2017年07月09日

フランスも社会統制強化へ

【シャンゼリゼ突入事件、監視対象だった容疑者が銃所持免許を保持】
 フランスの首都パリのシャンゼリゼ通りで銃器やガスボンベを積んだ乗用車が警察車両に突っ込み、乗用車側の運転手が死亡した事件で、イスラム過激思想を持つ運転手が治安当局の監視対象になっていたにもかかわらず銃所持の免許を取得していたことが分かり、批判が上がっている。
アダム・ジャジリ容疑者(31)は、イスラム過激思想の影響を受けているとして2015年から当局の監視対象になっていた。容疑者の車からは、拳銃2丁とカラシニコフ銃1丁が見つかり、自宅からは複数の銃器の隠し場所が発見された。
 捜査に詳しい関係筋によると、ジャジリ容疑者がイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」最高指導者のアブバクル・バグダディ容疑者に忠誠を誓う手紙1通も見つかったという。
 既に身柄を拘束されているジャジリ容疑者の父親はAFPに対し、息子は競技として射撃の練習をしていたと語っていた。捜査に詳しい関係筋によると、容疑者は複数の拳銃とアサルトライフル1丁を含む、登録済みの9個の武器を所有していたという。
 フランス射撃連盟会長によると、警察当局がジャジリ容疑者の所属する射撃クラブを訪れ、同容疑者について尋ねたことがあるといい、容疑者が銃に強い関心を持っていたことについて、疑いの目が向けられていたことを示唆している。
 今回の事件を受けて、ジェラール・コロン内相は20日、銃所持の免許保持者のうち過激思想の影響を受けているとして当局の監視対象になっている人物に対して調査を行うよう命じた。
 1か月前に発足したばかりのエマニュエル・マクロン政権は、厳格化した新たなテロ対策法を発表する構えだ。またエドゥアール・フィリップ首相は、ジャジリ容疑者が銃所持の免許を保持していたことについて遺憾の意を表した。
 フィリップ首相は仏テレビ局BFMと仏ラジオ・モンテカルロ(RMC)に対し「現段階で私が把握しているのは、この人物が当局の監視対象になる前に最初の銃所持の免許が発行されたことだ」と説明しながらも、容疑者が監視対象となってからも危険な武器を所持できていたことに「納得している人などいない。もちろん私もだ」と述べた。
 フランス射撃連盟のフィリップ・クロシャード会長によると、ジャジリ容疑者は6年前に銃所持の免許を取得したという。また捜査に詳しい関係筋は、容疑者が2月に免許の更新を申請していたと明らかにした。
(6月22日、AFP)

本件といい、ブリュッセル駅爆破事件といい、英国での連続テロ事件といい、どれもが組織的なテロルというよりも、スタンド・アローンによる自発的な個人テロの色彩が強い。
このことは、共謀罪の制定に際して日本政府が「テロ団体等、綿密な計画、犯行合意、準備行為」とした構成要件が当てはまらないことを暗示している。現代のジハーディストの自爆テロは、志願者に自爆用ベストを渡して行き先を指示するだけであり、果たして誰を対象にどこまで要件を成立させられるのか、疑問は深まるばかりだ。これは、政府が1970〜80年代に起きた極左テロを想定して法案を策定したものの、現代のテロリズムには十分に対応できない可能性を示している。そう考えると、日本政府はむしろテロリズムではなく、より単純な労働運動や市民運動に対する弾圧を想定していたと見るべきかもしれない。
一般的にテロリズムと言えば、一連の9・11テロや中東における自爆テロ、あるいは日本の地下鉄サリン事件などが思い出され、社会に対して直接的被害を与えることが目的であるかのように考えられており、政府やマスコミもそのように捉えている。だが、本来のテロルの効用は、文字通り社会・大衆に「恐怖」を植え付け、熱狂を促進させ、価値観の変容を強制することにある。

昭和のテロリズムは、個々の政治家や財界人や学者を死傷させたことではなく、明治憲法に明文化されていない多元支配の構造(明治末年から大正期にかけて理論化された)を否定し、天皇による一元支配と擬装された軍部支配を実現した点に真の効果がある。同じ意味で、大正期の国際協調主義を否定し、軍国主義を促進させた点も大きい。テロルの副次的効果として、マスコミが便乗して大衆を扇動、リベラル派の知識人が沈黙し、官僚が自らこぞって国家主義・軍国主義に転向していった。また、(左翼)テロに対する警戒を理由に治安維持法などが制定されて恐怖支配が正当化された。
テロルの効用について、2014.10.2

ジハーディストによるテロルは、欧州市民を「反イスラム」へと駆り立て、域内に住むムスリムへの差別、弾圧を強めるだろう。そして、その反動としてムスリムの中からジハードへの共感者が増加、テロリスト志願者が増える構図になっている。同時に、欧州諸国を対中東全面戦争へと駆り立て、軍事介入への傾斜を深める方向に働く。軍事介入は、ソ連のアフガニスタンやアメリカのヴェトナム、イラクを見れば分かるとおり、一時的な軍事的勝利は獲得できても、最終的には敗北させ、国家財政や社会基盤に大きな打撃を与えることになる。

仮に為政者が歴史に学んでいても、国民の熱狂に抗して冷静を保つよう訴えるのは難しい。国家権力は、暴力の独占によって成り立っているが、その暴力は国民の生命と財産を守ることを前提としている。言い換えれば、国家は暴力装置を独占する権利を有する代わりに、国民を保護する義務を負っている。故に、テロルによって国民が害されると、国家は義務を怠ったことになり、権力の正統性が揺らぐことになる。結果、国家は暴力を行使してテロルを弾圧するほかなくなるわけだが、弾圧対象をテロリストだけに絞るのは難しく、社会全体に対して統制が強化されることになる。監視カメラ設置を支持する国民が圧倒的に多いことに象徴されるように、国民も統制強化と暴力行使を望む傾向が強まる。

こうした状況は客観的に見ると「誰得」なのだが、この愚かなまでの非合理こそが人間の人間たる証でもあるのでどうしようもない。
posted by ケン at 13:00| Comment(0) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする