2017年12月19日

現代日本で広がる逃散

【外国人実習生の失踪急増、半年で3千人超 賃金に不満か】
 日本で働きながら技術を学ぶ技能実習生として入国し、実習先の企業などからいなくなる外国人が急増している。法務省によると、今年は6月末までに3205人で半年間で初めて3千人を突破。年間では初の6千人台になる可能性が高い。実習生が増える中、賃金などがより良い職場を求めて失踪するケースが続出しているとみられている。近年の失踪者の急増を受けて、法務省は失踪者が出た受け入れ企業などへの指導を強化。賃金不払いなど不正行為があった企業などには実習生の受け入れをやめさせたりした。その結果、一昨年に過去最多の5803人となった失踪者は昨年、5058人にまで減っていた。
 今年の失踪問題の再燃を、法務省は「率直に言って遺憾だ。さらに分析しないと、何が原因か示せない」(幹部)と深刻に受け止めている。法務省によると、日本にいる実習生は6月末時点で25万1721人。ベトナム人が10万4802人と最も多く、中国人(7万9959人)が続いた。この半年の失踪者もベトナム人が1618人で最多。次いで中国人(859人)、ミャンマー人(227人)、カンボジア人(204人)だった。昨年上半期に比べ、ベトナム人は793人、ミャンマー人は160人も増えた。
(12月13日、朝日新聞)

ほとんど中世の「逃散」を見る思い。逃散とは、税の取り立てや領主の暴虐に耐えかねた農民が耕作地を放棄して他所に逃亡した後、あらためて税の減免や代官の罷免を求めるサボタージュ運動を指す。正確を期すなら、単なる逃亡は「欠落」になるのだが、当時から厳密な定義があったのかについては議論の余地がある。
実習生以外でも、日本人を含めてパート・アルバイトなどの非正規雇用では、ある日突然職場に来なくなり、連絡もつかなくなる「逃散」が日常茶飯事となっているという。

戦国期には耕作を放棄して逃散、欠落した農民が都市部に流入して飢饉を悪化させる一方、山賊や海賊になって荒らし回ったり、逆に足軽になって戦争被害(放火、掠奪)を激化させたりした。足軽は殆どの場合、固定給が無きに等しく、戦場で武勲を挙げるか、「戦場働き」によって自己調達する他なかった。戦国大名は兵力不足を足軽で補ったため、その増加に伴い、戦場での掠奪行為が激化していった。
中でも戦国期に特に深刻だったのは、南蛮渡来人が奴隷を商ったため、国内で略取された人質の多くが外国人奴隷商に流れ、東南アジアなどに「輸出」されていったことにあった。これにより国内の産業人口に危機が生じ、豊臣秀吉による対外貿易の縮小と、江戸幕府による「鎖国」政策に繋がっていった。

豊臣秀吉による惣無事令は、大名間の戦争を抑止することを目的としたが、同時に刀狩りや逃散禁止令を出すことで、国内市場の安定化が図られた。秀吉は晩年の蛮行が強調される傾向があるが、その政策はもっと積極的に評価されてしかるべきだ。

現代日本で逃散が発生するのは、労働基準法や労働基準監督署がありながら、殆ど機能しておらず、過酷な労働環境や違法操業が放置されていることに起因している。これでは法治国家とは呼べないであろう。
posted by ケン at 12:04| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする