2017年04月05日

領土交渉は粛々と、だが急ぎ足で

【第2次大戦の結果認めよ=平和条約交渉でロシア外相】
 ロシアのラブロフ外相は週刊紙「論拠と事実」とのインタビューで、北方領土問題を含む平和条約締結交渉について、「日本は第2次大戦の結果をはっきりと認めなければならない」と従来の主張を繰り返した。同紙が28日、インタビュー内容を報じた。ラブロフ氏は平和条約締結後の色丹島と歯舞群島の引き渡しをうたった1956年の日ソ共同宣言の有効性は認めた。しかし「日本は平和条約の締結を拒否し、(北方)4島について領有権の主張を試みた」と述べ、交渉が進展しなかった原因は日本にあると指摘した。ラブロフ氏は北方四島での共同経済活動について「集中的に作業している」と述べつつも、「事業の実現に当たってはロシアの法律に反してはならない」と強調した。 
(3月28日、時事通信)

北方領土問題については長いこと、何度も触れており、新事実や見解も無いので繰り返しになってしまう。同問題については、若干のニュアンスの違いはあるいしても、ロシア側の主張は一貫している。
1945年8月10日あるいは14日に日本政府が行ったのは「ポツダム宣言受諾表明」だが、これは軍の作戦行動を中止させる法的根拠にはならず、それは休戦条約の締結をもって保証される。せいぜいのところ、休戦協定の締結交渉中は作戦行動が自粛される程度の話だろう。その休戦条約の締結が、1945年9月2日に先送りされたため、それまでの間、ソ連軍の侵攻を止められなかっただけのことだった。ただ、歯舞と色丹は、休戦協定の成立後にソ連が占領しているだけに違法性が問われる。故にソ連は、1955年の日ソ共同宣言で二島の「引き渡し」を約束したのだ。
その日ソ共同宣言には、

【賠償・請求権の放棄】
ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国に対し一切の賠償請求権を放棄する。
日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、千九百四十五年八月九日(ソ連の対日参戦の日)以来の戦争の結果として生じたそれぞれの国、その団体及び国民のそれぞれ他方の国、その団体及び国民に対するすべての請求権を、相互に、放棄する。

とある。つまり、休戦条約が成立する前にソ連が占領した国後島と択捉島に対する請求権を、日本はすでに放棄しているわけで、北方四島を要求すること自体、本来は日ソ共同宣言(正規の条約)に違背しているのだ。
馬鹿というヤツがバカな話

北方領土に関する日本政府の主張は、
「サン・フランシスコ平和条約で我が国は、千島列島に対する領土権を放棄しているが、我が国固有の領土である北方領土はこの千島列島には含まれていない。」
(内閣府HP、外務省HP)

というもの。だが、日本政府が第二次世界大戦の終戦から平和条約交渉の頃までは、択捉や国後を千島と認識していた。ところが、「ダレスの恫喝」を経て、日ソ共同宣言の後に方針を転換して「北方4島は千島ではない」と強弁し始めた。
その動かぬ証拠として、1951年11月6日、参議院の「平和条約及び日米安全保障条約特別委員会」における楠見義男議員(緑風会)の質問に対する政府答弁がある。

草葉隆圓(外務次官):歯舞、色丹は千島列島にあらずという解釈を日本政府はとつている。これははつきりその態度で従来来ております。従つて千島列島という場合において国後、択捉が入るか入らんかという問題が御質問の中心だと思います。千島列島の中には歯舞、色丹は加えていない。そんならばほかのずつと二十五島でございますが、その他の島の中で、南千島は従来から安政條約以降において問題とならなかつたところである。即ち国後及び択捉の問題は国民的感情から申しますと、千島と違うという考え方を持つて行くことがむしろ国民的感情かも知れません。併し全体的な立場からすると、これはやつぱり千島としての解釈の下にこの解釈を下すのが妥当であります。

言い換えると、「択捉・国後は国民感情的には千島じゃない」かもしれないが、従来の政府見解や地理学上の通説から判断すると、「千島じゃない」と強弁するには無理がある、ということなのだ。

戦後の日本が独立すらままならないギリギリの状態の中で、当時の政府が、「歯舞、色丹だけでも返還されれば御の字」と考えていたことが(痛いほど)分かる。
質問した両者は、ともに農水畑の議員で、根室近海の漁業従事者にとって、歯舞と色丹の返還、そして日ソ漁業協定の締結は、火急の問題だった。
それは、日ソ共同宣言となって具現化されるが、その頃には、米ソ対立が決定的となり、アイゼンハワー政権のダレス国務長官が、重光葵外相に対して、「日本が、二島返還でソ連と妥結した場合、沖縄は返還しない」と圧力を加えるに至った。
米帝に恐れをなした日本外務省が考えついた言葉が「北方領土」だった。
(「ダレスの呪縛」戦闘教師ケン)

日ソ共同宣言の北方領土に関する部分(平和条約締結後に二島引き渡し)を反故にした日本政府は、米帝からの圧力に屈したことを隠すと同時に、自らの立場を正当化するために、「ソ連・ロシアによる不法占拠」「四島返還後(潜在主権の確認)に平和条約締結」などと主張し、「北方領土返還運動」なるプロパガンダを始めた。そのプロパガンダには50年を経た今日でも毎年10億円以上もの予算がつぎ込まれ、それが利権化、「北方領土マフィア」を形成している。
官製絵はがきに見る政府の欺瞞) 

つまり、ロシア側の主張は日ソ共同宣言から何も変わっていない。ただ、ソ連崩壊から新生ロシア勃興期の混乱の最中に力技で「買い取る」チャンスがあったものの、日本側の強欲と吝嗇がその機会を逃してしまった。
今となってはその目は完全に失われ、宗主国アメリカとともに衰退期に入った日本は今後外交交渉力を低下させてゆくことが確実な情勢にある。一方で、日本は中国、北朝鮮、韓国と敵対的あるいは非友好的な関係にあり、日本国内でもタカ派路線が支持される傾向にあるだけに、今後も外交関係が改善される見込みは無い。結果、極東地域で日本は孤立状態にある。
他方、ロシアにしてみれば、直接的には最大の脅威はNATOであるが、潜在的には中国こそが最も危険な対手であるだけに、可能な限り日本とは友好関係を築いて、対中カードにしたいところだ。だが、それもプーチン大統領の意向に依存しているところが大きく、仮にメドヴェージェフ前大統領のような親中派が再び大統領になった場合、どうなるか分からない。

それだけに、プーチン氏が大統領である間に、領土紛争を解消し、早急に平和友好条約を締結することが不可欠であろう。今も昔もそうだが、北方領土問題とは日本の国内問題なのだ。

【参考】
・プーチン氏訪日首脳会談を評価する 
・北方領土マフィアなるもの 
posted by ケン at 12:24| Comment(7) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする