーに対する否定的見解が広まり、自民党と霞ヶ関に権力を集中して「危機」を乗り越えようとする考え方が支持を集めつつある。つまり、戦前期とよく似た政治、国際環境の中で、似たような社会風潮が醸成されつつある。天皇機関説事件を俯瞰する意義はそこにある。

本書は、事件の時系列を正確に追いながら、様々な勢力の様々な思惑が交錯する複雑な背景にも焦点をあて、複合的に解説、事件の前後で何が変わったのか明快に説明している。
宮澤『天皇機関説事件』は、いかんせん当事者の一人(美濃部の弟子にして反逆者)である宮澤が著者であるため信頼性に欠ける上、法律家であるため資料の羅列と訓詁学的解説に終わっている。宮澤の問題は後でまた触れるが、上下二巻を読むのも一苦労な代物なので、山崎氏の新書は大きな意義がある。

ただ、新著という制約もあって、惜しい点もある。天皇機関説事件の意味するところ、経緯、人間関係、勢力図などは端的に説明されているが、「なぜ事件が起きたのか」「なぜ権力の集中が求められたのか」などの背景説明が十分とは言えず、ある程度の前提知識が無いと大局的には理解できないかもしれない。

私なりに補足しておくと、日本は第一次世界大戦で生産力を大きく拡大させたものの、同大戦の終了により需要が急低下して、大正デフレ(慢性不況)が生じる。1920年代は、国際協調路線により、英米圏の市場を利用することで破断界を免れたものの、それも1929年の大恐慌の勃発により頓挫する。国内に目を向けてみると、デフレと緊縮財政と大正軍縮によって、不景気が長期化し、軍人(退役者を含む)を中心として国民の不満が高まっていた。
世界恐慌を受けて英米が自由貿易から保護貿易・ブロック経済に転じる中、日本政府は為すすべを持たず、軍部の暴走が始まる。軍部は世界恐慌から国際緊張が高まると判断し、再度の大戦勃発を念頭に必要な軍事力を担保しつつ、独自の経済圏を確立する方策を模索する。

海軍は、「米英との手切れ」を想定して軍拡が不可欠と考える艦隊派と、「国際協調はまだ可能」と考える条約派に二分していたが、1930年のロンドン会議の時点では条約派がやや優位にあり、民政党浜口内閣と連携して軍縮条約を締結させた。これにより軍拡競争は避けられたものの、艦隊派には強い不満が残り、「統帥権干犯」問題の発端となった。
次いで、陸軍は満州事変(1931.9)を起こす。陸軍としては、米英との連携が難しい以上、単独でソ連の脅威から身を守る総力戦体制を築く必要があり、その経済的基盤として中国を支配下に置いて日本独自のブロック経済を構築しなければならないと考えた。だが、満州事変では、陸軍中央や内閣からの掣肘が入り、必ずしも関東軍(大陸進出派)側の満足する結果にはならなかった。

この二つは密接に関係していて、ロンドン軍縮条約が今で言う政治主導で締結されたのは、憲法の美濃部説(天皇機関説)に基づく権力分立論に依っていた。美濃部説は、軍の編成権は内閣にあるが、統帥権は軍部にあるというものだった。軍縮条約締結を受けて、大陸進出派は「統帥権の範囲ならオレ達で勝手にやっていいんだな」と考え計画したのが満州事変だった。
いざ満州事変を起こしてみると、美濃部の権力分立論が立ちはだかり、陸軍の思うようにはならない。海軍は海軍で、ロンドン軍縮条約の更改が1935年に行われるので、そこに焦点を合わせて艦隊派が挽回を図る。陸海軍は、ともに「次の大戦」を想定して編成権と統帥権の独占的行使が必要と考え、その攻撃の矛先を美濃部へと向けていった。

こうした軍部の思惑を利用したのが政友会だった。満州事変の対応に失敗し、軍部への統制力を発揮できなかった民政党若槻内閣が瓦解すると、政友会の犬養内閣が成立し、満州事変と軍部への協力姿勢を示した。ところが、軍部の若手が暴発して5・15事件を起こし、犬養を殺害してしまう。「政党政治家では軍を抑えられない」との重臣らの判断から、海軍出身の斎藤実、岡田啓介に組閣を命じるが、二人は民政党に近かった。これは「軍に近すぎる政友会は危険」との重臣らの認識に基づいていた。ところが、1932年2月の総選挙では、親軍派の政友会が圧勝、定数466のうち303議席を獲得していた。

議席の3分の2以上を有していたにもかかわらず、政権を担えない政友会は大きなフラストレーションを抱えていた。その任期は1936年2月までであり、政友会としてはゲーム的判断から、「解散させず、絶対多数を保ったまま政権を取る」ことを至上命題とし、具体的には民政党寄りの岡田内閣を徹底攻撃する戦術に出る。そこに降ってわいてきたのが「天皇機関説事件」だった。
事件は政党に関係ない貴族院で勃発するが、政友会は即座に美濃部批判を開始、在郷軍人会と連携して「国体明徴運動」を展開していった。最終的には、岡田内閣を倒すには至らなかったものの、これを屈服させて天皇機関説を撤回させることに成功した。
にもかかわらず、36年2月20日の総選挙では政友会は大敗し、民政党が議席の過半数を獲得してしまう。その6日後に起きたのが2・26事件で、軍部反乱の責任をとって岡田内閣は総辞職し、親軍派の外務官僚である広田弘毅が組閣、1年後の37年2月に総辞職するも、その半年後の37年7月に日華事変が勃発、全面戦争・戦時体制へと突入していった。
何のことは無い、政友会は自分の手で議会政治と政党政治を葬り去ったのだ。

最後になるが、資料集としては価値が認められる『天皇機関説事件―史料は語る』を著した宮澤俊義は、一般的には「八月革命説」をもって現行憲法の正統性を理論づけた法律家として知られるが、もともとは美濃部の教え子で、後継者と目されていた。ところが、事件が起きると学説を曲げ、天皇主権論に転向、師匠の排撃にも一役買った挙げ句、「皇孫降臨の神勅以来、天照大御神の新孫この国に君臨し給ひ、長へにわが国土および人民を統治し給ふべきことの原理が確立」(岩波『憲法略説』1942)とまで述べた。
終戦後も当初は「憲法改正の必要なし」との見解を示していたが、ある日突然(46年4月)「八月革命説」を唱えて憲法改正の必要性と新憲法の正統性を訴えた。八月革命説については「日本国憲法は欽定憲法だった!」を参照のこと。
自らの師匠を追放し、その地位に収まった挙げ句、自説を二転三転させてなお「(現行)憲法の擁護者」のスタンスをとり続けたのが宮澤だった。ほとんどフーシェ並の厚顔無恥ぶりであるが、この手の機会主義者(クズの本懐)どもが作り上げたのが戦後民主主義であることを思えば、容易に瓦解しそうなのも頷けるであろう。

【追記】
事件に際しては、検察から「起訴する」と脅されてやむなく一切の公職から身を引いた美濃部だったが、その胆力というか頑固さは凄まじいものがある。長男・亮吉(経済学者、人民戦線で弾圧、戦後都知事)の回顧によると、戦時中は吉祥寺に住んでいたが、近くに中島飛行機の工場があったため(現ICU)、頻繁に爆撃を受け、そのたびに家鳴り震動して窓ガラスが割れたが、美濃部は頑として座敷から離れようとせず、決して防空壕には入らなかったという。

posted by ケン at 12:56| Comment(0) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月24日

民進党がダメなワケ

【民進・結党以来最低 支持率6・6% 共産にも奪われ 産経・FNN世論調査】
 民進党の支持率低落に歯止めがかからない。産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が15、16両日に実施した合同世論調査で、民進党の支持率は6・6%と昨年3月の結党以来、最低を更新。国会で学校法人「森友学園」(大阪市)問題などを追及しても支持には結びつかず、足元では身内が離反する始末で、蓮舫執行部は八方塞がりの状況だ。
 「先週、残念なことが続いたことが、そういう結果になっているのだろうと思う。国民に申し訳ない」
 野田佳彦幹事長は17日の記者会見で低支持率の原因について、長島昭久元防衛副大臣の離党届提出や細野豪志元環境相の代表代行辞任が重なったことを挙げた。「極めて苦しい時期だが、改めて国会対策や選挙対策にしっかりと心して臨んでいきたい」とも語ったが、党勢回復の妙案は見えてこない。
 支持率低迷の最大要因は、旧民主党政権を支えた無党派層の支持が戻らず、一部は共産党にも流れていることだ。今回の調査で「安倍晋三内閣を支持しない」と答えた人に支持する政党を問うと、民進党と共産党が14・5%で並んだ。さらに「支持政党なし」は53%にも上った。
 安倍内閣の支持率59・3%も踏まえると、民進党は政権に反発する数少ない人の支持さえつかんでいない実態が浮かび上がる。
 昨年9月に就任した蓮舫代表には、次期衆院選に向けた「選挙の顔」として無党派層の取り込みが期待された。蓮舫氏は「提案型」の党運営を掲げ、一時は次期衆院選公約に「2030年原発ゼロ」を打ち出せないか模索もした。
 しかし、2030年原発ゼロは党最大の支持団体、連合の反発で表明を断念。前執行部から引き継いだ共産党との共闘路線も「政権担当能力への不安を増幅させ、無党派層への遠心力となった」(党閣僚経験者)面が大きく、支持率は10%前後の低空飛行が続く。
 7月2日投開票の東京都議選をめぐっては、18人いた民進党都議のうち5人が離党届を提出し、さらに1人が提出の意思を固めた。小池百合子都知事が事実上率いる地域政党「都民ファーストの会」に流れる「離党ドミノ」も止まらない。
 党内では、代表のリコールを検討する勢力もあるが、「党の再生を図るより分裂した方が手っ取り早い」(保守系議員)との声すら上がっている。
(4月17日、産経新聞)

サンケイなので悪意剥き出しの記述になっているが、急所は外していない。
民進党の支持率が上がらないのは単純に野党第一党、あるいは政権党の対立軸として認められていないことに起因する。何度も述べていることだが、繰り返したい。

現在のところ民進党の国会議員は大きく三派に分けられる。これは実際に所属する派閥や勉強会とは別に、基本的な政治スタンスで考える。つまり、保守派、中間派、労組派である。
保守派は今回離党した長島氏に象徴されるように、「集団的自衛権」「共謀罪」「原子力発電」「親米外交」「TPP」などの点で自民党と何ら変わらないスタンスを持ちながら、自民党の公認が得られずに民主党から立候補、当選した者たちを指す。多少の温度差はあるものの、党代表の蓮舫氏、党幹事長の野田氏を筆頭に、前原氏や官僚出身者たちの多くもこれに属する。そもそも論でいえば、代表と幹事長を筆頭に保守派が執行部を握っている段階で、自民党との対立軸など打ち出せるはずもない。集団的自衛権にしても、共謀罪にしても、原発再稼働にしても、野田内閣が推進してきた政策であるだけに、反対すれば反対するだけ説得力を失う構造になっている。本来であれば、長島氏が離党するのではなく、野田氏と前原氏が率先して離党して保守新党をつくり、自民党と連携していれば、政界の構図はかなり明快になったはずであり、保守派を除いたメンバーで新たな対立軸をつくることも可能だった。

だが、現実はもっと厳しい。仮に保守派が抜けた場合、党の主導権は連合系が握ることになるが、連合は連合でその政策は現在の民進党よりも自民党に近いからだ。例えば、「集団的自衛権(ゼンセン)」「原発再稼働(電力、電機)」「TPP(自動車)」「リニア新幹線(JR)」などが象徴的だが、実は肝心な労働問題では連合は「同一労働同一賃金」「残業規制」「扶養控除廃止」に反対で、むしろ自民党よりも保守的なスタンスをとっている。それだけに、仮に労組派が主導権を握ったところで、政府・自民党に批判的な大衆の支持を得るような政策を打ち出せる可能性は非常に低い。ちなみにある産別で政党支持のアンケートをとったところ、自民党が3割に対し民進党は2割だったという。

連合はなぜ自民党を支持しないのか 
連合が自民党と合一的である理由について 

中間派は、その場その場のパワーバランスを見て強い方につくだけで、自らの当選、再選しか考えていない連中なので、ここでは考慮する必要は無い。

また政策的には、自民党安倍・麻生の右翼新自由主義路線(緊縮財政、供給者優遇)への対立軸として最も有効だったであろう左翼ポピュリズム路線(積極財政、消費者優遇)を打ち出したのが小沢・鳩山両氏だったわけだが、財務省の影響下に置かれた菅・野田両氏によって全面否定された挙げ句、党を挙げて追放してしまった。その結果、民進党は同じ路線を打ち出せず、かといって代替案も無いまま、ただ「自民党に反対するだけ」になってしまっている。菅や野田氏らを排除しない限り、路線転換もできない状態にある。

まぁ結論としては、サンケイに書かれるまでもなく詰んでいるんだけど。
posted by ケン at 12:06| Comment(0) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月22日

策に溺れて自分の首を絞める連中

【「わが闘争」の教材使用可能=政府答弁書】
 政府は14日の持ち回り閣議で、ナチス・ドイツの独裁者ヒトラーの自伝的著書「わが闘争」の教材使用について、「教育基本法等の趣旨に従っていること等の留意事項を踏まえた有益適切なものである限り、校長や学校設置者の責任と判断で使用できる」とする答弁書を決定した。民進党の宮崎岳志氏の質問主意書に答えた。答弁書では、「同書の一部を引用した教材を使用して、執筆当時の歴史的な背景を考察させる授業が行われている例がある」と紹介。その上で、「仮に人種に基づく差別を助長させる形で使用するならば、同法等の趣旨に合致せず、不適切であることは明らかだ」と指摘し、そうした指導があった場合は「所轄庁や設置者において厳正に対処すべきものだ」としている。 
(4月14日、時事通信)

こういうの出した本人は「してやったり!」と思っているのだろうし、リベラル派は「やっぱり自公政権はファッショ」と「いいネタもらった」と喜んでいるようだが、実際のところは何のことは無い、全体主義教育のお墨付きを与えてしまっただけの話であり、そのとばっちりを受けるのは一般市民であろう。

何も考えていない、その場のポイントを稼ぎたい国会議員がこの手の質問(主意書)をするたびに「政府許可」の範囲が広がる構図になってしまっている。一度政府が許可してしまえば、政権交代して政策転換しない限り、どのような教材も有効であり続ける。たとえ政権交代しても、霞ヶ関の「国家無謬論」により、一度出した政府答弁書をひっくり返すのは容易ではない。

この間、国会の議論で十分にポイントを上げられない民進党は、質問主意書を山のように出して、官僚の主観的には「ハラスメント攻撃」を仕掛けているが、自民党的には「もっけの幸い」とばかりに「災い転じて福となす」にしてしまっている。
政治的センスの点でも民進党は話にならない。
posted by ケン at 13:00| Comment(0) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月21日

朗報!連合が脱民進へ

【都民ファーストの候補、連合東京が推薦へ 都議選】
 7月の東京都議選で、連合東京が、小池百合子都知事が率いる地域政党「都民ファーストの会」の候補を推薦することが分かった。連合が支持する民進党からの離党者が対象。民進都議らの離党が加速する可能性がある。
 関係者によると、連合東京と都民ファーストは3月上旬、民進在籍時から連合東京が支援してきた候補に限り、都民ファーストに移った後も推薦することで一致。一方、長時間労働の是正などの政策を推進することでも合意したという。民進の勢いが低迷するなか、連合東京は支援候補の当選を図る狙いがあるとみられる。民進と都民ファーストの候補が競合する選挙区では、民進候補の支援を優先するという。
 都議選では、民進の公認予定者36人のうち7人が離党届を出し、うち4人は都民ファーストの公認予定者になった。連合東京は、このうち3人の推薦を決めている。離党が続く現状について民進党幹部は「『選挙互助会』のようで、かっこ悪い」と話した。
(4月4日、朝日新聞)

全国の民進党支持者の皆さまに朗報です!
ナショナルセンター連合がいよいよ脱民進に向けて舵を切りました。早速、某産別幹部にお話を伺ったところ、「あれは東京のことだから」とバッサリ。でも、そんな妄言が許されるわけがありません。「満州事変は関東軍が勝手にやったこと」とでも言うつもりなのでしょうか。バカですね。
でも、これにより、民進党候補は安心して脱原発も、反リニアも、電波オークションも、同一労働同一賃金も主張できるようになるでしょう。まぁ都議選にはあまり関係ありませんが。
今後は、さらに連合系候補が離党を進め、現職都議でも小池新党に寝返るものが続出すると思われます。永田町では「少なくともあと10人は離党する」と言われています。
ちょうど良い機会なので、党中央でもコミュニストとの連携を進めて連合執行部を揺さぶってやれば、すぐにも本性を露呈して自民党に降伏するでしょう。
野党に寄生して対立的な政策・主張を妨害することで間接的に政権党と霞ヶ関を支援する連合は、議会政治と民主主義を阻害する100%有害な存在でしかありません。
今後、連合さんには自民党議員を積極的に支援いただいて、「すべての働く人たちのために、雇用と暮らしを守る」理想を実現していただければ幸いです。

余談ですが、連合の歴代会長の最高学歴と叙勲歴は以下の通り。

初代 山岸章:海軍予科学校、金沢逓信講習所−勲一等
二代 芦田甚之助:早稲田大学−従三位
三代 鷲尾悦也:東京大学−従三位
四代 笹森清:川越高校−従三位
五代 高木剛:東京大学−旭日大綬章
六代 古賀伸明:宮崎大学
現職 神津里季生:東京大学

歴代会長のうち大卒でないのは山岸、笹森の二名のみ。東大出の会長が半数を占めています。例えば、モスクワ大学出で胸にキンキラキンの勲章が並ぶ全ソヴィエト労働組合中央評議会議長が「全労働者の代表」たり得るかと言われれば、あり得ないでしょう。官製組合とはそういうものなのです。

【追記】
つい先日、うちの事務所にも連合幹部が訪れて、ボスに「これ以上NK党と共闘、連携姿勢を示すなら、一切推薦しないし、あらゆる協力もしない」と強請して帰られました。もちろんわがボスは連合に絶対忠誠を誓うものでありマス!
posted by ケン at 12:31| Comment(2) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月20日

The Soviet-Afghan War (MW)

「Strategies and Tactics」誌の姉妹誌である「Modern War」第26号を購入。付録ゲームは「The Soviet-Afghan War 1979-1989」

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確か12月初旬に米国で刊行されたはずだが、同下旬には付録ゲームのルール和訳が添付されてイエサブで販売されていた。ロクに確認せずに衝動買いしてしまった結果、開けてみてからソロプレイ専用であることに気づいた。まぁソロプレイ用と分かっていても、考えた挙げ句買っていただろうから問題は無い。ソ連・東欧学徒としては避けて通れないテーマである。
デザイナーはJoseph Miranda氏。初見のデザイナーだが、S&T誌を中心に古代から現代戦まで手広くデザインされている模様。

対ゲリラ戦をソロプレイとか考えただけで鬱々しそうなシチュエーションだったが、テーマもマイナーなだけに人を誘うのも気が引け、まずは一人で試すことにした。
だが、ルールを読んでみると、色々独特なシステムの上、(訳ではなく)ルールそのものに不備が多く、特に兵科記号やユニットの説明に不足が多いため、「スペツナズ旅団ってどれ?」「イスラム義勇兵ってどれ?」「ジハーディストとイスラム義勇兵は別物?」みたいな混乱が次々と生じた。こういう時も他人がいれば、相談もできるが、一人だと延々と原文と日本語ルールを見て悩まないとならない。
とはいえ、ルールそのものは簡単で、ユニットも少ないため、一度プレイしてシステムを把握してしまえば難しいことは何も無い。

取りあえず1979年のソ連による軍事介入から始まる第一シナリオをプレイ。1ターン1年で、短期シナリオだと80年までの2ターンで、カブールと他4都市とサラン峠(トンネル)を制圧、支配することが求められる。
ゲリラはまず2ユニットがカブールに配置された後、さらに8ユニットが国内にランダムで置かれる。ソ連軍はカブールに駐留する特殊部隊の他は、4個機械化師団と1個空挺師団を基軸とする介入軍がウズベキスタンに待機中。あとアフガニスタン政府軍が全国に配置されるが、初期配置の後、治安部隊と特殊部隊を除く戦車師団と歩兵師団は「逃散チェック」が入り、恐ろしいことに1D6で「1〜4」で除去されてしまう。いきなり萎えそう。

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赤が政府軍、カーキはソ連軍、ゲリラは基本裏返して配置される。

だが、本ゲームの恐ろしいところは、見た目ではなく、ソ連軍や政府軍が行く先々で雲霞のごとくゲリラが沸いて出てくるところにある。戦闘中のエリア、あるいは未占領のエリアで軍が移動を終えると、ゲリラ側の士気チェックを行い、成功すると士気値に該当する数のゲリラが新規で置かれるのだ。
しかも、ターン開始時の動員フェイズで、ゲリラは数個ランダムで登場するが、一度制圧、占領したエリアにも置かれるので、全く安心できない。逆にこのランダム配置で、都市部にゲリラが登場しなければ、コミュニスト側が勝利条件を達成できる可能性が生じるため、ランダム要素が大きい。

ちなみにこの士気値は両軍ともに0〜12あり、0になると士気崩壊でサドンデスになるが、コミュニスト(プレイヤー)の初期値は4、ゲリラは9から始まる。ソ連軍移動後、2D6の士気チェックを行い、9以下に成功するたびに4ユニットの新規ゲリラが配置されるわけだが、コミュニスト側はエリア毎に6ユニットのスタック制限がある。
戦闘は1ラウンド限りで、コミュニスト側は最大の6ユニットを動員しても除去できるのはせいぜい3ユニット前後でしかない。「打ち漏らし」があると、次の戦闘でまたゲリラが沸いてくる恐れがあるし、ゲリラ側の攻撃でコミュニスト部隊にダメージが入るとソ連側の士気が低下する。
しかも、コミュニストは作戦行動(移動・戦闘)をするたびに士気値を消費するため、「ゲリラが出た」とばかりに討伐に向かうと、討伐に向かっただけで士気が下がり、さらに自軍に損害が出て士気が下がってしまい、ターン終了時には士気値は1か2程度しか残らない構造になっている。そのため、コミュニスト側に立て続けに損害が出ると、それだけで士気崩壊でサドンデス敗北になってしまう。
一方、ゲリラ側は支配エリアと「両軍不在」の合計エリア数によって毎ターン士気が上がる上、さらにイベントでも上がりやすくなっているため、戦闘で1、2ポイント失ったところで、常に10前後の士気を維持している。

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ジャララバードは孤立。クンドゥズとカブールは継戦中、サラン峠とパンジシール渓谷は放置、とても勝てそうに無い。

実際のプレイでは、一度目は「カブール」「他四都市」の占領には成功するも、サラン峠の支配に失敗して終了。
若干ルール理解を誤っていたので、もう一度同じシナリオをプレイするも、2ターン目の作戦でコミュニスト側の損害が続出した上、ゲリラ側の攻勢でも損害が生じてソ連の士気がゼロになってサドンデス敗北。
3度目は、長期シナリオにするも、ゲリラは増えるばかりな上、その士気は10〜12で高止まり、コミュニスト側はギリギリ士気崩壊を免れるのが精一杯で、1985年までプレイするも、全く勝てる見込みが無く、諦めた。

コミュニスト側はいくつか幸運な状況がそろえば、一時的に勝利条件を達成できる可能性がなくは無いが、基本的に展望の無い「無理ゲー」を続ける展開になりそうだ。
まぁ「史実はこんなものだった」と言われればそうかもしれないし、歴史体験としては興味深いが、ゲームとして面白いかと聞かれれば微妙すぎだろう。
取りあえずもう一度『第9中隊』を見ておくか。

【参考】
・ソ連のアフガニスタン介入における意思決定過程 
・『アフガン』(第9中隊) 
・『アフガン侵攻1979-89: ソ連の軍事介入と撤退』 ロドリク・ブレースウェート 白水社(2013)
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2017年04月19日

「トランプの戦争」に不安

【NYダウ平均 130ドル余下落 米軍の大規模爆弾初使用で】
 13日のニューヨーク株式市場は、アメリカ軍がアフガニスタンで大規模な爆弾を初めて使用したことなどから、地政学的なリスクが意識されて売り注文が広がる展開になり、ダウ平均株価は、130ドル余り下落しました。13日のニューヨーク株式市場は、取引開始直後は、小幅な値動きが続きました。しかし、アメリカ軍がアフガニスタンで大規模な爆弾を初めて使用したことなどから、地政学的なリスクが意識されて売り注文が広がる展開になりました。このため、ダウ平均株価は前日より138ドル61セント安い2万453ドル25セントで取り引きを終えました。市場関係者は「アメリカ軍による大規模な爆弾の使用によって、今後の北朝鮮の情勢に対する警戒感が高まり、リスクを避けようという動きが広がった」と話しています。
(4月14日、NHK)

トランプ氏的には、ビジネス感覚で「アフガンで兵器見本市を」くらいのつもりだったのかもしれないし、あるいは国防省トップの政治任用が進まない中、軍部の暴走が始まっているんかもしれないが、平素「アメリカの戦争」は株価が上がる傾向があり、それ故に従来の大統領も武力行使への誘惑に耐えるのが大変だった。ところが、シリア攻撃では防衛産業を除く株価は変動せず、アフガニスタンでは新型爆弾を披露したものの、株価を下げてしまっている。

アフガニスタンにおける新型爆弾の使用は、北朝鮮攻撃を視野に置いてのものと見られるが、同時に2001年のアフガニスタン侵攻から15年以上を経てもなお「核兵器一歩手前」の爆弾を使わなければならない戦況にあることも露呈させている。
北朝鮮については、一撃で核とミサイルを無力化するか、あるいは首領の身柄を確保ないし殺害できれば良いかもしれないが、不確定要素が非常に多い。しかも、どちらの場合も、現体制は高確率で瓦解すると思われるが、「その後」の計画があるようにも見えない。北朝鮮は、自分の好きなタイミングで花火を上げられるだけに、今やる必要はなく、ほとぼりが冷めた頃にやれば良いだけに、長期戦に持ち込まれて困るのはアメリカの方だろう。

こうした不透明な大戦略、出口戦略が見えない、行き当たりばったり感が、市場にも反映されているのだろう。
トランプ氏にしても、親米派の皆さんにしても、「アサド、金体制が瓦解して、民主政府が成立して万事解決」みたいなバラ色の未来が見えているのだろうか。だとすれば、是非ともどんな道順なのか示して欲しい。
posted by ケン at 12:26| Comment(2) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月18日

英語主兵論を放棄せよ!

【中3と高3の英語力、政府目標達成は僅か36%】
 文部科学省は5日、全国の公立の中高生らを対象にした2016年度「英語教育実施状況調査」の結果を公表した。政府が17年度までに目指す英語力のレベルに達した中学3年生は全体の36・1%(前年度比0・5ポイント減)、高校3年生は36・4%(同2・1ポイント増)だった。政府目標は50%で、達成は厳しい状況だ。教員の英語力についても調査し、政府目標に達した英語教員は、中学校が32・0%(同1・8ポイント増)、高校62・2%(同4・9ポイント増)にとどまった。政府は、グローバル化に対応するため英語教育の充実を掲げ、13年6月の閣議決定で、中学卒業段階で「実用英語技能検定(英検)3級程度」以上、高校卒業段階で「英検準2級程度」以上の英語力を持つ生徒の割合を17年度までに50%にする目標を掲げた。
(4月5日、読売新聞)

相変わらずバカげた話をしている。何度も述べていることだが、10年以内にも機械翻訳が実用水準に至るとされている中で、いつまでも英語に重点を置いて、他教科を犠牲にしてでも強化しようとしている。これは、旧海軍が自らハワイとマレー沖で航空時代の到来を証明しながら、自らは1944年に至るまで戦艦主兵論を破棄できなかった故事とよく似ている。

近い将来、実用外国語の大半は機械翻訳に置き換えられると見られるが、これは必ずしも外国語教育を不要にするわけではない。機械翻訳は技術を代替するだけで、コミュニケーションそのものまで代替してくれるわけではない。仮に高精度の自動翻訳が完成、駆使したところで、言語が置き換えられるだけの話で、話者の認識や社会的背景は母語に依存したままなのだ。歴史、社会的習慣、文化、文学などの共通認識を持たないまま、言語だけを置き換えてみたところで、コミュニケーションとしては十分には成立し得ないし、深い共通理解は得られないだろう。つまり、言語が機械で代替されるだけに、言語以外の要素が重要となる。
結果、これからの外国語教育は、現在取り沙汰されている会話能力ではなく、教養としての外国語、文化こそが求められると考えられる。

コミュニケーションは意味が通じれば良いというものではない。旅行会話や日常生活に必要な最低限度の会話は、それこそ現状の機械翻訳で十分なのだ。会話や文章の表象には現れない隠された意味や意図を読み取ると同時に、こちら側も明言しない(言質を取られない)形で意思を伝えるテクニックこそが求められ、それは機械翻訳では再現できない(少なくとも当面は)。
また、言語以外の部分でコミュニケーションを深化させなければ、関係性も深化しない。例えば、ある一つの営業活動であれば、機械翻訳のみで成立させられるだろうが、そこからさらなる契約を結んだり、新たなプロジェクトに進めるためには、表象的なコミュニケーションだけでは難しいものがある。
具体的には、どれだけ中国語がペラペラでも、孔孟や老子、あるいは史記や水滸伝を読んだことが無ければ、エリート層の中国人と深い関係になるのは難しいだろう。ウオッカが飲めなければロシア人と深い仲になるのは難しいし、プーシキンの詩をそらんじることが出来れば敬意をもって遇されるに違いない。
ところが、日本の現状は、漢文を必修から外して英会話の授業を増やしている。大学では第二外国語の廃止が進んでいる始末だ。

実用英語論を放置するとしても、文科省の目標は現状を完全に無視している。公立中高の教育水準が低いのは、単純に授業時間が足りないのと、教員の質が低下しているためだ。
授業時間が足りないのは、必要性の低い行事・イベントが多すぎることと、課外活動が多すぎるためであり、入学式と卒業式以外の学校行事を全て廃止、部活動も全廃して授業に充てれば解決するだろう。
教員の質が低下しているのは、労働環境が恐ろしく悪化しているためで、例えばOECDの調査で、教員の平均週勤務時間53.9時間のうち部活動関連が7.7時間を占めている。ちなみにOECD平均は38.3時間に対して2.1時間に過ぎず、日本の教員の労働地獄ぶりが伺われる。東京などの大都市部では、教員採用の競争率は3倍を切る有様であり、英語を自在に使えるような高度人材が中等教育の教員を目指すような環境には全くない。
共産党系の全教のデータなので注意が必要だが、小中高校などの教員の残業時間は月平均約95時間半で、10年前の調査より約10時間増えているという。うち、学校での残業が約73時間で、自宅で仕事をする時間が約22時間半となっている。小中別では、小学校の残業時間が月94時間21分、部活動が増える中学は114時間25分。月100時間以上の教員の割合は小学校34%、中学52%だった。
(教員給与削減という愚策) 

文科省は、教員研修や外部人材の活用を考えているようだが、何の解決にもならないだろう。この凄まじいまでの無策、無能は一体どこから来るのだろうか。
posted by ケン at 12:24| Comment(2) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする