2017年10月26日

20世紀型選挙の終焉

今回の総選挙で後方本部を統括して強く感じたのは、従来型の選挙が実施不可能になると同時に、その効力も失いつつあることだった。

日本の公職選挙法は、いわゆる先進国では類を見ない厳しい規制を課している。大まかに言えば、「政府が認める活動しかできない」というもので、他国の「いくつかの禁止事項以外は何でもできる」の真逆を行く制度になっている。
具体的には、選挙はがきの収集と郵送、電話がけ、そして街頭宣伝であり、つい最近になってインターネットの使用が「解禁」されたものの、それでもメールなどによる投票依頼には厳しい規制が課されている。

このうち選挙はがきを見た場合、衆議院総選挙では候補者枠で3万5千枚(無償)、政党枠で2万枚(有償)の発送が認められているが、これは予め宛名を書いた候補者のはがきを選挙事務所が用意して発送しなければならない(分けることは可能)。そのため、候補者や地方議員が自分の名簿を使って宛名を書いたり、支援者に知り合いを紹介してもらうことになる。つまり、巨大組織がバックについているか、多数の地方議員の支持がないと、まともにはがきも送れないことになる。中選挙区制のシステムを縮小再生産したためだ。
ところが、個人情報保護法や核家族化、社会的分断などの原因から名簿の収集が困難になり、中間団体や地域ボスも力を失って「大口の集票」が難しくなっている。また、移動(引っ越し)が増えているのか、「宛先不明」で戻ってくるはがきも選挙毎に増えている気がする。
結果、5万5千枚ものはがきを送れるのは、自公共と大手労組の支援を受けた候補くらいのものになっているが、それもすでに名簿の確保自体が難しくなっている。

電話作戦も同様で、まず大量の電話番号を有している候補が圧倒的に有利で、少ないあるいは持っていないとなると、電話帳で片端から掛けるほか無くなる。そして、電話がけの要員(ボランティア)をどれだけ集められるかが勝敗を分けるところとなる。結果、狂信的な宗教団体やトップダウンで人を動員できる権威主義的団体を味方に付けた候補が圧倒的に有利となる。だが、電話番号の収集は年を追う毎に難しくなってきている上、電話帳も年々薄くなってきている。固定電話を持つ人が少なくなり、かつ電話帳に掲載しない人が増えているためだ。この分では10年後には「電話作戦」は成り立たなくなっている公算が高い。

電話とはがきが成り立たなくなると、残るのは街頭宣伝だけだが、恐ろしいことにここにも大きな規制がある。その最たるものは、選挙期間中、街宣車のスピーカーに許されているのは、走行中の「連呼」と停止中の「演説」のみという公職選挙法の規定である。
第140条の2(連呼行為の禁止)
何人も、選挙運動のため、連呼行為をすることができない。ただし、演説会場及び街頭演説(演説を含む。)の場所においてする場合並びに午前8時から午後8時までの間に限り、次条の規定により選挙運動のために使用される自動車又は船舶の上においてする場合は、この限りでない。

第141条の3(車上の選挙運動の禁止)
何人も、第141条 (自動車、船舶及び拡声機の使用) の規定により選挙運動のために使用される自動車の上においては、選挙運動をすることができない。ただし、停止した自動車の上において選挙運動のための演説をすること及び第140条の2第1項 (連呼行為の禁止) ただし書の規定により自動車の上において選挙運動のための連呼行為をすることは、この限りでない。

自分もよく「選挙カーの連呼はうるさいだけで票が減るのでは」と言われるのだが、実は公職選挙法の規定で「走行中の街宣車は連呼以外できない」となっているためなのだ。
しかも、この選挙カーは広大な小選挙区の中で候補者一人につき一台しか認められていないため、期間中一人の居住地に来るのは一回か二回程度にとどまる。大きな駅を使って通勤している人を除けば、候補者の顔を見るのは稀だろう。

他にも挙げればキリがないので止めておくが、上記の理由から前世紀型の選挙手法と、それ以外の活動を一切許さない公職選挙法が、有権者の選挙離れを加速、政党や候補者はますます「風」に頼るほかないという悪循環に陥っている。
そう考えると、デモクラシーの自壊を狙う政府内の明治帝政復活論者(復古主義者)の陰謀のようにも思えてくるが(爆)
posted by ケン at 12:16| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする