2017年12月30日

2017 ゲーム納めは「国防軍の夜」

今年は暦の問題もあって早々に「ゲーム納め」となったが、ピリオド・ゲームズ「国防軍の夜 1935」「国防軍の夜2−東洋の覇者 1937」を4人でプレイできたので大満足。

まずは新作「国防軍の夜2−東洋の覇者」から。
O先輩の山下奉文が装甲軍を率いて満州に駐屯、毎年国境紛争を発生させて1VPずつ稼いでゆく一方、残るK先輩、T後輩とケン先生は我先と中国大陸に侵攻する。やはり序盤は陸軍が人気で、海軍は空母機動部隊が共通の場に出たまま放置され、「艦隊演習」すら行われない始末。

「対米戦になったらどうすんだよ?」「そこは海軍さんの所管ですから」

日中戦争は当初順調に進攻してゆくが、武漢あたりまで進むと後方が手薄になってしまい、北部(北京)が中共軍に奪還されてしまうなど、ドロドロの殴り合いになってしまう。まぁ史実通りである。
が、支那方面総司令官職を持つK先輩が地道にVPを稼いでゆく。
日独伊三国同盟の提起に対しては、

「我々は平和を愛好するから欧州問題に首を突っ込んだりしないよ」
「アメリカと戦争になっちゃうじゃん」

などの理由から締結が見送られ、日米関係もなかなか悪化せず(外交ダイスが良かった)、対ソ国境紛争と日中戦争が延々と続く展開。
勝利得点で劣るケン先生は事態の打開を図るべく、陸軍要職を解任して対ソ開戦を試みるが、全く上手くゆかない。

そうこうしている内に日米関係が悪化、「ハル・ノート」が突きつけられる。
陸軍三長官会議と海軍大臣の承認が必要となるが、O先輩が教育総監と海軍大臣、K先輩が参謀総長を持っているので、受諾の可能性が高い。そこで、ケン先生とT後輩から教育総監と海軍大臣の解任決議案が出されるが、どれも否決され、ハル・ノートの受諾が決定、大陸から撤兵してゲーム終了となった。

「20万の英霊になんと説明するか」
「いやいや、国体護持のためにはやむを得まい」
「後世の歴史家か〜〜!!」

派閥が保有している戦艦や秘密VPを加えて計算したところ、O先輩がK先輩を一点上回って勝利した。

次は「国防軍の夜 1935」をプレイ。
一回目は、順調に軍拡と領土拡張が進み、英仏からの宣戦布告も起こらず、ドイツ人として理想的な展開。拡張すべき領土もなくなったところで開戦となり、全軍でフランスに進攻、鎧袖一触で征服した。対仏戦でほぼダメージが入らなかったため、翌ターンの生産力は全て新規に回されたが、生産されたのは全て航空機だった。そのタイミングで「英本土航空戦」が発生、独空軍はきわどいところで勝利する。イベントは、そのまま「英本土上陸」となり、陸軍総司令官職を持つO先輩の軍が上陸するも、参謀長職を持つK先輩が追加上陸を拒否する事態となる。イギリス本土が占領されると、サドンデスになるが、この時O先輩が勝っていたためだった。ところが、O先輩のダイスが炸裂して、英本土防衛軍を撃破、独力でサドンデスをもぎ取って勝利を確定させた。まさに総統の夢を具現化する流れとなった(現実のヒトラーは、ウクライナの穀倉地帯と資源を確保した上で対英戦を始めるつもりだったようだが)。

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二回目は、第一ターンの最初のイベントで「オーストリア併合」が発生、軍を有する三人の全将軍が出動するも、恐ろしいダイス目で全員敗退。その足でオーストリア軍にベルリンまで攻め込まれて、まさかの敗戦(全員敗北)に終わった。

三回目は、スペイン内戦で航空劣勢下で独軍がボコボコにされるという酷いスタートとなった上、いきなり英仏に宣戦布告されてしまうが、三長官が総辞職せず、そのまま大戦に突入してしまう。だが、その後はまず順当にドイツの領土拡大が進むも、今度はバトル・オブ・ブリテンに敗北、バルバロッサ作戦が発動してしまう。ロシアは、北中南と3つも戦線がある上、3回勝たないと占領できないという、モンスター国家(カード)である。初動でVPを稼いでいたO先輩やK先輩の軍は疲弊し、後塵を拝していたT後輩やケン先生の軍が活躍するようになって、差を詰めていった。ロシアの全戦線で2回勝って、「次全部勝てばサドンデス」というところで、アメリカが参戦した。これによって場に「D-Day」が加えられるが、「陸軍7、空軍3」という大戦力。しかも、毎フェイズダイスを振って「1」が出た時だけ戦闘解決されるため、部隊を送ったところで遊兵となる確率が非常に高い厄介なカードである。この時は、「西は捨てよう」ということで全プレイヤーが合意、ロシア戦線に傾注したが、アメリカの参戦でソ連軍の空軍力も向上していたため、北部と中央部では占領に成功するも、南部は失敗、終戦チェックも失敗してサドンデスには至らなかった。しかも、「D-Day」は1を振って連合軍が上陸、次ターンにはドイツ本土に押し寄せる事態となった。独軍は返す刀でドイツ本土に集結して連合軍を迎え撃つが、この時に私のダイスが炸裂して連合軍を撃退、VPでトップに立つも、またぞろ終戦チェックに失敗。ここからドロドロの殴り合いが始まってしまって、時間切れとなった。そこまでに何度かクーデターが提起されるも、どれも発動すること無く終わった。

「1」は簡素でゲームバランスも良いのだが、基本的にイベントが一本道で、各プレイヤーは同じ目的の中でVPを競う感じ。「2」はややルールが粗く、勝利競争は上位と下位に二分されて固定化しやすい感じだが、陸軍と海軍の争いや、軍部に全く統制がなく、めいめいが勝手に独断専行してしまう旧日本軍の悪弊を「これでもか」というくらい見事に再現していて超笑える。
ウォー・ゲーム、シミュレーション・ゲームとしての評価はさておき、超楽しいゲームであることは間違いない。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月28日

不安を残す立民綱領

【<立憲民主>「原発ゼロ」明記 綱領を正式決定】
 立憲民主党は26日の党会合で綱領を正式決定した。「原発ゼロを一日も早く実現するため具体的なプロセスを進める」と明記。枝野幸男代表が10月の結党以来訴えてきた「ボトムアップの政治」「草の根からの民主主義を実践する」などの文言を盛り込み、独自色を出した。
(12月26日、毎日新聞)


全文はこちら。


立憲民主党は、年の瀬になって何回か全議員を集めて綱領を検討し、まとめ上げた。その背景には、急速な支持率低下に対する危機感があったものと推察される。だが、それ故に「急ごしらえ」の観は否めない。
内容的にも同じことが言える。例えば、綱領は「草の根からの声に基づく熟議の民主主義」を謳うが、支持者や有権者からのパブリックコメントなどを集めることもせず、国会議員が二、三回集まって話し合っただけで綱領をまとめてしまったことは、「草の根からの声」「熟議の民主主義」に明らかに反しており、その手法は旧民主党の「議員政党」を彷彿とさせるに十分だ。
少し個別にも見てみよう。
立憲主義を守り、象徴天皇制のもと、日本国憲法が掲げる「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」を堅持します。立憲主義を深める立場からの憲法議論を進めます。

綱領で現行憲法と天皇制を肯定しているが、これは「立憲君主制・権威主義体制の制限下で市民的自由を守る」ということを意味する。憲法の前に象徴天皇制が来ていることがこれを裏付けている。その本質は「国体護持」であり、枝野代表が言う「保守リベラル」を象徴している。自民党・安倍一派が主張する、戦前型の権威主義体制への復古からすれば「リベラル」ではあるが、そこには戦後民主主義が行き詰まって今日の政治的困難を招いているという認識は無い。
逆に「立憲主義を深める立場からの憲法議論」は、先の総選挙で立民に投票した相当数の護憲派をNK党やSM党に追いやるもので、左翼系市民から「野党共闘合意違反」の誹りは免れないだろう。

枝野氏を始めとする党内エリートには、「左翼とみられたくない」「保守層の票を取り込みたい」という思いが強いようだが、自分たちの結党基盤(誰の支持で選挙に勝てたのか)を顧みること無く、「青い鳥」を追いかけてしまっている。
私たちは、経済成長の目的は一人ひとりに幸福をもたらすことであり、また、公正な分配なくして安定的な成長は達成できないとの考えに立ちます。

現実には産業革命以降の急速な経済成長は、先進国から絶対的貧困を消失させてはいったものの、同時に経済格差や長時間労働を促進させ、むしろ人間性を否定し、幸福度を下げる方向に働いている面もある。最新の研究は、経済的豊かさと精神的幸福は必ずしも正比例しないとしているだけに、この記述は古色蒼然の観がある。そして、間違った経済政策や社会政策の原因となる恐れがある。
歴史の教訓を胸に刻み、日本の外交・安全保障の基本姿勢である国際協調と専守防衛を貫き、現実に即した政策を推進します。健全な日米同盟を軸に、アジア太平洋地域、とりわけ近隣諸国をはじめとする世界との共生を実現します。

これはもはや絶望的。立憲民主党が外交と安全保障を何も理解していないこと、米軍基地問題で何もしないことを露呈させている。「日米同盟」という言葉は、日本がアメリカの世界覇権に積極的に荷担するスタンスを指す。現政府は、日米同盟を重視するが故に、それまで自制してきた集団的自衛権を解禁して、海外派兵を常態化させている。沖縄の米軍基地も、日米同盟を維持するためのコストとして存在しているのであって、これを肯定する限り、辺野古新基地建設に反対する根拠が無い。逆を言えば、「日米同盟は重視しますが、海外派兵も米軍基地も認めません」というスタンスは論理的に成り立たない。また、日米同盟は対ロシアと対中国を想定した軍事同盟であり、これと「アジア近隣諸国との共生」もまた並立し得ない。要は、連中は何も分かっていない。

この綱領を読む限り、立憲民主党はやはり「民主党の焼き直し」に終わりそうだ。
posted by ケン at 12:12| Comment(2) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月27日

支持率下げ止まらない立民

【政党支持、自民36%、立憲9% 朝日新聞世論調査】
 朝日新聞社が実施した16、17両日の全国世論調査(電話)によると、政党支持率は自民が36%、立憲9%、公明と共産3%、希望、維新、民進の3党が各1%だった。衆院で野党第1党となった立憲は、10月の衆院選直後調査の17%から下降傾向が続いている。
 直後調査と比べると、自民は39%から36%に。「支持する政党はない」と「答えない・分からない」を合わせた無党派層が31%から46%に増えた。
 民進は、衆院選で分裂した立憲、希望との統一会派を呼びかける方針だ。この3党が自民党に対抗するため、国会で一つにまとまるほうがよいかを尋ねると、「まとまるほうがよい」は39%で、「その必要はない」42%と割れた。自民支持層では「その必要はない」が55%と多いが、立憲支持層は63%が「まとまるほうがよい」と答え、傾向が逆転した。
 学校法人「森友学園」や「加計学園」に関わる問題の真相解明についての安倍政権の姿勢を問うと、「評価しない」が74%に達し、「評価する」11%を大きく上回った。消費増税分の一部を、幼児教育や保育の無償化などにあてる安倍政権の方針については「妥当だ」が51%、「妥当ではない」が38%だった。
 天皇陛下が2019年4月30日に退位することが決まったことは「よかった」が89%で、「よくなかった」3%だった。今後の天皇の退位のあり方については、引き続き「議論するほうがよい」が50%、「その必要はない」39%となった。
(12月19日、朝日新聞)

立民、希望、維新、民進の4党で12%、自民党の3分の1しかない現実。立民は野党内で圧倒的優位に立っているものの、ピーク時の支持率からは大きく低下し、じりじりとNK党に追い上げられている。最初は立民から無党派に戻り、さらにNK党に流れる図式は、立民が民主党に先祖返りしているという評価を暗示している。

もともと立憲民主党は、民進党の左派・リベラル派が希望から排除されたことを受けて、「リベラル派の結集」を呼びかけて結党したはずだが、いざできあがってみると民進党と同じような議論をしていることが、悪評を生んでいる。

例えば、最終的には保留されたものの山尾氏が提唱した「立憲的改憲論」は(教条的かもしれないが)護憲派市民から強い反発を受け、支持をNK党に出戻らせてしまう要因になっている。同様に自衛隊に対するスタンスも同じだ。
沖縄米軍基地問題では、何の発信もできず、基地建設反対派や沖縄県民から強い失望が表明されている。来年2月に行われる名護市長選挙でも、反対派の稲嶺市長の推薦を拒否し、すでに沖縄の市民運動家から「やっぱり民主党と同じだった」と言われている。
この点については、党執行部の枝野、福山、長妻氏らが親米・反中論者であることが強く作用している。ところが、本ブログで何度も指摘しているところだが、親米路線を行く限り、アメリカの覇権戦争への協力は不可避になっているのが現状であり、同時に日米同盟を維持するために反中路線を採らざるを得ず、重武装を余儀なくされる。つまり、立憲民主党が考える「親米・軽武装」路線は絵に描いた餅に過ぎず、どこまでも非現実的なのだ。

また立民は野党共闘、特にNK党が67選挙区で候補者を下ろしたことで予想外の議席を獲得し、逆にNK党は議席を半分にしてしまったにもかかわらず、例えば福山幹事長はNK幹部に対し、感謝を述べること無く真顔で「御党がもっと候補者を下ろしていれば、我々はもっと勝てたはずだった」と言ってのける有様で、関係をこじらせつつある。このままでは参院選はともかく、衆院選での野党共闘は難しいだろう。こうした「勘違い」「上から目線」も、支持率を下げる要因になっている。
立民は一度毒を食らったのだから、最期まで毒を飲むほか無いはずだが、エリート連中にはそれが分からないらしい。
結果、例えば東京の東久留米市長選でも立民は「野党協同候補」に対して推薦を拒否し、野党共闘推進派を失望させている。

現状で立民ができているのは「もりかけ追及プロジェクト」くらいなもので、それは立民で無くともできることであり、立民を支持した有権者が「最も望むもの」ではないだろう。
結局のところ、民進から左派が分裂してできたはずの立憲民主党は「元の木阿弥」となりつつある。早くも何の展望も無い。
posted by ケン at 12:21| Comment(4) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月26日

2017年の三冊

今年読んだ本の中から三冊をお勧めしておきたい。
本ブログの読者ならどれを読んでも有益だろう。

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『ヒトラーの国民国家−強奪・人種戦争・国民的社会主義』 ゲッツ・アリー 岩波書店(2012)
1943年の日本陸軍二等兵の給与は6円だったが、銃後の家族の生活保障として「留守宅給与」が給付された。だが、それは応召前の給与の3分の1でしかなかった。例えば、当時の小学校教員の平均給与60円で計算した場合、支給額は20円でこれを本人と留守宅でほぼ折半された。実際には他にも手当がつくので、家族が受け取るのは20円程度だったものの、夫が召集された家族は困窮するのが普通だった。ちなみに当時の公定米価は10kgで3円36銭である。これに対し、ドイツの場合、この留守宅給与に相当する所得補償が、応召前職の給与の85%もあり、さらに児童手当などもあったため、銃後の夫人は「亭主元気で留守が良い」状態にあったという。結果、ナチス政権は常に広範な支持を受け、「ゲシュタポによる恐怖支配」はあったものの、国家保安本部の規模は後の東ドイツのシュタージの100分の1程度に過ぎなかった。つまり、国民を広範に監視して強制動員する必要などなかったのだ。この場合、当然ながら、物資不足と貨幣過剰となって大インフレが起こるはずだが、外地の独軍兵士には有利な為替レートで換金された現地通貨が渡されて「爆買い」が行われ、本国に郵送ないしは手持ちで持ち込まれた。そして、貨幣安定の原資となったのは、ユダヤ人などから収奪した資産だった。こうした仕組みを知らずに、ただ倫理的に「ナチズムの悪」を弾劾しても何の役にも立たないというのが、本書を記した著者の信念のようだ。二次大戦史に関心のある者は必読の一冊と言えるが、いかんせん高すぎるのが難である。

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『じゅうぶん豊かで、貧しい社会:理念なき資本主義の末路』 ロバート・スキデルスキー、エドワード・スキデルスキー 筑摩書房(2014)
経済学というよりも、哲学から現代の資本主義と経済学の有り様を問い直す書になっている。ロバート・スキデルスキー師は、ケン先生も尊敬するケインズ学者だが、共著者で息子のエドワードは中世哲学の研究者であることにも起因している。経済成長や技術革新が進めば進むほど、所得格差や資産格差が進み、貧困が内在化してゆく現代資本主義の特徴を見つめ直し、「豊かになることが幸福」という従来唱えられてきた価値観を横に置いて、「貪欲からの脱却」「(精神的幸福ではなく)良い暮らしを実現するための基本的価値」を思索、追究してゆく。例えば、一定以上の所得のあるものは、所得の多寡で幸福や満足が左右されることはなく、家電製品の普及は実は家事労働時間を大きくは減らさなかった。ケインズは1930年代の経済成長率や技術進歩を見て、百年後には資本主義が抱える諸問題は解決され、生活に必要な収入を得るには少々の労働時間で十分となり、人々は余暇を楽しみ、創造的な活動に専念できると予想した。だが、現実には技術革新で中間的な雇用は失われ、貧困層は低賃金が故に超長時間労働を強いられ、富裕層は富裕層でさらなる貪欲を追求するために長時間労働に従事している。現代の先進国や中進国が例外なく抱えている問題であり、「経済成長と再分配がなされれば十分なのか」という視点から、政治に関心のあるものは必読だろう。

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『人質の経済学』 ロレッタ ナポリオーニ 文藝春秋社(2016)
「欧州難民問題の構図」の元ネタ。犯罪、テロと見られがちな人質誘拐を「ビジネス」「経済」の視点から解析する意欲的な一冊。少なくとも「経済学」ではないのだが、ジャーナリズムを重視しつつもセンセーショナルに傾斜することなく、中東・アフリカの貧困が誘拐や海賊をビジネスとして成立させ、欧米の対応がそれを加速させている事実を淡々と指摘してゆく。ジハーディストの資金源がどのように形成されているか、実は米欧も「一蓮托生」であることなど、非常に納得度の高い一冊に仕上がっている。特にGMT「ラビリンス−テロ戦争」のプレイヤーは必読。

【追記】
本では無いが、映画も一つ。『ウィンター・ウォー 厳寒の攻防戦』の完全版のDVDが発売されたので、ゲーマーの皆さんは早めに入手するよう、お勧めしたい。
作品紹介はこちらを参照

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『ウィンター・ウォー 厳寒の攻防戦』 ペッカ・パリッカ監督 フィンランド(1989)
posted by ケン at 12:53| Comment(0) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月25日

対中宥和へ転換か?

【自公幹事長が中国入り=二階氏「大事な時期、目的果たす」】
 自民党の二階俊博、公明党の井上義久両幹事長は24日午後、成田空港発の全日空機で中国・福建省入りした。25、26両日に同省アモイと福州で開かれる第7回日中与党交流協議会に出席する。27〜29日には北京に滞在。習近平国家主席ら要人との会談を調整している。出発に先立ち、二階氏は成田空港で記者団に「大事な国だし大事な時期でもあるから、しっかりと目的を果たしていきたい」と述べ、日中関係の改善推進に意欲を示した。中国も賛成して採択された国連安全保障理事会での新たな北朝鮮制裁決議については「極めて当然だ。どう平和を維持していくか率直な意見交換をしたい」と語った。 
(12月24日、時事通信)

二階幹事長はもともと中国利権の元締めで、日中友好議連のような正統派とは異なる系統の親中派首魁なので、同じく親中派のKM党とともに訪中することは普通の光景と言える。
だが、先だって安倍総理は中国の「一帯一路」政策への協力を進める意向を表明したが、これは6月に「協力を検討」から一歩進めたものとなっている。
また、先週には外務省が、1986年に中曽根総理が中国の胡耀邦総書記と会談した際の記録文書を公開したが、これも「中曽根先輩のような右派政権でも日中関係を重視した」ことをアピールする目的があったと想像される。

さらに言えば、先週末に発表された来年度予算案における外務省の「インド太平洋戦略」関連予算は300億円でしかなかった。対中包囲網の要となる最重要政策だったはずだが、中国の「一帯一路」への対抗策としては、いかにもショボ過ぎるだろう。
まぁ外務省は欲張りすぎて色々要求しすぎたからと言えなくも無いが。

これらが一つか二つなら「偶然」で片付けられようが、これだけ重なるということは、何らかの政策転換、具体的には日米同盟一本槍路線、あるいは対中強硬路線からの脱却の可能性を考えて良さそうだ。
posted by ケン at 12:16| Comment(3) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月23日

ヨメが怖いあまり亡命しマス?

北朝鮮から木造漁船で日本海に出て、日本に漂着した北朝鮮人が警察に拘留、尋問され、「嫌々結婚させられた妻から逃げたかった」と答えたため、「そんな訳あるか!」と延々と同じ尋問が続けられているという話を聞いた。お気の毒なことである。

ソヴィエト学徒的には、1976年にミグ25で函館空港に亡命した「ベレンコ中尉事件」を思い出すが、あれも「妻から逃げたい一心で、気づいたら日本上空まで来ていた」と後に回想している。彼の回顧によれば、妻は相当に金遣いが荒い上に酒好きで悪い酔い方をするらしく、「当時は、いかにして妻を顔を合わせないようにするかばかり考えて鬱々としていた」ということ。
他にも軍内の腐敗やシベリアの生活難にも嫌気がさしていたらしいが、どうやら最大の悩みは妻との関係だったようだ。そこから、綿密な亡命プランを立てて、実行に移すところは、凡百の人間とは異なるところだろう。それでも、精神的にはかなり追い詰められていたようで、少なくとも気持ちの上では、「気づいたら日本を目指していた」ということだったらしい。

私の周囲には同様の「妻から逃げることばかり考えている」同志は多く、程度の差はあれど、むしろ多数派と言えるほど。違うのは、ほんのちょっとの勇気があるかどうか、なのだ。
どうか当局の皆さん、北朝鮮から来た「亡命者」に同情を賜らんことを。
posted by ケン at 13:00| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月22日

立憲民主党の保守とは何か

【立憲民主・枝野幸男代表「安倍晋三首相は保守主義ではなくパターナリズム。自分は保守でありリベラル」】
 立憲民主党の枝野幸男代表は15日、共同通信社で講演し、安倍晋三首相の政治思想について「パターナリズムだとは思うが、保守だとは思っていない」と断じた。パターナリズムは、日本語で「家父長主義」と訳される場合が多い。パターナリズムだとする根拠として、安倍首相が経済政策「アベノミクス」を語る際に「この道しかない」というフレーズを用いたことを挙げ、「いろいろな道があって試行錯誤していくのが保守主義だ。この道しかないという考え方は保守とは対極にある」と述べた。自らについては「保守だ。少なくとも革新ではないが、リベラルだ」と改めて強調した。
(12月15日、産経新聞)

枝野代表は左派からの批判を浴びながらも、決して「保守」の旗を下ろそうとはしない。それは、「左派・リベラル票だけでは多数派は取れない」という実利上の理由もあろうが、原理原則面においてもいまやリベラリズムこそが保守になってしまっている実態を表しているのだろう。

左翼の立脚点が過去の否定と新しい価値観への信仰にあるのに対し、右翼の立脚点は過去への憧憬と新しい価値観への懐疑にある。
今少し説明すると、左翼とは、現状の政治的問題の原因を過去との関係に求め、過去との断絶を図ることによって現状の問題を整理・一掃した上で、過去に無い新しい価値観による政治・社会体制を築き上げることによって、人類の幸福を実現できると考える勢力である。
これに対して右翼とは、問題の原因を過去からの変化に求め、変革・進歩を否定しつつ、かつてあった理念・体制の修正、復活、再構築によって、現状の問題を解決すると同時に、人類の幸福を実現すると考える勢力である。

具体例を挙げるならば、フランス革命が進行してジャコバン派による独裁が成立した後も、「革命は十分だ」と判断して恐怖政治からの脱却を主張したダントン派は「右派」とされ、「革命は不十分である」として恐怖政治のさらなる推進と平等分配の強化を主張したエベール派は「左派」とされた。

ソ連のペレストロイカ末期には、「改革は不十分、さらなる民主化を」と主張したエリツィン派が左派となり、「行き過ぎた改革が経済を疲弊、混乱を招いた」と改革に歯止めをかけたリガチョフ派が「右派」あるいは「保守派」とされた。

現代日本に話を戻すと、「戦後リベラリズムの復興・再構築によって現状の諸課題は解決できる」という枝野氏らの立憲民主党が保守と自己規定するのに対し、安倍総裁率いる自民党は明言こそ避けているものの、日本をめぐる様々な情勢変化の中で、戦後リベラリズムでは諸課題を解決できなくなりつつあるとの認識に立った上で、権威主義体制への移行は不可避という、一種の反動改革路線を主張している。

2012年12月の総選挙以降の民意が示すところは、安倍氏の反動改革路線が相対的に支持を得ているということだが、日本の現状は戦後リベラリズムがもたらした結果であったわけで、「リベラリズムの再構築で問題は解決できる」という枝野氏の保守路線はリベラルの恩恵を受けた50〜60代以上の層からしか厚い支持を受けないのは当然の帰結なのかもしれない。
posted by ケン at 12:32| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする