2017年10月25日

帰還報告

無事勝利し、帰京しました。
今回の選挙は短期決戦ではありましたが、可能性が低いと考えていた解散、同時に出馬すべき党が消失するという、不測の事態が重なりました。準備不足はどの陣営も同じ条件ですが、「政党が無くなる」「どの党から出るか分からない」というのは全くの想定外であり、公示直前までどうなるか分からないという暗中模索が続きました。

ボスの方針は明確でも、地元や支援団体との調整は困難を極め、立候補届けや選挙グッズなども「無所属」と「新党」の2パターンを用意し、どれも直前まで決まらない状態にありました。選挙はがきなどは、大量に刷った後、新党のシールを貼るという作業になり、その数は数万枚に及びました。結果、凄まじい人手が必要になるのですが、急な解散だったため、動員も思うように進まず、人員的にも苦しい状態が続きました。もっとも、動員不足は敵も同じだったようで、期間中何度か敵方の事務所に密偵を放ちましたが、「(夜10時前)もう閉まってました」「外から見えたのは3人だけでした」「駅立ちは随行秘書3人だけでした」など甚だしい人手不足が垣間見えました。

動員が遅れるというのは、人員だけの問題ではなく、物資機材や選挙事務所の土地、建物、駐車場から、他所から応援に来る人の宿泊先、そして選挙はがきの収集など、全ての準備が遅れることを意味します。
ベテラン議員や歴史ある大政党の場合、普段からの付き合いや伝手があるので、急な需要にも対処できるわけですが、新人などはどうにもならなかったでしょう。その意味でも、自民党の総理が解散権を自由に行使できることは、大富豪に強いカードを何枚も渡すような話になっています。
自分の担当部署でいえば、選挙はがきですが、これは予めはがきを用意して、支援者などに配って知り合いの住所氏名を書いてもらって、選挙事務所が一括収集して発送するわけですが、政党が決まらないのではがきが作れない、作っても配布する人員も時間も無いということで、前回の半分以下しか自前で収集、発送できず、半分は地方議員の名簿で出すことになりました。
電話がけの動員も非常に遅れ、フル稼働したのは最後の数日のみで、掛けた本数はこれも前回の半分以下となりました。

以上のことから、後方本部事務長の座にあったケン先生としては、「こんな戦力で勝てるわけが無い」と思っていたわけですが、前線からの報告は「勝った、勝った、また勝った」というものばかりで、「そんなはずね〜だろ〜」と叫びたい気持ちで一杯でした。実際、蓋を開けてみれば大勝していたわけですが、私的には「偶然プラス修正が付いて」「たまたま良いダイス目が出た」以上には思えなかったわけです。
こういう勝ち方をしてしまうと、「誤った成功体験」が生まれがちなので、そこをきちんと戒めることができるかが課題でしょう。

他にも色々あるのですが、まずは報告まで。
posted by ケン at 13:51| Comment(5) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする