2017年10月21日

むずかしい選挙3 2017

今回の選挙は「先が見えない」「展開が読めない」という不確定要素が大きい点が苦しかった。私などは生来、人としての共感度が低いのか、常に一歩引いて物事を見てしまい、容易にコミュニティに同化しない性格なので、「駄目なら駄目で仕方あるまい」と高をくくっていた。だが、陣営内は「RMで行く」との最終決定がなされた後も、悲壮感たっぷりで、「日本のいちばん長い日」とまでは行かないまでも、それに近い一種のヒステリー状態にあった。

特に「RMで行くかどうか」という選対会議では、候補(ボス)が「落選してもいいから、今回はRMで出たい」と肺腑から絞り出すように懇願したのに対し、列席した地方議員たちからは「RMから出るなら支援できない」「ポスター貼りもハガキも電話がけも自分でやってもらうことになる」「無所属なら支援するのもやぶさかではない」などと反対、「RMでも支援する」とハッキリ述べたのは市会議員一人だった(それも忠誠心では無く小池嫌いだから)。発言を許された秘書の大半が「自分はボスの意向に従うのみ(承詔必謹あるのみ)」と曰う中、同僚は「土地柄を考えればRMでの選挙は苦しい。無所属なら自治体議員が支援するというなら無所属もやむを得ないのではないか。当選後に入党すれば良い」と述べ、ケン先生は「自分は、ボスがRMで出馬しても、我々がシグルイになれば、ギリギリ小選挙区で勝ち抜けると計算しますが、無所属でなら労組と地方議員の支援が確実に得られるというのであれば、無所属もアリかと愚考します」「次の世論調査でRMの支持率が一定程度確保できれば、組合や地方議員の意向も変わってくるかと」と意見具申した。

結局その場は「もう数日様子を見る」「支援労組の意向を確認する」として判断先送りとなった。現実には、世論調査でRMが希望に近い支持率を出し、労組がRM候補への支援を表明、地方議員も続々と態度を軟化させ、あたかも既定路線のようにRMからの出馬が決まった。
「国会議員なのに自分の意思で政党も選べないのか」との批判は当然だ。だが、現実の国会議員は、戦国期の戦国大名のようなもので、実際の選挙運動の相当部分を担う地方議員=国人衆の支援なくしては、100%無党派層頼みの空中戦になってしまい、まずもって当選はかなわない。
例えば、今川家の侵攻を受けたある家の当主が「自分は織田家に忠を尽くす」と宣言したところ、一族郎党が「家を滅ぼす気か、なぜ今川につかない?」と反対した場合、容易ではなく、下手に我を貫けば、幽閉されたり殺害されたりする恐れがある。極端な例を挙げれば、治承・寿永の乱(いわゆる源平合戦)において、最初に挙兵した源頼政は、以仁王を擁する摂津源氏当主(清和源氏嫡流)という最良の条件でありながら、本人が動員できたのはわずか150騎に過ぎなかった(50騎という数字もある)。一族郎党や地下人がこぞって反対したためである。

現実には日を経てRM党の支持が拡大すると同時に希望が失速、総評系組合はRM支持を決定して遅ればせながら動員を開始、地方議員の間でも「勝ち馬に乗る」空気が濃くなって、最終的には一人を除いて全面支援を決めた。そして、市民運動系の市民が選挙区の内外から続々と支援に入り、事務所は常に満員近い状態になっている。
つまり、ボスの信念と正義が状況を打破した格好だった。いまや自民党候補を圧倒、選挙戦中盤には自民党側は戦意を喪失するに至っている。
選対内で唯一「RMでもギリギリ勝てる」と進言した私の面目は半分だけ保てたものの、参謀役としては恥ずかしい気持ちもある。

とはいえ、盛り上がっているのは一部のリベラル層だけで、従来の支援者層は総じて冷淡であり、電話がけから得られる有権者一般の感触は「選挙には行かない」無関心が多いというもので、選対の盛り上がりに比して、後方本部事務長の私としては「これで勝っているというのが不思議」というのが実感だ。今回は何とか勝利できるとしても、風頼み選挙や従来型の選挙手法の限界を示すところも多々あり、今後の課題は少なくない。
posted by ケン at 20:31| Comment(8) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする