2017年08月23日

7、8月の読書(2017)

国会と都議選が終わったと思ったら、この暑さと代表選(毎年恒例かよ!)。とても本を読む気になれない。って、今度は代表選で夏休み没収ないし延期。いろいろウンザリだけど、こうした倦怠感自体も「デモクラシー離れ」の一つの表れなのかもしれない。

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『昭和天皇の戦争―「昭和天皇実録」に残されたこと・消されたこと』 山田朗 岩波書店(2017)
「軍部の暴走に悩まされ、あるいは騙されて戦争突入を余儀なくされ、最後は聖断によって終戦に導いた平和主義者」とのイメージが流布されている昭和帝の実像に迫る。「昭和天皇実録」と軍人や政治家の回顧録やメモ等の一次資料を照らし合わせながら、「実録」に書かれた部分と削られた部分を比較、「穏健な帝国主義者」「機会主義者」としての昭和帝の実像をあぶり出し、宮内庁による印象操作(イメージ戦略)の意図を暴いている。これを読むと、「実録」から天皇が関わった侵略行為や戦争指導に関する部分が巧妙に削除されていることが分かる。昭和史に興味のあるものは一読しておくべきだろう。

『近代日本軍事力の研究』 山田朗 校倉書房(2015)
近代日本の軍事力は、どのような構想の下で整備されていったのか、ソフト(思想・価値観)・システム(制度・法体系)・ハード(兵器体系)の面から検証する研究書。

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『満蒙開拓団―虚妄の「日満一体」』 加藤聖文 岩波現代全書(2017)
意外とあるようで無い、満蒙開拓団の歴史。昭和恐慌などによる農村の疲弊にはじまり、満州事変を経て開拓団の編成と派遣が国策化されるが、関東軍による屯田兵、現地召集兵確保の意向などによって歪められ、日中戦争の勃発によって景気が回復、若年労働力が不足し、いつしか官僚的な対応が強まって、強制移住に近いものになってゆく。私なども「満蒙開拓に慎重だった高橋是清が226事件で暗殺されたため、一気に話が進んだ」と信じていたクチではあるが、必ずしもそうとは言えなかった模様。

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『第二次世界大戦の起源』 A・J・P・テイラー 講談社学術文庫(2011)
いまや大戦研究の「古典」に数えられる一冊だが、「邪悪なヒトラーによる計画的な侵略戦争だった」とする今日に至る定説に対する反論は、現代でも有効だろう。さすがに今読むと、古いし、言い回しがくどいと思うところもあり、なかなか読み進めないのだが、非常に刺激的で興味深い。

『信長嫌い』 天野純希 新潮社(2017)
今川義元、六角承禎、三好義継、佐久間信栄など、織田信長によって没落させられた同時代人たちの目を通じて信長像を描いた小説。信長本人はほとんど出てこない。新説を取り込んで上手く話を膨らませており、あまりドラマティックにもなりすぎず、良い加減に仕上がっている。若い作者ゆえか、感覚が現代的なところが好き嫌いの分かれどころかもしれない。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月21日

民進党代表選2017の各政策を考える

最後となるかもしれない民進党代表選挙が告示された。正直なところ、毎年株主総会で社長が叩かれまくって辞任している会社って、どうなんだろうと。自分だったら、そんな会社は全く信用できないが。
食指も動かないが、さはされど、各候補の政策くらいは見てやろう。
【前原候補】
・尊厳ある生活保障
・命を守る防災
・自由貿易促進
・現実的な安保政策
・現実的な憲法論議
・2030年代原発ゼロを目標
・身を切る改革

全てにおいて抽象的で実質的には何も言っていないに等しい。最初期から幅広い国会議員に支持された結果、全方位外交となってしまったためだろう。
前原氏が今回のスローガンとした「All For All」は「経済成長至上主義から再分配優先型への転換」を意味するものらしいが、具体的なことは何も言っておらず、意味が無い。しかも、個人のHPを見ると「目指す方針」として、「財政再建」「人口減対策」と書いており、どうも御都合主義の観は否めない。例えば、「自由貿易促進」は「国内産業を保護しない」ことを意味するが、これと「All For All」は矛盾しないのか、「大資本のために小規模生産者が犠牲になるのはやむを得ない」という考えなのか。

「現実的な安保政策」と「現実的な憲法論議」は、明治以降、右派・帝国主義者の常套句で、国際協調主義や平和主義に対抗する用語として使用される。この場合、従来の平和主義憲法に基づく専守防衛を「非現実的」とし、「先制攻撃や対外戦争を可能にする憲法と安保政策」を「現実的」とする考え方を意味する。
「2030年代原発ゼロを目標」というのは、「決定」から「努力目標」への格下げを意味するもので、党内の原発マフィアに対する配慮がうかがわれる。
「身を切る改革」は、民主党以来の連中の大好きな「議員定数削減」を指すが、これはデモクラシーの強度・純度を低下させるもので、彼らがエリートによる少数寡頭政治を志向していることがうかがわれる。

基本的に野田路線の焼き直しでしかなく(増税を含めて)、自民党の対抗軸になり得るとはとても思えない。ケン先生的には労働問題に触れていない時点で、「自民党に行けよ!」と言いたい。
【枝野候補】
・保育、教育、医療、介護分野の賃上げ
・労働時間規制
・非正規雇用割合の引き下げ
・一日も早い原発ゼロの実現
・専守防衛の堅持
・憲法9条改正に反対

ザックリとした政策ではあるが、方向性は明確で非常に社会民主主義寄りだ。私が耳にしたところでは、実質的な政策策定を左派系議員(旧社会党系)に丸投げしたというから、「いかにも」な感じになっている。「一日も早い原発ゼロの実現」は「既存の2030年代原発ゼロの前倒し」を意味するもので、より積極的な姿勢を示している。「専守防衛」「集団的自衛権反対」「9条改憲反対」は、前原候補の言う「非現実的」な政策であり、敢えて前原氏との違いを前面に出したものと思われる。HPには明記されていないが増税先送り論でもある。

ケン先生的には、安保や憲法論では思うところもあるし、そもそもそこを争点にする必要があるのかという疑問もあるのだが(ほとんど社民党の政策)、自民党への対抗軸となると「こっちだよな」ということになる。
だが、現在の民進党内の議員の立ち位置を考えた場合、例えば衆議院議員の8割以上が自民党と大差ない保守思想の持ち主であるだけに、とても党内で支持されるとは思えない。実際、枝野氏は「20人の推薦人すらギリギリ」と言われる始末で、圧倒的多数が前原支持に回っている。
枝野氏的には、最初から議員票は捨てて党員票に絞った格好だが、すでに私のような社会主義者や良心を持ったリベラリストの大半は離党しており、残っているのは連合の役員や自分が党籍を持っていることも知らない無関心層ばかりとなっているため、実際に左にエッジを効かせた政策がどこまで支持されるかは判然としない。

【補足】
出馬を準備していたという井出氏の主な政策は、「身を切る改革・行革」「2030年代に必ず原発ゼロ」「現実的な外交安全保障」となっている。財政均衡主義と外交介入主義は、前原氏に通じるものがあり、原発政策に若干の違いがある程度。やはり民進党の主流はエリート志向(緊縮財政、自由貿易、介入主義、再分配軽視)であって、とうてい大衆的支持など得られそうに無い。

【追記】
二人の政策を比較する限り、民進党議員が強調する「保守対リベラルではない」というのは妥当とは言えない。だが、正確を期すなら「社会自由主義vs社会民主主義」であり、前原陣営がイギリスの自由民主党やフランスの「共和国前進」をイメージしているのに対し、枝野陣営は英労働党や仏社会党を向いているとは言えそうだ。
posted by ケン at 10:53| Comment(0) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月20日

激バル2連結で再テスト

暑さは多少和らいでも、低気圧と湿気で頭と体が重く、「ゲーム日より」とは言いがたいが、K先輩とO先輩の都合がついたので、「激闘バルバロッサ電撃戦」の二連結をテストすることになった。

K先輩は初めてなのでインストールを兼ねる。本作はルールは至って簡単なのだが、チット式のため、どこ部隊がどのタイミングで動くか分からず、プレイには経験と慎重さが求められ、難易度は決して低くない。
前回は、北中南の三連結でプレイし、最初の2ターンで時間切れとなってしまったので、今回は3人ながら北中(レニングラードとスモレンスク)の二連結にして、独軍2人、赤軍1人とした。前回の感触では、ソ連軍を担当した私は「なるようにしかならない」と高をくくってプレイしていた一方、独軍を担当したO先輩は「発熱しているんじゃ無いか」と思うくらい必死に考えていたので「初心者には厳しい」と判断、K先輩にはソ連軍を持ってもらうことにした。独軍内では、O先輩が北方、ケン先生が中央の重責を負うところとなった。

「モスクワまで行っちゃっていいすか?」というチャラいケン先生に対し、O総統からは「キッチリ進め!」とのご指示が(笑)
前回O元帥はソ連の前衛戦力をキッチリ掃討されていたが、今回のケン元帥はミンスク(突出部)・ポケットを包囲したまま放置して、装甲集団だけで可能な限り前進することを選択した。この場合、歩兵軍の前進が1ターン以上遅れることにはなるのだが、ソ連軍が戦線を張る前に先手先手を打てるのと、補給切れで全滅した部隊は後日復活することが許されないという2つの利点がある。

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今回は第2ターンで包囲の輪を閉じ、3ターン目で包囲下の赤軍大部隊を全滅させられたから良かったものの、これが1ターン遅れると独軍的には「時間との競争」上厳しい感じがした。けっこうギャンブルかもしれない(賭としては悪くない公算だが)。
それ以上に、第二装甲集団(グデーリアン)と第三装甲集団(ホト)のチットの出具合が良好で、両者が車の両輪のようになってドリルの如くソ連内部に突入、車掛かりの陣で未稼働の後方軍に次々と襲いかかった。ミンスク前面に配置された赤軍第13軍まで動く前に包囲、撃滅されてしまい(第2ターン)、K先輩的には「オレに何をしろと?」という状態だった。

今回、K先輩は初めてだったため、拠点防御の際もユニットをスタックさせて都市を囲むように守っておられた。そのため、独軍の装甲集団に囲まれてタコ殴りにされてしまい、スモレンスクですら1ターンと持ちこたえられないところとなった。
中央部について言えば、第2ターンでミンスク攻略、第3ターンでドニエプル川渡河、第4ターンでスモンレンスク攻略、ヴィテフスク半包囲となったが、史実よりも早かった。

本作の場合、ソ連軍は大都市以外では少ないユニットをスタックさせる必要は無く、できるだけ部隊をばらけて配置し、余裕があれば縦深防御を心がけるのが望ましい。本作には、オーバーランや機械化移動のルールが無いため、どんな弱兵でも一度立ち止まって戦闘する必要があるので、赤軍的には「とにかく敵の足を止めて時間を稼ぐ」ことに最重点が置かれるのだ。だが、これもドイツ装甲部隊の進出地点や方向を見極めて行う必要があり、私が思っていた以上に、ソ連プレイヤーも経験と学習が必要であることが判明した。

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独軍に包囲されたヴィテフスク

結局この日は、第5ターンの途中でソ連軍の増援が出る前に、ドイツ軍の先鋒部隊がブリャンスクと東部マップ端に辿り着いたため、ソ連側の継戦困難と判断され、終了した。
ソ連側は貴重な第4ターンの増援を、中央部の手当ではなく、南方ゴメル方面に出してしまったことが決定打となった。とはいえ、ドニエプルかスモレンスク、できれば両方でもう1ターンずつドイツ軍を足止めしなければ、ソ連側は必要な戦力を蓄えられないと思われ、研究の余地がありそうだ。
逆にドイツ側としては、色々上手く行き過ぎた感じなので、今回の私の手が良かったのかどうか判断することもできず、これも保留した方が良さそうだ。

いずれにせよ、激バル・シリーズは単体ゲームとしては非常に微妙感があるものの、連結することでなかなか良いバランスになっている感触があるという認識は、3人で共有された。次回こそ本番である。
posted by ケン at 10:00| Comment(2) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月18日

ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦

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『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』 ショーン・エリス監督 捷英仏(2016)

またまたビミョーな邦題が付けられているが、確かに原題の「エンスラポイド」(作戦名)では何の話かサッパリ分からない。映画などの邦題の付け方は何とも難しいものがある。

ナチス・ドイツSSの国家保安本部長官にしてベーメン・メーレン(ボヘミア)保護領副総督(総督は傀儡なので実質総督)だったラインハルト・ハイドリヒを、亡命チェコスロヴァキア政府(在ロンドン)の指令を受けた元軍人らがチェコに落下傘降下して潜入、現地レジスタンスの協力を得てこれを襲撃する計画を立て、実行する。だが、SSによる報復は壮絶を極め、レジスタンス(テロリスト)も追い詰められてゆく。



以下、ネタバレ注意!

できるだけ史実を忠実に再現しており、脚色部分は最小限(恋愛部分)に抑えられている上、演出もレジスタンス(テロリスト)を格別に美化することなく、計画に反対する者や裏切り者、あるいはSS隊員による拷問もきちんと描いており、非常に骨太で冷徹な出来になっている。恐らくはイギリス映画であって、ハリウッド映画ではないことに起因しているのだろう。個人的には高く評価したいが、興行的には心配である。

特に推奨したいのは、いまどき16mmフィルムで撮影された映像美で、全体的にアンダー目で撮られた粗い粒子の質感や抑えられた色彩が、非常に1940年代のプラハのイメージにマッチングしており、微細にまでこだわった当時の街並みの再現度と相まって、まさに当時のプラハで撮影したかのようなイメージを抱かせてくれる。所々で映し出されるプラハの街並みの美しさはひたすら感動物で、これが上手く過酷なストーリーと対称をなしている。確かにこれをデジタルで撮ってしまうと、いかにもセットっぽくなってしまい、逆にリアリティが失われてしまっただろう。

暗殺シーンも結構アッサリしており、その後の隊員の逃亡劇やSSによる追跡もきちんと描かれているのだが、最後の大聖堂に立て籠もっての籠城戦だけはクライマックスだからとはいえ、「盛り過ぎ」の観は否めない。7人対700人で壮絶な射撃戦が繰り広げられ、戦闘描写も巧みで見応えはあるのだが、無謀に突入してくるドイツ兵がバカに見えてしまう。

ちなみに映画では「大聖堂」とか「神父」とか出てくるので、「プラハのカトリック?」と思ってしまう人が多そうだが、実際には「チェコスロヴァキア正教会」で、当時はまだ未独立でロシア正教会の一支部という扱いだった。当時、基本的にバチカンはナチス支持だった。またプロテスタントは原理的に大教会(聖堂)を否定しているので、7人も匿えるような大教会を有しているのは正教会しか無かった。同時に独ソ戦が進行中で、ロシア正教会自体が存続の危機にさらされていただけに、レジスタンスへの協力もなされたものと思われる。
舞台となったプラハ中心部にある聖ツィリル・メトデイ正教大聖堂には、当時の銃撃戦の弾痕が残されているらしいので、次にプラハに行くことがあれば訪れてみたい。

もう一点残念なところは、SS隊員はみなドイツの役者が演じてドイツ語をしゃべっているのに、肝心の主人公はイギリスとアイルランドの俳優で英語で話している点で、ちょっとチェコ人には見えない。欧州に滞在した経験の無い人なら気にならないレベルかもしれないが・・・・・・

歴史的には、ロンドンにあったチェコスロヴァキアの亡命政府がレジスタンス活動による成果を十分に上げられず、英政府から軽んじられるようになり、目立った成果を上げて自己アピールしたいがために「ハイドリヒ暗殺」命令を下したものと見られる。すでにハイドリヒらの手によって現地レジスタンスは窒息寸前にあったが、暗殺実行に伴う捜査と報復によって完全に壊滅、終戦に至るまで実質的な活動は行われなかった。SSは5千人からの市民を見せしめに殺害、リディツェ村を始め複数の村を「根切り」にし1万人を収容所に送ったが、シュコダを始めとするチェコの生産力は終戦までフル稼働し、ドイツの戦争運営を支え続けた。
「作戦成功」「ナチスによる蛮行」の対価として亡命政府が得たのは、英政府による「ミュンヘン合意の放棄」(ズデーテンランドの帰属確認)だけだった。1945年4月に亡命政府はチェコに戻るが、3年後には共産党独裁に至ってしまった。

現代でも「ビン・ラディン暗殺」を始め、独裁者やテロリストに対する暗殺はたびたび企図、実行されているが、どうも政治的効果以上のものは認められない気がする。もっとも、その政治的効果を最も欲するのが政治家の性分であり、どこまでもタチが悪い。
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2017年08月17日

映画『ウィッチ』

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THE WITCH−ウィッチ』 ロバート・エガース監督・脚本 米加(2015)

ホラー映画なんて超久しぶりに見たけど、これは凄かった。もう一度見たいと思うホラー映画自体、ほとんど記憶にないだけに、日頃ホラーものを嗜まないケン先生としては珍しい。
ピルグリム・ファーザーズ(分離派清教徒移民団)の一家族の末路とグリムなどの残酷童話のモチーフを巧みに組み合わせたサイコ・ホラー。演技も演出も映像も非常にレベルが高い。
若い頃に桐生操先生の残酷童話シリーズに熱狂したことがあるだけに、何十年ぶりかで見ることにしたが、大正解だった。


1630年、ニューイングランド。街を追い出された父ウィリアムと母キャサリンは、5人の子供たちと共に森の近くの荒れ地にやって来た。しかし、赤子のサムが何者かに連れ去られ、行方不明に。連れ去ったのは森の魔女か、それとも狼か。悲しみに沈む家族だったが、父ウィリアムは、美しく成長した愛娘トマシンが魔女ではないかと疑いはじめる。疑心暗鬼となった家族は、やがて狂気の淵に陥っていく・・・。

キリスト教原理主義に支配された家族が、その信仰ゆえに新天地のコミュニティからも追放され、荒野で孤立した生活を余儀なくされるが、その閉じられた空間と信仰ゆえに妄想とヒステリーに陥っていってしまう。確かに画面上の字幕だけ見ていると、戯言や妄想のような台詞が並ぶわけだが、リアルに作り込まれたアメリカ大陸と開拓生活の暗黒面を具現化した映像を合わせると、単純に「狂信者の妄想」と言ってしまうには厳しい現実がある。

ただ、キリスト教の「罪と罰」を土台に、様々な童話や民話のモチーフを盛り込んでいるだけに(盛り込み過ぎなくらい)、キリスト教や欧州文学、あるいはアメリカ移民史についての基本的な知識が無いと、「意味不明なダーク・ファンタジー」で終わってしまう可能性が高い。その意味で日本人にはハードルが高い作品だとは思うが、逆にそれらの知識があれば、巧みに組み合わされて演出されていることに感動するだろう。

ヒロイン役のアニャ・テイラー=ジョイを始め、子役までも迫真の演技で、台詞も古英語(私程度では全然理解できない)なので、映像だけで無く細部にわたるまで作り込まれている感じが良い。山羊や兎までヤバいデス。
posted by ケン at 12:06| Comment(0) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月16日

航空人事から見た日本の戦争運営について

1941年7月に海軍省が「対米開戦を辞せず」を決定した際(そして南部仏印進駐)、航空本部長だった伯父は「こんな航空戦備で対米戦などできるわけがない」「長期戦をどう戦うつもりなんだ」と噛みついたという。
工業力や資源、資金などの対米格差については、いくらでも知る機会があるが、今日は現代ではあまり顧みられない組織人員の面から考えてみたい。

開戦時の日本海軍の常用航空機定数は3019機で、運用に必要な搭乗員は3445名だったが、海軍所属の搭乗員は全3615名に過ぎなかった。このうち勤務2年以上の熟練搭乗者は49.5%だった。だが、42年末までに2300人からの搭乗員が失われ、熟練搭乗員の割合は22%にまで落ち込んだ。開戦時の米海軍と海兵隊が保有していたのは約4千機、同6千人だった。職場で一人でも有休を取ったらもう組織が回らないという日本型組織の体質は昔から同じだったのだ。

42年8月に始まるガダルカナル航空戦を見た場合、日本軍は892機、搭乗員1881名を失ったが、米軍が失ったのは621機、同420人だった。開戦当初の搭乗員数と比較した場合、日本が半分を失ったのに対して、米国は7%に過ぎなかった。
他の海戦も同様で、例えば一般的に「引き分け」と認識されている珊瑚海海戦を見た場合、日本海軍は航空機100機、搭乗員104名を失ったのに対して、米海軍が失ったのは同128機、35名だった。
同じく日本では一般的に「痛み分け」と解釈されている南太平洋海戦(1942年10月26日)を見た場合、確かに物理的には両軍ともに空母1隻撃沈、同1隻中破なのだが、空母搭乗員の損失は日本128名に対して、米39名だった。

日本の航空機は防弾性能や通信装備を犠牲にすることで、攻撃力や運動性能において米軍に対し優位に立ち、超エリート教育で練度においてもアメリカにひけを取らない水準に達したが(全体の練度において日本軍が米軍に優位に立っていたというデータは無い)、これは「一度限りの会戦であれば負けない」という話であって、戦争が長期化すればするほど優位性を失うものだった。事実はより過酷で、日本軍は開戦から一年でアメリカに対する優位を失っていた。

開戦前、日本の搭乗員教育は、教官1人に生徒1人という超エリート教育だったが、アメリカでは教官1人に6〜8人は当たり前だった。これには国民教育水準の背景があって、米国では当時すでに若者が普通に自動車運転免許を持っていたが、日本では運転免許など現在の航空機免許レベルの特殊技能だったため、搭乗員候補の基礎があまりにも違った。
これは搭乗員養成にかける予算にも顕著に表れている。日本海軍の航空関係予算に占める搭乗員養成費の割合は、1938年で0.08%、1940年で0.21%、1941年で0.16%と常に超低位で推移していた。ここにも「社員にカネを掛けるなんてタダのバカ」という日本型経営の決定的脆弱性が見られよう。

なお、ソ連では1937年に「全ソグライダー協会」が設立され、コムソモール員を中心に参加が奨励され、同時に「パイロット15万人計画」が策定された。戦時中、中学生のゴルバチョフがトラクターを運転していたことを考えても、兵舎に入るので初めて汽車に乗ったという若者が少なくなかった日本とは、機械文明の裾野が違いすぎたのである。

興味深いのは、アメリカが士官搭乗主義で9割士官、1割下士官だったのに対し、日本は真逆で1割士官、9割下士官だったことで、この辺にも「飛行機を飛ばせれば十分」と考えていた日本人の思考法を見て取れる。
また、元々日本は「総力戦を戦い抜き生き残って大帝国をつくる」ことを目的にファッショ体制(社会統制によるミリタリズムの最適化)を選択したはずだが、現実には中世ばりの「一回戦って負けたら終わり」という軍備しかつくれなかった。この辺は改めて別稿にて検討したいが、果たして伯父上を除く御先祖方が「総力戦とは何か」をきちんと理解していたのか、あの世で問い詰める必要がある。

【参考】
『近代日本軍事力の研究』 山田朗 校倉書房(2015)
posted by ケン at 12:31| Comment(4) | 日本語、日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月15日

みなし日本人制度ふたたび

【日系4世に日本で就労資格、法務省導入へ】
 法務省は、一定の日本語能力などの要件を満たした海外在住の日系4世が日本で就労できる新たな在留制度を導入する方針を固めた。新制度は、日系4世に日本への理解や関心を深めてもらい、将来的に日本と現地の日系人社会との懸け橋になる人材の育成を目的とする。制度案では、他国で働きながら滞在できる「ワーキングホリデー制度」と同様に、対象年齢を18〜30歳に限定し、滞在中は就労が可能な「特定活動」の在留資格を与える。来日時に簡単な日常会話ができる日本語検定4級(N4)程度、在留資格更新時には複雑な文章も理解できる3級(N3)程度の能力を有することを要件とし、家族の帯同は認めない。
(7月31日、読売新聞抜粋)

「日系限定移民」制度はハナから破綻している。日本政府は日系人に限定することで、「外国人労働者」や「移民」ではないことを強調、正当化したいのだろうが、現実には戸籍制度や住民登録制度が未整備の南米諸国にあって「日本人の血統」が証明できるのは1世とせいぜい2世までで、1990年代以降の3世となった時点で家系図や戸籍のねつ造が横行、実際には日本人の血を引いていない「自称日系人」が大量に来日していた。

いや「戸籍が未整備」というのは語弊がある。そもそも家族単位で個人情報を管理する戸籍制度そのものが現代世界の中で異様な制度であり、センシティブ情報を国家が一元管理する戸籍制度は本質的にリベラリズムに反している。そして、現代における個人単位の住民登録制度は、本質的に自由主義を志向するところから、センシティブ情報の登録は最小限度に止める傾向が強い。結果、国家が血統を保証する制度を持つ国自体、非常に例外的かつ差別的存在となっている。

話を戻そう。
日本政府は「名目が立てば良い」と考えていたのだろうが、2000年代の不況で大量解雇が行われると、路頭に迷う日系人労働者が続出した。同時に80〜90年代に来日した者たちの子弟が十分な教育を受けられなかったり、日本社会から疎外されたりして、地域の治安悪化要因になっていた。結果、政府は帰国支援を行って、「日系人」を「本国」に送還し始めた。
ところが、2015年以降、少子高齢化の影響が深刻になったことを受けて、再び手のひらを返し、今度は「日系4世」を呼び込もうという話になっている。凄まじい無責任体質と棄民政策である。
「日本と現地の日系人社会との懸け橋になる人材の育成を目的とする」など、どの口が言うか。

現実には、いまや中国に比してすら賃金が低くなりつつある日本で、しかも超長時間労働や賃金不払いや不当労働行為が横行して、取り締まることもない環境が放置されている中、果たしてどれほどの人が日本行きを希望するか、非常に疑わしい。

そもそも21世紀のこの時代に、民族主義や人種主義を前面に出した政策を臆面なく提示できる日本政府は、自らの差別性や異常性に気づいていない点でも国際社会の孤児と化しつつある。
この手のウソまみれの「みなし日本人制度」や「外国人技能実習制度」はすぐに廃止すべきだ。
posted by ケン at 12:13| Comment(3) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする