2017年06月12日

日本社会の腐敗構造について

森友、加計疑獄をめぐって野党が政権を攻撃し続けているが、成果は殆ど上がっていない。それは当然で、森友疑獄では維新も共犯者、加計疑獄では民進党内に共犯者がいたことが判明しており、何をどう攻撃しても「ブーメラン」にしかならないためだ。

現状、日本の議会政党で腐敗を免れているのは、せいぜいのところNK党とSM党くらいしかない。だが、SM党は目端の利く者から率先して離党して「腐敗することすらできない」者だけが残っているだけの話であり、NK党は全く別の行動原理に基づいているため、単純に「腐敗してないから良い」ということにはならない。
では、この場合の「腐敗」とは何を指すのか、政治に関わりの無い人にはなかなか想像できない世界だと思われるので、分かりやすく解説してみたい。

戦後日本は長いこと中選挙区制(学術的には大選挙区制)を採用してきた。そこでは、1つの党から複数の候補が立候補してしのぎを削るため、より多くの資金と人員を動員できた陣営が勝利した。その結果、「五当四落」という言葉が生まれたが、それは「選挙に5億円投じれば当選するが、4億円では落選」という意味だった。あくまでも象徴的な言葉ではあるが、とにかく巨額の費用が掛かったことは間違いなく、多くの政治家は「井戸塀」と呼ばれるように、政治家を引退する頃には、かつては広大な敷地があった自宅も井戸と塀しか残らないものだった。

選挙用の資金をつくるために、政治家は集票マシーンとしての後援会とは別に、資金収集用の特殊後援会をつくった。通常の後援会は、年会費5千円とか1万円、あるいは無料だが、この特殊後援会は月会費が1万円から3万円という高額に設定され、企業家や地場の名士が加入した。
彼らは、年間12〜36万円の会費を納める代償として、政治家事務所に様々な陳情を行う権利を有した。その「陳情」は様々で、主なものを挙げれば、「税金の減免」「公共事業や公共調達の優先権」「公有地の優先的払い下げ」「公的銀行からの低利融資」「公的補助金の優先確保」などがある。陳情者は、政治家秘書を連れて行政や公共機関に赴いて陳情を行い、後に「しかるべきところ」に政治家本人が電話して、「○○の件、よろしく頼む」と言うのである。
「陳情=利益誘導」によって得られる利益は、当然会費を上回るが、上回った分については政治家側から謝礼金や集票が期待されるので、選挙に際しては社員や名簿を提供して支援することになり、ズブズブの関係に陥ってゆく。また、個別に陳情を処理した秘書は、「出来高払い」や「謝礼金」をもらえるので、必死に陳情処理に励むことになる。自民党の秘書の場合、基礎給ゼロで全て陳情者からの謝礼だけが「給与」というケースも珍しくなかった(最近では聞かないが)。
例えば、年間36万円の会費を納める会員が300人もいれば、年間収入は1億円以上になる。それに陳情受理(成功)による謝礼(献金)を含めれば、1億数千万円になる。

自民党の田中派、あるいは従来の小沢派などは、派閥として数十億円の資金をつくり、政府や地方自治体が必要としそうな土地を予め買い占めて、政策誘導してその土地に事業を誘致させることで、土地の価格を上げるという「土地転がし」による資産運用を行っていたとされる。規模の差はあれど、国家レベルであれ地方レベルであれ、こうした腐敗の手口は蔓延していると見て良い。
社会党系のベテラン議員でも年会費12万円の特別後援会員を100人以上抱えて、集金と集票に勤しんでいることを鑑みれば、自民党議員はその数倍、数十倍の規模で行っていると見て良い。事実、「中選挙区制は金がかかる」との批判から、小選挙区制に移行したとはいえ、現在でも「二当一落」(二億円なら当選、一億では落選)と言われていることから、数千万円規模の集金マシーンをつくらないと、日本の選挙は「風頼み」になってしまうことが分かる。
つまり、政治家個人を選ぶ選挙制度が腐敗を誘発しているのだ。同時に政治家を介する政策減税(企業減税)、公的融資、補助金等が、市場競争力の低いゾンビ企業を延命させ、企業の新規参入や労働市場の流動性を阻害、市場経済を停滞させている。

一方、行政は行政で立法府と癒着関係にある。前提として、立法府は「行政監督権」を持ち、「行政が適切に執行されているか」監督する義務を有している。少なくとも建前上は、上記の陳情行為は「行政の不適切な執行によって損失を被り、不満を有している市民の声を反映させるもの」として行われるため、行政府としては原則的に全面拒否することはできない仕組みになっている。
また、実務面では、日本型システムでは行政が予算や必要な法律案を作成し、内閣が提出する仕組みになっているため、与党・政権党の意向に反すると何もできなくなってしまう。そのため、行政は与党政治家の陳情を優先的に許容し、その対価として自分たちのつくった予算や法案を無修正で通してもらう、という癒着関係が成立している。

また、財界は政治家を通して政策減税(企業減税)、公的融資、補助金等の陳情を行い、官僚が行政の公平性を曲げて優先的に利益を供与、財界はその見返りに「天下りポスト」を提供することで、政官業の「腐敗トライアングル」が形成されている。
例えば、加計学園は1つの失敗例かもしれないが、原理的には、新興大学が政治家に金と票を融通して学部新設を陳情、与党政治家は文科省に圧力をかける。認可権を有する文科省は、学部新設を認める代わりに、与党に法案成立を要請する一方、新設大学に天下りポストを用意させる構図になっている。こうした構図は、日本全国であまねく成立している。

ところが、こうした腐敗構造や具体的な事例は殆ど報道されない。マスコミもまた腐敗構造の一角をなしているためだ。
日本の大型メディアは、「記者クラブ」「クロスオーナーシップ」「再販制」「電波許可制」などによって権力と一体化しており、実質的には旧ソ連の「イズベスチヤ」や中国の「新華社」に近い宣伝機関の機能しか果たしていない。
再販制度と電波許可は、政府から独占禁止法の例外として認められた特権であり、他の新規参入を拒むものとなっている。クロスオーナーシップ制度は、新聞社と放送局の一体化を許すもので、これも「マスコミ集中原則排除」を拒んで報道の独占を許すシステムになっている。また、記者クラブは、公的情報ソースの独占権だけでなく、情報提供だけでなく、記者室の利用料や管理・運営費に至るまで、情報提供者(政府)が負担している。この記者クラブに加入していない、弱小マスコミやフリージャーナリストなどは、記者室に入ることも、情報提供を受けることも許されないため、独自に一からアポを取って取材しなければならない。こうした情報ソースと報道ルートの独占権が、政府によって認められ維持されているため、日本のマスゴミは権力に盲従しなければ、存続もおぼつかない仕組みになっている。

結果、「国境なき記者団」の「報道の自由度ランキング」では、日本は先進国の中で最低水準にあり、今後も下がりそうな気配だ。しかし、これは安倍政権だけの問題ではなく、マスゴミを含めた政官業報の「腐敗テトラゴン」に起因している。
腐敗構造と一体化しているマスゴミが、自らを否定する報道をなすはずもなく、情報公開制度や公文書管理法の未熟も相まって、社会の隅々に至るまで腐敗と汚染が広がっている。

【追記】
上記の腐敗構造は、今に始まった話ではない。ただ、かつては高度成長下で広範な人が発展の恩恵にあずかることができたが、90年代に成長が止まり、「集中と選択」が行われ、繁栄を享受できる人が限られるようになり、そこから脱落した人たちが怨念を募らせ、告発するようになっていると考えられる。

【追記2】
腐敗が温存される原因の一つは、日本型組織における意思決定過程や責任所在の不明確さにある。詳細は「新国立競技場の責任者は誰?」で述べているが、組織における最終意思決定者も意思決定過程も恐ろしく不明確であるため、責任を追及することも失敗の原因を探すこともできず、同じ失敗を何度でも繰り返すことになるシステムなのだ。
posted by ケン at 12:48| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする