2017年11月30日

総理様の有り難い賃上げ要請

【首相、賃上げ「来春は3%実現を期待」 経団連会長「前向きに検討」】
 安倍晋三首相は26日夕の経済財政諮問会議で、来年の春季労使交渉について「(賃上げの)流れを持続的なものにしなければならない。3%の賃上げを実現するよう期待する」と述べた。
 安倍首相は「賃上げはもはや企業に対する社会的要請だ」と指摘したうえで「企業収益を賃上げや設備投資に向かわせるため、予算・税制、規制改革などあらゆる手段・政策を総動員する」と語った。賃上げへの環境整備を進め、年末に策定する経済政策パッケージに反映する考えだ。
 一方、同会議に出席した経団連の榊原定征会長は会議終了後、記者団に対し「経済界はこれまで相当高い水準の賃上げを行ってきた」と前置きしつつ「企業が過去最高の収益をあげるなか、社会的要請としてより高い水準の賃上げを求める声は認識している」と述べた。そのうえで「生産性革命を進めながら賃金水準の引き上げについて前向きに検討していく」との考えを示した。
 榊原会長は「賃上げは一律ではなく、消費性向の高い世帯への重点配分なども考慮する必要がある」とも指摘。政府には「所得拡大促進税制など一段の政策支援をお願いしたい」と求めた。
(10月26日、日本経済新聞)

一国の総理大臣が民間企業に賃上げを要請するとか、開発独裁国丸出しだな(爆)
すでに何度か述べていることだが、敢えて繰り返したい。
経済学の常識だが、賃上げは労働生産性の向上に対する報酬としてなされるもので、生産性の向上が無いところに賃上げだけ強行すれば、人件費負担が増えるだけで経営悪化を加速することになる。これを国家規模で行って失敗したのがソ連だった。

「生産量至上主義」に凝り固まっていたソ連政府は、ひたすらに生産における量的拡大にのみ腐心していた。そのため、各企業はリスクを伴う技術革新よりも、工場の拡大と労働者の囲い込みに走った。上から命令された「ノルマ(生産量)」さえ達成すればよく、生産物の「質」は問われなかったからだ。
工場の拡大は、市場の需要ではなく、「党の指令」によって行われる。党もまたノルマの達成のために、工場の拡大を安易に許可した。結果、工場ばかりが増え続け、労働力は慢性的に不足するという事態が生じた。ソ連、あるいは今のロシアを見ても分かるが、廃墟となった工場の多さは、こうした「計画経済」の遺物でもある。
慢性的な労働力不足は、自然、賃金を上昇させていった。
賃金の上昇と慢性的な物不足は、市場に貨幣を滞留させる結果となる。市場経済の場合なら、余った金を貯蓄に回すことによって、銀行が市場に再投資する機能を有する。が、ソ連の場合、「不労所得は悪」というイデオロギーから、預金金利は無きに等しい状態に置かれ、政府・国家に対する歴史的不信も災いして、余った貨幣の大部分が「タンス預金」として家庭に留め置かれることとなった。
また、市場経済であれば、この状態ではインフレーションが起こるのだが、統制経済下では価格は政府によって公定される。その結果、「行列」と「闇市場」が顕在化してくる。
(ソ連の「インフレーション」)

ペレストロイカは、指導層の掛け声や、西側社会からの評価に比して、全く進んでいなかった。具体例を挙げると、1989年時点で企業の民営化率は1%、90年時点で商品の自由価格率は1割に遠く及ばなかった。1990年予算で歳出に占める食糧価格調整金(補助金)の割合は20%、コルホーズを始めとする国営企業補助金が20%、軍事費が15%超という有様だった。
ミクロで見ても、1954年から90年に至るまでパンの公定価格は一切変わらなかった(70コペイカから1ルーブル)にもかかわらず、独立採算制の導入や政治的理由から労働賃金を上げ続けた結果、貨幣の過剰滞留現象が起き、潜在的インフレーションを表面化させていった。また、生産価格を無視した公定価格を維持するために、国庫から際限なく補助金が出された結果、歳出に占める食料価格調整金の割合は20%にも達していた。このことは、ゴルバチョフ政権が食糧の公定価格制度に全く手を付けられなかったことを示している。大御所が指摘するところの「社会主義離れ」とは裏腹に、現実は全く「社会主義離れ」ができなかったのだ。
ペレストロイカを再検証する

生産性の向上や技術革新を伴わずに賃上げのみを進めた結果、市場には「買いたい物が無いのに現金だけ有り余る」状況が、企業群は「売れない物や安い物を大量生産して赤字が増大するも、国からの補填で賄う」状況が現出、これらの問題を修正することができずに、市場と国家の崩壊を招いてしまった。
いわゆる「ソ連崩壊」は、西側の論者の大半が曰うような「ソ連人が自由を求めた結果」起こったものではなく、マルクス経済学からも説明できる基本的な経済失政を国家規模で修復不可能なまで強行したことに起因する。

日本の場合は、やや事情が異なるため、症状も異なるわけだが、経済学の基本から説明できることに変わりは無い。

国内需要が縮小再生産のスパイラルに陥っているのに、設備投資して人件費を増やすインセンティブなどどこにも無いのは当然だろう。需要が増える展望が無いのだから、経営側としては人件費を増やせるワケが無い。
ゼロ金利である今は、とにかく負債を減らすのが企業側として合理的な選択となる。需要が無いのだから、設備も人も増やせず、結果、内部留保ばかりが増えてゆく。この内部留保を、国債で持つか、現金で持つか、株で持つか、という程度の選択肢しか無い。
さらに日本の場合、労働法制や労働組合が機能せず、超長時間労働やサービス残業が容認されているため、企業側としては社員数や賃金を増やさずに「必要なだけ」労働を要求できるだけに、労働生産性を上げるインセンティブが全く働かない。
本来賃上げというのは、労働生産性の向上に対する対価として行われるべきものであるため、この点でも経営側は賃上げする理由が無い。
また、労働組合側も、総需要の低下を受け「現在の(正社員の)雇用を守ること」が最優先事項となり、資本への従属を強めており、労働時間削減や賃上げを求めなくなってしまい、結果的に労働生産性の向上を阻害してしまっている。労働者が資本家に協力するのは、生産性を高めることで労働価値を高め、その代償として賃上げを要求するためだが、そのサイクルが失われて久しい。
保守政権が賃上げを求める愚

日本政府・自民党は長時間労働を容認、拡大する政策を採っている。裁量労働制の拡大はその象徴だ。国内需要の拡大が見込めない中、低賃金で長時間の労働を強要できるのだから、企業としては生産性を向上させるインセンティブが機能しない。また、企業内の正社員組合は、自らの雇用を確保しつつ、低賃金を補うために残業する必要があることから、長時間労働を容認するため、労働組合にも生産性を向上させるインセンティブが働かない。
低賃金と長時間労働が容認される一方、政府による公的融資や補助金制度が充実しているため、生産性の低い不採算企業が存続でき、市場から退出しないため、労働力も資本も不採算企業が保持してしまい、市場淘汰が進まず、成長が抑制される構造になっている。

また、日本では戦後60年にわたって権威主義的な自民党政権が続いたため、社会や学校が権威主義に染まっており、技術革新に必要な創造的人材を輩出できなくなっている。「生徒が就職できるように黒髪を強制する」などという高校とそれを求める企業では、自由な発想のできる人間は育たない。

日本が「崩壊」を回避するためには、全て逆の政策を行う必要がある。政府は公的融資制度、補助金、政策減税を廃止、労働組合が主導して長時間労働を抑制することで、不採算企業の退出を促進させつつ、生産性の向上を図る。優良企業が増え、生産性の向上が実現されれば、賃金は自然に上昇するだろう。
同時に、中央統制の強い権威主義的な教育制度を自由主義に改め、生徒の身体的・精神的拘束を最小限度に止めることで、「自由な発想のできる子ども」の育成に主眼を置く。これにより、技術革新の基盤を広げることができるだろう。

ソ連学徒のケン先生から見れば、今の日本は70年代末か80年代初めのソ連とかぶるところが多い。おそらく東京五輪は日本の「モスクワ五輪」になるのだろう。
posted by ケン at 13:00| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする