2017年06月03日

三十年戦争で甲越戦争を妄想する

今回「三十年戦争」をプレイして改めて思ったのは、このシステムこそが日本の戦国期の戦争をシミュレートするに相応しいのではないか、ということである。そして、ゲームにしやすそうなのは、「川中島の戦い」に象徴される甲越戦争であろう。

繰り返しになるが、「三十年戦争」の最大の特徴は、毎ターン軍を維持するのに金がかかるだけでなく、その資金は外国からの援助を得るためにカードをプレイする必要があり、そして未払いの部隊は勝手に掠奪を始めたり解散してしまったりする。さらに、移動に際しては部隊規模に応じて進撃途上で掠奪していくことがルール化されており、すでに掠奪されている土地ではさらなる掠奪や募兵ができないというシステムになっていて、非常に中世の殺伐とした雰囲気が再現されている点にある。

近年の研究を読む限り、戦国期の出兵は農閑期に行われるほか、夏の麦や秋の稲の収穫期に他国に侵攻して苅田を行うケースが非常に多かったことが判明している。同時に、時季外れに「青田刈り」を行うことで他国の収穫を妨害することも行っていた。ところが、従来のゲームデザインには殆どこうした史的研究が反映されておらず、「シミュレーション」というよりは、「仮想ゲーム」に近いものになってしまっている。
戦国期の戦争が、季節の影響を受けにくくなるのは、織田信長や豊臣秀吉が兵站システムを充実させるようになってからのことで、つまり戦国最末期のことだった。

かと言って、「武田軍はターン終了時に甲府に再配置」では、それはそれで現実味が無く、面白くも無い。すると、「武田軍は甲斐国内では自動支払いを受けるが、国外では軍費を払うか、掠奪ダイスを振らなければならない」とする方が、より史実に近い形にできるだろう。

また、従来のゲームでは、どちらか一方が敵を一方的に叩く感じの戦闘システムが多かったが、これも「三十年戦争」同様にファイアーパワー・システムを採用することで、双方が相応の損害を受けることにすれば、勝ち続ける限り、一方が他方を一方的に攻撃し続けるパターンがなくなり、史実同様の長期化が再現される。史実では、武田晴信による信濃攻略は、1542年の諏訪侵攻から同57年の信濃守護職補任まで15年もかけている。

構想としては、1542年の武田氏による諏訪侵攻から同64年の第五次川中島合戦(史実では対峙しただけ)まで、1ターン=2年で11ターン、あるいは12ターンくらいの構成になるだろうか。
勝利条件は、武田方は一定の条件を満たした上で信濃守護職補任されること、反武田連合はそれを阻止すること。

武田方は、黒川金山の収入等で強化された精兵を率いて諏訪に侵攻。これに伊奈の高遠頼継が呼応する。対する反武田方は、諏訪の諏訪頼重、長窪(小県)の大井貞隆、佐久の笠原清繁が個別に蜂起する構図。

戦略カードは「序盤戦」と「全面戦争」の2つのデッキ。
反武田の序盤戦デッキには、「村上氏参戦」と「小笠原氏参戦」があり、二者の参戦をもって武田方と対等になる。村上義清の戦術値は高めに設定する必要があろう。
金山と甲駿貿易による豊富な資金に裏付けられ、家臣団の団結の強い武田方と、国人衆の支持と高い戦術性を有しながら、連合軍ゆえの指揮統制の弱さのある反武田方の対立。
武田方は、埴科ないし更級を支配した上で、一定のVPを有すると信濃守護職を申請できるようになるが、朝廷工作も必要。
問題は、「長尾氏参戦」のタイミング、長尾氏参戦後の「全面戦争」の構図、関東情勢をどう処理するかがカギだ。

妄想ばかり広がるが・・・・・・
posted by ケン at 13:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする