2017年12月26日

2017年の三冊

今年読んだ本の中から三冊をお勧めしておきたい。
本ブログの読者ならどれを読んでも有益だろう。

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『ヒトラーの国民国家−強奪・人種戦争・国民的社会主義』 ゲッツ・アリー 岩波書店(2012)
1943年の日本陸軍二等兵の給与は6円だったが、銃後の家族の生活保障として「留守宅給与」が給付された。だが、それは応召前の給与の3分の1でしかなかった。例えば、当時の小学校教員の平均給与60円で計算した場合、支給額は20円でこれを本人と留守宅でほぼ折半された。実際には他にも手当がつくので、家族が受け取るのは20円程度だったものの、夫が召集された家族は困窮するのが普通だった。ちなみに当時の公定米価は10kgで3円36銭である。これに対し、ドイツの場合、この留守宅給与に相当する所得補償が、応召前職の給与の85%もあり、さらに児童手当などもあったため、銃後の夫人は「亭主元気で留守が良い」状態にあったという。結果、ナチス政権は常に広範な支持を受け、「ゲシュタポによる恐怖支配」はあったものの、国家保安本部の規模は後の東ドイツのシュタージの100分の1程度に過ぎなかった。つまり、国民を広範に監視して強制動員する必要などなかったのだ。この場合、当然ながら、物資不足と貨幣過剰となって大インフレが起こるはずだが、外地の独軍兵士には有利な為替レートで換金された現地通貨が渡されて「爆買い」が行われ、本国に郵送ないしは手持ちで持ち込まれた。そして、貨幣安定の原資となったのは、ユダヤ人などから収奪した資産だった。こうした仕組みを知らずに、ただ倫理的に「ナチズムの悪」を弾劾しても何の役にも立たないというのが、本書を記した著者の信念のようだ。二次大戦史に関心のある者は必読の一冊と言えるが、いかんせん高すぎるのが難である。

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『じゅうぶん豊かで、貧しい社会:理念なき資本主義の末路』 ロバート・スキデルスキー、エドワード・スキデルスキー 筑摩書房(2014)
経済学というよりも、哲学から現代の資本主義と経済学の有り様を問い直す書になっている。ロバート・スキデルスキー師は、ケン先生も尊敬するケインズ学者だが、共著者で息子のエドワードは中世哲学の研究者であることにも起因している。経済成長や技術革新が進めば進むほど、所得格差や資産格差が進み、貧困が内在化してゆく現代資本主義の特徴を見つめ直し、「豊かになることが幸福」という従来唱えられてきた価値観を横に置いて、「貪欲からの脱却」「(精神的幸福ではなく)良い暮らしを実現するための基本的価値」を思索、追究してゆく。例えば、一定以上の所得のあるものは、所得の多寡で幸福や満足が左右されることはなく、家電製品の普及は実は家事労働時間を大きくは減らさなかった。ケインズは1930年代の経済成長率や技術進歩を見て、百年後には資本主義が抱える諸問題は解決され、生活に必要な収入を得るには少々の労働時間で十分となり、人々は余暇を楽しみ、創造的な活動に専念できると予想した。だが、現実には技術革新で中間的な雇用は失われ、貧困層は低賃金が故に超長時間労働を強いられ、富裕層は富裕層でさらなる貪欲を追求するために長時間労働に従事している。現代の先進国や中進国が例外なく抱えている問題であり、「経済成長と再分配がなされれば十分なのか」という視点から、政治に関心のあるものは必読だろう。

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『人質の経済学』 ロレッタ ナポリオーニ 文藝春秋社(2016)
「欧州難民問題の構図」の元ネタ。犯罪、テロと見られがちな人質誘拐を「ビジネス」「経済」の視点から解析する意欲的な一冊。少なくとも「経済学」ではないのだが、ジャーナリズムを重視しつつもセンセーショナルに傾斜することなく、中東・アフリカの貧困が誘拐や海賊をビジネスとして成立させ、欧米の対応がそれを加速させている事実を淡々と指摘してゆく。ジハーディストの資金源がどのように形成されているか、実は米欧も「一蓮托生」であることなど、非常に納得度の高い一冊に仕上がっている。特にGMT「ラビリンス−テロ戦争」のプレイヤーは必読。

【追記】
本では無いが、映画も一つ。『ウィンター・ウォー 厳寒の攻防戦』の完全版のDVDが発売されたので、ゲーマーの皆さんは早めに入手するよう、お勧めしたい。
作品紹介はこちらを参照

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『ウィンター・ウォー 厳寒の攻防戦』 ペッカ・パリッカ監督 フィンランド(1989)
posted by ケン at 12:53| Comment(0) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする