2017年10月16日

自由と余暇について

二言目には「経済成長ガー」という人が結構いるのだが、人口減時代にGDPを増やす方法は限られている。第一は労働生産性を高めること。第二は技術革新を進めること。だが、超長時間労働が許容され、規制されない中で労働生産性が高まることは無い。また、部活動と学校行事で月曜から日曜の朝から晩まで学校に拘束されるような教育では、技術革新の元となる創造性が育まれない。つまり、現行のままでは不可能なのだが、理解されていないのか、故意に無視されているとしか思えない。

経済成長の根幹となる技術革新に最も必要なのは創造力であり、その創造力は自由な発想の下で生まれる。故に全体主義、権威主義国家では技術革新が起こりにくいとされる。その自由な発想は、人が持つ自由な時間に着想される。ところが、日本の学校や会社は、「兵隊を遊ばせておくと士気が弛緩する」という兵営と同じ考え方なので、「いかにして24時間、生徒と社員を管理するか」という発想の上に成り立っている。それは、言語的にも表れていて、英語の"Leisure"は、日本語では「余暇」と訳されるが、英語のそれが「解放」「自由」を語源とするのに対し、日本語は「作業に従事していない時間」を意味する。こうしたことを理解していない連中が、いくら経済成長や技術革新を言いつのったところで何の意味も無いことは明らかであり、この辺も22日の投票基準にして欲しい。
posted by ケン at 08:24| Comment(0) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする