2017年04月02日

わが友イワン・ラプシン

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『わが友イワン・ラプシン』(Мой друг Иван Лапшин) アレクセイ・ゲルマン監督 ソ連(1984)

フルスタリョフ、車を!』『道中の点検』のアレクセイ・ゲルマン監督作品。もともと寡作の監督で、ほとんど10年に一本のペースでしか撮っていない。『道中の点検』は1970年に撮影されて、85年に公開されたが、本作も84年に完成したものの、「公開保留」とされて、ペレストロイカが始まった後の86年に公開された。当時は大人気を呼び、観客動員1200万人を達成したという。



ストーリー的には特筆することはない。1935年、ある地方都市にいる殺人鬼を追う刑事課長の日常なのだが、事件も捜査も「日常」の1ページに過ぎず、あくまでも一ソ連市民の日常に焦点が当てられている。つまり、全く刑事物ではなく、ストーリーに抑揚があるわけでもなく、淡々と流れてゆく。変に期待して見ると、「どこから本編が始まるんだ?」などと思ってしまうだろう。

興味深いのは1935年という設定で、この年は同32〜33年の大飢饉を乗り越えて、37年の大粛清が始まる前の「スターリン期の中で最も幸福な時代」に当たる。ミハルコフ監督の『太陽に灼かれて』も同時期だ。

その撮影と演出は、ゲルマン監督らしい独特のもので、最小限のカット、コマ割でドキュメンタリー風のリアリティを重視している。舞台の一つである警察の官舎と言っても、刑事課長が普通のアパートの一室に複数の同僚と同居しており、お世辞にもきれいとは言えない。街並みも「いかにもソ連の田舎街」な感じで、いかにも侘しく、貧しいところが良く再現されている。車も市電もボロボロで、「これならまだ日本の方がマシだったんじゃね?」と思えてくる(汚らしさが違う)。内容云々よりも、このリアルな生活感の再現が「公開保留」にされた理由なのではないかとすら思える。だが、ソ連帰りとしては、これらの映像がどこまでも懐かしく見えてしまう。

『フルスタリョフ、車を!』もそうだったが、登場人物はムダに大声でがなり立て、その会話は成り立っているのかも微妙な感じで、かと思えば突然ブラスバンドが鳴り始めるという、奇妙なカオス的祝祭空間がある。ロシアの庶民のパーティーや食事に同席すると、そのうるささや無秩序に閉口させられるが、まさにそれだ。これに比べると、ミハルコフ監督の作品は貴族的すぎて、ロシアっぽさが足りない。

決して恐怖に怯えていただけでは無い、スターリン体制下のソ連市民の日常を、ドキュメンタリー風に撮っている本作は、今日だからこそなお貴重だと言える。
なお、アレクセイ氏の父ユーリのいくつかの作品を原作としているそうだが、原作では主人公以外の登場人物の大半が獄死、戦死しているというから、その視点で見るとまた色々な感慨が沸いてくる。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする